訳あり幼女に声をかけたら最強のドラゴンだった

Luculia

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第1章 学園編

第5話 災厄

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「ここか……っていうか寒い! 想像以上に寒い! 昼間は暑いくらいだったからなぁ、上着着てくればよかった……」
 MFCを起動させ時間を確認してみると、まだ六時を回ったばかりであった。
 一般的には夕暮れ時と言われるこの時間帯でも、陽の光を完全に遮断してしまっているこの森の前では、真夜中とほぼ変わらない。
 結論から言うと、森の方角にバスは通っていた。が、それも街の主要部から離れた田舎までであった。
 ホテルにチェックインしてから軽く身支度を済ませ、僕はバスに乗りこんだ。
 最初こそ席に座れないほど混み合っていたものの、目的の村へと着く頃には乗客は僕一人だけとなっていた。
 バスを降り、夜の運行はないという事実からは目を背けつつ、幾分か近づいた森を目指して歩いて来た。
「あの時は確か……四時ぐらいだったはず。ってことは、二時間も歩いて来たのか!?」
 それを認識した途端、どっと疲れが押し寄せてくる。
「そもそも森に来いって、森のどこら辺なんだ? うぅ、寒い……」
 歩いて、汗をかいたからというのもあるのだろう。何もない森……もしここで倒れても、気づいてくれる人は誰もいない。
 疲労、不安、心細さ……やはり騙されたのでは? という思いが、一歩踏み出す毎に強くなっていく。
「随分と迷いなく進むのだな。この森には詳しいのか?」
「そんな訳ないだろ、初めてだよ。通れそうな道を通っているだけ……って、うわあああ!?」
 びっくりした、驚いた、ビビった。腰が抜けてしまった。冗談抜きで。
 その場にへたりこんだ僕を、あの子が――彼女が、不思議そうに見つめている。
 その身に纏う黒いドレスは、上手い具合に森の暗さにとけこんでいて、全く気がつくことが出来なかった。
「なにをそんなに騒いでいるんだ? それに座りこんだりなんかして……疲れたのか? それなら、あっちの方がいいぞ。開けた場所があるんだ」
 そう言うとまた彼女は、こっちの返答を待たずして闇の向こうへと消えていってしまった。
「ま、待ってくれ!」
 今ここで彼女を見失えば、二度と会えなくなるような気がする。
 僕は気合いでなんとか立ち上がり、ヨロヨロと手負いの兵士のように彼女の後を追った。
 確か、こっちの方へ歩いていったような……。
 しばらくそのまま進んでいくと、確かに開けた場所へと出た。そこで待つ彼女の姿を見て、僕は心底ホッとした。
 腰を抜かした原因になった相手を見てホッとするのもおかしな話だが、とにかく自分が一人ではないということが分かり、安心したのだ。
「やっと来たか……」
「や、約束だよ。君がモンスターだって、証明してもらおうじゃないか」
 どうせ、証明だなんて出来ないに決まっている。
 ……でも。彼女は、一番近い村からでも徒歩で二時間かかるこの場所へ、どうやって僕よりも早く来たのだろう。
 そしてもし、僕が来なかったら。彼女はどうやって、帰るつもりだったのだろう。
「証明……そうだな。人間は、力を感じ取ることが出来ないからな。ちゃんとこうして、示してやらないと……」
 瞬間、彼女のドレス――スカートの部分が浮き上がる。
 僕は思わず、目を背けた。いや、こんな幼い子に欲情なんて、しないよ? でも、ずっと見続けるのも、デリカシーがないというか……。
「どうだ? ん? 見ているか? これこそ、私がモンスターだという証明に他ならないだろう」
 証明……が、なんだって? 恐る恐る目線を彼女の方に向けると、スカートの盛り上がり部分から、なにか飛び出ている。
「ほら、しっぽだ。こんなもの、人間にはないだろう? これで分かってもらえたか?」
 ……うん、これは……間違いない。
「作り物だ……」
「……え?」
 全く予想だにしていなかったのだろう。彼女は、ここにきて初めて、子どもらしいといえばらしい声を上げる。
 多分だが、彼女のこんな声を聞けたのは、ものすごくレアなことなんじゃないのかと、思った。
「作り物って……本気で言っているのか? よく見ろ、どう見ても本物だろう」
「よく見ろ……って言われても……」
 暗くて、スカートからなにか出ているようにしか見えない。ダンボールかなにかで作った偽物のしっぽなんじゃないのか、これ?
「なら、羽を出してみせよう。どうだ?」
「うん、作り物だね」
 背中から、なにか生えてきた。ハンガーかな?
「なら……」
 彼女は、まだなにかやるつもりらしい。
 次は、どんな仕掛けが出てくるんだ?
 少し楽しみにしながらも待っていると、彼女の体をなにか霧のようなものが包みこんだ。
 なんだ、なにが起こっている?
 それはどんどんと大きく、激しく渦を巻いていく。僕の身長も、森の木々をも超え、は悠然と立っていた。
 真っ暗でも、シルエットだけでも、分かる異形。
 トカゲのような頭に、逆立つ鱗。僕の背丈ほどもある巨大な爪。そして、折りたたまれていても分かる翼。彼女は――。
「出来るだけ、この姿は見せたくなかったんだ。だがもう、信じてもらうにはこれしか方法がなかったからな……」
 さっきまでの彼女の声とは全く違う、ラジオの雑音から、なんとか聞こえる音を拾ってきたような、酷く耳障りな声。
 その声の主は、こう言った。
「我こそは、古龍。災厄のドラゴンと呼ばれているものだ」
 災厄のドラゴン……その名に恐れおののくと共に、記憶の片隅では、さっきまでのとんでもなく失礼な態度の数々が、何度も頭の中をリフレインしていた。
 
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