忌み子な王子の守護精霊

ハイエルフスキー

文字の大きさ
35 / 35

35 十二歳の王子と「過保護な」守護精霊

しおりを挟む
 シャルルは取っ手だけになったカップをソーサーに戻して、何事もなかったかのように宙に向かって応えを返した。

「お言葉ですが、精霊様。わたしは嘘をついた覚えはありません」

《シャールール!》

「わたしは王太子になると言ったはずです。少々、時間がかかるとも言いました。ここからが正念場なの――」

《だーまーしーたーんーだーね!》

 怒りにまかせて大きくふるわせた風に、シャルルが耳を押さえて、やれやれと、これ見よがしに溜め息をついた。

「精霊様はルイを甘やかし過ぎです」

《はぁー!? なに言ってるの!?》

 よほどうるさかったのか、シャルルは頭を傾けて右肩で右耳をふさぎ、左手の人差し指を左耳に突っ込んだ。

「ルイ、わずか数日とはいえ、わたしは君に王国の置かれた状況を教えた。君が王子であったなら、当然、知っていたはずのことをね。いいかい? わたしは君だ。王子として育てられた君だ。君が王子であったならば、そうであった姿だ。君が父上のもとで育ったならば、わたしと同じ考えをするはずだ」

 変な姿勢だけど、あくまで魔道具から手を離す気がないのだろう。同じく両耳を手でふさいでいるルイに向かって、シャルルは大声で話を続けた。

「今、君がいなくなれば、王国は分裂する。王領貴族派と地方貴族派が争い、四大公爵家は漁夫の利を得ようと傍観、といったところだ。戦いが長引けば、近隣諸国が介入してくるかもしれないし、進んで他国の力を借りようとする勢力も出てくるだろう。その結果、王国は諸国によって山分けされ、地図からその名を消すことになる」

 怒りのままに吹き起こした風が、控室にしつらえられていた調度品をことごとく粉々に吹き飛ばした。シャルルがどう言い繕おうと、ルイをだましたのにはちがいない。ふたりをぐるっと取り囲むように渦巻く風の中心で、わたしは嵐のごとく声をふるわせた。

《そんなことルイには関係ない!!》

「精霊様にとっては、もちろんそうでしょうね! 守護精霊が守るのは守護主のみだ! ルイを守るためだけに、プレンナーの精霊様を使って力を見せつけた! そして、ルイのためだけに、辺境の村に帰ると言いだした! ルイさえ無事であれば、王国が滅ぼうが、力なき民が死のうが、一向にかまわないのでしょうね!」

 吹きすさぶ風にひるむことなく、シャルルは肘で魔道具を押さえつけて、さらに右耳にも指を突っ込んだ。

「君しかいないんだ! 君がこの国を守るんだ!」

「でも、シャルルが国王になったほうが……」

 耳を両手でふさいだルイの声が、渦巻く風でかき消される。

「わたしにも欲というものがあるからね! 王になろうと思った! 父上の遺志を継いで、父上が守ろうとしたこの国を守ろうと思ったんだ! だがね、わたしが王になるには、最低でも王国を二分する戦いに勝利をおさめなければならなかった! 悩んでいたわたしの前に、君の守護精霊様が現われたんだ! 君をわたしの右腕とすれば、内乱を引き起こすことなく、王位につくことができる! そう思ったんだが……」

 ルイが口の動きを見てとれるようにだろう。シャルルはゆっくりと言葉を紡いだ。

「それでも、わたしが王位につくには、少々ゴリ押しが必要だ! 王族だという意識もなく、さらには風属性である君は、嫌気がさして逃げてしまうかもしれない! 過保護な守護精霊様が、君を連れて飛んでいってしまう可能性だってある! ならば、答えはひとつだ! 君が国王になればいい! 一滴の血も流すことなく、王国は君のもとでひとつにまとまる! わたしが君の右腕となろう!」

