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第1週 -帰-
1話 再会
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夏休み初日、バスの車窓から見えるのはひたすらに緑だ。
絶え間なく生い茂る木々をすべて数えたらいったい何本なんだろう、とくだらないことを頬杖をつきながら考える。
かれこれ1時間近く乗っているが、ほとんど景色が変化しない。
木、木、とにかく木。
山間部で電波状況が悪いため、携帯は使えない。
今日はあいにく本を持ってきていないため、暇を潰す術も限られている。
「りんご、ゴルフ、不可逆、薬、り… また『り』か」
一人しりとりは10秒ともたなかった。
『不可逆』なんて言葉を持ってきたのがよくなかったか。
バスではもし空いていれば、きまっていちばん後ろの、窓側の席に座る。
車内を見渡すことができるし、後ろからの視線も気にならない。
外の景色を眺めてもよし、本を読んでもよし(今日は持ってきていないけれど)。
もっとも落ち着く、いわば特等席だ。
今日他に乗車したのは年配の女性一人だけだったから、ほぼ貸し切り状態と言って良い。
その女性と少し話をしたところ、今日は最高気温が35℃を超えるらしい。
全国的に気温が上がり、県では今年初の猛暑日だそうだ。
家の中はクーラーのおかげで快適なので、外がこうも暑いとは考えもしなかった。
何もせずとも汗が流れてくるというのに、500mlの水しか持ってきていないのは明らかに失敗だった。
すでに半分以上飲んでしまったため、しばらくは我慢しなければならない。
先に降りた女性には「水分補給をしっかりしてくださいね」と声をかけておいた。
ありがとうね、と短く返ってきたが、熱中症で倒れたりしないか、今になって心配になってきた。
腕時計は10時30分を指している。
目的地に着くまで、あと15分ほどだろうか。
いつもであれば、細かな車体の揺れが絶妙に眠気を誘ってくるのだが、この暑さでは流石に寝れるはずがなかった。
古い情報ではあるが、目的地への行き方は事前に調べてメモもしてある。
バスを降りたらまずは案内板を見つける。
地図に従って10分ほど歩き、石階段を上ると拓かれた森の入口に着く...と、〈かくれがどっとこむ〉というwebサイトに書いてあった。
時代を感じる質素な作りのサイトには、製作者が実際に現地で撮影したと思われる写真もいくつか掲載されている。
〈生命の森〉では様々な種類の草木や花が生活しており、珍しい品種も自生している。
ウサギやリスなどの野生動物も見ることができるそうだ。
かなりの僻地にあるため人が訪れることはほとんどないらしいが、そういう場所こそが僕のような〈穴場観光地〉マニアの狙い目である。
誰の目も気にすることなく風景を楽しみ、好きなだけカメラのシャッターを切れる。
素晴らしい土地を独占できる喜びと、広い場所に一人でいることの開放感。
大自然と同化するような、あの感覚がたまらなく好きなのだ。
「次は、白里駅跡。白里駅跡。お降りの方はボタンを押してください」
アナウンスが最後まで流れ終わる前に、僕は降車ボタンを押した。
「次、止まります」
結局、バスは予定より3分遅れの10時48分に到着した。
「ありがとうございました」
運転手にお礼を言って降車すると、すぐに案内板を見つけることができた。
〔500m先 生命の森〕と書かれたそれはかなり古びており、付近は雑草が伸び放題になっている。
〈かくれがどっとこむ〉で見た写真とはずいぶん姿が違った。
ぽつんと立つ電柱からはジリジリジリと夏を感じる鳴き声が聞こえる。
そばにはカゴが変形した自転車と、骨組みが折れてしまったビニール傘が捨てられていた。
どちらもひどく錆びていて、捨てられてから長い時間が経ったことがわかる。
〈彼ら〉のような存在に出会うと思うことがある。
必要とされて持ち主の元へ巡ってきても、不要になったら感謝や別れの言葉もなく捨てられる。
生まれ変わって再利用されることもなく、放置され、二度と持ち主と出会うことはない。
捨てた側の人間は、よほど愛着があったわけでもなければ、捨てた物のことなどすぐに忘れてしまう。
だが捨てられた〈彼ら〉にとっては、持ち主が唯一であり、決して忘れることはない。
この自転車もビニール傘も、かつては誰かと風を切り、誰かを雨から守ったのだ。
持ち主と過ごした〈彼ら〉の記憶は、その形がある限り消えずに残り続ける――。
そうこうしているうちに、石階段まで辿り着いた。
こちらも周りは雑草だらけで、長い間手入れがされていないようだった。
階段自体はしっかりとした作りで、20段ほどあった。
登りきると、森の入口で目に映った光景に、一瞬で心を奪われた。
一面に広がる緑。
思い思いに育った植物たちが、視界を覆い尽くす。
ここはただの森ではない、とすぐに感じた。
見たことのない草花が織り成す空間は、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
こういう場所で、僕は過去に思いを馳せる。
今ここには、僕の他に誰もいない。
たった一人で、森の澄んだ空気を吸っている。
けれど、目を瞑れば、ぼんやりと人の影が見える。
誰かはわからない。
耳をすませば、かすかに声が聞こえてくる。
何を言っているかはわからない。
それは空想などではない。
ずっと前、ここには確かに人が居た。
彼らは笑い、喜び、心を癒した。
花を摘み、歌を歌い、駆け回った。
今ではない、いつか昔に――――。
