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(25)東友紀
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東は時間通りに面談室の扉を開け、「失礼します」と短く告げてから、パイプ椅子へと腰を下ろした。前まで短い黒髪あった彼女の頭は、今や明るい金に輝いていた。メイクもせず、おしゃれとはあまり思えない丸眼鏡をかけた小さな顔には、その輝きはあまりにオーバーに感じられる。
弓削
「あ、録音してもいい?」
東
「どうぞ、お構いなく」
弓削はそっけない東の返答に短く返事をすると、ノートパソコンの録音アプリをONにした。出力先を例のフォルダに設定しながら、ディスプレイにうっすらと反射する自分もまた金髪だと否応なしに自覚してしまう。職員室で浮きまくっている。一時の気の迷いとはいえ、何故私はこんなことをしてしまったのだろうか。目下、最も弓削を悩ませているのは、今回のブリーチングによる深刻なキューティクルへのダメージであった。
そんなため息を仕舞いこみ弓削は東に向き直ると、東は退屈そうに小さく呟いた。それはきっと弓削に向けられたものではなかったが、弓削はにこやかに会話を続ける。
東
「今度は弓削先生ですか」
弓削
「渡辺先生はお休みされてるからね。もしかして、東さんは私じゃ信用できない?」
東:
「別にどちらでも変わりませんよ」
弓削
「それはよかった」
東
「金髪事件について知っていることは一度全て話しましたよ。それに、生徒全員にも聞き終えた頃合いなのでは?」
弓削
「そうだね、渡辺先生は全員に話を聞いたみたい」
東
「なら、誰が何の目的で金髪にしたのかの説明は既に可能なんじゃないですか?それなのに、何を今さら私に聞くことがあるんです。まさか……」
弓削
「い、いやぁ、別に今までのデータが破損したなんてこともないし?渡辺先生と連絡が取れないってわけでもないし?データがあっても私じゃまとめきれないなんてこともないけど?やめてよ、やめなさいよ!」
東:
「先生は何に怒ってるんですか」
弓削
「えーーっと、それはね、秘密というか、隠し事というか。私そう言うの苦手で」
東
「どう考えても隠しごとをしている側の人間が良く言いますね」
弓削:
「あのね東さん、まだ話してないことがいくつかあるでしょ?」
東
「……いくつか?」
強調された『話してないこと』はへの指摘が、仏頂面の東の眉をピクリと動かし、唇がぐにゃりと歪ませる。弓削はそりゃあもうビーンゴォ!と手を叩きたい衝動に駆られたが、同時にごまかしきれない違和感が頭によぎった。東が引っかかったのは、隠し事をしているという事実への指摘ではなく、それが複数あるという点であったように思えたのだ。
弓削
「順に聞くね。金髪に染めたのは、中山さんを勇気づけるため?」
東
「順序が逆ですね。私は自分だけのルールとして、席の四方を金髪に囲まれた時点で髪を染めるつもりでいました。その最後の一人が中山だったというだけです」
弓削
「ならどうして、中山さんを積極的に学校に来させようとしていたの?」
東
「クラスメートを慮るのはそんなに不自然ですか?私らしくない、と?」
弓削
「そうは言わないけど……いや、うんごめん、東さんにしては不自然だと思う。東さんって席が隣ってだけの人にそこまで興味ないタイプだと思ったから。それに中山さんって、生物学的には余りにも無軌道なタイプだし」
我ながらかなり突っ込んだことを言ってしまった。まさか私がそこまで刺すようなことを言うとは思っていなかったらしく、東は少しだけ目を見開いた。そして少しだけ視線をずらして、金髪を耳にかけながら口を開いた。
その頬は、少しだけ照れくさそうに赤らんでいた。
東
「……責任逃れです」
弓削
「それは自白って事でいい?」
東
「違います、私が関わってるのは、中山の一件だけ。こんな大事になると思ってなかったんですよ」
弓削
「もしかして中山さんに濡れ衣でも着せたの?」
東
「違います、どうしてそうなるんですか!?……私は若林先生の下腹部を蹴りつけて走り去る中山を見ていました。その上で、強くは引き留めなかったんです」
弓削
「どうして?」
東
「普通に生物室の授業に遅れたくなかったので」
弓削
「普通は先生を呼ぶけどね?」
東
