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26 十二歳の王子を「わしゃわしゃする」守護精霊
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陽がずいぶん高いところにあるうちに、レーロースの街に入ったわたしたちは、お偉いさん専用の宿泊所になっているお屋敷に招き入れられた
ブルンヒョル男爵の護衛という扱いになっているルイは、男爵の部屋とつながっている、護衛用の小さな部屋に通された。さすがはお偉いさん専用だけあって、護衛部室にも関わらず、ふかふかのベッドが、四つ置かれている。
キアラと男爵の付き人さんは、隣りの部屋でいろいろと働いているようだけど、ルイは窓から外の様子をうかがったり、部屋に何か仕掛けられていないか確認するために、ベッドの下をのぞき込んだりしている。
ルイには見えていないけど、プレンナーの火の精霊に頼んで、警護に当ててもらった火のちびっこ精霊たちが、ふわふわとルイについて回っている。うんうん、責任感が強いのが、火の精霊の唯一の取り柄だね。そう思いながら、ざっと部屋を見回したわたしは、これなら大丈夫だろうと、ルイに声をかけた。
『ちょっと出かけてくるからね、ルイ。火のちびっこ精霊たちが、二十匹ほどルイを守ってるから安心してね。でも、何かあったら、キアラに火の球を打ち上げてもらってね。すぐ帰ってくるから』
じゃあね、と手を振って出掛けようとしたわたしに、ルイが慌てた顔で走り寄ってきた。
『ちょっと待って。どこに行くの?』
『うん? プレンナー山だよ。火の精霊と空を翔けてこようかと思ってね。大丈夫だよ。遠くに行くわけじゃないからね。何かあったらすぐ帰るから、ルイは自分の心配だけしてね。男爵とか、どうでもいいからね』
とたんに、ルイの視線がすっと斜め下に落ちた。意地っ張りなところがあるルイが、言いにくいことを切り出すときの癖だ。
『そのー……精霊様って、ティエルマの精霊様と仲がいいわけじゃなかったんだね?』
『うん? 火の精霊と? うん、そうだよ。火の精霊は風の精霊が好きみたいだけど、風の精霊はそんなこと、これっぽちも思ってないからね』
「あー、うん、そうなんだ……」と、ボソッと口に出して、ルイは大きく息を吐き出した。どうしようかと迷っている時の、カリカリと耳の裏をかく癖も、相変わらずだ。
「うーん、そのー……さっき、プレンナーの精霊様に言ってたよね。その……僕のために火の精霊に手を貸してるって。今から出かけるのも僕のためなの?」
うん? と、わたしは首を捻った。精霊は、人のように言葉を使って、意思をやりとりしているわけではない。プレンナーの精霊と話した時に、ルイに向けた思念は、王都がトラーナスの精霊のなわばりかどうか、ということだけだ。
ひょっとして、守護精霊持ちであるルイは、精霊の思念を捉えることができるのだろうか? 不思議に思ったわたしは、ぽふっと息を吐き出して、ルイの顔を斜め下からのぞき込んだ。
『ルイって、わたしとプレンナーの精霊が話してたことがわかったの?』
「いや、プレンナーの精霊様が何を言ってるかはわからないけど……」
ルイはわたしの視線から逃げるように、スッと向こうの方に視線をそらした。
「そんなこと、どうだっていいでしょ。なんだって話をそらすの? なんで言ってくれないの? 僕はずーっと、精霊様はティエルマの精霊様と仲良しで、楽しく遊んでるんだって、思ってたんだ。ねえ、なんで? ねえ?」
まるで怒っているみたいに、唇をプイッとがらせたルイの顔をまじまじと見ながら、わたしは、またしても首を捻った。
『なんでって言われても、風の精霊と火の精霊だしね』
「いや、そうじゃなくて、その、そういうことを聞きたいんじゃなくて……その、じゃあ、精霊様って何をしてる時が楽しいの? こうやって旅をしてる時? 食事は、しないよね? 遊んだりしてるの? 休みが欲しいとか思わないの?」
『うん? 楽しい時? 考えたこともなかったけど……』
