それなりに怖い話。

只野誠

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くも

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 部屋の中に蜘蛛がいる。
 小さな小さな、良く跳ねる蜘蛛だ。

 ここは小さな会社の事務所の一室だ。
 しかも、マンションの八階で餌になるような虫はほとんどいない。

 なので、男はたまに砂糖水を作り、それを綿棒にしみこましえて、その蜘蛛に与えていた。
 まあ、ペット感覚だ。

 蜘蛛を怖がるような人もいなかったので、その事務所では蜘蛛に名前も付けてかわいがられていた。
 その蜘蛛に餌をやれればその日一日運が良くなる、そんな噂がゲン担ぎ程度に流行っていた。

 その日は急な仕事が入り、夜遅くまで数人もの人間が残って必死に仕事をしていた。
 小さな事務所で大手にできないような小回りが利く、と言うのが売りだ。

 その急な仕事を断ることなどできやしない。
 全員が今日は泊りだ。
 と、覚悟していたのだという。

 男に割り振られた作業の量も多い。
 今日は一睡もできないかもしれないと、覚悟を決めていたころだ。
 時計の針はだいたい深夜の一時半頃を指している。

 男が仕事に疲れ、ふと窓を見る。
 真っ暗な空が見る。

 そこに何かが飛んでくる。
 蛾だ。
 大きな、人の顔ほどある。
 本当に大きな蛾だ。

 男が驚いで、うわっと、声を上げる。
 それで事務所の人間達も大きな蛾に気づく。

 蛾の羽には目のような模様がついている。
 本当にリアルで、人間の目のような模様だ。

 皆気持ち悪い、と思いつつも蛾に構っている暇もない。
 一時的に話題にはなったが、すぐに蛾を無視して皆仕事をし始める。

 しばらくして事務所の人間の一人が悲鳴を上げる。
 その人間が言うことには蛾の目のような模様が動いたというのだ。

 男が蛾を見る。
 たしかに目があった感じがする。そんな羽の模様だ。
 だからと言って、いくら何でも模様が動くわけない、と男は思っていた。
 きっと疲れているんだ、と、その人間を心配する。

 だが、その模様が男が見て居ると、その模様は瞬きした。

 男は目が点になる。
 そして、次の瞬間男も悲鳴を上げる。
 それにより事務所内が騒然としだす。
 更に騒がしくなった事務所内を観察するように、蛾の羽の模様が確かにきょろきょろと動いている。
 まるで本物の目のように、動いているのだ。

 しかも、部屋の中の人間を見つめるように動いている。

 何人もの人間がその光景を目撃する。
 
 その目は、蛾の羽の模様の目は、まるで獲物を狙うかのように、誰かを探しているかのように、事務所内の人間の動きに合わせて動いているのだ。
 気味が悪いどころの話ではない。
 流石に事務所内でも仕事の手をとめて、蛾のことを警戒しだす。

 蛾がいるのはベランダの窓なのだが、誰一人それを追い払いに行こうとはしない。
 いや、もし行こうとしても止めていただろう。
 もし、窓を開けて中に入りれもされたら、それこそ仕事どころではない。
 少なくともただ大きいだけの蛾ではないのだから。

 そこへ、窓の内側から、いつもの小さな蜘蛛が、蛾の羽の模様に誘われて寄っていく。
 ちょうど目の模様の前で、ガラス越しに蜘蛛が止まる。
 

 蛾の羽の模様の目が、蜘蛛に驚いてかその模様のはずの目を大きく見開いた。
 その蛾は慌てて、闇夜へと飛び去って逃げていった。

 それ以来、この事務所ではより一層、蜘蛛はかわいがられた。



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