「中山が逃げる場、傍から聞いてましたけど、どう考えても中山の早合点でしたからね。それなのに、いつの間にか彼女の擁護が、多くの人の金髪の理由になってしまった。私が中山が休んだ日の当事者だとバレて、何なら中山を擁護するほどの大義もないことまでバレてしまえば、矛先が私に向きかねないじゃないですか」
弓削
「それで、穏便に済むうちにさっさと中山さんを復帰させてしまおうとしたわけだ。皆が心配していると言えば、彼女はあっさり学校に来ると考えたし、実際そうだった」
東
「ええ。これで終わりですか?」
弓削
「いや、まだあるよ。あ、安心して欲しいんだけど、このことは皆には話さないから」
東は視線をそらしたまま、弓削の言葉を待っていた。が、数瞬後には弓削が口にした名前にギョッと目を見開き、ガタンと立ち上がることになる。
弓削
「レオールさんのドッキリロケの件なんだけど」
東
「べばっ!」
弓削
「……そんなに慌ててどうしたの?」
東
「あわあわ慌ててなんて無いですが」
弓削
「東さんもドッキリに掛けられたんだよね?」
東
「ま、まぁ、そうですけど、それが何ですか」
弓削
「その時のことをレオールさんが褒めてたって知ってた?」
東
「い、いや、全然……ほ、褒めてた?あれで?」
焦りと困惑が入り混じった表情で、東はおずおずと席に戻る。知らなかったというのは本当のようだ。赤面した顔を両手で覆う彼女の様子は、当時のことを思い出すのはしんどいというごくごくありふれた女子高生のように見えた。
東がイケメン俳優にどんなドッキリを掛けられたかは後日テレビの画面で知ることになるのだが、それは端的に言い表すなら『機械音声の様な無機質な声色で、目の前のイケメンの身体的特徴への賛美と事実上は不審な侵入者であることへの不信を交互に口から漏らしながら、直立不動でギチギチと首だけを左右に振り鼻血を垂れ流する呪いのこけし人形』であった。女子高生らしいかわいさとは無縁だが、最後には『ドッキリなら入館証を付けろぉ!』と本末転倒なことを叫びながら涙目で走り去り挙句ずっこけるその姿は、無事「アンドロイドこけしネキ」としてネットミームとなることになる。
弓削
「本当に知らなかったんだね。じゃあ、クラスの一部でレオールさんから褒められた生徒が誰かをめぐったイザコザがあったのも知らない?」
東
「なんですかそれ……ドッキリを仕掛けられた場には私以外には生徒は誰もいませんでしたし、まあ、それは幸いだったというか、なんというか」
弓削
「ありゃりゃ、これもしかして、東さんにとっては恥ずかしいことを聞いちゃった?」
東
「いえ、大丈夫ですよ。その場は慌てて番組に出してもいいと言ってしまいましたけど、きっとお蔵入りでしょうし」
再掲すると、その後彼女のモニタリング映像は無事に番組本編に採用され、彼女は「アンドロイドこけしネキ」としてネットミームとなることになる。ここから得られる教訓があるとすれば、断るべき時にきっぱり断る勇気であろうか。あるいは、多少は血とかが流れても問題ない非地上波の番組ではないかと疑う目線を持つべき、とか。
東
「も、もういいでしょう。私が染めた理由も話しましたし。ドッキリのイザコザなんて私は関係ないですから」
弓削
「ごめん、最後に一つだけ聞かせてほしいの」
東
「……そろそろ怒りますよ。これで最後って約束してくださ」
弓削
「どうして一条さんが最初に金髪にしてきたことを渡辺先生には隠したのかな」
東
「それは渡辺先生にも話しましたが、彼女に触発されて全員が金髪にしたと誤解させないためです」
弓削
「逆に聞くけど、どうして一条さんが誰も巻き込んでないって言えるの?」
東
「……それは、彼女自身がそう言ってたので」
弓削
「知ってたの!?」
東
「ええ、彼女が金髪に染めてきた次の日、比留間が染めてきたのを見て、初めは一条が比留間を金髪にしたのだと思いました。なので、比留間にそれとなく金髪にした理由を聞いたんです。すると彼女は、『西宮さんに合わせただけだ』と。念押しに一条本人にも確認しましたが、『二人は自分とは関係ない』とキッパリ言ってましたし」
弓削
「一条さんが怪しくないって判断できたのはわかったけど、西宮さんが首謀者だとは思わなかったの?」
東
「休み明けにベジマイト味のチョコをお土産に配り出したんですよ?オーストラリアの身内に合わせて地毛に戻したというのは想像つくじゃないですか」
