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第8話 夜は短し歩けよ黒川さん
考察の技術
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夜風は未だ生ぬるい。
品川駅港南口は、会社から湧き出た人の形をしたこんにゃく状の何かがぞろぞろと犇めいている。
皆が皆、残業やら飲み会やらを終えた後なのだろう。
フラフラとした足取りで同じ方向で歩く様子は、何度見ても慣れない。
これで名前がレインボーロードだっていうんだから、皮肉なものである。
まあ、今日の僕の目には本当に虹色に輝いて見えますけどね。
だって隣に黒川さんがいるからね。ザマミロッ!
でも場をつなぐ話題は一つを除き無策も無策、まさしくアレレのレ~である。
「そう言えば見ました?『White, Red, Blue, and Purple』」
「あ、見た見た!面白かったよ」
「どうでした?」
早速、たった一つの武器の出番だ。
この『どうでした?』とは、「感動した」とか「演技がいい」とかそういうことを聞いているのではないことは履修済みだ。
この映画、ほとんどの大手映画評論サイトや解説系動画では「賛否両論なシュールな映画」という評価に収まっている。
が、監督が公開後失踪しており、都市伝説界隈では有名な作品なのである。
―――この作品は『遺書』、なんだよね。
どうも。Mrs.都市伝説の関です。
ヨリニョッテ監督作品、『White, Red, Blue, and Purple』、今日はこれを解説していこうか。
この映画の本質は、映画と言う形式の『暗号』。
監督がこの映画に込めたメッセ―ジとは何だったのか。
それを紐解くために、まず色の着いたアイテムと、その時のシーンを並べていこう。
1日目
コート掛けにかかっている、「青いコート」
会社でペンを探すシーンに出て来る「ハサミ」
ランチ中に来る「ユナと言う女性からのメールの通知」
オフィスの角で鉢合わせた眼鏡の同僚、「スティーブ」
横断歩道で正面から歩いてくる「黒人男性」
郵便物のたまったアパートの「ポスト」
ポストから取り出した、「黄色い封筒」
鍵のかかっている「自宅のドアノブ」
2日目
会社までの道で後ろを歩いている「青いコートの男」
朝食をとったカフェの、「牛乳とゆで卵」
会議室でプレゼンする主人公を見つめる「スティーブ」
色褪せたスティーブと揉めている、上司の「ハリソン」
ランチの「ハリソン」と、「ナイフとフォーク」
帰り道、ベルを鳴らした「自転車乗り」
自宅前に立つ彼女の肩を叩く「青いコートの腕」
これらは全部、主人公リサの「警戒」を表しているんだよね。
つまり、リサは全編を通して何者かに自宅を特定され嫌がらせを受けている、ってハナシ。
その犯人として最初はスティーブを怪しんでいたけど、途中からその対象は「ハリソン」に変わっている。
実際、スティーブが来ていたのはモッズコートだったよね。
つまり、最後のシーンは、彼女の家に嫌がらせの張本人青いコートの男が現れ、直接危害を加えようとしている、ってハナシ。
そして、この映画のタイトルロゴ。
色と同じ文字を読むと・・・・
「『HELP』、になる。だから主人公のリサは誰かに助けを求めていた。例えば、メールの相手に」
「・・・私も、そう思ってます」
黒川さんは頷いた。
行っておくが、僕は勿論全編見た。
見た上で、黒川さんがそこまで熱を入れる理由がやはりわからなかったのだ。
教養が足りないなら、インターネットで補うしかない。
そしたらほとんど答えみたいな動画を関さんが上げていたのだ。
関さんの推測は黒川さんも思うところだったらしい。
関さんの名前が出てこないってことは、彼女はその答えを自分で導き出せたのだろう。
「なんだか似てない?今の黒川さんの状況と」
「・・・確かに!確かにそうですよ北野さん!そっかぁ、こんな気持ちだったのかぁ・・・!」
黒川さんは何故かテンションが上がっている。
人ごみの中でピョコピョコと足取りがステップ混ざりになって、僕を追い越して振り返った。
「じゃあ私、死んじゃいますね!」
「縁起でもないこと言わないでよ、僕がいるじゃないか」
黒川さんはきょとんとした顔で、僕を見た。
漢・北野、言ったぞ、言ってやったぞ!うおおおおおおおお!!!!