 ルイがわたしに向かって「せ、い、れ、い、さ、ま」と、口の形だけを変えた。耳を押さえつけていた手が、スッと離れる。迷っている時のルイの癖だ。耳の裏をカリカリとかいた。

 ルイが決めるというのなら、わたしは見守るだけだ。ルイがいいというのなら……。しぶしぶながら、わたしは吹き荒らしていた風を収めた。それでも――

 風の渦の中で舞い踊っていた、かつて高級な家具だった木材や陶器の欠片が、ふたりを避けるように、ズシャッと音を立てて床に落ちた。だけども、いちばん大きな木屑がひとつだけ――

 ――なぜだか、シャルルの頭にあたって、カコーンと音を立てた。

 思ったより、痛かったらしい。目に涙を浮かべたシャルルが、頭をゴシゴシとさすりながら、破壊され尽くした部屋を見回した。

 ずいぶんたってからだ。悩ましげに「うーん……」と言いながら耳のうしろをかき続けるルイに視線を戻して、シャルルはズズッと鼻をすすりあげた。

「それとね、ここだけの話だけどね、ルイ。お金がないんだ」

「お金……?」

 もはや何であったか想像すらつかない、散乱する木屑や陶器の破片に視線を走らせながら、ルイはボソッとつぶやいた。

 まさか、王子様ともあろう者が、弁償しろと言いだすのかと身構えたルイに向かって、シャルルは「いやいや、そういう意味じゃなくてね」と赤くなった目をこすりながら苦笑した。

「先々代の王位の巡る争いの戦費に、その論功行賞による四大公爵家への大盤振る舞い。王国の台所は火の車どころか、破綻寸前なんだ。わたしたちのバカな曽祖父のせいでね。長々と王座に居座ったあげく、放蕩三昧。政治力は皆無。父上がなんとか立てなおそうとしたが、道半ばで亡くなってしまった」

 いつもの王子様の笑みではなく、苦り切った笑みを浮かべたシャルルの打ち明け話に、ルイが引き込まれるように身を乗り出す。

「軍を動かすのに、どれだけお金がかかるかわかるかい? モンフォール伯爵があっさり白旗をあげたのは、そのせいでもあるんだ。彼は王国の金庫番でもあるからね。よくわかっているはずだ。四大公爵家のひとつを相手取るお金すら、国庫には残っていないんだ」

 ルイの顔つきが急に真剣みを帯びた。ルイはけっこうなお金を村に住む両親に送っている。権力闘争などというわけのわからないものよりも、よほど説得力があったのかもしれない。

「ルイの故郷ですが、トロムス村でしたね? その村をルイの領地としましょう。王国が落ち着けば、休暇なり、保養なり、里帰りできるようにしましょう」

 シャルルが急に声色を変えた。どうやら、わたしに話しかけているようだ。

「形式上とはいえ、ルイは王太子に任命されることになります。王太子という称号には、本来、領地が付随するのですが、今ではずいぶん形骸化してましてね。後見人から、王太子領と呼ばれる領地を寄進されることになっています」

《ルイが村の領主になるってこと? 辺境伯領なのに?》

「名誉領主という形ではありますけどね。ブルンフョル辺境伯にルイの後見となってもらいましょう。貴族にとっては名誉なことですので、喜んで引き受けてくれるでしょう。離宮のひとつも建ててくれると思いますよ」

「離宮は……村には似合わないよ。それに、僕には実家があるし……ねえ、精霊様?」

 どうやら、シャルルへのお仕置きは先延ばしになったようだ。わたしは、ぽふっと息を吐き出して、ルイの瞳をのぞき込んだ。

《それでいいの、ルイ?》

「うん。精霊様には、また迷惑をかけちゃうだろうけど」

《なーに言ってんの。ルイはルイのしたいようにしたらいいの。ルイのしたいことが、わたしのしたいことだからね》

「ああ、そういえば、ルイ。ひとつだけ、わたしは君に嘘をついた」

 こぼれた紅茶で汚れてしまった衣装を、指先でピーンと引っ張りながら、シャルルが立ち上がった。

「四大公爵家のせいで、君はすべてを失った。わたしはそう言ったね」

 苦いものを飲み込んだかのように、シャルルの顔がゆがんだ。

「だけどね、たったひとつだけ失わなかったものがある。精霊様だ。そして、精霊様も君を失わなかった。それがうらやましくてね。ついつい、意地悪な言いかたをしてしまったんだ」