もどかしそうに言葉を紡ぐルイの口もとを見ながら、プレンナーの精霊と会ってから、ルイがずっと何かを考えこんでいたことに、わたしは思い当たった。
火の精霊? 遊んでると思ってた? うん? たしかに、わたしがルイの傍からいなくなるのは、ほとんどが火の精霊の手伝いをしているときだ。そうかそうか。ルイには火のちびっこ精霊が見えないから、わたしが近くにいないと不安なんだね。でも、キアラもいるし、わたしが帰ってくるまでの時間稼ぎぐらいできるはずだ。
『大丈夫だよ、ルイ。火の精霊って、親分の言うことは絶対だから。それに、キアラだって――』
「いやいや、ちがうちがう、そうじゃない。そんなことを心配してるんじゃないんだ」
大慌てでブンブン頭を振ったルイが、ふーっと息を吐き出して腕を組んだ。
「じゃあ、その、もしもだよ。もしも、守護精霊じゃなくて、ふつうの風の精霊に生まれてたらって、思ったことはないの?」
『うーん? ふつうの風の精霊ね。うんうん、あるね。ヒョロ男とか紅白男とかカエル男とか、ああいう面倒くさい連中に関わると、ビューンってどっかに飛んでいきたいって思うね』
面倒な連中の顔を思い浮かべたせいで、思わず声が低くなった。そのせいか、ルイがこころなしか厳しい表情を浮かべて、コホンと喉を詰まらせた。
「……そう、なんだ。その……うん……それは、そうだよね。うん、そうだよね。思うよね」
『うんうん、ホント、ルイを連れてどっか遠くに飛んでいきたいって思うよね。どこかって言っても、トロムス村でいいんだけどね。村でゆったり暮らせたらって思うよね。ルイだって村にいたときの方が、楽しそうだったし――』
ふいに、ルイがわたしを見つめ返した。その瞳の色に惹かれて、わたしはルイにグイッと身を寄せた。さっきから、ルイが言葉にしようとして、言葉にできない何かが、瞳の奥に隠れていないかと、じーっと深くまでのぞき込んだ。
だけど、わたしが近寄った分だけ、ルイはキュッと背を伸ばして、わたしから距離を取った。それから、つま先を立てて、小さな声をもらした。
「僕も、連れていってくれるんだ」
『うん? あたりまえじゃない』
「そう、なんだ。その、守護精霊って、たいてい下位の精霊なんだよね。守護主の魔力も使ってるから、下位の精霊よりも力が強いっていう恩恵がある訳だけど、精霊様は高位の精霊でしょう? 僕の魔力なんて使えなくても、もともと持っている力だけで充分じゃないかなって……」
『うん? ルイ、さっきから何が言いたいのかわからないよ。いくら高位でも精霊だからね。難しいことなんてこれっぽちもわからないよ。しかも、風の精霊だし。面倒なことはぜんぶ聞き流すからね』
「あー、そうだね。うん、わかりやすくね。うんうん、うーん、つまりね、僕のために嫌なことをしなくていいんだって、言いたかったんだ。火の精霊とわざわざ付き合わなくてもいいし、精霊様が好きなことをすればいいんじゃないかなって思ったんだ」
『あー、そういうこと。大丈夫だよ、好きにやってるから』
「でも、したくもないのに、プレンナーの精霊様に手を貸したり――」
『ちがうよ、ルイ。風の精霊としては面倒くさいけど、わたしはルイの守護精霊だからね。ルイのために必要なことはやっておかないとね』
「だから、僕のために無理をする必要はないって言ってるんだ。僕のために精霊様が好きでもないことを――」
『わたしは好きでやってるの、ルイ。だいたい、風の精霊が、ホントに嫌なことをできるわけがないでしょう』
強く言ったわけでもないのに、ルイのこぶしと瞳がギュッと閉じられ、全身が小刻みにブルブルとふるえだした。泣き出しそうにふるえる唇が、かろうじて言葉のような息を吐き出した。
「……なんで? ……なんだって、そんなにしてくれるの? 僕の守護精霊じゃなかったら、精霊様はもっと自由に生きられたんじゃないの? 風に乗ってどこにだって行けたし、わけのわからない人の争いに頭を悩ますこともなかったし――」
ルイが必死に抑えようとしていた感情が、嵐のようにぶわっと、わたしを揺さぶった。ルイの溜め込んでいる複雑な想いを、ちっとも、わかっていなかったことに、そして、今もわからないことに、わたしの心がギューッと締めつけられた。
