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短評
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死神は暗転した舞台に向けて、拍手を送った。
「以上で、霞の杜高校、『at night』の発表を終わります」
スピーカーから澄ました女子生徒の声が響くと、舞台に再び光が戻った。
音響、道具係など、五名の男女が立っている。
今までの常識をぶち壊すと評される演劇界きっての才能、何より青白い肌と細い体躯から死神と呼ばれている男は、マイクを手に取る。
「死神コンクール」と表して自主的に男が主催しているコンクールは、大手のコンクールでの受賞歴のない、構成員十人未満、上演時間三十分未満の作品のみがエントリーでき、その全てに男が短く感想を述べるのだが、その短評の鋭さと彼個人の業界での影響力から、文字通り役者人性を終わらせてきた高校生が何人もいる。
そう言う意味でも、死神。
自分で始めたこととは言え、笑える話だ。演劇に熱くなればなるほど、冷たい男と見られるのだから。
「ありがとうございました。楽しませて貰いました」
その言葉に、ぎゅっと男女の姿勢が強張る。ただ一人、吾田を演じていた主演の女優を除いて。
人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。
最後に頭に落ちてくる電球から見るに、そう言う話をしたかったのだろう。
複雑かつ難解だが、悪くはない。
携帯電話とスポットライト、電球、ポールだけしか使っていないミニマムな舞台道具も、予算繰りを考えれば高評価だ。
昨年の「新約:死神」はも同じようにベッドくらいしか舞台装置はなかった事を思い出す。
あのときは落語を題材にしており、オリジナリティの低さを指摘したが、今年はそれを受けての、いや昨年を伏線にしてのオリジナル脚本というわけか。
総じて悪くはない。
が、ズルは良くない。
「ええと、主演の…」
「金城です」
男は小さく笑った。
大した度胸だ、自分の名前を作中で大女優として出すとは!
「金城さん、あなた、生徒じゃないですよね?」
「顧問です。普段は数学を教えています」
「舞台をやってた?」
「部の関係者なら参加は可能だとコンクールの規定にはありました」
金城は真っ直ぐに目をそらさずにいるものの、肝心なことには答えない。
規定、ねえ。
それは、あくまで病欠などで裏方に欠員が出たときのことを想定した規定なのだ。
舞台経験のある教師が主演を演じるなど、本来は言語道断である。
堂々と破ってくるのは爽快ではあるが、舞台にスポットライトが当たった瞬間はギョッとした。
「ぼ、僕たちは、みんな納得してます!」
白いワイシャツを汗で濡らした、背の低い男子が、声を裏返しながら叫んだ。
「役者がいなかったんです、俺らじゃ台詞覚えられんくて」
「今年で、最後になっちゃうからどうしても!って頼み込んだの、アタシなんです!」
「失格でもいい、やりきりたかったんですよ俺らは」
次々と生徒たちが言う。本当に強制されているようには見えない。
霞の杜高校演劇部は吹けば飛ぶような田舎の演劇部だと事前情報をもらっていた。
部員は、本当にここにいる五人だけなのだろう。
「脚本も、僕が書きました」
最初に口を開いた男子生徒が言った。
責められるなら僕を、と言う気概なんだろう。
「昨年の作品をフリにしたんですね。これは何を伝えたかったのかな」
「演劇を、辞めたくないって気持ちです。僕ら演劇部員は、日本中にいて、全員が全員それで生きてこうと思ってるわけじゃなくて。でも、本気でやろうとしても、諦めなきゃいけない人もいて。その悔しさを込めました。それでも伝わらないよなって皮肉も、込めてますけど」
「なら君が演じるべきだった」
男の言葉に、少年は口を閉ざした。
「私たちは、それでも先生にお願いしました」
別の女子生徒がか弱い声で言った。
「私たちより先生に演じてもらった方が伝わると思ったから。観客からすれば誰が演じるかじゃなくて、そこに価値を見いだせる演技かが重要って、昨年おっしゃってたから」
ふむ、至極当然の理屈だ。
縁者のエゴなど観客は求めていない。
感動をもたらす迫真の演技が教員である彼女にしか出来なかった、だからそうした、か。降参、クレバーな判断だ。
「成程」とだけ答えて小さくため息をついてから、改めて金城に尋ねる。
「金城先生、あなた、どこの劇団に?」
「言って何になるんです」
「辞めようとしている?」
「だから、言って何になるんです。公務員の副業は禁止されています」
その目には確かに、売名のためにここに来たのではないと物語っていた。
本気で役者としての人生は、この部と心中するつもりなのだ。
「辞めないでもらえませんか、役者」
男は言った。
この恥知らずに、言ってやらねばならないと思った。
驚いたように、舞台の上の部員たちが口元を手で押さえて、金城の方へと顔を向けた。
金城は口だけ作り笑いを浮かべて、静かにただ一言だけ、淡々と言った。