東はそう言って、馬鹿にしたような目を弓削に向けた。弓削に想像できるのは、世界一不味いジャム特有の塩辛さと発酵臭を備えたチョコの味なんぞ、どう考えてもゲロマズだろうということくらいだった。東と言う生徒は、興味がないようでそこそこ周りを見ているのかもしれない。あるいはクラス委員長という、否応なしに気にせざるを得ない立場にあることを自覚し始めたのだろうか。
……いいや、そんなわけがない。東に限って言えばそれはないはずだ。そんな温情があったならもっと彼女は事件解明に協力してくれていいはずなのだから。
弓削
「まだ、嘘ついているよね、東さん。やっぱり今の説明は、あなたが『一条さんの名前を伏せた』理由になってない」
東
「まだ言いますか」
弓削
「一条さんは自分の意思で染めてたんだよね?なら面談の順番が巡ってくれば、そのことを正直に話したと思うの。なのに、東さんは面談の最初の方で呼び出されたのにも関わらず、一条さんが最初に染めたと渡辺先生に言わなかった」
東
「……」
弓削
「東さんが関わっているのは一条さんが金髪に染めた理由でも、背景でもない。きっと金髪っていう『手段』の方なんじゃないかな。最初に染めた一条さんが『金髪に染める』という主張の方法を取った裏側に東さんがいた、それだけで黒幕だと疑われる。だから伏せた」
東
「ハズレ……とは言い切れないですね」
長い沈黙の跡、東は唇をツンと尖らせながら、こめかみを押さえながらそう答えた。弓削とて最初から東が田中や中田、南原を脅して金髪を増やしていた犯人だとは思っていなかった。目の前の東の反応は、罪を暴きたてられたというよりは、むしろ先ほどのドッキリのことを指摘されたのと同じような、気恥ずかしさをごまかしているように見えた。
東
「私は、一条には何もしていないです。ただ、その……染めた髪の色が金髪だった理由は、私のせいかもしれないと思う節はあってですね……休みの日に駅前のドラッグストアで私が金髪染めを手にしているのを、連れ合いと歩いていた一条に見られたんです」
弓削
「じゃあクラスで一番早く金髪に染めようとしていたのは東さん、ってこと?」
東
「ちょ、ち、違います!私はその、あのいけ好かないイケメンの金髪の色が、具体的にどのカラーリング剤で出来ていたのか興味があっただけであって、再現性があるのかの検証が目的で、別に自分で染めておそろいになろううとかは全然……そういうのではない!学術的なやつ!」
なんだかんだ言ってもイケメン俳優にしっかり脳みそをローストされているじゃないか。おもしれ―女。
東
「と、とにかく!一条が私に声を掛けてきたので、すぐにカラーリング剤を元の場所に戻して、私は引き返しました。それを見た一条は何か得心行ったような顔だったんです。その休み明けには金髪にしてきたので、1%ほどは私のせいかもと思っただけです。変に情報を小出しにして疑われるくらいなら、一条自身に語らせた方がいいと思ったまでで!」
弓削
「わかった、わかった。とにかく、東さんに悪意がないのは伝わったから、安心して」
東
「フーッ、フーッ!もうこれでいいですよね?」
弓削
「ごめんね、その、できればでいいんだけどさ。一条さんが一緒に歩いていた人って誰だったかってわかる?」
東
「距離があったので顔まではわかりかねますね。黒い髪が背中まで伸びてたくらいしか」
弓削
「そっか、ありがとう。墓まで持ってくよ、東さんの秘密は」
東がドッと疲れたような顔を浮かべるさなか、弓削は思考を巡らせていた。一条が金髪になるきっかけはたしかに東かもしれない。一方でもう一人、彼女の同行者という候補が出てきてしまった。ここに来て事件が難解さを増していくことに、弓削は頭痛を覚えるのであった。尚、彼女とイケメン俳優の淡い一方通行の感情は、弓削は墓まで持っていったが、テレビ局は持っていかなかった。
それでも弓削は自分が教師であることを思い出し、去ろうとする東の背中に呼び掛けた。
弓削
「東さんは、今回の事件で東さんは色々な目に遭ったと思うんだけどさ、別に恥ずかしいことなんて1個もないからね?」
東
「……はい?」
弓削
「だから、隠し事したり、イケメンに悶えたり、誰かの助けになろうとしたり、格好つけたり。そんなの、みんなやってることだから。私だって、同じようなこと、今でもやるから」
東
「はあ……そういうものですか」
弓削
