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品川区会社員殺人事件
依頼なんて、なんぼあってもいいですからね
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ドアに備え付けられたベルがカラカラと鳴る中、警視庁の刑事である駒場はどう声を掛けようか迷っていた。
いつものように喫茶店「ミルクボーイ」のカウンター席に腰掛ける角刈の男。
彼がコーヒーカップの中身が冷めるのもお構いなしに、一心不乱にソレをもてあそんでいる。
・・・声をかけるのも気が引ける。
カップを拭いていたマスターの男はというと、入り口に立ったままカウンターを凝視する筋肉質で無表情な男を迷惑そうに見やると、メニューを角刈の男の隣の席にパタリとぶっきらぼうに置く。
決して気を遣ってではない、開けっ放しのドアのせいで12月の寒気が店内に流れ込んでいるのが大変不愉快だからだ。
ぼーっとするなら店に迷惑をかけない範囲にしろ、そう言う意思を込めた無言の抵抗である。
ちなみに、このやや抜けたところのある男が刑事であることを、店主は知っている。
常連客とまではいかないまでも、何度かここを訪れては、目の前に座っている角刈の男にしばしば助言を求めに来るからだ。
そして、パブロフの犬よろしくメニューの置かれた席に着くことも、マスターは勿論知っていた。
駒場は、まさか自分がマスターによって行動を完全に制御されたサイボーグだとは知らずに、席に着く。
「内海さん、ちょっと、何やってるんですか」
「これ?縦横5つずつのルービックキューブやんか」
声を掛けられて初めて、内海と呼ばれたは顔をもたげた。
「いかついやろ?」
ミックスベジタブルを圧縮したような箱は、未だに一面も色が揃っていない。
「それはその・・・またもらったんですか、依頼料として」
「こんなん、なんぼあってもいいからねぇ」
「その・・・揃うんですか?」
「そう思うやんな、ルービックキューブやねんから。それが一向に揃わんねん」
そう言いながら、内海はダブルスーツのポケットにがちゃがちゃとキューブを仕舞った。
そしてグイと冷めたコーヒーを流し込み、不服そうに言う。
「まあ、3×3でもできたことないんやけどね」
「内海さんでも解けない謎があるんですねぇ」
「向き不向きやね、こればかりは」
内海は、占い師やメンタリストよりかは頼りになるが、元ネット掲示板の管理人よりかは頼りにならないことを自称する、いわゆる探偵である。
ポケットに入るものと引き換えにどんなことにも相談に乗るという大雑把なビジネスモデルを敢行する蛮勇さと、決して名探偵とは標榜しない謙虚さを兼ね備えている。
そう、実にクレバーな男である。
そして時代外れの角刈りである。
時代外れかどうかは個人の主観に依るか、言い方を変えよう。
ここ渋谷では、彼の髪型はものすごい浮いていた。
「で、どうしたの今日は」
「いつもの通りですよ、僕の手に負えない事件が起きたんで意見を聞きたいんです」
「もしかしてアレか?上野で起きた『考える人殺人事件』のこと?」
「いや、そちらではなく・・・品川の殺しです」
最も世間を騒がせている、ロダンの考える人のブロンズ像が次々と首をへし折られて殺害されている事件ではないと知ると、内海は少しだけ小さくなった。
「品川のって、もう解決してへんかったっけ」
「容疑者を僕も取り調べたんですが、どうも犯人ではない気がしていまして」
「理由は?」
「刑事の勘です」
この後も捜査情報を私の目の前でぺらペペらと語るのだろう。
勘弁してくれ。私はどう聞いていればいいんだ。
マスターは小さく息を吐く。
それに、駒場の言う刑事の勘が本物なら、毎回毎回こうして内海に頼ることもないはずだろうが。
「・・・嘘です。僕の好みだったので彼女が犯人じゃないといいなと思いました」
「その方が信じられるわな」
内海と同じ感想をぐっと飲み下し、マスターは駒場に言った。
「ご注文は何になさいますか」
「ああ、いつもので」
いつものだと?この男、まさか、自分が常連だと思っているのか?
百歩譲って常連だと勘違いするのは許そう、2か月に一度来ているならそれはもう常連かもしれない。
だが、今までロイヤルミルクティーだのキャラメルマキアートだのフラペチーノだのチーズケーキだのと、散々違うものばかり頼んでおいて、いつものだと?
せめてブレンドとか飲んでくれよ。
アイスコーヒーとか、あるだろ!?
マスターは心中穏やかでないながらも、ゴトリと駒場に差し出した。
「アイスミルクでございます」
「お、これこれ」
(・・・これが、渋谷区喫茶店警官殺傷事件でなくてよかったな、お?)
