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最終話 史上最強の弟子、黒川さん
告白という言葉はこの男のためにある
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その日の夜は、30度を超えるらしかった。
ちゃんと午後は出勤し、それなりの業務をふわふわと浮ついた気分で片付けてから。
・・・正しくは定時には片付かなかったので「残業」というドーピングを使ってから、ここに来ている。
黒川さんは、その日会社には来なかった。
だから、本当に待ってくれているか確認する方法はなく、内心騙されているのではと言う思いが、仕事中常によぎる。
だからミスをする→リカバリに時間がかかる→焦る→待ってくれているかしらと思う→不安に駆られる→ミスをする
この負の連環を何とか断ち切り、僕は今ここにいる。
後は明日の僕が頑張ればよろしい!
指定された芝公園の高台前。
僕は木々の間から赤々と光る東京タワーを見上げていた。
覆えば懐かしい場所だ。
前職の相談社はこの近くにあり、お昼時にはここでダラダラすることも多かったし。
その高台と言えば、石段を上ったところにある伊能忠敬の石碑のある場所に違いない。
僕は真っ暗な石段を一段一段をゆっくり踏みしめながら、不思議と緊張はしていなかった。
そもそも、「好きです、付き合ってください」に対するベストアンサーは何だろうか。
「いいの、僕で?」はちょっと草食男子すぎるか。
「幸せにするぜ~」はキザすぎるし。
「はい、よろこんで」は家畜っぽいし。
というか、告白と言う言葉の刃こそ、こちらから抜かねば不作法と言うものでは・・・
等と考えているうちに、僕は頂上までたどり着いていた。
そこは、熱帯夜のはずなのに夏の夜風が木々の葉を揺らして、どこか浮世離れしていた。
そして、黒いパーカーの人影が、高台を見下ろすように置かれた椅子代わりの石台の上に、ちょこんと座っている。
その人影は、闖入者に顔を見上げて、座ったまま口を開いた。
「北野さん」
「そう言う君は黒川さん」
暗闇の中で、彼女の黒髪のポニーテールが風に揺れる。
彼女は座ったままこちらを向いて、上を見上げる。
すらりとパーカーからのびた白い喉が、どうしようもなくきれいだと思った。
おお、急に緊張してきたぞ・・・
僕は生唾を呑み込んで、息を整える。
あれ、何て言うんだっけ。
「俺の女になれよ、子猫ちゃん」だっけ?
「隙です、突き合ってください」だっけ?
門構えに火と書いて「ジュヴゼーム」だっけ?
とりあえず、「黒川さん」と言いかけたのだが、それをかき消すように彼女は言った。
「東京タワー、ここからでも見えるんですね」
「うん?」
僕も彼女が見上げる方向に顔を向ける。
そこには、さっきよりも大きくなった赤い電波塔が、僕たちを覗いていた。
まるでスケベな赤ら顔のおじさんのように、僕たちの告白を出場亀しているのだ。
「北野さん」
「うん、大切な話って何?」
そのまま東京タワーを見上げたまま、僕たちは言葉を紡ぐ。
静かな時間が僕たちの間に流れた。
彼女の顔を見ようかとも思ったが、その勇気はいつの間にかどこかへと消え失せていた。
どころか、僕はここに来るのをもっと躊躇うべきだったとさえ、思っていた。
黒川さんの声が、どうも落ち着いていたのだ。
いやに感情がこもっていないというか、まるで点数の低いテストを隠していたのを見つけた母親のように、そんな言葉にならない静かな破滅の予兆さえ感じさせた。
そう、この時の僕は、どうしようもなく冴えていたのだ。
それこそ、仕事の時に発揮すべきくらいには。
「お姉ちゃん・・・黒川さゆを殺したのは、北野さんですか?」
ちゃんと午後は出勤し、それなりの業務をふわふわと浮ついた気分で片付けてから。
・・・正しくは定時には片付かなかったので「残業」というドーピングを使ってから、ここに来ている。
黒川さんは、その日会社には来なかった。
だから、本当に待ってくれているか確認する方法はなく、内心騙されているのではと言う思いが、仕事中常によぎる。
だからミスをする→リカバリに時間がかかる→焦る→待ってくれているかしらと思う→不安に駆られる→ミスをする
この負の連環を何とか断ち切り、僕は今ここにいる。
後は明日の僕が頑張ればよろしい!
指定された芝公園の高台前。
僕は木々の間から赤々と光る東京タワーを見上げていた。
覆えば懐かしい場所だ。
前職の相談社はこの近くにあり、お昼時にはここでダラダラすることも多かったし。
その高台と言えば、石段を上ったところにある伊能忠敬の石碑のある場所に違いない。
僕は真っ暗な石段を一段一段をゆっくり踏みしめながら、不思議と緊張はしていなかった。
そもそも、「好きです、付き合ってください」に対するベストアンサーは何だろうか。
「いいの、僕で?」はちょっと草食男子すぎるか。
「幸せにするぜ~」はキザすぎるし。
「はい、よろこんで」は家畜っぽいし。
というか、告白と言う言葉の刃こそ、こちらから抜かねば不作法と言うものでは・・・
等と考えているうちに、僕は頂上までたどり着いていた。
そこは、熱帯夜のはずなのに夏の夜風が木々の葉を揺らして、どこか浮世離れしていた。
そして、黒いパーカーの人影が、高台を見下ろすように置かれた椅子代わりの石台の上に、ちょこんと座っている。
その人影は、闖入者に顔を見上げて、座ったまま口を開いた。
「北野さん」
「そう言う君は黒川さん」
暗闇の中で、彼女の黒髪のポニーテールが風に揺れる。
彼女は座ったままこちらを向いて、上を見上げる。
すらりとパーカーからのびた白い喉が、どうしようもなくきれいだと思った。
おお、急に緊張してきたぞ・・・
僕は生唾を呑み込んで、息を整える。
あれ、何て言うんだっけ。
「俺の女になれよ、子猫ちゃん」だっけ?
「隙です、突き合ってください」だっけ?
門構えに火と書いて「ジュヴゼーム」だっけ?
とりあえず、「黒川さん」と言いかけたのだが、それをかき消すように彼女は言った。
「東京タワー、ここからでも見えるんですね」
「うん?」
僕も彼女が見上げる方向に顔を向ける。
そこには、さっきよりも大きくなった赤い電波塔が、僕たちを覗いていた。
まるでスケベな赤ら顔のおじさんのように、僕たちの告白を出場亀しているのだ。
「北野さん」
「うん、大切な話って何?」
そのまま東京タワーを見上げたまま、僕たちは言葉を紡ぐ。
静かな時間が僕たちの間に流れた。
彼女の顔を見ようかとも思ったが、その勇気はいつの間にかどこかへと消え失せていた。
どころか、僕はここに来るのをもっと躊躇うべきだったとさえ、思っていた。
黒川さんの声が、どうも落ち着いていたのだ。
いやに感情がこもっていないというか、まるで点数の低いテストを隠していたのを見つけた母親のように、そんな言葉にならない静かな破滅の予兆さえ感じさせた。
そう、この時の僕は、どうしようもなく冴えていたのだ。
それこそ、仕事の時に発揮すべきくらいには。
「お姉ちゃん・・・黒川さゆを殺したのは、北野さんですか?」
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