18 / 19
クライマックス
しおりを挟む
そうだ、私は初演で、最期の台詞を変えたのだ。
アドリブだった。
なのに涙が自然に出た。
役が、死神が私にそうさせた。
私はそう信じきっていた。
それまで生まれてこの方、最期の台詞を飛ばすなんて事は一度もなかったし、ましてやアドリブすることなんてなかった。
脚本家が悩みに悩んで考えた台詞を、私の一存で決めるなんて事、あってはならない。
流れに矛盾はなく、私の涙に観客は割れんばかりの拍手喝采した。実際、噂が噂を呼び、私の最期の舞台は盛況に終わり、辞めると決めてはいたものの、後ろ髪を引かれる思いだった。
一方の私はカーテンが降りるその時まで、初めての愚行への困惑と後悔、なにより舞台を台無しにした恐怖で身を縮こませることしかできなかった。
驚いたのはその後だった。
監督の阿笠さんは嬉しそうに手をたたきながら、舞台裏に引っ込んだ私を出迎えたのだ。
「きっと彼女もそう言います!あなたに演じてもらって良かった」
そう言って私を抱きしめると、ありがとう、ありがとうと、譫言を呟く阿笠さんの肩越しに、小学生中学年頃と思われる女の子が立っていた。
外国人めいた白い肌と、カールがかった亜麻色の髪。目鼻立ちは西洋人形のようなのに、瞳だけは漆黒のその子は、そんな私を真っ向から睨み付けていた。
まるで、パパを取らないでとでも、言いたげに。
まさか、あの時の子が、サナなのか?
父親の作品を汚されたと思って、怒っていると?
いや、そんな簡単な話じゃない。
私は、私は携帯の通話履歴を開く。
「サナパパんち」
よくよく考えると、違和感のある登録だ。
女子高生が、友達の自宅の固定電話を、わざわざ「パパんち」と書くだろうか? この書き方と言うことは、サナ本人の携帯の番号が「サナ」と電話帳に登録されているから、自宅を差別化したと言うことなのだろう。
友人の家から「夜になっても娘が帰ってこない」と言う連絡が来ることもあっただろう。
その発信源が特定の片親を示す「パパ」で表されるというのは、些か偏りがあるというか、「サナんち」でいいではないか。
百歩譲っても、「サナママ」とかな気がする。
こんな推理、私お得意の現実逃避だというのは百も承知だ。
だが考えずにはいられなかった。
阿笠さんは、奥さんと娘さんと別居していた。サナの家とは別にあるから、「サナパパんち」。なのにそこからサナが電話をかけていると言うことは、きっと阿笠さんの家に家族は再度集まっ…ていない。
違う、もっと悲劇的だ。
サナの母親は亡くなり、なくなく阿笠さんが引き取った。
阿笠さんの脚本。
最期に正体を表し、死神となって永遠に結ばれる二人。
「彼女ならそう言った」という、アガサさんの言葉は、アガタ=サナという役のことではなく、別の誰かを指していたのなら…
私は、「サナパパんち」の番号へと折り返す。
数回のコールの後に、通話が繋がった。
『はい、阿笠です』
電話口に出たのは、中年ばった男の声。
深夜に掛けていることもあって疲れた表情が浮かぶ声。
間違いない、阿笠さんだ。
「あ、ええと、吾田です。娘さんのご友人の携帯電話を拾いまして、その」
『はぁ、そりゃ…って、吾田さんって、あのですか?』
声で察したのか、私が元女優の吾田だと気付いた阿笠さんは、急に声色を持ち上げた。
「その、お久しぶりです」
『凄い偶然があるものですね、今この辺にお住まいなんです?』
「ええ、そうですね。女優を辞めて、今は普通に働いてます」
『そうでしたか、こんな夜分まで、大変でしたね』
労るような、優しい声色だった。
新約:死神のことを聞くべきか、躊躇う。
私の最期の台詞、あれは亡くなった奥さんが、阿笠さんに向けた言葉だったのでは?なんて聞ける雰囲気ではなかった。
とりあえず事の顛末を話す。
『娘が深夜に起きていると思ったら、ミユキちゃんの携帯を探していたんですね。お店で預かってもらえばよかったでしょうに』
「それはそれで、大変なので。彼女なりに気を遣ってくれたんだと思います」
『そうでしたか』
阿笠さんはそう言うと、黙りこくってしまった。
そりゃそうだ、過去に一度だけ仕事した相手と、弾む話などそうないだろう。
ミユキとやらはいつ来るんだ。
気まずくなった私は、そことなく聞いてみた。
「最近はお忙しいですか」
『えぇ、そうなんですよ!実は連続ドラマの監督をやることになりまして!そうか、今夜は運命的でしたね』
監督は明らかに興奮していた。
ドラマの監督なんて、大出世もいいところだ。そりゃあ、上機嫌にもなるだろう。
「絶対見ます。どんな作品なんですか?」
『それがね、あの新約:死神ですよ!主演は金城さやかさんにお願いすることになりました』
ぐつぐつと、私の中で急速に何かが煮える。
私は携帯電話を地面に思い切り叩きつけた。
そして振り返り、駐車時用の背の高い電灯のポールに額をガツンと打ち付けた。
くそったれ!
ああ、そうか。これがサナの言っていた危険の正体はこれか!