「死神からチャンスをもらった凡人、っていうのは陳腐なのでは?」
「以上で、霞の杜高校、『at night』の発表を終わります」
スピーカーから澄ました女子生徒の声が響くと、舞台に再び光が戻った。
音響、道具係など、五名の男女が立っている。
今までの常識をぶち壊すと評される演劇界きっての才能、何より青白い肌と細い体躯から死神と呼ばれている男は、マイクを手に取る。
「死神コンクール」と表して自主的に男が主催しているコンクールは、大手のコンクールでの受賞歴のない、構成員十人未満、上演時間三十分未満の作品のみがエントリーでき、その全てに男が短く感想を述べるのだが、その短評の鋭さと彼個人の業界での影響力から、文字通り役者人性を終わらせてきた高校生が何人もいる。
そう言う意味でも、死神。
自分で始めたこととは言え、笑える話だ。演劇に熱くなればなるほど、冷たい男と見られるのだから。
「ありがとうございました。楽しませて貰いました」
その言葉に、ぎゅっと男女の姿勢が強張る。ただ一人、吾田を演じていた主演の女優を除いて。
人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。
最後に頭に落ちてくる電球から見るに、そう言う話をしたかったのだろう。
複雑かつ難解だが、悪くはない。
携帯電話とスポットライト、電球、ポールだけしか使っていないミニマムな舞台道具も、予算繰りを考えれば高評価だ。
昨年の「新約:死神」はも同じようにベッドくらいしか舞台装置はなかった事を思い出す。
あのときは落語を題材にしており、オリジナリティの低さを指摘したが、今年はそれを受けての、いや昨年を伏線にしてのオリジナル脚本というわけか。
総じて悪くはない。
が、ズルは良くない。
「ええと、主演の…」
「金城です」
男は小さく笑った。
大した度胸だ、自分の名前を作中で大女優として出すとは!
「金城さん、あなた、生徒じゃないですよね?」
「顧問です。普段は数学を教えています」
「舞台をやってた?」
「部の関係者なら参加は可能だとコンクールの規定にはありました」
金城は真っ直ぐに目をそらさずにいるものの、肝心なことには答えない。
規定、ねえ。
それは、あくまで病欠などで裏方に欠員が出たときのことを想定した規定なのだ。
舞台経験のある教師が主演を演じるなど、本来は言語道断である。
堂々と破ってくるのは爽快ではあるが、舞台にスポットライトが当たった瞬間はギョッとした。
「ぼ、僕たちは、みんな納得してます!」
白いワイシャツを汗で濡らした、背の低い男子が、声を裏返しながら叫んだ。
「役者がいなかったんです、俺らじゃ台詞覚えられんくて」
「今年で、最後になっちゃうからどうしても!って頼み込んだの、アタシなんです!」
「失格でもいい、やりきりたかったんですよ俺らは」
次々と生徒たちが言う。本当に強制されているようには見えない。
霞の杜高校演劇部は吹けば飛ぶような田舎の演劇部だと事前情報をもらっていた。
部員は、本当にここにいる五人だけなのだろう。
「脚本も、僕が書きました」
最初に口を開いた男子生徒が言った。
責められるなら僕を、と言う気概なんだろう。
「昨年の作品をフリにしたんですね。これは何を伝えたかったのかな」
「演劇を、辞めたくないって気持ちです。僕ら演劇部員は、日本中にいて、全員が全員それで生きてこうと思ってるわけじゃなくて。でも、本気でやろうとしても、諦めなきゃいけない人もいて。その悔しさを込めました。それでも伝わらないよなって皮肉も、込めてますけど」
「なら君が演じるべきだった」
男の言葉に、少年は口を閉ざした。
「私たちは、それでも先生にお願いしました」
別の女子生徒がか弱い声で言った。
「私たちより先生に演じてもらった方が伝わると思ったから。観客からすれば誰が演じるかじゃなくて、そこに価値を見いだせる演技かが重要って、昨年おっしゃってたから」
ふむ、至極当然の理屈だ。
縁者のエゴなど観客は求めていない。
感動をもたらす迫真の演技が教員である彼女にしか出来なかった、だからそうした、か。降参、クレバーな判断だ。
「成程」とだけ答えて小さくため息をついてから、改めて金城に尋ねる。
「金城先生、あなた、どこの劇団に?」
「言って何になるんです」
「辞めようとしている?」
「だから、言って何になるんです。公務員の副業は禁止されています」
その目には確かに、売名のためにここに来たのではないと物語っていた。
本気で役者としての人生は、この部と心中するつもりなのだ。
「辞めないでもらえませんか、役者」
男は言った。
この恥知らずに、言ってやらねばならないと思った。
驚いたように、舞台の上の部員たちが口元を手で押さえて、金城の方へと顔を向けた。
金城は口だけ作り笑いを浮かべて、静かにただ一言だけ、淡々と言った。
「死神からチャンスをもらった凡人、っていうのは陳腐なのでは?」
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