at night

八木山

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死神はじっと暗闇の中から、アガタのことを見つめていた。


携帯電話を握ったまま、俯いた彼女が、ぼそりと呟く。

「ああ、シミ。やっぱりあなたは私のもの」

自分の頬に生えそろった髭を撫でながら、死神は彼女の一挙手一投足を観察する。

今、アガタは何を考えているのか。
それを死神は考えている。
いや、考えるというより、つかみ取ろうとしていた。


人間の考えていることは、どれだけ口にせずして伝わるだろうか。
涎が垂れれば「おいしそう」。顔が赤らめば「興奮」。
そういった生理的な反応を言いたいのではない。

眉をしかめて、目を瞑って、ペンを回して、しきりに相手の方を見る。
人間という生き物の行動は、精神の露出という側面を大いにはらんでいる。
悩みがどんなに深く複雑であっても、眉間を押さえれば悩んでいることくらいはわかる。
だが、大まかに括られた精神状態ではなく、その機微となれば話は別だ。

例えば同じ恋愛感情でも、いい人だと思った時の顔と、結婚したいと思った時の顔が同じかと言われれば、およそ違うと答える人が多いはずだ。
ホストや結婚詐欺師のように、日常的にその機微を掴むこと自体を生業にするような人間ならともかく、見ず知らずの第三者が見て判断できるかと言えば、まずできないだろう。
しかもしれが、偽物の感情だというなら、なお更に難しい。


アガタは借り物の携帯を、頭にコツンと当てた。
その顔は、片眉と口元をぐにゃりとゆがめて、右斜め上を睨みつけていた。
理不尽な怒りの矛先に困惑しながらも、紐解こうとしているのだろうか。
あるいは、既に真実にたどり着き、その因果にほとほと呆れているのか。


死に害は、彼女の複雑な心情を察する。
・・・いや、複雑と言うのは違うか。
いくつかの感情をまぜこぜにしてなお、いまだ際立って色彩と言うべき、むしろ雑味のないソレ。
死神は確信する。
彼女は今まさに、偶然めいた運命と脚本めいた必然の二つへ、ある種の感動をしている。
我が人生という複雑な抽象絵画を見て、「善いことはわかるが、はてさて」と評価を下さんとしているのだ。



死神はニヤリと口角を上げた。
面白い女だ。
そして、それゆえに惜しい。


彼女は、まだ死にたがっている。それは事実だ。
何も言わずに、一人、この世界から去ろうとしている。
それが今すぐである必然性のない、刹那的な怠惰な諦めであることも、彼女は自覚しているにもかかわらず、それが今だとしてもすんなりと受け入れるだろう。


死神は知らない。
彼女はこのまま本当に死ぬべきなのかを。

死神は知らない。
この先に何が起きるのかを。

それでも、死神は知っている。
アガタの犯したささやかな間違いを。
そして、こういうときにはささやかな拍手を送るのが礼儀だと。
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