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瀬戸際の泥棒と窓際の彼女
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「十年前、私が九歳の時」と神田美咲は話し出す。言葉は物語の形を成して、甲田の耳から脳へと進んでいく。
「私はまだこの家に住んでいなくて、ここから少し離れた一軒家に住んでたの。仲のいい家族だった。休日には出掛けていつも日曜日の夜は憂鬱になってた。いつまでも休みが続いたらいいのにって。そんなある日、風が強い日だった。窓がカダガタと揺れて、家まで揺れて飛んでいくんじゃないかって思ったくらい。私は二階の寝室で両親と一緒に寝てたんだけど、玄関が開く音がしたの。いや、玄関が開く音っていうか、風が入ってくる音。なぜかすぐに分かった。家の中の世界に外の世界が入り込んできたのが。すごく嫌なものと一緒に。私は怖くなって静かにベットから降りてベットの下に隠れたの。親を起こさないで」
神田美咲はため息をつく。心なしか息が白い。寒さがまた戻ってきたな、と甲田は思った。
「入ってきたのは泥棒だった。ゆっくりとした動作なのに、凄い早く動くの。私はベットの下からずっと見てて、気味が悪かった。泥棒は部屋にあった棚を開けて中に入ってたお父さんの時計とかお母さんのアクセサリーをリュックに詰めてた。結構たくさんの物を入れて、リュックを閉めたの。そしたらジジジってチャックの音が鳴って。その音でお父さんが起きた。お父さんはすぐに泥棒に気付いて飛びついたの。それにびっくりしたのか、泥棒はリュックを置いて下の階に逃げて行った。本当なら、それで終わりのはずだったの。だって、泥棒は盗んだものを置いて逃げてったんだから。でもお父さんはベッドの上にいない私に気付いたの。ベッドの下に隠れてたのに、お父さんは私が泥棒に連れて行かれたと思ったみたい。すぐにお母さんを起こして、二人で下の階に行ったの。私はただ怖くて怖くて、動けなくて、いつの間にか寝てた。気を失ってたのかもしれない。とりあえず、気がついたら朝になってたの。その頃には風も止んでて、凄く静かだった。ベッドの下から這い出て、体がコチコチに固まってた。ベッドにはお父さんもお母さんもいなくて、下の階に降りた。ギィギィっていつもなら気にならない階段の音が凄く大きく聞こえた。リビングの扉を開けたら、お父さんとお母さんは包丁で刺されて倒れてた。泥棒は逃げた後だった」
神田美咲の声が震える。
「すぐに救急車を呼んだけど、お父さんとお母さんは死んだわ。泥棒はすぐに捕まった。血塗れで歩いてたところを警察に職務質問されて」
これでこの物語はお終い、と言うかのように神田美咲は話すのを止める。
その後の彼女のことは想像ができた。祖父母の家に引き取られ、大きな心の傷を抱えながら生きてきて、ついには祖父母も失ってしまった。生きる気力をなくした神田美咲は、歩こうとしなくなった。この家にあった孤独な暗闇はこうしてできたのだ。
「私はもう、死んでいるのかもしれない」と神田美咲は言った。
「ほら、地縛霊ってあるでしょう。未練を残した霊が生前に所縁のあるところに霊として出るってやつ。私はきっとあれなのよ。クロが気掛かりで成仏できない霊。病院のあの病室の窓際の私は、もう死んでるのよ」
いつの間にか月は雲に隠れて、部屋は暗くなっていた。部屋にも外にも音はない。時間で言えば、まだ街の方に出ればビルや店の明るい光に彩られ人々の足音や話し声で賑やかだろうが、そんな現実はないかのように、甲田たちの周りは静かだった。
「私はまだこの家に住んでいなくて、ここから少し離れた一軒家に住んでたの。仲のいい家族だった。休日には出掛けていつも日曜日の夜は憂鬱になってた。いつまでも休みが続いたらいいのにって。そんなある日、風が強い日だった。窓がカダガタと揺れて、家まで揺れて飛んでいくんじゃないかって思ったくらい。私は二階の寝室で両親と一緒に寝てたんだけど、玄関が開く音がしたの。いや、玄関が開く音っていうか、風が入ってくる音。なぜかすぐに分かった。家の中の世界に外の世界が入り込んできたのが。すごく嫌なものと一緒に。私は怖くなって静かにベットから降りてベットの下に隠れたの。親を起こさないで」
神田美咲はため息をつく。心なしか息が白い。寒さがまた戻ってきたな、と甲田は思った。
「入ってきたのは泥棒だった。ゆっくりとした動作なのに、凄い早く動くの。私はベットの下からずっと見てて、気味が悪かった。泥棒は部屋にあった棚を開けて中に入ってたお父さんの時計とかお母さんのアクセサリーをリュックに詰めてた。結構たくさんの物を入れて、リュックを閉めたの。そしたらジジジってチャックの音が鳴って。その音でお父さんが起きた。お父さんはすぐに泥棒に気付いて飛びついたの。それにびっくりしたのか、泥棒はリュックを置いて下の階に逃げて行った。本当なら、それで終わりのはずだったの。だって、泥棒は盗んだものを置いて逃げてったんだから。でもお父さんはベッドの上にいない私に気付いたの。ベッドの下に隠れてたのに、お父さんは私が泥棒に連れて行かれたと思ったみたい。すぐにお母さんを起こして、二人で下の階に行ったの。私はただ怖くて怖くて、動けなくて、いつの間にか寝てた。気を失ってたのかもしれない。とりあえず、気がついたら朝になってたの。その頃には風も止んでて、凄く静かだった。ベッドの下から這い出て、体がコチコチに固まってた。ベッドにはお父さんもお母さんもいなくて、下の階に降りた。ギィギィっていつもなら気にならない階段の音が凄く大きく聞こえた。リビングの扉を開けたら、お父さんとお母さんは包丁で刺されて倒れてた。泥棒は逃げた後だった」
神田美咲の声が震える。
「すぐに救急車を呼んだけど、お父さんとお母さんは死んだわ。泥棒はすぐに捕まった。血塗れで歩いてたところを警察に職務質問されて」
これでこの物語はお終い、と言うかのように神田美咲は話すのを止める。
その後の彼女のことは想像ができた。祖父母の家に引き取られ、大きな心の傷を抱えながら生きてきて、ついには祖父母も失ってしまった。生きる気力をなくした神田美咲は、歩こうとしなくなった。この家にあった孤独な暗闇はこうしてできたのだ。
「私はもう、死んでいるのかもしれない」と神田美咲は言った。
「ほら、地縛霊ってあるでしょう。未練を残した霊が生前に所縁のあるところに霊として出るってやつ。私はきっとあれなのよ。クロが気掛かりで成仏できない霊。病院のあの病室の窓際の私は、もう死んでるのよ」
いつの間にか月は雲に隠れて、部屋は暗くなっていた。部屋にも外にも音はない。時間で言えば、まだ街の方に出ればビルや店の明るい光に彩られ人々の足音や話し声で賑やかだろうが、そんな現実はないかのように、甲田たちの周りは静かだった。
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