クソ上司殺害シナリオ

八木山

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クソ上司が死んだ

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連休明けの月曜。
俺、国丸は気の抜けたオフィスの空気にどこか流され初めていた。
始業時間になっても俺達のクソ上司の金持課長は来ない。
全社的にリモートワークへ移行する中、週一日だけ必須となった出社日。それを、「人気の曜日だとコーヒーサーバーが混む」というだけで憂鬱な月曜にしたのが金持だ。多少は自責の念があったのか、誰より早く出社していたあの男が、一番座り心地のいい椅子を開放している。

「来ないな、成金さん」

名字で呼ぶと社長と被るので、俺たちは課長を密かに成金と呼んでいるのだ。

「まーいてもいなくてもじゃね?ぶっちゃけ」

隣に座る同期の瀬良は特に気にすることなく既に仕事を始めていた。
はす向かいに座る後輩女子の白百合さんも、連休だ行ってきた海外旅行土産の甘ったるいお菓子とコーヒーをお供に、パソコンに集中している。
旅行帰りに決まって土産話をせびる金持がいないので、気が楽そうだ。

俺は一応、金持の予定を見る。
休暇にはなっていないし予定自体は入っているのだが、基本は俺たちの付添いで、金持が必須の予定はお偉いさん方との定例会くらいだ。
休暇の申請一覧にも金持の名前はない。

一応本部長に、金持の不在と定例のリスケを打診する旨を連絡しようとしたその時だった。
その本部長から俺達宛にメッセージアプリで短い連絡が来た。



「金持課長だが、死体で発見された。これから状況を説明するから、会議室に来て欲しい」



本部長は間違ってもこんな冗談を言う人じゃない。
俺は瀬良と白百合さんの顔を見る。瀬良はほぼ同時に気付いたらしい。「マジかよ」と苦笑しながら立ち上がり、俺を見て笑った。そしてまだ気付いていないらしい白百合さんに声をかけた。

「小百合、本部長の連絡、見た?」

こちらを一瞥し再び画面に戻ると、その顔が驚きに歪む。そして小さく息を吐くと、飲みかけのコーヒーを片手に立ち上がった。

「しょうもない」

そう小さく彼女が呟いたのは、きっと瀬良には聞こえていなかった。



会議室に先に入っていた本部長の顔は、わざとらしいほどに顔面の真ん中にパーツを集めていた。
聞けば、箱根の道路上にぐしゃぐしゃになっていたところを見つかったのだという。
警察の見立てでは、山の斜面を転がり落ちた事故だろう、と。

「不幸な事故ですね」と相槌を打ってみたものの、旅行先で事故とはなんとも間抜けな話だ。これから金持の抱えていた仕事が多少降りかかることの方がよほど問題だった。
瀬良はその話を聞いている間、何が面白いのかずっとニヤニヤしていたし、白百合さんは白百合さんで聞いているのかよく分からない無表情を崩さない。
しばらくは本部長が金持の仕事を引き継ぐことになるので日頃の業務を教えて欲しいというのだが、俺は金持が日頃何をやっているのか分からなかった。

「ソリティアやってますよ、いつも」

口を開いたのは白百合さんだった。
「確かに!」そう言ったのは瀬良だった。

「あとは会議に出てきちゃあ、最後の数分で解りきってることを喋るだけっすねェ」
「あ、請求書とか契約書の事務手続きもやってます」

俺は流石にばつが悪くなり、唯一知っている仕事らしい仕事を挙げた。上司なら当たり前のようにやっている雑務ではあるが、やってないと思われるよりましだろう。

前のめりに話を聞いていた本部長はううむと唸ると、「これも伝えておこう」と、姿勢を正した。

金持が落ちた斜面の上には、車道しかなく、人が歩くような道はない。それに、金持の車も見つかっていないという。

そこまで話すと、本部長は電話がかかってきたと言って会議室を去ってしまった。

「誰かが成金を突き落としたんじゃねえの?」

瀬良が言った。俺も白百合さんも瀬良の方を見る。言い出しっぺが何とやらだ。

「何だよ、俺じゃねぇぜ?」
「でも瀬良さん、あの人が昇格を止めてるって恨み言言ってましたよね」

白百合さんはどこか嘲るように言った。
俺は瀬良と同期だが、一つ前の上司が俺だけを昇格させたのだ。今や仕事ぶりだけ言えば瀬良と俺に大きな差はない。なのに金持は瀬良を頑なに昇格させないので、経済格差は広がるばかりだ。

「それに理不尽に何度も書類を書き直させられてるって」

瀬良が毎月提出する支払申請は、金額や仕訳には何の問題もないのに、「●が○になっている」とか「日付に/がない」とか、そんな細かいコダワリを指摘されては突っ返されていた。有名大学出身の瀬良が提出期日を超えて経理に謝っているのを見ると、俺だってかわいそうになる。

「そんなことで俺が殺すわけねえだろ!」

白百合さんの指摘は瀬良の逆鱗に触れたらしい。拳をテーブルに叩きつけ、白百合さんを威嚇した。そしてそのままの顔を、何故だか俺に向ける。

「それに国丸、お前のがよっぽど成金を殺したいはずだ」
「俺?」
「お前が立ち上げようとした企画、全部成金に理不尽に予算執行を止められてただろ?そもそも、セールスの目標額も小百合の倍なのおかしいって思ってたんじゃねえの?」

瀬良の指摘は正しかった。
若い層へのマーケティングのためにtiktokのアカウントを立ち上げ、アイドルに製品レビューをしてもらうという俺の肝いりの企画は却下されていた。
それに白百合さんだけ甘やかして、その分の予算が全部俺に降りかかっている。俺も断り切れず一度は飲んだ条件だが、流石に無理があると解っていたはずだ。
なのに、俺から完了間際の仕事を奪い、実績の足を引っ張ろうとしたことまである。
ハッキリ、俺はアイツが嫌いだ。だからといって殺す価値もない。そんなことして出世が遅くなるなんて、それこそバカらしい。

「むしろ、白百合さんもセクハラされてて辟易してたんじゃない?」

初めて白百合さんが不快に表情を崩した。
俺は思わず、目をそらしてしまった。
それを見た瀬良も、俺に同調する。

「愛人だったんじゃねえの!なんでも社長の血縁者だろ?今のうちに玉の輿に乗ろうとしてたんだろ。あの人って言い方も、なんか怪しいと思ってたんだよなぁ」

しかしその返しは恐ろしく冷ややかだった。

「あんなハゲデブと私が?」

その気迫に、思わず僕らは押し黙る。
実のところ、白百合さんは運転免許を持っていないので、金持の車で逃げることは出来ない。だが、その事を瀬良に言うのはどうにも憚られた。

「いてもいなくても変わらない人のことでこれ以上揉めたくないです」

白百合さんの言葉に、俺は頭に冷や水をぶっかけられた気がした。それは瀬良も同じだったらしい。

「コネで課長やってるヤツだもんな」

俺は意を決して言った。

「この中に犯人がいても、俺黙ってるよ」

瀬良が笑い、白百合さんが頷く。
金持との思い出を語っていると、会議室のドアが再び開いた。
本部長は俺達を睨み付けながら言った。

「全員動くな、金持課長にとどめを刺したヤツがこの中にいる」
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