あれ、黒川さんの目には、先ほどまでの喜色はない。
・・・あの、勘定の読み取れない黒くて大きい目だ。
気色悪いと思われたんだろうか。ガビーン。
一瞬の間を開けて、くるりと振り返って背中をこちらに向ける黒川さん。
「北野さんが、青いコート着てなくてよかったですよぉ」
「そうだねぇ」
現実は夏真っ盛り。
誰も彼もが半袖っすよ、黒川さん。
◆
前方を、肩を並べて歩く二人。
後を追う男は考えていた。
ポニーテールのお姉さん、つまり「Rock姉」が、あの男と恋人同士、ってコト!?
あ、ああ、ヤダーーーッ!
あれはある日のこと。
貸しスタジオのドアから漏れ聞こえた特徴的なギターサウンド。
ちらりとのぞき込むと、それはポニーテールの女の人が弾いていたギターの音だった。
後になって、そのフレーズの使われた曲『エクレア』がヒットしたのを知った俺の心臓は、そりゃあもう飛び跳ねた。
あの人が「Rock姉」だったんだ!
―――中身スカスカだし、油で重いし
―――言うほど好きでもないんだけど
―――仕方ないからじゃんけんするね
―――せっかく余ったから、揚げパンが
親からも友人からも、誰からも共感されない俺に唯一光を当ててくれた女神が、「Rock姉」だった。
彼女を、時間を作っては探し続けて、そして今、人生で初めて絶望していた。
いやまだ負けてないから!煉獄さんもそうしたはずだから!
なんかないか・・・そ、そうだよ!
恋人同士ならもっと距離が近いというか、恋人つなぎぐらいしていいはずだ。
だから恋人ではないはず、100点満点の回答だぜ。
男の方のひょろりとしたワイシャツ姿を見るに、男の方はサラリーマンなのだろう。
だが、彼女の方が出版社に入り浸る理由がわからない。
歩きながらなんちゃら堂出版のことを首からぶら下げたスマホで調べてみたが、音楽とは無縁そうだった。
一度二度取材をするならまだしも、定期的にオフィスに来るなんて・・・
・・・まさか、愛人?
いやいやいやいや、まさか。
だが、目的があの男と言う可能性は大だ。
仮に世間で言う、愛人だとしたら?
彼女に、カスみたいなことしてほしくない。
でも本当にそうなら、男の方には居なくなってもらうしかないよな。
・・・そういうのは、法律で禁止されてんだからよォ!
俺は、ポケットのなかでカッターナイフをぎゅっと握りしめた。
品川駅港南口は、会社から湧き出た人の形をしたこんにゃく状の何かがぞろぞろと犇めいている。
皆が皆、残業やら飲み会やらを終えた後なのだろう。
フラフラとした足取りで同じ方向で歩く様子は、何度見ても慣れない。
これで名前がレインボーロードだっていうんだから、皮肉なものである。
まあ、今日の僕の目には本当に虹色に輝いて見えますけどね。
だって隣に黒川さんがいるからね。ザマミロッ!
でも場をつなぐ話題は一つを除き無策も無策、まさしくアレレのレ~である。
「そう言えば見ました?『White, Red, Blue, and Purple』」
「あ、見た見た!面白かったよ」
「どうでした?」
早速、たった一つの武器の出番だ。
この『どうでした?』とは、「感動した」とか「演技がいい」とかそういうことを聞いているのではないことは履修済みだ。
この映画、ほとんどの大手映画評論サイトや解説系動画では「賛否両論なシュールな映画」という評価に収まっている。
が、監督が公開後失踪しており、都市伝説界隈では有名な作品なのである。
―――この作品は『遺書』、なんだよね。
どうも。Mrs.都市伝説の関です。
ヨリニョッテ監督作品、『White, Red, Blue, and Purple』、今日はこれを解説していこうか。
この映画の本質は、映画と言う形式の『暗号』。
監督がこの映画に込めたメッセ―ジとは何だったのか。
それを紐解くために、まず色の着いたアイテムと、その時のシーンを並べていこう。
1日目
コート掛けにかかっている、「青いコート」
会社でペンを探すシーンに出て来る「ハサミ」
ランチ中に来る「ユナと言う女性からのメールの通知」
オフィスの角で鉢合わせた眼鏡の同僚、「スティーブ」
横断歩道で正面から歩いてくる「黒人男性」
郵便物のたまったアパートの「ポスト」
ポストから取り出した、「黄色い封筒」
鍵のかかっている「自宅のドアノブ」
2日目
会社までの道で後ろを歩いている「青いコートの男」
朝食をとったカフェの、「牛乳とゆで卵」