いつものように喫茶店「ミルクボーイ」のカウンター席に腰掛ける角刈の男。
彼がコーヒーカップの中身が冷めるのもお構いなしに、一心不乱にソレをもてあそんでいる。
・・・声をかけるのも気が引ける。
カップを拭いていたマスターの男はというと、入り口に立ったままカウンターを凝視する筋肉質で無表情な男を迷惑そうに見やると、メニューを角刈の男の隣の席にパタリとぶっきらぼうに置く。
決して気を遣ってではない、開けっ放しのドアのせいで12月の寒気が店内に流れ込んでいるのが大変不愉快だからだ。
ぼーっとするなら店に迷惑をかけない範囲にしろ、そう言う意思を込めた無言の抵抗である。
ちなみに、このやや抜けたところのある男が刑事であることを、店主は知っている。
常連客とまではいかないまでも、何度かここを訪れては、目の前に座っている角刈の男にしばしば助言を求めに来るからだ。
そして、パブロフの犬よろしくメニューの置かれた席に着くことも、マスターは勿論知っていた。
駒場は、まさか自分がマスターによって行動を完全に制御されたサイボーグだとは知らずに、席に着く。
「内海さん、ちょっと、何やってるんですか」
「これ?縦横5つずつのルービックキューブやんか」
声を掛けられて初めて、内海と呼ばれたは顔をもたげた。
「いかついやろ?」
ミックスベジタブルを圧縮したような箱は、未だに一面も色が揃っていない。
「それはその・・・またもらったんですか、依頼料として」
「こんなん、なんぼあってもいいからねぇ」
「その・・・揃うんですか?」
「そう思うやんな、ルービックキューブやねんから。それが一向に揃わんねん」
そう言いながら、内海はダブルスーツのポケットにがちゃがちゃとキューブを仕舞った。
そしてグイと冷めたコーヒーを流し込み、不服そうに言う。
「まあ、3×3でもできたことないんやけどね」
「内海さんでも解けない謎があるんですねぇ」
「向き不向きやね、こればかりは」
内海は、占い師やメンタリストよりかは頼りになるが、元ネット掲示板の管理人よりかは頼りにならないことを自称する、いわゆる探偵である。
ポケットに入るものと引き換えにどんなことにも相談に乗るという大雑把なビジネスモデルを敢行する蛮勇さと、決して名探偵とは標榜しない謙虚さを兼ね備えている。
そう、実にクレバーな男である。
そして時代外れの角刈りである。
時代外れかどうかは個人の主観に依るか、言い方を変えよう。
ここ渋谷では、彼の髪型はものすごい浮いていた。
「で、どうしたの今日は」
「いつもの通りですよ、僕の手に負えない事件が起きたんで意見を聞きたいんです」
「もしかしてアレか?上野で起きた『考える人殺人事件』のこと?」
「いや、そちらではなく・・・品川の殺しです」
最も世間を騒がせている、ロダンの考える人のブロンズ像が次々と首をへし折られて殺害されている事件ではないと知ると、内海は少しだけ小さくなった。
「品川のって、もう解決してへんかったっけ」
「容疑者を僕も取り調べたんですが、どうも犯人ではない気がしていまして」
「理由は?」
「刑事の勘です」
この後も捜査情報を私の目の前でぺらペペらと語るのだろう。
勘弁してくれ。私はどう聞いていればいいんだ。
マスターは小さく息を吐く。
それに、駒場の言う刑事の勘が本物なら、毎回毎回こうして内海に頼ることもないはずだろうが。
「・・・嘘です。僕の好みだったので彼女が犯人じゃないといいなと思いました」
「その方が信じられるわな」
内海と同じ感想をぐっと飲み下し、マスターは駒場に言った。
「ご注文は何になさいますか」
「ああ、いつもので」
いつものだと?この男、まさか、自分が常連だと思っているのか?
百歩譲って常連だと勘違いするのは許そう、2か月に一度来ているならそれはもう常連かもしれない。
だが、今までロイヤルミルクティーだのキャラメルマキアートだのフラペチーノだのチーズケーキだのと、散々違うものばかり頼んでおいて、いつものだと?
せめてブレンドとか飲んでくれよ。
アイスコーヒーとか、あるだろ!?
マスターは心中穏やかでないながらも、ゴトリと駒場に差し出した。
「アイスミルクでございます」
「お、これこれ」
(・・・これが、渋谷区喫茶店警官殺傷事件でなくてよかったな、お?)
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