わからないけど、いや、わからないからこそ――わたしは決心した。村に帰ろう。うん、それがいい。そうしよう。
わたしは、スッと意識を飛ばして、雲のずっと上の風を追った。うん、問題ない。王都から村に向かって、強い風が吹いている。ひとっ飛びだ。明日と言わず、夜のうちにつけるはずだ。
『ルイ、村に帰ろう。大丈夫だよ。今すぐ運んでいってあげるからね。ルイにはわたしがついてる。あっという間だよ。えーっと、荷物は……うん、いらない。よし、行こう、ルイ』
ルイは目を固く閉じたまま、ゆっくりと天を仰いだ。それから、二度ほど振った頭を、考えこむように沈み込ませた。
「……村に帰りたい、のかな? ……帰りたくないと言えばウソになるけど、国王陛下にというか、実の父親に会ってみたいという気持ちもあるし、会いたくないって気持ちもあるし……自分でもよくわからないのに、精霊様にいっぱい迷惑をかけて、振り回して……」
ルイは、泣きたいのに、泣いてはいけない、と言われたこどものような顔をして、わたしを見た。
「でも、仕事はちゃんと終わらせないと……」
そうだった。ルイはまだ十二歳だった。村の十二歳のこどもなんて、遊びと畑仕事と半分半分ぐらいだ。九歳からずっと魔術師という仕事をしてたから、すっかり忘れていた。ルイは、まだまだ、こどもなんだ。面倒だからと、ルイにぜんぶ押し付けるだなんてことを、してはダメだったんだ。
わたしはルイの髪をぐっと掴んで、頭をわしゃわしゃとなでた。「ひゃっ!」と奇声を発して逃げようとしたルイの頭を押さえ込んで、心ゆくまで撫で回した。ルイの魔力がわたしを温かく包み込み、ルイの体温もグッと上がった。
『ルイ、大丈夫だよ。ぜーんぶ、わたしに任せておいて。ルイのことはわたしが守るからね。ルイはわたしの命で、わたしの宝物だからね。手を出す奴には容赦しないよ。うんうん、この仕事が終わったら、村に帰ろうね』
真っ赤な顔をして、ほうけたようにわたしを見つめるルイの目の前で、大きく手を振った。
『よしっ! じゃあ、プレンナー山に行ってくるね。火の精霊に貸しを作って、バンバン働かせるからね。おとなしく、待っておいてね』
ブルンヒョル男爵の護衛という扱いになっているルイは、男爵の部屋とつながっている、護衛用の小さな部屋に通された。さすがはお偉いさん専用だけあって、護衛部室にも関わらず、ふかふかのベッドが、四つ置かれている。
キアラと男爵の付き人さんは、隣りの部屋でいろいろと働いているようだけど、ルイは窓から外の様子をうかがったり、部屋に何か仕掛けられていないか確認するために、ベッドの下をのぞき込んだりしている。
ルイには見えていないけど、プレンナーの火の精霊に頼んで、警護に当ててもらった火のちびっこ精霊たちが、ふわふわとルイについて回っている。うんうん、責任感が強いのが、火の精霊の唯一の取り柄だね。そう思いながら、ざっと部屋を見回したわたしは、これなら大丈夫だろうと、ルイに声をかけた。
『ちょっと出かけてくるからね、ルイ。火のちびっこ精霊たちが、二十匹ほどルイを守ってるから安心してね。でも、何かあったら、キアラに火の球を打ち上げてもらってね。すぐ帰ってくるから』
じゃあね、と手を振って出掛けようとしたわたしに、ルイが慌てた顔で走り寄ってきた。
『ちょっと待って。どこに行くの?』
『うん? プレンナー山だよ。火の精霊と空を翔けてこようかと思ってね。大丈夫だよ。遠くに行くわけじゃないからね。何かあったらすぐ帰るから、ルイは自分の心配だけしてね。男爵とか、どうでもいいからね』
とたんに、ルイの視線がすっと斜め下に落ちた。意地っ張りなところがあるルイが、言いにくいことを切り出すときの癖だ。
『そのー……精霊様って、ティエルマの精霊様と仲がいいわけじゃなかったんだね?』
『うん? 火の精霊と? うん、そうだよ。火の精霊は風の精霊が好きみたいだけど、風の精霊はそんなこと、これっぽちも思ってないからね』
「あー、うん、そうなんだ……」と、ボソッと口に出して、ルイは大きく息を吐き出した。どうしようかと迷っている時の、カリカリと耳の裏をかく癖も、相変わらずだ。