「おかえり、永天くん。」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
絶え間なく生い茂る木々をすべて数えたらいったい何本なんだろう、とくだらないことを頬杖をつきながら考える。
かれこれ1時間近く乗っているが、ほとんど景色が変化しない。
木、木、とにかく木。
山間部で電波状況が悪いため、携帯は使えない。
今日はあいにく本を持ってきていないため、暇を潰す術も限られている。
「りんご、ゴルフ、不可逆、薬、り… また『り』か」
一人しりとりは10秒ともたなかった。
『不可逆』なんて言葉を持ってきたのがよくなかったか。
バスではもし空いていれば、きまっていちばん後ろの、窓側の席に座る。
車内を見渡すことができるし、後ろからの視線も気にならない。
外の景色を眺めてもよし、本を読んでもよし(今日は持ってきていないけれど)。
もっとも落ち着く、いわば特等席だ。
今日他に乗車したのは年配の女性一人だけだったから、ほぼ貸し切り状態と言って良い。
その女性と少し話をしたところ、今日は最高気温が35℃を超えるらしい。
全国的に気温が上がり、県では今年初の猛暑日だそうだ。
家の中はクーラーのおかげで快適なので、外がこうも暑いとは考えもしなかった。
何もせずとも汗が流れてくるというのに、500mlの水しか持ってきていないのは明らかに失敗だった。
すでに半分以上飲んでしまったため、しばらくは我慢しなければならない。
先に降りた女性には「水分補給をしっかりしてくださいね」と声をかけておいた。
ありがとうね、と短く返ってきたが、熱中症で倒れたりしないか、今になって心配になってきた。
腕時計は10時30分を指している。
目的地に着くまで、あと15分ほどだろうか。
いつもであれば、細かな車体の揺れが絶妙に眠気を誘ってくるのだが、この暑さでは流石に寝れるはずがなかった。
古い情報ではあるが、目的地への行き方は事前に調べてメモもしてある。
バスを降りたらまずは案内板を見つける。
地図に従って10分ほど歩き、石階段を上ると拓かれた森の入口に着く...と、〈かくれがどっとこむ〉というwebサイトに書いてあった。
時代を感じる質素な作りのサイトには、製作者が実際に現地で撮影したと思われる写真もいくつか掲載されている。
〈生命の森〉では様々な種類の草木や花が生活しており、珍しい品種も自生している。
ウサギやリスなどの野生動物も見ることができるそうだ。
かなりの僻地にあるため人が訪れることはほとんどないらしいが、そういう場所こそが僕のような〈穴場観光地〉マニアの狙い目である。
誰の目も気にすることなく風景を楽しみ、好きなだけカメラのシャッターを切れる。
素晴らしい土地を独占できる喜びと、広い場所に一人でいることの開放感。
大自然と同化するような、あの感覚がたまらなく好きなのだ。
「次は、白里駅跡。白里駅跡。お降りの方はボタンを押してください」
アナウンスが最後まで流れ終わる前に、僕は降車ボタンを押した。
「次、止まります」
結局、バスは予定より3分遅れの10時48分に到着した。
「ありがとうございました」
運転手にお礼を言って降車すると、すぐに案内板を見つけることができた。
〔500m先 生命の森〕と書かれたそれはかなり古びており、付近は雑草が伸び放題になっている。
〈かくれがどっとこむ〉で見た写真とはずいぶん姿が違った。
ぽつんと立つ電柱からはジリジリジリと夏を感じる鳴き声が聞こえる。
そばにはカゴが変形した自転車と、骨組みが折れてしまったビニール傘が捨てられていた。
どちらもひどく錆びていて、捨てられてから長い時間が経ったことがわかる。
〈彼ら〉のような存在に出会うと思うことがある。
必要とされて持ち主の元へ巡ってきても、不要になったら感謝や別れの言葉もなく捨てられる。
生まれ変わって再利用されることもなく、放置され、二度と持ち主と出会うことはない。
捨てた側の人間は、よほど愛着があったわけでもなければ、捨てた物のことなどすぐに忘れてしまう。
だが捨てられた〈彼ら〉にとっては、持ち主が唯一であり、決して忘れることはない。
この自転車もビニール傘も、かつては誰かと風を切り、誰かを雨から守ったのだ。
持ち主と過ごした〈彼ら〉の記憶は、その形がある限り消えずに残り続ける――。
そうこうしているうちに、石階段まで辿り着いた。
こちらも周りは雑草だらけで、長い間手入れがされていないようだった。
階段自体はしっかりとした作りで、20段ほどあった。
登りきると、森の入口で目に映った光景に、一瞬で心を奪われた。
一面に広がる緑。
思い思いに育った植物たちが、視界を覆い尽くす。
ここはただの森ではない、とすぐに感じた。
見たことのない草花が織り成す空間は、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
こういう場所で、僕は過去に思いを馳せる。
今ここには、僕の他に誰もいない。
たった一人で、森の澄んだ空気を吸っている。
けれど、目を瞑れば、ぼんやりと人の影が見える。
誰かはわからない。
耳をすませば、かすかに声が聞こえてくる。
何を言っているかはわからない。
それは空想などではない。
ずっと前、ここには確かに人が居た。
彼らは笑い、喜び、心を癒した。
花を摘み、歌を歌い、駆け回った。
今ではない、いつか昔に――――。
「おかえり、永天くん。」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
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