 シャルルに向けられていたルイの視線が、スッとわたしに向けてずらされた。シャルルを思いやるかのような色をたたえたその瞳は、瞬きとともに普段の色を取り戻した。

 ひょっとしたらルイは、シャルルが失ってしまったものに、思いをはせたのかもしれない。でも、それには触れないことにしたのだろう。コトンと首をかしげ、微笑んだ。

「失うも何も、精霊様がいなければ、僕はいないからね。シャルルの考えることは、難しすぎてよくわからないね、精霊様?」

《ホント、さっぱりだね》

 とたんに、シャルルが大きな溜め息をついた。

「精霊様を失わなかったことで、君はすべてを取り戻し、王国は時間を手に入れることができる。先々代の国王とその片割れが引き起こした内乱によって、失われた時間をね。双子によって失われたものを、双子が取り戻すんだ。精霊様と一緒にね」

 わたしとルイは、頭でっかちの王子様に向かって、「さっぱりわからないね」と声をそろえた。



 その一ヶ月後――十三歳の誕生日を迎えたルイは、ノルドフォール王国の国王に即位し、その場でもって、シャルルを王太子に任命した。
しおりを挟む
感想 14

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(14件)

さき
2017.05.01 さき

2話の後半『へえーきれいなだね』(少し違うかもしれません)
は『へえーきれいだね』か『きれいな湖だね』
では?

2017.05.01 ハイエルフスキー

ありがとうございます。
助かります。
誤字、脱字を探して、直して……、たぶん、直すときに、さらに間違えてー、という感じになったのだと思われます。
そうなると、なかなか自分では見つけられないので、本当にありがたいです。
『きれいな湖だね』に訂正しました。

解除
can@赤ペン職人

あれ?一部消えてる。

2017.05.01 ハイエルフスキー

ごめんなさい。
今回のは、更新ではなくて、いっきに誤字、脱字の修正と、表現の訂正《 》精霊が風や火をふるわせて人の言葉を話す時に《 》で囲むとかをしました。
ちょこちょこと直していたのですが、どこを直したのかすっかり忘れてしまって、3話以降をいったん削除して、アップし直したのです。
ひょっとして、30話以上分、アップしたことになっているのでは、とビクビクしながらやったのですが、ホントごめんなさい。
文章を一気に消すということが、削除以外できないような気がするので(本当はできるのかもしれませんが)、このような形をとりました。
ご迷惑をおかけしました。
ですので、更新ではないのです。ただ、シャルルに少しだけお仕置きをしてたりするので、35話はほんのすこしだけ変わっています。大筋は変わらないですけど。

解除
can@赤ペン職人

>ロベールを王太子に任命し
王太子には、立太子として儀式(御披露目)をするもので任命ではないと思います

>あそこが、わたしたちの生まれ《?》故郷だからね
《?》→《育った》……があってもいいかなぁ?

2017.04.05 ハイエルフスキー

感想ありがとうございます。
いろいろと紆余曲折の上、うーんと頭を悩ました結果、
王太子については「任命」、「任命式典」とすることにしました。
「立太子の議」、「立太子として儀式(御披露目)」にはかなり惹かれたのですが、任命でいくことにしました。

生まれ故郷(うまれこきょう)については、たんに「故郷」に変更しました。
ありがとうございました。紆余曲折ゆえに、いちど何度か返信を削除しまして、ご迷惑をかけたかと……。
ごめんなさい。

解除

あなたにおすすめの小説

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

いや、無理。 (完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。