「うーん、そのー……さっき、プレンナーの精霊様に言ってたよね。その……僕のために火の精霊に手を貸してるって。今から出かけるのも僕のためなの?」
うん? と、わたしは首を捻った。精霊は、人のように言葉を使って、意思をやりとりしているわけではない。プレンナーの精霊と話した時に、ルイに向けた思念は、王都がトラーナスの精霊のなわばりかどうか、ということだけだ。
ひょっとして、守護精霊持ちであるルイは、精霊の思念を捉えることができるのだろうか? 不思議に思ったわたしは、ぽふっと息を吐き出して、ルイの顔を斜め下からのぞき込んだ。
『ルイって、わたしとプレンナーの精霊が話してたことがわかったの?』
「いや、プレンナーの精霊様が何を言ってるかはわからないけど……」
ルイはわたしの視線から逃げるように、スッと向こうの方に視線をそらした。
「そんなこと、どうだっていいでしょ。なんだって話をそらすの? なんで言ってくれないの? 僕はずーっと、精霊様はティエルマの精霊様と仲良しで、楽しく遊んでるんだって、思ってたんだ。ねえ、なんで? ねえ?」
まるで怒っているみたいに、唇をプイッとがらせたルイの顔をまじまじと見ながら、わたしは、またしても首を捻った。
『なんでって言われても、風の精霊と火の精霊だしね』
「いや、そうじゃなくて、その、そういうことを聞きたいんじゃなくて……その、じゃあ、精霊様って何をしてる時が楽しいの? こうやって旅をしてる時? 食事は、しないよね? 遊んだりしてるの? 休みが欲しいとか思わないの?」
『うん? 楽しい時? 考えたこともなかったけど……』
もどかしそうに言葉を紡ぐルイの口もとを見ながら、プレンナーの精霊と会ってから、ルイがずっと何かを考えこんでいたことに、わたしは思い当たった。
火の精霊? 遊んでると思ってた? うん? たしかに、わたしがルイの傍からいなくなるのは、ほとんどが火の精霊の手伝いをしているときだ。そうかそうか。ルイには火のちびっこ精霊が見えないから、わたしが近くにいないと不安なんだね。でも、キアラもいるし、わたしが帰ってくるまでの時間稼ぎぐらいできるはずだ。
『大丈夫だよ、ルイ。火の精霊って、親分の言うことは絶対だから。それに、キアラだって――』
「いやいや、ちがうちがう、そうじゃない。そんなことを心配してるんじゃないんだ」
大慌てでブンブン頭を振ったルイが、ふーっと息を吐き出して腕を組んだ。
「じゃあ、その、もしもだよ。もしも、守護精霊じゃなくて、ふつうの風の精霊に生まれてたらって、思ったことはないの?」
『うーん? ふつうの風の精霊ね。うんうん、あるね。ヒョロ男とか紅白男とかカエル男とか、ああいう面倒くさい連中に関わると、ビューンってどっかに飛んでいきたいって思うね』
面倒な連中の顔を思い浮かべたせいで、思わず声が低くなった。そのせいか、ルイがこころなしか厳しい表情を浮かべて、コホンと喉を詰まらせた。
「……そう、なんだ。その……うん……それは、そうだよね。うん、そうだよね。思うよね」
『うんうん、ホント、ルイを連れてどっか遠くに飛んでいきたいって思うよね。どこかって言っても、トロムス村でいいんだけどね。村でゆったり暮らせたらって思うよね。ルイだって村にいたときの方が、楽しそうだったし――』
ふいに、ルイがわたしを見つめ返した。その瞳の色に惹かれて、わたしはルイにグイッと身を寄せた。さっきから、ルイが言葉にしようとして、言葉にできない何かが、瞳の奥に隠れていないかと、じーっと深くまでのぞき込んだ。
だけど、わたしが近寄った分だけ、ルイはキュッと背を伸ばして、わたしから距離を取った。それから、つま先を立てて、小さな声をもらした。
「僕も、連れていってくれるんだ」
『うん? あたりまえじゃない』
「そう、なんだ。その、守護精霊って、たいてい下位の精霊なんだよね。守護主の魔力も使ってるから、下位の精霊よりも力が強いっていう恩恵がある訳だけど、精霊様は高位の精霊でしょう? 僕の魔力なんて使えなくても、もともと持っている力だけで充分じゃないかなって……」
