訳あり幼女に声をかけたら最強のドラゴンだった

Luculia

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第1章 学園編

第28話 お勉強

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「えっと、まず相手が向かってきたら、避けてこっちの攻撃に繋げる……なるほど……」
 自室の、机に積み上がる本の山は、全てバトルについてのノウハウが記されたものだ。
 流石は、実力主義の学園である。こういった本が、腐るほど図書館に並んでいた。
 自慢ではないが、物覚えの良さは人よりも優れている方だ。片っ端から本を読み、知識として頭の中に取りこむ。
 ……こうでもしないと、彼とは……リョウとは、とてもではないが対等に戦うことなんて出来ないだろう。
 放課後……準備が必要と言って得た時間は、たったの一時間。この間に、少しでも戦い方というものを覚えなければ。
 ……また、あの日のように棒立ちなんて、許されないし、何よりメアに申し訳がない。
 絶対に負けられない戦い……というよりも、全てをメアに任せていれば負けることなど有り得ないので、絶対に負けるはずのない試合を落とす戦犯と呼ばれないための戦い……とでも言えばいいか。
「はぁ……立ち回り、立ち回りってどの本にも書いてあるけど、具体的にどうすればいいんだろう……」
 今までなるべく考えないようにしていたが、僕には実際のバトルをしたという経験がない。クラス分けの時のあれは、ノーカウントだ。
 あれをバトルと言っていいのなら、腕に止まった蚊を叩き潰したこともバトルとカウントしていいだろう。
 とにかく、僕には圧倒的に経験が足りない。しかし、こうして読んでいる本は、ほとんどがバトルしたことがある前提で、内容を進めている。
 相手の攻撃を避けてから攻撃……どう動けばいい? 攻撃を受けてしまった……どう対処する? 追撃されたらどうしたらいい? 攻撃を受けてから、再び動けるようになるまでの時間は……。
 何も、分からない。こんな状態で、本当に戦えるのだろうか。
 頭を抱える……と、何やら甘ったるい匂いが鼻を突く。
 ケーキやクッキーのような、優しい甘さではない、もっとこう……身体に悪いものがガンガン使われているような、喉を焼こうとせんばかりの香りだ。
 たまらず顔を上げてみると、メアが興味深そうに横から本を覗き見ていた。
 手には……何だあれ。カブトムシの幼虫がカラフルになったような、多分お菓子? を、持っている。
 何だっけ、何ていう名前だっけ、あれ。
「……それ、何?」
「ゼリービーンズだ。モグモグ……」
 あぁ、ゼリービーンズね。そういえば、そんな名前だった。いやぁ、スッキリした……。
 って、今はそんなお菓子の名前なんてどうでもいいじゃないか。
 むしろ、使える脳の容量が減った分、思い出さずに忘れていたままの方がよかったまである。
「美味しそうに食べているとこ悪いけど、僕はこの本の内容を覚えるのに必死なんだ。ちょっと、集中させてくれるかな?」
「モグモグ……疲れた時には、甘いものを食べるといいそうだぞ。主も、一つどうだ?」
「……いや、遠慮しておく……」
 これだけ、ハッキリと断ったのだ。あっさりと身を引いてくるかと思いきや、メアはゼリービーンズを咀嚼しながら、無言で僕を見つめてくる。
 何だ、何がしたいんだ。単純に、僕が読んでいる本に興味があるのか? いや、それならばこんなにも沢山あるのだ。メアなら、一冊貸してくれと頼んでくるはずである。
 分からない……。正直、今読んでいる本の内容なんか、全く頭に入っていない。
 一枚も捲られないページ、本を読む姿勢のまま固まってしまった僕と、それを見つめるメア。何とも、奇妙な光景だった。
「……あの時」
 おもむろに、メアが口を開く。
「あの時……?」
「さっき、机を壊してしまった時だ」
 あぁ、あれか。そういえば、派手に机を破壊した割には、妙に落ち着いていたというか……あれは、一体何だったのだろう。
「あの時な、主のことを悪く言われた瞬間、体が物凄く熱くなって、全く力の制御が出来なくなったのだ。一瞬だったから、机だけで済んだが……」
「それって……」
 ……怒った? のか?
 でもまさか、僕が悪く言われたくらいで、そんな……。
「……自分でも、どうしてああなったのか、分からないのだ。あんな風に、体の中で強い衝撃が起きるのも……」
 ……そうか。メアは、度々自分には感情がないと言っていたが、実際はそうではなかったのだ。
 その証拠に、嬉しそうだったり不満そうだったりと、メアの気持ちを感じ取れる場面は何度かあった。
 おそらくだが、メアは喜怒哀楽を感じる濃度が、生物としてはずっとずっと少ないのだ。
 どうして、そうなのか……それは、到底僕の知識では及ばないところではあるが。
 ドラゴンが、感情薄いという話は聞いたことがない。これは、メア特有の……管理者としての、何かなのだろう。
 だからこそ、混乱しているのだ。
 急な強い感情に、脳が追いついていけてない。というよりも、それが何なのか分かっていない。だって、それはメアにとって未知の領域なのだから。
 ――怒りという負の感情は、とても強い。メアが言うように、自分で自分が制御出来なくなる程に、体全体を蝕んで、支配してしまう。
 そういう意味では、メアが食事を好むのも、人の娯楽を知りたいという、快楽主義なところから来ているのかもしれない。
 食べるという行為自体は、生きていく上で必要不可欠なものだし、それが美味ければ美味い程、強い快楽となり脳に直接揺さぶりをかける。
 食事は、最も手軽な娯楽の一つと言えるであろう。
「――それで、人間の社会で暮らしていくなら、今後あんなことが起こったら事だろう? だから、原因の究明を……って、主、聞いているか?」
「う、うん。もちろん聞いてるよ?」
 このこと……メアにはどうやって説明しよう。
 怒りのあまり机を破壊して、さらには相手の挑発に乗って試合をすることになっただなんて、ただのどうしようもない奴である。
 というか、本当にどうして急に怒ったりなんて、したんだろう。
 もし、仮に。本当に、僕のことで怒ってくれたのだとしたら。
 ……それはちょっと、嬉しい……かもしれない。
「……主?」
「あ、いや! まずは……そう、試合! もう時間もないし、今はこっちを優先しようよ!」
 問題を先送りにしてしまうのは、僕の悪い癖だ。
 だが、実際に時間がないのは事実ではあるし、こればっかりは仕方がないだろう。
 僕は残り時間いっぱいを使い、ほとんど分からない本の内容を頭に叩きこんだ。
 今は意味が分からずとも、この後に待っている試合で、きっと活かせる時が来るはずだ。
 そう、信じて――。
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