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White/Pre
しおりを挟む神様の絶叫を受信した巫女の半分は壊れた。
私、アリアドネは幸いにして生命活動に異常はない。
鼓動が鳴った。
頭の中を書き換えていく光と情報が嵐のように襲った。
聞いたことのない声や触ったことのない触れないモノの感触を識る。
目の前に見える教会の景色がすべて遅くなる。
絶叫の余波で振動する空気と舞う埃の粒子の煌きも、その先のより細やかな世界の物質の結合の仕組みも、視点をずらせば世界の今まで見てきたすべてのものの先の、力の流れのようなものが見えた。
私の体や建物や周囲の人々の先の、夜空に流れる星が夜でもないのに瞬間、見えた。
書き換えられ自分の中身を頭の底から削り取られていくような痛みと自分の体にしがみつくようなイメージで私は私を抱きしめて世界から弾き出されないように、踏みとどまる。
そして鼓動がもう一回鳴った時、拡大された時間は圧縮され、全身を切り裂くような痛みが走る。
私の時間はいつもの時間に戻る。
しかし、私と感覚共有していたイルマはそのまま眠ってしまった。
神様の断末魔を聞いた時、彼女の黒い瞳は神の絶叫の「焼き付き」で虹色に輝いてから元の黒い色に戻り、光は消え、糸が切れたように、骨がなくなったように、糸の切れた人形のように、自律機能を完全に失って倒れた。
神と私たちの絶叫の後、私の周りの二人ずつのペアの半分は大体そういった形で床に突っ伏していた。
私は特に異常もなく立っている。
彼女は、選ばれなかったのだ、とそれが何に対してなのか分からず漠然とした思いが綺麗な街角の異国の商会で見た人形を思わせる姿の動かなくなった美しい顔のイルマを見て思った。
私の世界は社交界の煌びやかさに、ねっとりと這い寄るナニカたちがある世界よりも、神様の受信機として教会で伝えられたことを受信し、記述していくことが好きだった。
神様の発する言葉を受信できるのは限られた子供達であり、そこには貴族も平民も棄民も人種も関係なく技能を持った選ばれた子どもたちだけが集められた特別な場所だった。
清められ、平等に、神様の概念を受信出来る子どもたちは数々の表現手段で「神意」を自分で思うように再現しそれらを記述しまとめていき、未来への指針や予言、預言を残していく。
私たちのいる教会は相性の良い二人組を作って互いに受信したことの答え合わせをする。
イルマは東洋の神秘を感じさせる異教徒であり、異人でもあった。東方の国の出自だったが私と彼女が生まれも育ちも違うということが互いの刺激になり仕事としての受信機より彼女の友人として月に一度の邂逅は社交界よりよほど楽しい場所だった。
だけど、私の心の安寧の場所はこの瞬間に消え、役立たずになった子どもたちはそれぞれの家に帰り使えなくなった子どもたちは適切に処分されていった。
使えなくなった過去の遺物のように、私の心の半分を担ってくれた彼女と教室の半分の共通の価値観を持った友達はまとめて運ばれて行った。
私たちの半分は消え、残った私たちは特別な存在ではなくなった。
生き残った私たち「神様の声を聴く子ら」は研究機関で体も精神も入念に検査された。
検査の日からあの協会の子達とは会っていない。
生き残った私たちも神様の焼き付きが残った。
目は虹色のような虹彩(アースアイ)に変化し、金色だった私の髪も前より白に近づいた。
焼き付きの仕方はそれぞれ違う。
私のように徐々に変化するものもいれば斑模様や一部だけ、見えないだけ、それぞれだ。
神の残響が私を新しい色に染めあげていく。
最後の別れに、と揺れる馬車から私服で教会に立つ。
いままでは一定の年齢を超えた子どもたちは社会に戻るのだけど、私たちは神の死というおおよそ信じがたい出来事により社会に、家族のもとに帰る。
神の叫びの残響が私の中をあれからずっと掻き鳴らしている気がする。
帰りの馬車から見える景色は教会まで敷かれた新技術の機関車のレールの工事だ。
あれの模型を社交界で披露されたのは大人がおもちゃで遊んでいるように見えたけど、町から町へ、この草原にもあの冷たい金属の道はどこまで敷かれていくのだろうか。
私は神様の受信装置が壊れた頭の中に今まで以上の自分が複雑な言語で今も思考していることが不気味に思えてきた。
神様の受信部分という表現すら今までしたことはないのだ。
私の頭の中は絶叫を聞いた後、何かに上書きされている。
夕闇に弾かれていくレールのように何かが私の思考という形態を何かに対して適切に組み替えられた不気味さを自覚した。
暗い道筋の先に鮮烈な流れ星一つ、新たなガス灯がバラバラに不連続に点っていく輝く街に消えていく。
どれが私の追いかけた星か分からずじまいに街明かりに消え、輝きの街を抜け、屋敷に向かった。
あの日から私は彼女の名前の一つを貰った。
私はアリアドネ・ソーン・イルマ。
神は死んだ。
人は代理を求め彷徨う時代の話。
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