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【第九話】それはそれで……:冬至唯中.txt

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 玄関を開けると隣の部屋の住人がいた。
 美人じゃないほうの…… いや、目の前のショートカットの女も十分に美人だとは思うけど、コイツが毎日喘いでいると思うと……
 今の俺にとっては拷問でしかない。
 今はそれがどうしても千春につながってしまう。それはもはや俺にとって拷問以上の地獄だ。
 実際ここ最近まともに寝れた記憶はない。
「あれ? 秋葉…… さんの? 彼氏?」
 そいつは、驚いた顔をしながらそんなことを聞いてきた。
 何を言って……
 秋葉? ああ、あのおはぎの美人の人か。
 部屋を勘違いしたのか。そう言えば、コイツもタッパを持っている。それを返しにいくところか。
「秋葉さんはうちの隣ですよ」
 そう言って、扉を閉めようとしたら、足を差し込まれた。
 しかも、薄着、というか、生足を…… すらりと長くなまめかしい足を。
 扉で挟んではいけないと、慌てて扉を閉めるのを止める。
 その様子を見て、そいつはニヤリと笑う。
 コイツ、なんか嫌いだ。
「あ、そうなの? そうかそうか、ごめんね、えーと……」
 足を差し込んできたことを気にも留めない。
 な、なに考えてるんだ、コイツ。
「と、冬至です、冬の冬至の冬至で、読み方も漢字も同じです」
「え? ああ、はいはい。私はひとなつって書いてイツゲって読むよ。ひとなつ、でもいいけどね、好きに呼んでよ」
 今も足を玄関の中に入れたまま、いや、玄関の中に体を差し込んで、完全に入ってきた……
 しかも、ほんとうに薄着で……
 今にも下着が見えそうなほどの……
 こ、こんな格好で男の部屋に入ろうとするだなんて、何考えているんだ?
「一夏さんですか…… な、なんで部屋に入ろうとするんですか?」
 一夏と名乗った女は、二ヤつきながら俺の部屋に完全に入り込んで、自らドアを閉めた。
 まるで外を気にするかのように。
 そして、俺を値踏みするように見た後、
「キミ、冬至君だっけ、あれでしょう? 千春の知り合いだよね?」
 と、言ってきた。
「幼馴染です」
 俺は即座にそう言い返す。
 やはり千春の友達なのか?
「あっ、そーなんだ。ふーん」
 そう言ってニヤニヤと笑った。
 千春は何でこんな奴と友達なんかやってるんだ。
「な、なんですか? ニヤニヤ笑って」
 そのにやけ顔にいら立ってきたのでそう言ってやった。
「千春と会いたい?」
 けど、そいつにそう言われて、俺は、会いたい、というのを必死で、泣きたいほど必死でこらえた。
「それは……」
「えっと、どこまで聞いてる? 千春に同棲相手がいるってことは聞いてたんだっけ?」
 ずけずけと聞いてくる、コイツは本当になんなんだ。
 でも、わざわざ聞いてくるってことは千春と取り持ってくれる気でもあるのか?
「はい……」
「それが私って言ったら?」
 私? なにが?
 は? へ? 同棲? 同棲じゃなく同居?
 そ、そう言うこと? 
「は? え? 同棲って、そういうことじゃないんですか?」
 そ、そう言うことか!
 千春! 千春は同棲と同居の意味がわからなかったんだ!
 そうだよな、そうだよ!
 千春も男ととは一言も言ってなかった…… よな?
 そうか、そう言うことか、俺の勘違いだったのか!
 あれ? じゃあ、隣から聞こえてきたあの喘ぎ声は……?
「そうだよ。私はどっちもいけるから」
 どっちもいける?
 な、な、え? 何を言っている? こいつはなにを?
 こいつが千春の同棲相手で…… こいつが千春の? はあ?
「え? え!? 千春の相手って……」
 女、千春の同棲相手が女?
 あの喘ぎ声はどっちの? ち、千春のな訳がない!
 千春があんな下品な声を上げるわけが!
 で、でも、千春の相手が女? 女同士? え? え? どう、え? えぇ…… それはそれで……
「そう、私だよ。あー、ここ、壁薄いからさ、毎晩さ、千春の声、聞こえちゃってたかもね、ごめんね?」
「あ、へぇ? あの声…… が、ち、千春の?」
 あの声が千春の? あの下品な声が?
 う、嘘だ。千春がそんな…… そんな……
 千春の声なのか? あの声が?
「私はあんまり声出さないから、聞こえたとしたらそれは、千春のだよ?」
「な、な、な、な……」
 あの声が千春の?
 ほ、本当なのか? いや、そんなことより、千春の相手が女? 女同士でそんなことをしているのか?
「キミ、良いけどダメだね。君じゃ千春の相手はそれじゃ無理だよ」
「なんで!?」
 いきなりなんだ、この女!
「だって、キミ、心のどこかで女同士なら、まあ、いいか、って、今、思っちゃったでしょう? そんな人じゃ千春の相手は無理だよ。千春はね、グイグイ来る人が好きなんだよ。君みたいな千春の顔色伺うタイプじゃ無理だよ」
「……」
 その言葉は俺にとって図星だった。
 舞い上がっていた、千春の相手が女と聞いて、舞い上がっていた俺を一気に地面に、どん底に叩き落とす言葉だった。
 例え千春の相手が同性の女であったとしても、千春には愛する奴がいるということだ。
 それがこの目の前の…… 嫌な女だ。
 なにを千春の相手が女だって知って、一瞬でも喜んでいるんだ。俺は馬鹿だ。
 すべてコイツの言うとおりだ。
「千春としたい? 千春は凄い乱れるよ?」
「な、なん……」
 ソイツの発した言葉ですべてが消し飛ぶ。
 怒りで顔が真っ赤になっていくのがわかる。
 こんな奴に、例え女同士だとしても、千春を任せれるわけがない。
「アハハッ、冗談だよ。でも、千春がOK出してくれば三人でしても、私はイイヨ?」
「へぇ?」
 怒りがどっかいく。
 千春と…… 千春がOKしてくれれば?
 お、俺はどうしたい? どうすればいいのか? なんなんだ、この女は…… なんでこんな奴と千春は……
「おお、その顔、いいねぇ。今日も私達、愛し合っちゃうから、声だけ、使っていいよ。千春の恋人ととして許可を出してあげるよ」
「な、なっ!!」
 馬鹿にしたようにそう言われて、再び怒りが勝る。
 けど、ソイツはするっと動いて、ドアを開けて外へと逃げだす。
 そして、ドアが閉まる隙間から、
「あっ、さっきの話も嘘じゃないからさ、せっかく隣同士だし、仲良くやろうよ。ね? じゃあ、千春がOK出すこと願っててよ。じゃね!」
 と言って来た。
 俺は何も言い返せなかった。
 もはや怒っているのか喜んでいるのかすらもわからない。



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