at night

八木山

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吾田あがた左菜さなという、ありきたりな名前。
それでも、続けて高校、演劇と入れれば見つかるはずだ。
女子高生だった頃の私がさやかを差し置いて、その年の高校生のなかで最優秀女優賞をとっている事実が。

『知ってます、アガタさんが昔すごい女優だったってこと』

電話口でユミが言う。

「すごい女優って。それこそ、さやかの方がそうだよ」

私は暗闇を見つめながら、あえて突き放すように言った。
そこに映っていたのは、かつての私だった。
何かに突き動かされていた頃の、私の青春。


あの頃は無我夢中だった。
何がいい演技なのかとかはよくわからなかったけど、要はその人になり切ればいいと気付き、そして私はそれが得意だった。大学に行っても続けたし、有名な監督からも「本当に当人がそこにいるようだった」とお墨付きをもらったこともたくさんあった。

私には才能が確かにあった。他人を演じる才能が。
ただ、私には華がなかった。そこにいるだけで空気を華やがせるオーラというものが。
どこまで行っても、私は芋っぽい女しか演じられなかった。
モデルやキャバ嬢、お姫様なんか、一度もうまくいかなかった。
振舞いができないわけではない、単純に似合っていないのだ。

最初から容姿が整っていれば、芋っぽい女の見た目は化粧一つで作れる。
だが、その逆は成立しない。
そう、さやかは努力家の上に、美人だった。

整形手術お考えたが、それはできなかった。
この顔で今まで演じてきた役を、裏切る気がしたから。
そうこうしているうちに、次第に彼女は注目を集め、私は彼女に主演女優の座を引き渡した。
そして最後には、劇団をやめたのだ。
その方が、劇団のためになる。何の根拠もない言い訳を自分に言い聞かせて。

それでも続けて、脇役から名脇役になるキャリアはあったかもしれない。
彼女のマネージャーになって、隣で支えることも、出来たかもしれない。
死に物狂いで小劇場に立ち続けることも、きっとできただろう。

だが、一度は頂点を取ったという事実が、私にそうさせなかった。
敗者にはふさわしい花道がある。潔く散るもまた美である。
私の演技を、私の呼び起こした感動を誰かが覚えている限り、女優としての私は生き続ける。
・・・しょぼくれた私を置き去りにして。
それでいいじゃないか。
それ最高じゃないか。
それってドラマチックじゃないか。


そんなわけがなかった。



どんなに記憶に残っていても、どんなに記録に残っていても、私が落ちぶれてうらぶれた事実は変わらない。
くそったれめと呻きながらも、戦い続けるしかなかったのだ。
自ら道を閉ざした後悔に身を焼いたころには全てが手遅れだった。
美談なんてものは所詮作り物なのだと、私は激怒した。

「私は今はただの一般人。金城さやかはCM女優。それで?私が危険だって?・・・ああ、そう、逆恨みしてさやかを襲うんじゃないかってこと?」

サナには関係がない苛立ち、そこに自嘲を混ぜれば許されると思っている自分に反吐が出る。でも、謝罪はどうもできないのだ、実際彼女がこの怒りを思い出させたのは事実だから。

『違います、アガタさんが危険って言うのはそうじゃなくて。じゃないや、違う。ええと、その・・・諦めないでほしいんです』
「諦めないって、何を?」

サナは電話口の向こう側でえーあーと考えてからおずおずと言った。

『・・・人生、とか?』

私は何も言い返さず、ただ深くため息を吐いた。
言い返す言葉は、まだ頭の中に浮かんでいない。
それでも息を吐いたのは、発狂せずにできる最大限の反応がそれだったからだ。

相手はアオハル真っ盛りの女子高生。そういう、クサいセリフが出ても仕方がない。
諦めてないよ、などと笑って済ませるのが大人の対応だろう。
しかしだ。
同じ名前の、まだ未来のある人間が、あろうことか初対面の私に「人生を諦めるな」などと言う。
まるで過去の、夢も希望もあったころの自分から言われたかのように、刺さってしまった。

そう、私は傷ついた。出来すぎた偶然と、それだけでは変わらない現状に。


いや、違う。私が、私を傷つけているんだ。
そうだ、一人ぼっちなんだから、私を傷つけられるのなんて、私しかいないじゃないか。

そうか、死神なんてものじゃなく、私が私を傷つけて、私が私を殺すのか。
暗闇の中から感じていた視線が、最初からそんなものはなかったように、次第に薄らんでいった。


「さやかから私が今なにしてるかを聞いて、落ちぶれた私が自殺するって思ったってこと?死神が私を狙っている~なんて言い出したのは、そういうことなの?別に、そこまで追い込まれてないから。私は今の暮らしも気に入ってるし」

そんな心配しなくてもいいのに、そう言って笑い飛ばそうとして走らせた言葉は、意味こそ変わらないかもしれないが、どう考えてもおかしなことになっていた。

「見ず知らずのあなたが気にすることじゃないし、さやかに口出しされる謂れもないよ」

棘のある私の言葉は、ある意味でもう放っておいてくれと言う意思の表れでもあった。
これ以上、私に興味を持たないでほしい。
誰も傷つけたくないのに、自分でも制御が効かないことを、私は痛いほど自覚している。
それこそアンガーマネジメントでも覚えたらいいんだろうな。
起きてる事態は好転しないが、人間関係でそれ以上悪化することは避けられるんだから。

もっと早くそう思えればどれほどよかっただろうか。

サナは黙ったままだ。
通話を切ろう、そう思い耳から携帯電話を離すと、かすかにスピーカーから聞こえた。

『その、違うんです。アガタさんと見ず知らずじゃ、ないんです、私』
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