「私の目には今までの東さんよりは人間味が増えた気がするし、自分でも変化に戸惑うかもしれないけど、そしたら、ちゃんと先生に相談していいんだからね?」
東は少しだけ考えてから、笑顔でさっぱりと答えた。
東
「なるほど、万が一そんなことになったら仁科先生にでも相談してみます。ありがとうございました、弓削先生」
弓削
「あ、録音してもいい?」
東
「どうぞ、お構いなく」
弓削はそっけない東の返答に短く返事をすると、ノートパソコンの録音アプリをONにした。出力先を例のフォルダに設定しながら、ディスプレイにうっすらと反射する自分もまた金髪だと否応なしに自覚してしまう。職員室で浮きまくっている。一時の気の迷いとはいえ、何故私はこんなことをしてしまったのだろうか。目下、最も弓削を悩ませているのは、今回のブリーチングによる深刻なキューティクルへのダメージであった。
そんなため息を仕舞いこみ弓削は東に向き直ると、東は退屈そうに小さく呟いた。それはきっと弓削に向けられたものではなかったが、弓削はにこやかに会話を続ける。
東
「今度は弓削先生ですか」
弓削
「渡辺先生はお休みされてるからね。もしかして、東さんは私じゃ信用できない?」
東:
「別にどちらでも変わりませんよ」
弓削
「それはよかった」
東
「金髪事件について知っていることは一度全て話しましたよ。それに、生徒全員にも聞き終えた頃合いなのでは?」
弓削
「そうだね、渡辺先生は全員に話を聞いたみたい」
東
「なら、誰が何の目的で金髪にしたのかの説明は既に可能なんじゃないですか?それなのに、何を今さら私に聞くことがあるんです。まさか……」
弓削
「い、いやぁ、別に今までのデータが破損したなんてこともないし?渡辺先生と連絡が取れないってわけでもないし?データがあっても私じゃまとめきれないなんてこともないけど?やめてよ、やめなさいよ!」
東:
「先生は何に怒ってるんですか」
弓削
「えーーっと、それはね、秘密というか、隠し事というか。私そう言うの苦手で」
東
「どう考えても隠しごとをしている側の人間が良く言いますね」
弓削:
「あのね東さん、まだ話してないことがいくつかあるでしょ?」
東
「……いくつか?」
強調された『話してないこと』はへの指摘が、仏頂面の東の眉をピクリと動かし、唇がぐにゃりと歪ませる。弓削はそりゃあもうビーンゴォ!と手を叩きたい衝動に駆られたが、同時にごまかしきれない違和感が頭によぎった。東が引っかかったのは、隠し事をしているという事実への指摘ではなく、それが複数あるという点であったように思えたのだ。
弓削
「順に聞くね。金髪に染めたのは、中山さんを勇気づけるため?」
東
「順序が逆ですね。私は自分だけのルールとして、席の四方を金髪に囲まれた時点で髪を染めるつもりでいました。その最後の一人が中山だったというだけです」
弓削
「ならどうして、中山さんを積極的に学校に来させようとしていたの?」
東
「クラスメートを慮るのはそんなに不自然ですか?私らしくない、と?」
弓削
「そうは言わないけど……いや、うんごめん、東さんにしては不自然だと思う。東さんって席が隣ってだけの人にそこまで興味ないタイプだと思ったから。それに中山さんって、生物学的には余りにも無軌道なタイプだし」
我ながらかなり突っ込んだことを言ってしまった。まさか私がそこまで刺すようなことを言うとは思っていなかったらしく、東は少しだけ目を見開いた。そして少しだけ視線をずらして、金髪を耳にかけながら口を開いた。
その頬は、少しだけ照れくさそうに赤らんでいた。
東
「……責任逃れです」
弓削
「それは自白って事でいい?」
東
「違います、私が関わってるのは、中山の一件だけ。こんな大事になると思ってなかったんですよ」
弓削
「もしかして中山さんに濡れ衣でも着せたの?」
東
「違います、どうしてそうなるんですか!?……私は若林先生の下腹部を蹴りつけて走り去る中山を見ていました。その上で、強くは引き留めなかったんです」
弓削
「どうして?」
東
「普通に生物室の授業に遅れたくなかったので」
弓削
「普通は先生を呼ぶけどね?」
東
「中山が逃げる場、傍から聞いてましたけど、どう考えても中山の早合点でしたからね。それなのに、いつの間にか彼女の擁護が、多くの人の金髪の理由になってしまった。私が中山が休んだ日の当事者だとバレて、何なら中山を擁護するほどの大義もないことまでバレてしまえば、矛先が私に向きかねないじゃないですか」