『うん? ルイ、さっきから何が言いたいのかわからないよ。いくら高位でも精霊だからね。難しいことなんてこれっぽちもわからないよ。しかも、風の精霊だし。面倒なことはぜんぶ聞き流すからね』
「あー、そうだね。うん、わかりやすくね。うんうん、うーん、つまりね、僕のために嫌なことをしなくていいんだって、言いたかったんだ。火の精霊とわざわざ付き合わなくてもいいし、精霊様が好きなことをすればいいんじゃないかなって思ったんだ」
『あー、そういうこと。大丈夫だよ、好きにやってるから』
「でも、したくもないのに、プレンナーの精霊様に手を貸したり――」
『ちがうよ、ルイ。風の精霊としては面倒くさいけど、わたしはルイの守護精霊だからね。ルイのために必要なことはやっておかないとね』
「だから、僕のために無理をする必要はないって言ってるんだ。僕のために精霊様が好きでもないことを――」
『わたしは好きでやってるの、ルイ。だいたい、風の精霊が、ホントに嫌なことをできるわけがないでしょう』
強く言ったわけでもないのに、ルイのこぶしと瞳がギュッと閉じられ、全身が小刻みにブルブルとふるえだした。泣き出しそうにふるえる唇が、かろうじて言葉のような息を吐き出した。
「……なんで? ……なんだって、そんなにしてくれるの? 僕の守護精霊じゃなかったら、精霊様はもっと自由に生きられたんじゃないの? 風に乗ってどこにだって行けたし、わけのわからない人の争いに頭を悩ますこともなかったし――」
ルイが必死に抑えようとしていた感情が、嵐のようにぶわっと、わたしを揺さぶった。ルイの溜め込んでいる複雑な想いを、ちっとも、わかっていなかったことに、そして、今もわからないことに、わたしの心がギューッと締めつけられた。
わからないけど、いや、わからないからこそ――わたしは決心した。村に帰ろう。うん、それがいい。そうしよう。
わたしは、スッと意識を飛ばして、雲のずっと上の風を追った。うん、問題ない。王都から村に向かって、強い風が吹いている。ひとっ飛びだ。明日と言わず、夜のうちにつけるはずだ。
『ルイ、村に帰ろう。大丈夫だよ。今すぐ運んでいってあげるからね。ルイにはわたしがついてる。あっという間だよ。えーっと、荷物は……うん、いらない。よし、行こう、ルイ』
ルイは目を固く閉じたまま、ゆっくりと天を仰いだ。それから、二度ほど振った頭を、考えこむように沈み込ませた。
「……村に帰りたい、のかな? ……帰りたくないと言えばウソになるけど、国王陛下にというか、実の父親に会ってみたいという気持ちもあるし、会いたくないって気持ちもあるし……自分でもよくわからないのに、精霊様にいっぱい迷惑をかけて、振り回して……」
ルイは、泣きたいのに、泣いてはいけない、と言われたこどものような顔をして、わたしを見た。
「でも、仕事はちゃんと終わらせないと……」
そうだった。ルイはまだ十二歳だった。村の十二歳のこどもなんて、遊びと畑仕事と半分半分ぐらいだ。九歳からずっと魔術師という仕事をしてたから、すっかり忘れていた。ルイは、まだまだ、こどもなんだ。面倒だからと、ルイにぜんぶ押し付けるだなんてことを、してはダメだったんだ。
わたしはルイの髪をぐっと掴んで、頭をわしゃわしゃとなでた。「ひゃっ!」と奇声を発して逃げようとしたルイの頭を押さえ込んで、心ゆくまで撫で回した。ルイの魔力がわたしを温かく包み込み、ルイの体温もグッと上がった。
『ルイ、大丈夫だよ。ぜーんぶ、わたしに任せておいて。ルイのことはわたしが守るからね。ルイはわたしの命で、わたしの宝物だからね。手を出す奴には容赦しないよ。うんうん、この仕事が終わったら、村に帰ろうね』
真っ赤な顔をして、ほうけたようにわたしを見つめるルイの目の前で、大きく手を振った。
『よしっ! じゃあ、プレンナー山に行ってくるね。火の精霊に貸しを作って、バンバン働かせるからね。おとなしく、待っておいてね』
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