会議室でプレゼンする主人公を見つめる「スティーブ」
色褪せたスティーブと揉めている、上司の「ハリソン」
ランチの「ハリソン」と、「ナイフとフォーク」
帰り道、ベルを鳴らした「自転車乗り」
自宅前に立つ彼女の肩を叩く「青いコートの腕」
これらは全部、主人公リサの「警戒」を表しているんだよね。
つまり、リサは全編を通して何者かに自宅を特定され嫌がらせを受けている、ってハナシ。
その犯人として最初はスティーブを怪しんでいたけど、途中からその対象は「ハリソン」に変わっている。
実際、スティーブが来ていたのはモッズコートだったよね。
つまり、最後のシーンは、彼女の家に嫌がらせの張本人青いコートの男が現れ、直接危害を加えようとしている、ってハナシ。
そして、この映画のタイトルロゴ。
色と同じ文字を読むと・・・・
「『HELP』、になる。だから主人公のリサは誰かに助けを求めていた。例えば、メールの相手に」
「・・・私も、そう思ってます」
黒川さんは頷いた。
行っておくが、僕は勿論全編見た。
見た上で、黒川さんがそこまで熱を入れる理由がやはりわからなかったのだ。
教養が足りないなら、インターネットで補うしかない。
そしたらほとんど答えみたいな動画を関さんが上げていたのだ。
関さんの推測は黒川さんも思うところだったらしい。
関さんの名前が出てこないってことは、彼女はその答えを自分で導き出せたのだろう。
「なんだか似てない?今の黒川さんの状況と」
「・・・確かに!確かにそうですよ北野さん!そっかぁ、こんな気持ちだったのかぁ・・・!」
黒川さんは何故かテンションが上がっている。
人ごみの中でピョコピョコと足取りがステップ混ざりになって、僕を追い越して振り返った。
「じゃあ私、死んじゃいますね!」
「縁起でもないこと言わないでよ、僕がいるじゃないか」
黒川さんはきょとんとした顔で、僕を見た。
漢・北野、言ったぞ、言ってやったぞ!うおおおおおおおお!!!!
あれ、黒川さんの目には、先ほどまでの喜色はない。
・・・あの、勘定の読み取れない黒くて大きい目だ。
気色悪いと思われたんだろうか。ガビーン。
一瞬の間を開けて、くるりと振り返って背中をこちらに向ける黒川さん。
「北野さんが、青いコート着てなくてよかったですよぉ」
「そうだねぇ」
現実は夏真っ盛り。
誰も彼もが半袖っすよ、黒川さん。
◆
前方を、肩を並べて歩く二人。
後を追う男は考えていた。
ポニーテールのお姉さん、つまり「Rock姉」が、あの男と恋人同士、ってコト!?
あ、ああ、ヤダーーーッ!
あれはある日のこと。
貸しスタジオのドアから漏れ聞こえた特徴的なギターサウンド。
ちらりとのぞき込むと、それはポニーテールの女の人が弾いていたギターの音だった。
後になって、そのフレーズの使われた曲『エクレア』がヒットしたのを知った俺の心臓は、そりゃあもう飛び跳ねた。
あの人が「Rock姉」だったんだ!
―――中身スカスカだし、油で重いし
―――言うほど好きでもないんだけど
―――仕方ないからじゃんけんするね
―――せっかく余ったから、揚げパンが
親からも友人からも、誰からも共感されない俺に唯一光を当ててくれた女神が、「Rock姉」だった。
彼女を、時間を作っては探し続けて、そして今、人生で初めて絶望していた。
いやまだ負けてないから!煉獄さんもそうしたはずだから!
なんかないか・・・そ、そうだよ!
恋人同士ならもっと距離が近いというか、恋人つなぎぐらいしていいはずだ。
だから恋人ではないはず、100点満点の回答だぜ。
男の方のひょろりとしたワイシャツ姿を見るに、男の方はサラリーマンなのだろう。
だが、彼女の方が出版社に入り浸る理由がわからない。
歩きながらなんちゃら堂出版のことを首からぶら下げたスマホで調べてみたが、音楽とは無縁そうだった。
一度二度取材をするならまだしも、定期的にオフィスに来るなんて・・・
・・・まさか、愛人?
いやいやいやいや、まさか。
だが、目的があの男と言う可能性は大だ。
仮に世間で言う、愛人だとしたら?
彼女に、カスみたいなことしてほしくない。
でも本当にそうなら、男の方には居なくなってもらうしかないよな。
・・・そういうのは、法律で禁止されてんだからよォ!
俺は、ポケットのなかでカッターナイフをぎゅっと握りしめた。
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