総務の黒川さんは袖をまくらない

八木山

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第5話 黒川さんの逆鱗(★5)

彼らは何故覆面を被るのか

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「鱗?」


僕が思わず聞き返すその顔は関さんにとっては見慣れたものらしく、面白くなさそうに小さくため息をついた。


「そう、鱗。具体的には、魚のね」
「魚の鱗をどうして人間の女性が何枚も持ってるんです」
「そもそも」


関さんは僕の問には答えず、まずは黙って聞けとばかりに語気を強める。


「Abo、Man with a coM-Mission、Bluuuue、コルシカ。最近だとRock姉ろっくねえ。彼らに共通するのは何かしら」
「音楽性が評価されてるアーティストで、若い層にエモいって言われてる、とかですか?」


「加えて」と水樹は割り込んだ。
僕に悪いと思いながらも、確信がある声色だった。


「全員顔を出していない、ですよね関さん」
「問題は、何故顔を隠すのか。それは、彼らには共通して鱗が生えているからなの、彼らは皆、セイレーンの末裔なのよ」


うん?なんだって?
随分と話が飛んだ気がするぞ?


「その魅力的な声で舟人を惑わせていた、ギリシャ神話に出てくる人魚みたいな怪物だな」


水樹はなんで造詣が深いの?


「しかも全員、ライブなどのステージにこの形の鱗が落ちているのよ、顔を明かしてしまえばファンに付きまとわれる。今までこっそりと処理していた生え変わった鱗も見られるかもしれない。だから、顔を隠しているの」
「要は彼女も覆面アーティストの一人だ、と」


関さんは頷いた。
その目は至って真面目だ。
そういう界隈の人なのだから当たり前なのだろうが、それでも真に迫るものがあった。


「鼻唄が綺麗で鱗を落としている、状況証拠が揃いすぎているの」
「確かに。彼女の半身が魚だと考えれば、水を浴びてテンション上がるのも理解できるし、何より腕に鱗が生えてるなら頑なに隠すのも無理はない」


水樹は手で口許を覆って、ううむと唸る。
僕だけが着いていけずポカぁ~ンとした顔で眺めていると、関さんはキッと睨んできた。


「危機感ないのね、貴方。海上保安庁の特殊工作員が常に陸に上がったセイレーネスを狙ってる。貴方たちに危害が及ぶのも時間のうちよ」


その後関さんとイルミナティカードでひとしきり遊んだ僕らは、会社への帰路に就いた。
道中、ワイヤレスイヤホンをつけて何かを聞いていた水樹だったが、片方を外して僕に差し出す。


「これ、お前の聞いた黒川さんの声と比べてどうだ?」


言われるがままにイヤホンを着けると、共感性の高い歌詞がスッと耳元に入ってきた。


ーーちがう、ちがうの
ーースープじゃないし、海老もいらないの
ーーだって私がほしいのは
ーートムヤムクンじゃなくて
ーーナシゴレンだから woo...


激しいエレキギター一本のサウンドと、透き通るような声。
歌詞や歌声こそ昨今のエモーショナルロックの潮流を汲みながらも、サウンドはアップテンポなパンクロック調。


「これ誰の曲?」
「Rock姉だよ。今TikTokでバズってるシンガーソングライター」


関さんも言っていた、顔を隠して活動しているアーティストの一人だ。
初めて聞いたが歌詞とサウンドのチグハグさが癖になりそう。


「で、声は似てたか?」
「うーん、似てないと思うけど」

 これは本当だ。
僕にはどうも黒川さんの声には聞こえなかった。
Rock姉と比べると、黒川さんの声はもう少しハスキーだった気がする。


「なるほどな、わかった」


水樹はそう言って懐にイヤホンをしまい、再びいつものように砕けた口調に戻った。


「イルミナティカードによれば今年の大統領選は共和党が勝つって話、マジだと思う?」
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