弓削
「それで、穏便に済むうちにさっさと中山さんを復帰させてしまおうとしたわけだ。皆が心配していると言えば、彼女はあっさり学校に来ると考えたし、実際そうだった」
東
「ええ。これで終わりですか?」
弓削
「いや、まだあるよ。あ、安心して欲しいんだけど、このことは皆には話さないから」
東は視線をそらしたまま、弓削の言葉を待っていた。が、数瞬後には弓削が口にした名前にギョッと目を見開き、ガタンと立ち上がることになる。
弓削
「レオールさんのドッキリロケの件なんだけど」
東
「べばっ!」
弓削
「……そんなに慌ててどうしたの?」
東
「あわあわ慌ててなんて無いですが」
弓削
「東さんもドッキリに掛けられたんだよね?」
東
「ま、まぁ、そうですけど、それが何ですか」
弓削
「その時のことをレオールさんが褒めてたって知ってた?」
東
「い、いや、全然……ほ、褒めてた?あれで?」
焦りと困惑が入り混じった表情で、東はおずおずと席に戻る。知らなかったというのは本当のようだ。赤面した顔を両手で覆う彼女の様子は、当時のことを思い出すのはしんどいというごくごくありふれた女子高生のように見えた。
東がイケメン俳優にどんなドッキリを掛けられたかは後日テレビの画面で知ることになるのだが、それは端的に言い表すなら『機械音声の様な無機質な声色で、目の前のイケメンの身体的特徴への賛美と事実上は不審な侵入者であることへの不信を交互に口から漏らしながら、直立不動でギチギチと首だけを左右に振り鼻血を垂れ流する呪いのこけし人形』であった。女子高生らしいかわいさとは無縁だが、最後には『ドッキリなら入館証を付けろぉ!』と本末転倒なことを叫びながら涙目で走り去り挙句ずっこけるその姿は、無事「アンドロイドこけしネキ」としてネットミームとなることになる。
弓削
「本当に知らなかったんだね。じゃあ、クラスの一部でレオールさんから褒められた生徒が誰かをめぐったイザコザがあったのも知らない?」
東
「なんですかそれ……ドッキリを仕掛けられた場には私以外には生徒は誰もいませんでしたし、まあ、それは幸いだったというか、なんというか」
弓削
「ありゃりゃ、これもしかして、東さんにとっては恥ずかしいことを聞いちゃった?」
東
「いえ、大丈夫ですよ。その場は慌てて番組に出してもいいと言ってしまいましたけど、きっとお蔵入りでしょうし」
再掲すると、その後彼女のモニタリング映像は無事に番組本編に採用され、彼女は「アンドロイドこけしネキ」としてネットミームとなることになる。ここから得られる教訓があるとすれば、断るべき時にきっぱり断る勇気であろうか。あるいは、多少は血とかが流れても問題ない非地上波の番組ではないかと疑う目線を持つべき、とか。
東
「も、もういいでしょう。私が染めた理由も話しましたし。ドッキリのイザコザなんて私は関係ないですから」
弓削
「ごめん、最後に一つだけ聞かせてほしいの」
東
「……そろそろ怒りますよ。これで最後って約束してくださ」
弓削
「どうして一条さんが最初に金髪にしてきたことを渡辺先生には隠したのかな」
東
「それは渡辺先生にも話しましたが、彼女に触発されて全員が金髪にしたと誤解させないためです」
弓削
「逆に聞くけど、どうして一条さんが誰も巻き込んでないって言えるの?」
東
「……それは、彼女自身がそう言ってたので」
弓削
「知ってたの!?」
東
「ええ、彼女が金髪に染めてきた次の日、比留間が染めてきたのを見て、初めは一条が比留間を金髪にしたのだと思いました。なので、比留間にそれとなく金髪にした理由を聞いたんです。すると彼女は、『西宮さんに合わせただけだ』と。念押しに一条本人にも確認しましたが、『二人は自分とは関係ない』とキッパリ言ってましたし」
弓削
「一条さんが怪しくないって判断できたのはわかったけど、西宮さんが首謀者だとは思わなかったの?」
東
「休み明けにベジマイト味のチョコをお土産に配り出したんですよ?オーストラリアの身内に合わせて地毛に戻したというのは想像つくじゃないですか」
東はそう言って、馬鹿にしたような目を弓削に向けた。弓削に想像できるのは、世界一不味いジャム特有の塩辛さと発酵臭を備えたチョコの味なんぞ、どう考えてもゲロマズだろうということくらいだった。東と言う生徒は、興味がないようでそこそこ周りを見ているのかもしれない。あるいはクラス委員長という、否応なしに気にせざるを得ない立場にあることを自覚し始めたのだろうか。
……いいや、そんなわけがない。東に限って言えばそれはないはずだ。そんな温情があったならもっと彼女は事件解明に協力してくれていいはずなのだから。
弓削
「まだ、嘘ついているよね、東さん。やっぱり今の説明は、あなたが『一条さんの名前を伏せた』理由になってない」
東
「まだ言いますか」
弓削
「一条さんは自分の意思で染めてたんだよね?なら面談の順番が巡ってくれば、そのことを正直に話したと思うの。なのに、東さんは面談の最初の方で呼び出されたのにも関わらず、一条さんが最初に染めたと渡辺先生に言わなかった」
東
「……」
弓削
「東さんが関わっているのは一条さんが金髪に染めた理由でも、背景でもない。きっと金髪っていう『手段』の方なんじゃないかな。最初に染めた一条さんが『金髪に染める』という主張の方法を取った裏側に東さんがいた、それだけで黒幕だと疑われる。だから伏せた」
東
「ハズレ……とは言い切れないですね」
長い沈黙の跡、東は唇をツンと尖らせながら、こめかみを押さえながらそう答えた。弓削とて最初から東が田中や中田、南原を脅して金髪を増やしていた犯人だとは思っていなかった。目の前の東の反応は、罪を暴きたてられたというよりは、むしろ先ほどのドッキリのことを指摘されたのと同じような、気恥ずかしさをごまかしているように見えた。
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弓削
「じゃあクラスで一番早く金髪に染めようとしていたのは東さん、ってこと?」
東
「ちょ、ち、違います!私はその、あのいけ好かないイケメンの金髪の色が、具体的にどのカラーリング剤で出来ていたのか興味があっただけであって、再現性があるのかの検証が目的で、別に自分で染めておそろいになろううとかは全然……そういうのではない!学術的なやつ!」
なんだかんだ言ってもイケメン俳優にしっかり脳みそをローストされているじゃないか。おもしれ―女。
東
「と、とにかく!一条が私に声を掛けてきたので、すぐにカラーリング剤を元の場所に戻して、私は引き返しました。それを見た一条は何か得心行ったような顔だったんです。その休み明けには金髪にしてきたので、1%ほどは私のせいかもと思っただけです。変に情報を小出しにして疑われるくらいなら、一条自身に語らせた方がいいと思ったまでで!」
弓削
「わかった、わかった。とにかく、東さんに悪意がないのは伝わったから、安心して」
東
「フーッ、フーッ!もうこれでいいですよね?」
弓削
「ごめんね、その、できればでいいんだけどさ。一条さんが一緒に歩いていた人って誰だったかってわかる?」
東
「距離があったので顔まではわかりかねますね。黒い髪が背中まで伸びてたくらいしか」
弓削
「そっか、ありがとう。墓まで持ってくよ、東さんの秘密は」
東がドッと疲れたような顔を浮かべるさなか、弓削は思考を巡らせていた。一条が金髪になるきっかけはたしかに東かもしれない。一方でもう一人、彼女の同行者という候補が出てきてしまった。ここに来て事件が難解さを増していくことに、弓削は頭痛を覚えるのであった。尚、彼女とイケメン俳優の淡い一方通行の感情は、弓削は墓まで持っていったが、テレビ局は持っていかなかった。
それでも弓削は自分が教師であることを思い出し、去ろうとする東の背中に呼び掛けた。
弓削
「東さんは、今回の事件で東さんは色々な目に遭ったと思うんだけどさ、別に恥ずかしいことなんて1個もないからね?」
東
「……はい?」
弓削
「だから、隠し事したり、イケメンに悶えたり、誰かの助けになろうとしたり、格好つけたり。そんなの、みんなやってることだから。私だって、同じようなこと、今でもやるから」
東
「はあ……そういうものですか」
弓削
「私の目には今までの東さんよりは人間味が増えた気がするし、自分でも変化に戸惑うかもしれないけど、そしたら、ちゃんと先生に相談していいんだからね?」
東は少しだけ考えてから、笑顔でさっぱりと答えた。
東
「なるほど、万が一そんなことになったら仁科先生にでも相談してみます。ありがとうございました、弓削先生」
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