ギヨン、と言う音とともに、上から電球が落ち、私の頭に落ちてパリンと割れた。
コンクリートに叩きつけられて、ねじ切れそうになっている携帯電話の接合部から、色取り取りのコードが見えている。
呻きながらも、弁償代が頭によぎる。
世界は最初からそうだったように、ゆっくりと暗くなっていった。
アドリブだった。
なのに涙が自然に出た。
役が、死神が私にそうさせた。
私はそう信じきっていた。
それまで生まれてこの方、最期の台詞を飛ばすなんて事は一度もなかったし、ましてやアドリブすることなんてなかった。
脚本家が悩みに悩んで考えた台詞を、私の一存で決めるなんて事、あってはならない。
流れに矛盾はなく、私の涙に観客は割れんばかりの拍手喝采した。実際、噂が噂を呼び、私の最期の舞台は盛況に終わり、辞めると決めてはいたものの、後ろ髪を引かれる思いだった。
一方の私はカーテンが降りるその時まで、初めての愚行への困惑と後悔、なにより舞台を台無しにした恐怖で身を縮こませることしかできなかった。
驚いたのはその後だった。
監督の阿笠さんは嬉しそうに手をたたきながら、舞台裏に引っ込んだ私を出迎えたのだ。
「きっと彼女もそう言います!あなたに演じてもらって良かった」
そう言って私を抱きしめると、ありがとう、ありがとうと、譫言を呟く阿笠さんの肩越しに、小学生中学年頃と思われる女の子が立っていた。
外国人めいた白い肌と、カールがかった亜麻色の髪。目鼻立ちは西洋人形のようなのに、瞳だけは漆黒のその子は、そんな私を真っ向から睨み付けていた。
まるで、パパを取らないでとでも、言いたげに。
まさか、あの時の子が、サナなのか?
父親の作品を汚されたと思って、怒っていると?
いや、そんな簡単な話じゃない。
私は、私は携帯の通話履歴を開く。
「サナパパんち」
よくよく考えると、違和感のある登録だ。
女子高生が、友達の自宅の固定電話を、わざわざ「パパんち」と書くだろうか? この書き方と言うことは、サナ本人の携帯の番号が「サナ」と電話帳に登録されているから、自宅を差別化したと言うことなのだろう。
友人の家から「夜になっても娘が帰ってこない」と言う連絡が来ることもあっただろう。
その発信源が特定の片親を示す「パパ」で表されるというのは、些か偏りがあるというか、「サナんち」でいいではないか。
百歩譲っても、「サナママ」とかな気がする。
こんな推理、私お得意の現実逃避だというのは百も承知だ。
だが考えずにはいられなかった。
阿笠さんは、奥さんと娘さんと別居していた。サナの家とは別にあるから、「サナパパんち」。なのにそこからサナが電話をかけていると言うことは、きっと阿笠さんの家に家族は再度集まっ…ていない。
違う、もっと悲劇的だ。
サナの母親は亡くなり、なくなく阿笠さんが引き取った。
阿笠さんの脚本。
最期に正体を表し、死神となって永遠に結ばれる二人。
「彼女ならそう言った」という、アガサさんの言葉は、アガタ=サナという役のことではなく、別の誰かを指していたのなら…
私は、「サナパパんち」の番号へと折り返す。
数回のコールの後に、通話が繋がった。
『はい、阿笠です』
電話口に出たのは、中年ばった男の声。
深夜に掛けていることもあって疲れた表情が浮かぶ声。
間違いない、阿笠さんだ。
「あ、ええと、吾田です。娘さんのご友人の携帯電話を拾いまして、その」
『はぁ、そりゃ…って、吾田さんって、あのですか?』
声で察したのか、私が元女優の吾田だと気付いた阿笠さんは、急に声色を持ち上げた。
「その、お久しぶりです」
『凄い偶然があるものですね、今この辺にお住まいなんです?』
「ええ、そうですね。女優を辞めて、今は普通に働いてます」
『そうでしたか、こんな夜分まで、大変でしたね』
労るような、優しい声色だった。
新約:死神のことを聞くべきか、躊躇う。
私の最期の台詞、あれは亡くなった奥さんが、阿笠さんに向けた言葉だったのでは?なんて聞ける雰囲気ではなかった。
とりあえず事の顛末を話す。
『娘が深夜に起きていると思ったら、ミユキちゃんの携帯を探していたんですね。お店で預かってもらえばよかったでしょうに』
「それはそれで、大変なので。彼女なりに気を遣ってくれたんだと思います」
『そうでしたか』
阿笠さんはそう言うと、黙りこくってしまった。
そりゃそうだ、過去に一度だけ仕事した相手と、弾む話などそうないだろう。
ミユキとやらはいつ来るんだ。
気まずくなった私は、そことなく聞いてみた。
「最近はお忙しいですか」
『えぇ、そうなんですよ!実は連続ドラマの監督をやることになりまして!そうか、今夜は運命的でしたね』
監督は明らかに興奮していた。
ドラマの監督なんて、大出世もいいところだ。そりゃあ、上機嫌にもなるだろう。
「絶対見ます。どんな作品なんですか?」
『それがね、あの新約:死神ですよ!主演は金城さやかさんにお願いすることになりました』
ぐつぐつと、私の中で急速に何かが煮える。
私は携帯電話を地面に思い切り叩きつけた。
そして振り返り、駐車時用の背の高い電灯のポールに額をガツンと打ち付けた。
くそったれ!
ああ、そうか。これがサナの言っていた危険の正体はこれか!
ギヨン、と言う音とともに、上から電球が落ち、私の頭に落ちてパリンと割れた。
コンクリートに叩きつけられて、ねじ切れそうになっている携帯電話の接合部から、色取り取りのコードが見えている。
呻きながらも、弁償代が頭によぎる。
世界は最初からそうだったように、ゆっくりと暗くなっていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる