サンコイチ

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祝福の檻

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「いやもうすげー分かる、そうだよそれこそが醍醐味なんだよな!!」
「奏ちゃんさすが分かってる!!ポジは正反対でも滾るポイントは一緒だよねぇ!」
「だな!それに……」
「ええと、奏、あかりちゃん、もう遅いから……って、聞いてないね、うん」

 口は災いの元とは言うけど、まさかこんなに盛り上がってしまうとは。

 延々と目の前でディープな話に盛り上がる幼馴染たちを、火をつけた本人である幸尚は生暖かい眼差しで見守っていた。


 それは遡る事、半日ほど前。

「二人で温泉に行ってくるわね!留守番頼んだわよ」と一人息子の誕生日だというのに2泊3日で温泉旅行に出掛けてしまった両親に「まぁ、もうそういう歳じゃないけど……」とちょっと寂しく思いつつも、幸尚はいつものように奏やあかりと部屋でまったりくつろいでいた。

 もちろん誕生日を忘れ去られていたわけではない。第一、結婚記念日と息子の誕生日は同じなのだから忘れようがないだろう。
 その証拠に「また3人でお祝いするでしょ?」と誕生日のケーキは尚の好きなレアチーズケーキが予約されていたし、ついでにケータリングもあかりが稽古を終えてやってくる時間に合わせて頼んでくれている。

「はぁ、美味しかった…………」
「ここのケーキ屋さん、チーズケーキはどれも美味しいんだよねぇ……ね、今度一緒にケーキバイキング行こうよ」
「あかり、あんまり食べてると貞操帯がさらにキツくなるぞ?」
「大丈夫ケーキは別腹だよ、ね、尚くん?」
「あかりちゃん、別腹も腹にはつくんだよ、残念ながら」
「むぅー」

 3人で過ごせば、両親のいない寂しさなど忘れてしまう。
 まあお腹が膨れればご機嫌になる事を完全に利用されているようにも思うが、美味しいは正義なので許そう。

「んふぅ…………奏様、幸尚様、今日もあかりを気持ちよくしてください……」
「あかり、お前なぁ尚の誕生日にまでおねだりかよ。本当に我慢が効かない淫乱だな」
「はい……あはぁ、あかりは24時間発情している変態奴隷ですぅ…………」
「いいよ、じゃあ毛布を用意しよっか」

 代わりばんこでお風呂に入れば、貞操帯を外したあかりがいつものようにベッドに座る二人に向かって床で土下座する。
 たった1日封じられただけで、その秘裂は色づき、風呂上がりだというのに既に蜜が溢れてきている。
 この時間になればご主人様が慰めてくれる事を、淫乱な身体はすっかり覚えこんだようだ。

 身体を冷やさないように、最近では慰める時はあかりに着る毛布を着てもらっている。
 まあ途中で大抵暑くなってはだけてしまうのだが、寒くて体調を崩すよりはずっといい。

「んっ…………ふぅっ………………んぁ…………」

 くちゅり、と粘ついた水音と、吐息混じりのあえかな声が部屋に響く。

 あかりの人差し指は股間の大切なところに潜り込み、最近では教えてもらったいいところに止まらず奥まで突っ込んでは中を揺らして「はぁぁ…………きもちいぃ……」とよがることが増えた。

「あかりちゃん、中も気持ちいい?」
「っ、はい…………中、なんかぷにぷにしたのがあって……」
「それ子宮の入り口じゃね」
「そう、なのかな…………そのあたりをすりすりしたり、軽く押したら……じんわり気持ちいいですぅ…………」
「そっか。中だけでいけそう?」
「ん…………わかん、ない……んあっ、幸尚様ぁぁっ…………」
「うん、お尻から子宮揺らされるのも気持ちいいよね」

 壁越しに、幸尚のゴツゴツした指が触れる。
 あかりの腰の動きに合わせて肉芽を摩り、奏も乳首を捏ね、時には先端をカリカリしてくれる。

(ああ、なんか良いな……ご主人様達に触れられるって……)

 最近では二人の熱を与えられることにも慣れた。
 薄い膜越しに指先から伝わる熱は、じんわりとあかりの身体を、心をほぐし、昂らせる。
 煮詰まりすぎない、穏やかな暖かさはもどかしくも心地よい。

 ふわっと高まる波に逆らわず、背中を逸らせて「逝かせて、くださいっ…………」とお願いして。

「良いぞ」「良いよ」
「「イケ」」

 赦しの言葉と共に刺激を強められて、そのまま絶頂まで駆け上がる。

 最近ではこうやって必ず絶頂の前に許可を求めるように命令されている。
 もちろんそのままでもすぐに逝ってしまうけれど、懇願して許可されて、逝けと命令されながら絶頂を迎えるのは、自分が二人に管理され飼われていることを突きつけられるようでゾクゾクするのだ。

 十分に余韻を楽しめば、気だるい身体で跪き二人に感謝を告げる。
 素っ気なく返す奏の、そして「気持ちよかった?」とにこやかな幸尚の股座は張り詰めていて、あかりはいつしかその事に喜びを感じるようになっていた。
 ……例え、その興奮が二人の交わりの前座として使われるだけであっても。

 膣以外の自慰が禁止されてもうすぐ2ヶ月。
 あかりの中には「快楽はご主人様に与えてもらうもの」という意識がしっかりと根付いていて、最近では例え昼間に身体が疼いても自ら慰めたいと思う前に二人の姿を思い出す程だ。

 きっとこれも、近いうちに始まる『管理』への慣らしなのだろう。
 このまま進んで良いのか不安を感じる時もあるけれど、それ以上に好奇心が、そして何年も妄想し渇望し続けた願いが叶う期待が全てを塗り潰す。

 後悔するかもしれない。
 けれども、この選択肢を諦めて住み慣れた世界に戻れば、間違いなく後悔する。

(どうせ後悔するなら、やって後悔した方がいい)

 その考えが甘かった事を、あかりは近い未来身をもって知ることになる。


 …………


「さてと、あかりも落ち着いたところだし尚に誕生日プレゼントを渡すか」
「…………えと、奏……僕…………」
「……おう、次の言葉が分かってしまったぞ。何だ裸にリボンでも巻いて『俺を食べて♡」とかやりゃ満足…………いや待て目が据わってるって尚!な、じ、冗談だから!!どうせ誕生日だろうがなかろうがやるのは一緒だろうが、せめてプレゼント渡すまで待ちやがれえっ!」
「うう……もう想像しただけで鼻血出そう……あ、奏に巻くならリボンは水色がいいな、清楚な感じで」
「だからやらねえっての!!」

 全くもう、と呆れながらも奏はラッピングされた包みを渡す。
 プレゼントのシンプルなカフェエプロンを広げる幸尚に「いつもおばさんの花柄エプロンだろ?その……あれもいいけど、尚にはこういうかっこいいのもいいかなってさ……」と目を逸らしながらモゴモゴ話す奏の顔は真っ赤で、すぐに襲わなかった自分を誰か褒めて欲しい。

「いやあ良いねえ、青春だねえ……裸リボンから押し倒されるところはちょっと見てみたかった」
「あかり、頼むから蒸し返すな。あと腐女子目線全開になってる」
「あはは、こればかりは奏ちゃんと尚くんの奴隷になってもやめられないねぇ!はい、尚くんプレゼント」
「ありがとう!…………小物入れ、かな?」
「へえ、尚が好きそうなデザインじゃん」

 あかりに渡されたプレゼントを開ければ、そこには両手のひらに乗るサイズの小物入れが入っていた。
 木製で蓋の部分がうさぎの顔になっている、可愛いけど可愛すぎないデザインだ。
 伊達に産まれたときから幼馴染をしていない。お互いの好みはしっかり把握済みである。

「ありがとう、あかりちゃん」と嬉しそうに幸尚がはにかめば「気に入ってくれてよかった」とあかりも満足げだ。

「実はね、小物入れもだけど中にもプレゼントがあるの、開けてみて」
「うん」

 そっとうさぎの耳を掴んで、小箱を開ける。
 そこには銀色の不思議なパーツが入っていた。

 円形のプレートには、真ん中と周囲に幾つかの穴が空いている。
 プレートより一回り大きいリングは円形のプレートと組み合わせて使うのだろうか。横から見れば組み合わせる部分には鍵穴がついていて、一緒に入っている鍵で固定するとみた。
 そして先端に金属のついた半透明のチューブが円を描くように収納されている。

「何貰ったんだよ」と横から覗き込んできた奏が盛大に噴き出す。
 その横であかりはどこか得意げだ。

「えっと、あかりちゃん、これは?」


 ………………なんだろう、これはとても嫌な予感がする。


 そしておずおずと尋ねた幸尚の不安を、あかりはいつも通り裏切らない。

「あ、尚くんは見たことないっけ。これ、フラット貞操具だよ!」
「ふらっと……ていそうぐ…………?」
「えっと、前に塚野さんの奴隷を見せてもらったでしょ?あの時奴隷がおちんちんにつけてたやつ」
「………………ええと……」

 必死で記憶を辿る。
 確かあの奴隷の股間は、男ならあるべき突起が丸いプレートで封じられていて、ツルッとしていて…………ていそうぐ…………貞操具……?


「……えええええええぇっ!?」


 やっと記憶が繋がった幸尚の口から素っ頓狂な叫び声が上がるのと「ちょ、あかりもうダメ俺お腹痛いwww」と奏が爆笑するのは同時だった。

「あ、あのっ、あかりちゃあああん!?なんでこれがプレゼント!!?」

 動揺を隠せない幸尚に「あのね、着けると楽になるから!」と相変わらずあかりの説明は雑だ。

「楽に……あの、もう少し詳しく……」
「ほら、尚くんさ、お父さんとお母さんが帰ってきてからあんまり奏ちゃんとえっちできないでしょ?」
「う、うん」
「ずっと奏ちゃんは隣にいるし、しかも奏ちゃんは時々無自覚に尚くんを煽るし、我慢するの辛くない?」
「辛い」
「めっちゃ食い気味だったな今」
「だからね、おちんちんを封じちゃえば、やりたくても物理的にできなくて諦めがつくから、楽になるよ!」
「どうしてそうなったんだよおぉぉっ!」
「あかりその発想天才すぎ……ぶはっ、もう腹筋崩壊するうっ…………!」

 ツッコミを入れつつ、いや、これは100%あかりの善意だと幸尚は思い直す。
 きっとあかりは、貞操帯をつけることで自分の発情の衝動が楽になったから、辛そうな幸尚にも勧めてあげよう、くらいの感覚だろう。
 それは分かる。伊達に産まれたときから幼馴染をしていないのだ。あかりの思考形態がすぐ斜め虚数軸方向に飛んでいくのは、通常運転の証だとよーく知っている。
 つまりあかりは今日も元気だ、うん、とても良いことだ。

 だが納得はできない。してたまるか。

「あの、あかりちゃん流石にこれは僕には」
「いやナイスだあかり!!これは俺の尻の崩壊を防ぐ新兵器だ!!」
「ちょ、僕絶っっっ対着けないからね!!第一さ、役割的にはこれをつけるのは奏じゃないの!?奏のちんちんは使われることが無いんだから!」
「あ、ひでぇ!俺だって男なんだぞ、いくら尚に抱かれまくってたって俺の息子さんはいつも準備万端だからな!!」
「そうだよ、奏ちゃんには必要ないよ!」
「そうだそうだ!あかりもっと言ってやれ!」



「だって奏ちゃん、すでにオンナノコになってるし、おちんちんを放置してても触るのはプレイの後だけじゃん!!」



 ああ、あかりの無邪気な一撃の威力は、いつもながら凄まじい。
「げふっ……」と死角からぶっ飛んできた攻撃に、奏が悶絶する。

「大体あれだけ尚くんとのセックスで出してたら、自分でおちんちん触る必要性ないんだし!」
「あ、あかり、やめてそれは俺に効きすぎる」
「……え、でも奏ちゃん、尚くんと付き合いだしてから一人でしてる?プレイの後以外で」
「ぐぬぬちくしょう、家じゃ一回もしてねえよ!!」
「「まさかの0回」」

 …………今度は奏が崩れ落ち、幸尚が噴き出す番だった。


 …………


「と、言うことで」
「どう言うことだよ」
「あかりちゃんの気持ちは分かった、分かったけどこれは使わない」
「ええー…………」
「う、その、プレゼントは嬉しいよ!?だからちゃんと大切に置いておくから、でも着けるのは無し」

 心底残念そうなあかりを慌てて宥めようとしたのがいけなかったのかもしれない。
 その言葉を投げかけたことを、幸尚は以後数時間後悔することになる。

「前から二人に聞いてみたかったんだけどさ、そもそも貞操帯で管理する事の魅力って何?」
「え」
「いやほら、僕は二人の性癖は理解できないけど、でも二人にとっては管理する、されるはすごく刺さるんでしょ?だから、何が刺さるのかせめて知りたいな…………って…………」

 みるみるうちにキラキラと目を輝かせ頬を紅潮させる二人に(あ、これはまずい)と思うも時すでに遅し。

「あかり、これは幸尚に貞操帯管理の良さを布教するチャンスだ!!」
「いや待って布教って何」
「そうだよね!尚くんも貞操帯沼においでよ、あったかいから!!そしたら貞操具も着けたくなるよ!」
「お願いそんな沼に引き摺り込まないで、後僕は着けないったら!!」

 そうして始まった二人による熱い貞操帯管理への思いを語る会は、実に濃かった。濃ゆすぎて理解が追いつかなかった。
 いつしか布教活動の色味は薄れ、あかりと奏が二人の世界で滔々と語りだして…………もうとっくに時計はてっぺんを回ってるんだけどなぁ、と思いつつも言い出しっぺとしては聞かねばならない気がする。

「管理自体も唆るんだよ。所有欲?支配欲?かな、俺の言動一つで相手をどうにでもできるっての。そこまで委ねてくれてる事も嬉しいし。でも俺はやっぱり、あかりが辛かったり絶望感を覚えて泣いたりするのが一番。あの瞬間はマジでトぶ」
「管理する側は大変だよね、だって綺麗事ばっかりじゃ無いし……洗浄だって拘束してでしょ?意外と重労働だよね」
「まあそりゃそう。その労力も惜しく無いくらい魅力があるって事だよ。あかりだって日常生活まで管理されるのは大変じゃん、親バレも回避しなきゃならないし。でもそれ以上に得られるものがあるから、管理されたい」
「うん。ほら、期末試験の後に貞操帯をつけたでしょ?あの時本当に凄かった」

 あかりが振り返るのは、初めて貞操帯を身につけた夜と、自ら快楽を得る権利を剥奪されることを選んだ、期末試験明けの朝。
 あの時の、南京錠の閉まる音が、鍵を渡すチャリンという金属音が、今もこの身にこびりついて離れない。

 あの朝、あかりは知ってしまった。
 快だけが興奮につながるのでは無い。
 不安と、恐怖と、絶望と、そして名前のつかない幾多の感情…………それらは全て『気持ちよい』に繋がる事に。

 渦巻く色とりどりの感情が、発情した身体と心に満ち弾けた時、まるで万華鏡のような……この時にしか味わえない悦楽を作り出す。
 それは魂に刻み込まれるほど鮮烈で、思い出すだけで溺れられる深い沼で、しかし決して再現ができない。

 だから、徹底的に、より過酷に管理されたくなる。
 自らの尊厳を明け渡してでも、一期一会の脳が痺れるような瞬間にまた出会いたくて。

 分かるなぁ、と奏は頷く。
 その瞬間を引き出せた嗜虐者もまた、そこまでに奴隷が見せてきた痴態を、表情を味わい、達成感と絶対的な支配欲に包まれる。
 目の前の奴隷が堕ちた瞬間は、何者にも変え難いゾクゾクする昏い悦びに満たされるのだ。

「日常で小さな絶望を味わうのもいいよね。ふとした時に貞操帯の存在を感じた時とか、ムラムラが止まらないのにどんなに頑張っても絶対に気持ちいいところに届かない時とか、ああ、これはご主人様のものだ、私には触れる権利すらないって、急に日常から引き摺り下ろされる絶望感は…………辛いけど、ゾクゾクする」
「そうそう、スイッチ入ったあかりがトイレから帰ってきた時の表情はマジでヤバい、あれ、分かってるやつならあの顔だけで抜ける」
「えええ、他の男子のオカズにされるのはちょっと…………」
「ちょっと?」
「……まあ、触られないなら…………いいかも」
「ははっ、あかりはホント筋金入りだな」

 でもさ、やっぱりまたあの大きな絶望感が欲しくなるね、とあかりは笑う。

「最初はさ、貞操帯の鍵をかけるだけで頭が痺れそうなほどゾクゾクしたのに、慣れって怖い」
「まあそうだなあ、いっそ記憶消去してもう一回味わえたら良いのにな」
「それができたら、私も奏ちゃんも廃人コースだよw」

 語らいは終わらない。
 立場は違えど、他者に理解され難い性癖を共に語れる事がどれだけありがたいことか、二人はこの歳ですでに痛感しているから。

 その傍で二人の世界を眺める幸尚も、それが分かるから二人を……いや、流石にそろそろ寝たいけど、なんとなく強く止められない。

(にしても)

 幸尚には「辛いのに幸せそう」としか見えなかったあの冬の朝の解像度が一気に上がる。
 理解はできない、それは仕方がない。
 だが、少なくとも知識は得られる。そしてそれは、あかりのために何ができるかを思案する材料となる。

(より大きな絶望感と、複雑な感情の奔流、か)

 きっと落差が大きければ大きいほど、あかりは気持ちいい。
 その激しさが増すほど、奏の悦びも大きい。

 それを、この手で作り出せれば、きっと二人は幸せを感じられる。

(いつか、そんな調教ができるようになるといいなぁ……)

 終わらない歓談にしかし流石に睡魔に襲われた幸尚は、もそもそと自分のベッドに潜り込む。
 誕生日だから奏とたっぷり愛し合いたいと言う願いは叶わなかったけど、こうして二人の楽しそうな顔を見られるのも幸せだからいいかな、とまだまだ元気な二人をぼんやり見つめながら眠りに落ちるのだった。


 …………


「おはよ、見たか?」
「見た…………ちょっと足が震えちゃった」
「分かる、俺慌てすぎてベッドから落ちた」
「それは動揺しすぎ」

 少しずつ春の足音が聞こえ始めた3月初旬。
 学年末試験を2日後に控えた3人の元に、メッセージが届いた。


『3人ともお待たせ、貞操帯を受け取ったから都合がいい時に取りに来て』


 夜中のうちに送られていたのだろう、起き抜けにメッセージを見た奏は瞬間眠気を吹っ飛ばされ、朝食もそこそこに興奮気味に幸尚の家に駆け込んだ。
 きっとあかりも稽古が終わればすぐさま飛んでくるはずだ。

「うわぁ…………本当に来たんだ……本格的な貞操帯管理の日がああぁ……」
「うん、嬉しいのは分かるけど落ち着こうか奏。あと今日は取りに行かない」
「ちょ、何で今日行くって分かったんだ!?」
「だって奏だから。大体明後日から試験だよ?今はあかりちゃんに貞操帯を付けられないし、受け取って側にあるだけで集中できなくなる未来しか見えない」
「ぐぅ、その通りだけに何も言えねぇ……」

 ほら、あかりちゃんが来る前に数学だけでも片付けよう?と幸尚がノートを開く。
 しかし勉強をしていてもやはり貞操帯のことは気になるのだろう、気もそぞろな奏にこれは埒があかないと幸尚は「休憩しよっか」と台所からおやつを取ってきた。

「全く……盛り上がる気持ちも分かるけどさ、僕ら4月からは受験生なの、分かってんの?成績落としてる場合じゃ無いからね!」
「あはは、いやもう新しい貞操帯を付けたときのあかりを想像するだけで堪んなくてさぁ……」

 とはいえ、この3ヶ月しっかり慣らして来たお陰で、日中の貞操帯装着は全く支障が無くなっている。
 最近のあかりは奏や幸尚から見ても、余程意識しなければ彼女がスカートの下に股間を覆う金属を纏っているだなんて気づかないほどだ。
 それくらい、あかりの生活に貞操帯は馴染みきっていた。

「だからそこまで感動があるわけじゃ無いけどさ。でもやっぱり新しいもの、しかも本格的な貞操帯ってのはわくわくするよなぁ」
「ふぅん、開封の儀とかするの?」
「そりゃもう。ついでに装着の儀もだな!今からどうやって煽ってやろうか、妄想が捗るぜ……といっても最初ほどの感動は与えられないよなぁ」
「記憶でも消さないと、ってこないだ言ってたよね」
「おう、もう一度あの絶望をあかりに味わ
 せてやりたいけど、まぁそれは付けてから管理の中でかな。俺の目論み通りなら、きっとあかりは良い感じに日々絶望できるはずだ」
「ああ、あれはね…………きっと辛いよね」

 そう、この日を見越して蒔いた種を、あかりは何も疑う事なく育ててくれた。
 きっとそれは、あかりの日々に渇望と絶望、そして被虐の悦びという彩りを与えてくれるだろう。

(でも)

 けれども、誕生日の夜のあの熱い語らいを聞いたからこそよぎる想い。

(……それだけじゃ、勿体ないな)

 確かに貞操帯を付け替えるだけ。
 とは言え、この貞操帯を装着することで、あかりは3人の関係が終了しない限り生涯に渡り自らの性器に触れる権利を奪われるのだ。

 きっとその事を煽れば、あかりは絶望に咽び泣くだろう。
 …………けれど折角の機会だから。

(……もっと、もっと…………あかりちゃんを悦ばせたい)

 話を聞く限り、これは3人にとって大きな転換点だ。
 夢物語だった「3人でずっと一緒」が、それぞれの願いを叶える形で現実へと近づく第一歩。

 ならば、それに相応しい思い出を……そう、記憶の中ですら色褪せないほどの深い、深い絶望を、悦楽を、二人に与えたくて。

「…………あのさ、装着は春休みにしない?」

 気がつけば幸尚は奏に口走っていた。

「……へっ?試験が終わったら、じゃなくて?」
「うん、考えることがいっぱいだし、塚野さんにも相談したいことがあって」
「考えること……?何をだ?」
「そりゃもちろん」

(僕にも、できることがあるかもしれない)

「奏とあかりちゃんが、幸せになれることだよ」


 …………


「意外だったわ、今すぐここで着けていきますって言うかと思っていたのに」
「いや、尚が言い出さなければ俺とあかりは間違いなくそうしてた」
「うん。塚野さんの前なら安心だし、色々おまけも…………はぁん……」
「全く、私はあくまでアドバイザーよ?あんたのご主人様はそっちの二人。アヘ顔晒せるなら誰でもいいだなんてホント変態ね。…………でも、浮気は良くないわねぇ?」
「う、ご、ごめんなさいぃ……」

 試験期間が終わった週末、3人は『Jail Jewels』へ向かう。
 真新しい貞操帯を興奮気味にその場で検品し「それで着けるの?」と尋ねた塚野に奏は「いや、実は……」と事情を説明した。

 あの日、昼からあかりがやって来て案の定「ね、取りに行こうよ!」とウキウキしているのを二人で宥め、幸尚があかりに装着を春休みにしたいと提案する。
 ちょっと不満げだったあかりだが「せっかく新しい貞操帯を着けるのだから、初めての時のような衝撃を味わってもらいたくて色々考えてる」などと言われれば、それは待つよ!と即答するに決まっている。

 しかも、発案者が幸尚だと言うなら余計にだ。
 性癖も持たず人一倍心優しい幸尚が考えるプレイで、歪み切った自分達が満足できるかは甚だ疑問だが、二人のために考えたいと思ってくれた事自体があかりはとても嬉しかった。

「……ただ、僕こういうのは初めてで……二人のプレイをずっと見てはいたから、何となくは分かるんですけど」
「しかも今回は何やるかはあかりには内緒なんだってさ。あかりのNGな事はしない、ダメなら必ずセーフワードを使う、俺たち3人の合意はこれだけ。だからオーナーの意見が欲しくて」
「なるほどねえ、そう言う事ならいいわよ。何をやるか具体的に決めたらまた二人でここに来なさいな、じっくり吟味してあげるから」

 装着までの間は、奏が貞操帯を預かる事になった。
 幸尚の家に置いておけば、うっかりあかりが「ちょっとだけ……」と手を出しかねないからだ。前科があるだけに、用心に越したことはない。
 もちろん、新しい貞操帯をつけるまであかりは奏の家に出禁である。

 そんなこんなで10日。
 幸尚の両親が次のフィールドワークに旅立ち、そのまま奏をベッドに連れ込んで「奏、僕っ我慢したよ…………!好き、大好きっ……!」と久々に全力を出したお陰で塚野との予約を次の日にずらす羽目にはなったが、予定通りプレイ案を携えてやって来た幸尚と奏は、いつもの事務所で塚野と向き合っていた。

 目の前には、幸尚が考えて来たプランを印刷した紙。
 そして……心なしか青い顔をした塚野。

 空調の音だけが鳴る空間に、お茶を啜る音が響く。
 今日は緑茶に瓦せんべいだ。手のひらほどもあるこの分厚い茶菓子は、人類の歯と顎に戦いを挑みすぎだと思う。

 早々に戦線から離脱した奏とは対照的に、ボリボリと小気味いい音を立てながら煎餅を齧る幸尚に、塚野はようやく口火を切った。

「……ええと、幸尚君。これ、一人で考えたの?」
「え、あ、はい。でも僕じゃ、あかりちゃんに響く責め言葉とかはよく分かんなくて、大まかに何をやるかだけなんですけど……あの、これじゃ二人は満足できないでしょうか…………?」
「そう言うのは奏がその場の雰囲気でやるから大丈夫よ。…………奏、あんたこれ読んだ感想は?」
「…………正直に言っていいか?」
「う、うん」
「尚がこんなに鬼畜だとは思わなかった」
「えええ奏っ!?」
「分かるわ、よくこんな酷い事を思いつくわね。幸尚君才能に溢れすぎよ」
「そ、そんな才能はいらないんですけど……」

 また何でこんな事をしようと思ったの?と尋ねれば、幸尚は誕生日の夜に目の前で繰り広げられた推し(貞操帯)への熱い語らいを説明する。
 落差と、多彩な感情。それがポイントだと結論づけた結果がこれだと語る幸尚の瞳は、嗜虐のかけらも見当たらないどころかむしろ澄み切っていて、汚れた大人には少々どころでなく眩しすぎる。

(二人が大切だから、純粋に二人が悦ぶことだけを考えた、と……今回はブレーキ役だった彼が一番アクセルを踏む役になってるわね)

 これは暫く監視がいるわ、と冷や汗をかきながら「全く、これもあかりちゃんが育てた結果よねえ……」と塚野は感想を漏らした。

「あかりちゃんが……?」
「ドMはドSを育てるのよ。幸尚君、あかりちゃんが悦ぶ事をいっぱい見つけて何でもしてあげたいって思ってるでしょ」
「それはもちろん。でも僕、泣いてるあかりちゃんでは興奮しないです…………」
「別に、ご主人様だからプレイで興奮しなきゃいけないなんてルールはないのよ。もちろん、幸尚君の心に無理がかかるプレイは絶対にだめ。でも…………これをあかりちゃんにやる事を想像して、辛くはないのよね?」
「ないです。これならあかりちゃんの身体は傷つかないし、きっとこのくらい辛い思いをすれば気持ちよくなるんじゃないかなって、それだけで」
「……ほんと、いいご主人様になれるわよ、奏とは方向性の違った、ね」

 いいわ、この方向で細部は二人で詰めなさいとお墨付きをもらい、幸尚は肩の力が抜けたようで「良かったぁ……」とソファに沈み込んだ。
 そうして奏と細部を詰めながら、幸せそうに3枚目のせんべいに齧り付いている。
 その様子は、とてもこんな精神をギリギリまで追い詰めるような事を思いつくような子には見えない。

「オーナー、ちなみになんかアドバイスある?」
「アドバイスねぇ、強いて言うなら」

(あかりちゃん、こんないいご主人様達に躾けてもらえるなんてあんたは幸せ者よ。心ゆくまで嬲ってもらいなさいな)

 心の中で、あかりにエールを送りながら、塚野は一つだけ二人にアドバイスを授けた。

「うんと優しくしてあげて。そして終わったらたくさん褒めてあげなさい。あかりちゃんを壊したくなければ、ね」


 …………


 一方その頃。

「…………稽古を休みたい?」
「う、うん。春休みの間だけなんだけど…………だめ、ですか」

 あかりは道場で母と向き合っていた。
 理由は?と尋ねる母の目はいつもながら鋭くて、心臓がキュッとなる。

「ええと、尚くんと奏ちゃんと、お泊まりするから……」
「休みの時はいつも朝ごはんを食べたら稽古しに戻って来てるじゃないの、何でわざわざ休むの?」
「うぅ…………その……」

 言えない。
 まさか「長丁場のSMプレイをするから春休みは稽古なんかしてる場合じゃない」なんて、口が裂けても言えるわけがない。
 そんなことがバレたら最後、道場に3人揃って正座なんて可愛いレベルじゃ終わらない。

「紫乃さんそろそろご飯に……どうしたの?」
「祐介さん、あかりが春休み中稽古を休みたいって」
「えええ!?どうしたのあかり、どこか身体の具合が悪いのかい?」
「お父さん慌てすぎ、そんなんじゃないってば!」

 ないけど、とあかりは口籠もる。
 どうしよう、頭の中が真っ白でまともな言い訳が思いつかない。
 何かとにかく喋らなきゃ、と口を開いて出て来たのは、自分でも思いがけない言葉だった。

「その、少し……考えたくて」
「考えたい?」
「…………ずっと稽古するのが当たり前で……何があっても毎日するものだと思ってたけど…………このまま続けていくのが良いのか分からなくなったの」

 何を話しているんだ自分は、とちょっと驚くものの、口から出たものは戻しようがない。
 ああ、こんな事を言っちゃ怒られると心の中で怯えるあかりに、しかし母は「そう」とあっさりしたものだった。

「……そう言う事なら良いんじゃない、離れてみても」
「…………お母さん」
「何より浮ついた気持ちで剣を振るのは危険だし。去年の春くらいから妙に気が入ってない事が増えてたしね、良い機会だからちょっと頭冷やしてきなさい」
「っ、はい……!」

 ありがとうございます、と座礼で深々と頭を下げる。
 一気に気が抜けたのだろう、途端に心臓のバクバクする音が頭に響いて腰が抜けそうになった。

(やった、休みたいって言えた…………休んで良いって言われた……!)

 側から見れば、ちょっと休み中に稽古を休みたいだけのたわいない話だ。
 けれど、母の『普通』を守り続けて来たあかりには、それだけのことがまさに清水の舞台から飛び降りるような心持ちだった。

 それにしても、まさかあんな言い訳が咄嗟に出てくるだなんて思いもしなかった。

 ……違う。あれは…………

(私の本心だ)

 やりたいから始めたものではなかった。
 5歳の時に母が道場を開いたから、当然のように始めることになっただけだ。

 それでも子供の頃は楽しかった。
 奏も幸尚も一緒だったし、なにより上手にできれば母が喜んでくれる。

 なのにいつからだろう、稽古が義務になってしまったのは。

『このまま続けていくのが良いのか分からなくなったの』

 ……そう、本当はずっと前から、分からなくなっていた。
 けれどそれを言い出すだけの勇気もなかった。
 母が求める『普通』から外れるのが怖かったから。

「…………本当に、考えなきゃ……このままじゃだめだよ、ね」

 誰もいなくなった道場で、ぽつりと独りごちる。
 ずっと先延ばしにしている話もある。
 将来を決める大切な話でもうタイムリミットだって近いのに、説得の協力まで得られそうなのに、未だあかりは動けていない。

「…………うん、とにかく今は春休みを楽しもう!せっかく稽古しなくて良くなったんだし、ね」

 わざと口にして、不安を振り払う。
 先送りに過ぎないと分かっているけれど、まずは春休みの調教を堪能してから考えればいい。

 きっと、何かが変わる。
 今にして思えば、そんな予感があったのかもしれない。


 …………


「奏様、幸尚様…………今日も変態奴隷のあかりを調教して下さい……」
「えっと、あかりちゃん大丈夫?緊張してる?」
「心配するな尚、単に興奮してるだけだよな?あかり」
「はいぃ…………嬉しくて……幸尚様が、躾けてくださる……んふぅ…………」

 いつもの幸尚の家のリビングで、いつものようにソファに座った二人のご主人様に、全裸で土下座して調教を乞う。
 たったそれだけの行為で、奥からどろりと蜜が滴るのを感じた。

 まさか、ただ挨拶するだけでこんなに興奮するだなんて思いもしなかった。
 ああ、本当に自分は『二人に』管理されたかったのだと改めて思う。

 潤んだ瞳で熱い吐息を漏らすあかりに「うん、あかりちゃんの期待に沿えると良いんだけど」と前置きして幸尚が今回のルールを説明し始める。

「えっと、今回はあかりちゃんを監禁するよ」
「監禁……?」
「うん。あかりちゃんは基本的にこのリビングから出られない。ソファの足と足枷を繋いで、ダイニング側にも入れなくするから…………ってあの、あかりちゃん……涎が……」
「……はっ、その、監禁ってだけでもう堪らなくてぇ…………」
「変態にも程があるな」

 どうやら今回は、本格的にここから出る事を禁じられるようだ。
 そう言えばリビングは綺麗に片付けられていて、窓には遮光カーテンが引かれ、壁の時計すら取り外されている。
 あのおしがま調教のように、時間すら悟らせないためだろう。
 ソファの足にはすでに頑丈そうな鎖が繋がれていて、それを見るだけでゾクリと背中に何かが駆け上る。

「お風呂とトイレは僕たちが連れていくから」
「トイレは流石に一人にするけど、身体は俺らが洗う」
「へっ」
「うん。今回、あかりちゃんは一つを除いて何もしてはいけない、これがルール」
「何も、してはいけない……」

 監禁されているからね、と幸尚が話すルールは実に明快で、しかしどこが調教なのかよくわからないものだった。

 スマホや本は当然禁止。
 部屋の中をみだりに歩き回ったり、体を動かすのもだめ。
 二人との会話も最低限にするために、餌と歯磨き、就寝時以外は口枷を使用する。
 餌も這いつくばって食べる必要はない、二人が食べさせてくれるらしい。
 お風呂も歯磨きも二人がしてくれるという、至れり尽くせりな待遇だ。

 トイレは1日5回までと言われたが、普段より少し少ない程度で問題はなさそうである。
 寝るのもいつもの部屋で、ただし外に出られないようにベッドと足枷は繋がれるそうだ。

 そして何より、拘束の少なさに驚く。
 監禁というからにはガチガチに拘束されるのかと思っていたら、いつもの首輪と、ソファと繋がる足枷、そして口枷以外はつけないらしい。

「えと、貞操帯も」
「うん、今回は着けられないから」
「着けられ、ない……?」
「そう」

 首を傾げるあかりに、幸尚はにっこりと一番大切なルールをあかりに告げた。

「この調教中、あかりちゃんがして良いのは自慰だけだから」
「…………へっ?」

 ますますもって、訳がわからない。
 いや、自慰できるのは嬉しいけれど。

「えと、自慰、って……」
「おう、この調教中は完全にフリーな。乳首もクリトリスもお尻も、もちろん膣も自由にいじっていい。あ、手を洗いたくなったら教えろよ」
「道具も一通り置いてあるから、自由に使って。道具はこっちで適宜洗浄するからね」
「今回は特別にソファも使っていい。ずっと床だと寒いし、なによりオナニーするのにソファはあった方がいいだろ?」
「え、あ、はいそれは…………えっと、期間は……?」
「それは俺らが判断する。まあ、春休みずっとなんてことはないと思うけど、多分」
「多分なんだ…………」

 やっぱり幸尚の意図は良く分からないが、命令である以上あかりに従う以外の選択肢はない。

 質問はない?と尋ねる幸尚に頷けば「じゃあ始めよっか」と足枷を付けられる。

「あかりちゃん、この3ヶ月ずっとお約束を守れたからね。だから、今回はご褒美も兼ねて自由に触っていいから、ね」
「はい、んぐ…………」
「この口枷もだいぶ慣れたな。もう少し大きいやつに替えても良さそうだ」

 喉まで届くディルドのついた口枷を装着されれば、もうあかりは呻き声しか出せない。

「じゃ、頑張ってね、あかりちゃん」
「んぉ……」

(ああ、やっぱり幸尚様だから、調教も優しいのかな…………)

 少しの物足りなさを感じながらも、幸尚から与えられる事に幸せを感じる。
 ああ、幸尚様がこの度し難い性癖を本当に受け入れてくれるのだと、実感が湧き上がって来る。

(うん……よく分からない調教だけど、きっとお二人には考えがあるはずだし、大丈夫)


 ……こうして、あかりにとって人生で最も長い5日間が始まった。


 …………


(…………何で裸なんだろう)

 奴隷の自分が裸なのは当然だ。
 だが、あかりを鎖に繋いだ後、奏と幸尚が服を脱ぎ始めたのは想定外だった。
 いつも奏様は「ご主人様はしっかり服を着ている方が、奴隷との格差を思い知れていいだろ」なんて言ってるのに。

 あかりの怪訝な視線に気付いたのだろう、奏が「初日だからな」と返す。

「ほら、前回あかりに寒い思いをさせただろ?だから今回は俺らも同じ裸で快適に過ごせるか温度をチェックしようと思ってな」
「ちょっと肌寒いね。ホットカーペット強くしようか」
「あ、口枷ついてるから涎すごいな。涎掛け買ってくればよかったか」
「あんまり涎で濡れると冷たいかな……ちょっと待って作ってくる」
「流石だな」

 よいしょ、とミシンを出してきてメジャー片手に裸で採寸する姿は何ともシュールだ。
 でも流石にパンツは履いてるんだ、と股間を眺めれば「あ、あの、あかりちゃん……そこをじっと見られるのは恥ずかしい…………」と幸尚が真っ赤になっている。
 普段散々その中身を見せているくせに今更だと思うが、気持ちはわからなくもない。

「あー、パンツ履いてるのが気になるのか。だって全裸になったら、俺幸尚に襲われる未来しか見えねーもん」

 ああ、なるほど奏様のお尻のためか。
 だいぶ頼りないお守りに見えるんだけどな、と思いつつも、床に座ってぼんやりとする。

 暫くすると「はい、できたよ」と幸尚が涎かけを持ってきた。
 表はパイル地、裏は防水の布地が使われたピンクの涎掛けを首の後ろで止められる。
 音から察するに、どうもスナップボタンではなくハトメで補強した穴に通した南京錠で施錠されているようだ。よくこんな短時間でそんな凝ったものを作れるなと感心してしまう。

「うん、これでいいね」と首周りを確認すると、幸尚はダイニングテーブルでPCを開け、奏はソファに寝転がってスマホをいじり始めた。

 静かな時間が流れていく。
 会話もなく、エアコンと幸尚のキーボードの音だけがかすかに響く。

(……こういう時間は、久しぶりかも)
 乳首とクリトリスからじんわりと与えられる快楽に揺蕩いながら、あかりはぼんやりと思考する。

 去年の春、二人の奴隷となってからの生活は本当に激動の日々で、息つく間もなくそれぞれの欲望のままに走り続けていたように感じる。

 ふと下を向けば、乳首を貫くピアスが目に入る。

(これは、二人の所有物の証)

 そっと乳首に触れる。
 無慈悲にその中心を貫くピアスは、ホールができた段階で新しいバーベルピアスに替えられていた。

 左の乳首には紫の、右の乳首には赤い小さな石のついたピアス。
 二人の誕生石を埋め込まれた楔は、あかりが無意識に従ってきた誰かの『普通』を打ち砕き、止まらない発情という形で常に自分が二人の奴隷だという事実を囁いてくる。

「んっ…………んぉ…………」

 3ヶ月ぶりに意図を持って触れる乳首は、心なしか少し大きくなったような気がする。
 そういえば、大学に入ったらリングピアスに……もっと奴隷らしい物に替えようと奏様が言っていたっけ。

 今でさえ疼きっぱなしのところに、さらに重みを加えられる。
 ……ああ、想像しただけでゾクゾクしてため息が漏れてしまう。

(……あれ、見られてないんだ)

 ふと二人が気になって見回すも、二人はそれぞれの趣味に夢中であかりを見ている気配はない。
 まあ、きっと二人の事だから時々確認はされているんだろうけどと思いつつも、一度火のついた身体は止まらない。

(見てないなら、もうちょっとだけ……)

 ソファの横に置かれたおもちゃ箱から、あかりのお気に入りのディルドを取り出す。
 吸盤がついたそのディルドは、表面は柔らかいのに芯はしっかりと硬くて、後ろの孔を穿つのにちょうどいい長さと太さを兼ね備えている。

 床に固定して、ジェルをたっぷりと塗りつける。
 テカテカしたディルドの卑猥さに、思わずごくりと喉が鳴った。

 くちくちと軽く指で解せば、遊び慣れた孔はすんなりとその質量を受け入れてしまう。

「んぅっ…………」

 押し込んで、いいところを刺激して。
 引き抜いて、ぞわりと落ちるような感覚を堪能して。

「んぅ、んっ、んあぁ…………」

 静かな世界に、ぐちゅぐちゅと淫らな音が響く。

 情けなく腰を振り、左手は乳首を、右手はクリトリスをくにくにと弄りながら、高みへ昇っていく……

『イケ』
「んおぉぉっ!!」

 絶頂に至る寸前、頭の中で二人の声が反響した。


(ああ、久しぶりに自分のペースで気持ちよくなれる…………気持ちいいぃ…………!)

 忘れかけていた自慰のお手軽さと気持ちよさにぼんやりと浸るあかりを、奏と幸尚はじっと眺め、目を合わせて頷いていた。

『いい感じだね、一人でする良さを思い出せてるみたい』
『だな、ここからどこまで嵌るか……上手くいくかちょっとドキドキする』
『分かる。僕の実験では上手くいったから大丈夫だと思うけどね』
『尚は性欲魔人だからなぁ、ちょっと信頼性が』
『ひどい。あ、片付けするよ』

 目の前の端末で二人はやり取りする。
 会話をすればあかりが気を取られてしまうため、今回の調教中は全ての会話をチャットアプリで終わらせるつもりだ。

「はぁっ、はぁっ、んぇっ…………」
 余韻を楽しみ、後孔からずるりとディルドを抜いてその場にへたり込むあかりをちらりと確認しながら、幸尚が無言でディルドを回収する。
 お尻に入れていたものなんていくら事前に洗浄していても汚く感じるのに、不思議と奏やあかりの使ったものは何とも思わない。

(奏はわかるけど、あかりちゃんのも大丈夫ってのは不思議だな……僕、あかりちゃんに恋愛感情は全くないのに)

 幼馴染だとこんなもんか、と都合のいい解釈をしながら洗浄を済ませておもちゃ箱に仕舞う。
 ああ、そろそろ昼食の時間だと気づけば、奏も同じだったのだろう、鍋のカレーを温めてくれていた。


 …………


「はい、あかりちゃん、あーん」
「あーん……んぐ、美味しい…………玉ねぎ多め……ですか?」
「うん。……はい、あーん」
「ん、あーん…………」

 会話は最低限にと念押しされた上で口枷を外され、幸尚にカレーを食べさせてもらう。
 こちらの問いかけにも最低限しか答えてくれなくて少し寂しそうな顔をすれば、そっと頭を撫でられた。

「ちゃんと側で見てるから、我慢、ね」
「はい…………」

 そうして食べ終われば、また口枷をつけられ、そのまま放置される。
 何となくトイレに行きたくなって「おおぇ…………」と訴えれば、足枷の鎖を外された代わりに首輪に鎖を通され、それを引っ張られてトイレまでこれまた無言で「連行」された。

「いずれ慣れてきたら、排泄は全部俺らの前でやってもらうからな」とさりげなく恐ろしい事を言われながらもトイレを済ませれば、さっさとリビングに戻りまた部屋から出られないようにされる。
 本当に必要最低限の動きしか許されない。

 その場に座り、喋ることも、身体を動かすことも許されない。
 せいぜい床に座って体勢を変えるか、ソファに座るか、くらいしか選択肢がない。

 二人はずっと静かに何かをしているし、さっき昼寝もしたからこれ以上寝られない。
 妄想をするにも限度がある。

(…………辛い……)

 何もしてはいけない事が、こんなに辛いだなんて思わなかった。
 そういえば以前ネットで見たお仕置き風景に、壁に向かって立たせるものがあったなと思い出す。
 単に立っているだけで何がおしおきなのかあの時は理解ができなかったが、今ならわかる。
 多くの人間は、暇に耐えられるようにはできていないのだ。

(辛いよう…………こんな、こんな状態で放置を何日も……!?)

 一度生じた辛苦は、不安を伴いインクの染みが滲むようにじわじわと心を蝕んでいく。
 快楽ではない、恐怖で息が荒くなっていく。

(無理だよ……こんな、こんな辛いの耐えられない…………!)

 ぽろりと涙が溢れる。
 いつしかあかりは嗚咽をあげながら泣きじゃくっていた。

『……あー、気づかないか』

 側で眺めていた奏がチャットで呟く。
 みたいだねと幸尚もあかりの様子を確認し『ちょっと手助けしよっか』とあかりの側に近づいた。

「あかりちゃん」
「……んぐっ、ひぐっ……んあぁ…………!!」

(辛い……辛いです、幸尚様…………!!)

 ポロポロと涙をこぼし、塞がれた口で必死に訴えるあかりに「あのね、あかりちゃん」と幸尚は涙で濡れたあかりの頬を大きな掌で包み、優しい瞳で見つめるながら小さな子に言い聞かせるように救いの糸を垂らす。

「……あかりちゃん、何もしてないとどんどん辛くなるけど…………あかりちゃんは自慰だけはしてもいいんだよ?」
「…………おぇ…………?」
「言ったでしょ、今回はフリーだって。ね、奏?」
「おう、あかりの好きなように弄って、好きなだけ絶頂して堪能すりゃいい。泣くほど暇が辛いなら、まんこ弄ってアヘってりゃいいんじゃねーの?…………あかりは奴隷なんだから、一人遊びは得意だもんなあ?」
「……ぁ………………」

(あ、そっか)

 しゃくりあげながら、あかりの手は銀色のピアスが光る肉芽に伸びていく。

(私、奴隷だから…………奴隷なんだから、暇なら弄って気持ちよくなってればいいんだ)

 すり、と滑る指でさすれば「んっ」と気持ちよさに声が上がる。
 ふっと、不安が消える。

(ああ)

 もっと、もっとと指が動く。

(気持ち良くなれば、辛くない…………)

「んおっ、おほっ、おぉっ…………んぁあっ……」

 気がつけば涙は止まり、あかりは一心不乱に自らの身体を慰めていた。
 いつの間にか右手の中指は蜜壺を掻き回し、左手は乳首を捏ねながら時折身体を跳ねさせている。

 これで大丈夫、と安心した表情を浮かべた幸尚はそっとダイニングに戻り、くぐもった声を上げながら絶頂に至るあかりを奏と眺めるのだ。

(ああ、気持ちいい……これなら、退屈になっても耐えられる……)

 …………救いの糸は地獄への片道切符だと、今のあかりは知る由もない。


 …………


 今日も退屈に怯える朝が来る。

 やることは昨日までと変わらない。
 二人が会話をすることはなく、ただ静かにそれぞれの趣味に興じている。
 幸尚が手芸に興じないのは、おそらくそれであかりの退屈を紛らわせないようにするためだろう。

 二人が用意してくれた朝食を手ずから食べさせられ、そのまま床に放置される。
 どうやらあかりが眠ってから更に作ったのだろう、今日はチェック柄の涎かけが付けられていた。

 トイレに行けば、少しは気が紛れるだろう。
 とは言え1日にトイレに行けるのは5回。いつもの調子で行っても足りない回数なのだ、とても気を紛らわすために使うことはできない。

 必死で何かを考えようにも、目に入る情報はとことん制限されている。
 今日はきちんと服を……と言っても室内はあかりに合わせた温度に保っているから半袖シャツにハーフパンツだが…………着ている二人も、いつものようにあかりの前で交わるどころか、いちゃつくそぶりすらない。

 ……何も、この退屈を紛らわせてはくれない。

(……っ、怖い…………)

 意識しないようにしていても、ふとした時に退屈が、その苦痛が頭をよぎる。

 また、昨日のような空白の不安に飲み込まれる。
 そこから逃げるために、あかりは二人が残してくれた唯一の救いに手を伸ばすのだ。

「はぁっ、はぁっ、んあっ、おぉ……っ…………」

 そう何度も絶頂はできない。
 それでもいい、暫く自らを慰めれば、その不安は霧散するから。

(ああ、気持ちいい…………んっ、これで暫くは落ち着いていられる、かな……)

 ぼんやりとまどろんで、またじわじわと蝕まれ、気持ちよくなる、ただその繰り返し。
 時間の感覚なんてとうに失せている。動かないからお腹だってあまり空かないし、恐らく二人は食事の時間もあえて一定にしていない。

「あかり、そろそろ餌にすっか」
「!!」

 耳元で囁く奏の声に、あかりは縋るような眼差しを向ける。

(餌…………っ!やった、食べてれば退屈を忘れられる……)

 ただの餌の時間を、これほどありがたく思ったのは初めてだ。
 期待しながらソファで待つあかりの前に置かれた昼の餌は、以前幸尚の母が振る舞ってくれたコシャリだった。
 確かエジプトの料理だと聞いた。米とパスタとひよこ豆がメインの、トマトの風味が病みつきになるちょっとスパイシーな混ぜご飯(?)だ。

「お、ホントに作ってくれたんだ!これ美味かったんだよなあ」

 嬉しそうな奏とは対照的に、あかりは少し複雑な面持ちで自分のお椀に盛られた料理を眺めていた。

(何か…………少ない……?)

 その疑問に気付いたのだろう、幸尚が「あかりちゃん、ほとんど動いてないでしょ?」と答える。

「あんまり動いてないからお腹も空いてないだろうし、何よりこれ炭水化物の塊だからね。腹持ちはいいから少なめにしてあるよ」
「…………!!」

(違う……単にカロリーだけじゃない。意図的に少なくされてるんだ……そんな、幸尚様…………酷いよう……!)

 幸尚の笑顔の裏に隠された目論みに、あかりは気づいてしまう。

『餌で退屈を紛らわせることも、許さない』
『奴隷に許された暇つぶしは、その身体を惨めに慰めて、快楽に酔いしれる事だけだ』

(…………従うしか、ない……ご主人様の命令なんだから……)

 …………明確な意思を感じる料理に、あかりは涙声で「餌を食べさせてくれてありがとうございます……」と感謝し頭を下げることしかできなかった。


 そうしてまた、退屈な時間が訪れる。

(いや…………暇なの、怖い……)

 あかりは気づいていない。
 朝に比べて、明らかに自慰をしている時間が長くなり、その動きも激しくなっていることに。

(気持ちいい……)

 快楽を感じている間は、退屈に怯えなくていい。

(もっと、もっと気持ち良くならなきゃ……)

 熱に浮かされた様子で、しかしその瞳には怯えを宿らせながらひたすら腰を振り指を動かし続ける。

『思ったよりいいペースだね』
『これなら明日には堕ちるな』
『だね。奏はどう、楽しんでる?』
『辛すぎて自分からドツボにハマるあかりは最高に滾る、尚マジで天才』
『複雑だけど、うん、奏が楽しいならいっか』

 ちょっと抜いてくる、とトイレに立つ奏を満足そうな面持ちで幸尚は見送り、そしてまた絶頂を迎えたのだろう、恍惚とした顔で横たわるあかりに心の中で囁いた。

(……明日はきっと楽しくなるよ、あかりちゃん)


 …………


 手が、腰が、止まらない。

「んっんっ…………んぐっ……はぁっ…………」
「はい、あーん」
「あーん…………んふぅ……」

 3日目の朝。
 今日もまた、退屈な朝が来た、はずだった。

 昨日と同じように鎖でリビングに繋がれ、餌を食べさせられる。

 だが、あかりは自らに生じた明らかな異変に気づいていた。

(気持ちいい…………止められない……)

 口に運ばれるコーンフレークをもぐもぐしながら、しかし漏れるのは悩ましい吐息。
 餌を口に運ばれながらも、その左手はずっと乳首をカリカリと引っ掻き、右手はぐちゅぐちゅと湿った音を立てて蜜壺を出入りし、真っ赤にピンと張った女芯をさすり続ける。

 餌の時間は退屈から逃れられるから、こんな事をしなくても大丈夫だと頭では分かっている。
 なのに心はまだ見ぬ退屈に怯え、不安が発情にすり替わり、慰める手を止めることができない。

(こんなの、おかしい)

 分かっているのに、少しでも手を止めれば途端に身体が「もっと欲しい」と渇望を叫ぶ。

(なんで……ずっと欲しくてたまらないの…………!?)

 2日間、不安から逃れる手段として刻み込まれた快楽を得る行為は、今や快楽を得ていないと不安になるほどあかりの心を侵していた。

 餌の時間が終われば、手が勝手におもちゃ箱に伸びる。
 使える限りの手段を全て使って、必死で快楽を貪り続ける。
 喉を犯すディルドすら、その苦しさが気持ちいい。

 …………気持ちいいけど、怖い。

(どうしよう)

 このままじゃ、壊れてしまう。
 たった3日でこれなのだ。調教が終わってもサルのように自慰が止められなくなったままになるんじゃないかと、未来への不安が拭えない。

 そうなったらもう学校に通えない。
 家に帰ることだってできない、ううん、もうここから出ることすら叶わない。
 ご主人様に全てを世話されて、管理されて、ただ無様に喘ぎ続ける姿を晒すだけの生き物。

 そんなの、もう、人間じゃない。

(やだ、壊れるの、やだ…………怖い……怖いよう…………!!)

 絶望に打ちひしがれながらも快楽を追い求める行為は止められない。

 悲嘆の涙を流しながらもだらだらと溢れる涎は、単に口枷のせいだけじゃない。

 壊される恐怖を感じれば感じるほど、そこから逃れるためにもっと、もっと気持ち良くなれと身体は疼き続ける。

(ああ、こんな、もう)



 抗えない



 …………

 こえが、きこえる。

「…………いいよ、壊れちゃって」
「んおっ、ああっ、んあっ…………」

 絶望の淵で佇むあかりの心に、そっと優しい声が呼びかけてくる。

(壊れて、いいの…………?)

「どれだけ堕ちようが、あかりは俺らの大切な奴隷だからな」
「んおあああ……はぁっ、はぁっ…………」

 そのままでいいんだと、ご主人様の温かい声が心に染み込んでいく。
 恐怖が……じんわりとほぐれていく。

「だから」
「あかりちゃんの普通を手放していいんだ」


「「さあ、堕ちてしまえ」」


 はっきりと聞こえたその命令は、狂ったように快楽を貪り続けるだけの、何の役にも立たない奴隷と化した自分を赦してくれて。

(ああ、いいんだ)

 ふっと心の力が抜ける。
 奈落の底に、堕ちていく。

 堕ちる絶望と、悲しみと、許された歓喜と安心が混ざり合う。

 その圧力に、心の奥底にあった、自ら巻き付けた常識の鎖が砕けて解き放たれるー

(ああ)

(普通を手放して堕ちるのは)

(気持ち良くて…………頭が、溶ける…………!!)

 全てが、弾ける。
 世界が反転する。

 人でないものになる……昏い欲望を満たされた歓びは、この上なく蠱惑的で…………抜けられない、抜けたく、ない。

(ああ、私は)

 そして、あかりは自覚するのだ。




(私はずっと、ここまで堕ちたかった…………!)




 虚な笑みを瞳に湛えながらただ自らを慰め続けているあかりに思わず奏の口から「…………ははっ……」と欲情に掠れた声が漏れた。

「…………あかりがここまで無様な姿を悦んでる……何だこれ、ゾクゾクが止まらねぇ……!」
「奏、抜かなくて大丈夫?」
「…………抜いて賢者タイムになるのが勿体ねえからいい」
「そっか。…………そっか、奏も楽しんでるんだ」
「当たり前だろ?あかりのこんな姿を引き出すなんて……これは俺じゃできなかった、尚だからできたんだな…………」
「そう、なのかな」

 これならもう口枷はいらないね、と幸尚がずるりと長い枷を口から引き抜けば、へらりと笑ったあかりから「ゆきなおさまぁ…………」と甘ったるい声が漏れた。

「……うん、気持ちいい?」
「きもちいい…………あかり、にんげんやめちゃったの…………おまんこごしごししかできない、奴隷になったのぉ……」
「もう奴隷なんてもんじゃねぇよ、あかり。家畜だって餌くらい集中して食うぜ、つまりあかりは家畜以下だな」
「あぁぁ…………そんな…………たまん、ないぃ……!」
「おうおう、そのまま堕ちた幸せに浸ってな」
「はぁい…………はぁっ、そうさま、ゆきなおさま、ありがとうございますぅ……」

 会話もそこそこに、あかりは再び激しい自慰に没頭する。
 そんなあかりを奏はギラギラした目つきで、幸尚はどこか安心した様子で眺めている。

(…………見られてる……こんな姿を…………喜んで下さる…………)

 ああ、自分の中にここまでねじくれた欲望があったのかと、どこか冷静な自分が語る。

 堕ちたい。
 どこまでも欲望に忠実で、ヒトの倫理から外れた獣になりたい。

 飼われたい。
 そんなどこまでも狂った自分を、それでもいいと認められたい。

 管理されたい。
 更なる被虐の悦びを、まだ知らない自分を暴いて、曝け出して、堕としてほしい…………

(こんなにも、私は渇望していた)

 歪んだ性癖を持っているとは自覚していたけれど、ここまで人間を止めることを、普通から外れることを望んでいただなんて。

(……幸尚様は、すごい)

 最初は、物足りない調教だと思っていた。
 途中からはただ辛くて、なんて鬼畜なことを考えつくのだと怯えていた。

 まさか、自分でも自覚のなかった澱みを眼前に突きつけるために、こんな手法を取るだなんて。

 ああ、でも今はもういいや。
 全てが終わったら、ちゃんと幸尚様にお礼を言うから。

 今は、ただの、思考を捨てた獣でいい。


 …………


「しっかし良く気づいたよな、あかりがここまで人間やめた奴隷になりたいと思っていたことに」
「んー、多分もっとだよ。あかりちゃんの描く『奴隷』の姿はこんなものじゃない。一気に自覚したらしんどいだろうから、それはこれから徐々にだね」
「マジか…………そりゃこんなものを持っていたら、必死で隠そうとするよな」
「うん、普通を装うのは他人だけじゃない。自分からもこの奥底の願望を隠したかったんだろうね」

 4日目の朝は、あかりの土下座から始まった。
 その顔は発情に塗れ、実に情けなく、しかしどこか満ち足りた表情で。

「奏様、幸尚様っ、あかりを気持ち良くして下さい……!」
「ん?今はあかりはどれだけ自分で気持ち良くなってもいいんだぞ?」
「っ…………その、足りないんです…………どんなにしても、一人じゃ、物足りない…………!」
「こうやっておねだりしている間も、まんこいじりがやめられねえぐらい?」
「んあぁっ………………はいぃ…………あかりは、変態だから……ずっと気持ち良くなってないとおかしくなるのぉ…………」

 そう、だから一人ではもう、この狂おしいほど快楽を求め続ける身体を慰めきれない。
 自ら弄れば確かに気楽でお手軽だけれども、一度与えられる熱を知った身体はどこか物足りなさを訴えてくる。

「ご主人様の手で、気持ち良くされたいです…………お願いしますっ、あかりを……触って下さい……!!」
「…………どうしよっか、奏」
「んー、いいんじゃね?奴隷を世話するのは、ご主人様の役目だしな。ほら、ソファに来い。今日はあかりの言うとおりにやってやる」
「!!」

 いそいそとソファに上がり、奏の膝に腰掛けてガバリと躊躇いなく股を広げその潤みを見せつけるあかりの背後で、奏はニヤリと笑みを浮かべる。
 ああ、ここまで俺たちの思い通りになるだなんて、あかりは本当に素直でいい子だな、と。

「あひぃっ、ぎもぢいぃっ!!あっあんっもっとぉっ!もっとおお…………!」
「あーあーもうまともな言葉も喋れないな。ま、あかりは喘ぎ声だけ上げられればいいもんなぁ?」
「んあああっいぐっ、いっ、いかせてくださいいっ!!」
「おう、ほら、イケ」
「んほおぉぉ…………っ!!」

 粘ついた水音と、あかりの我を忘れた嬌声とメスの匂いが部屋に充満する。
 その熱量に慌てて暖房をゆるめるほどだ。

「はぁっ…………クラクラする…………奏、晩まで頑張って我慢するから…………」
「おう、あかりを寝かしてから、な。今日も抱き潰すなよ?」
「うん……頑張る…………明日、だもんね」
「ああ、明日だ」

 二人の会話も、快楽を追うことに夢中になっているあかりには聞こえない。

(気持ちいい…………こんなに気持ちいいの、初めて…………!)

 二人の熱を与えられながら、自ら良いところに触れながら、何も考えずただ快楽を貪り続けて、それを許される。
 自由に絶頂を許され、自分のタイミングで好きなように乱れられる。

 それはあかりが奥底の欲望に気づいたご褒美なのだろうと、遠くに追いやられた思考は勝手に解釈している。

(辛かったけど……堕ちちゃえば気持ちいいって分かったし…………認めればご褒美も貰えて……)

 ああ、普通の殻を破ることはこんなにも開放的で幸せだったのか。

(今、私……最高に幸せなのぉ…………きもちいぃよぉ……)

 また、身体がふわりと軽くなる。
 頭に大量に送り込まれた悦びが、爆発する……!

「いぐ…………いかせ、て…………」
「うん、いいよ」
「かは………………っ…………」

 一際大きなアクメを受け止めて……そこから先は、記憶がない。



「意識がなくてもずっと触ってるな」
「いい感じだね。…………どうだろう、貞操帯をつける前の状態まで戻せたかな」
「戻すどころじゃねえなこれは…………あの時は無意識で触ってると言ってもとりあえずバレなかったじゃん。今この状況で、あかりが学校に行けると思うか?」
「無理だね、そもそも家から出られない」
「だろ?それが答えだな」

 飛んでしまったあかりをソファに寝かす。
 その口からはずっと艶かしい吐息が漏れ、ビクビクと身体を震わせている。
 その両の手は意識がなくとも止まることはない。

 明日が楽しみだと興奮する奏のギラギラした顔に、ああ、その楽しそうな顔が見たかったと幸尚は今すぐにでも押し倒したい気持ちを抑えながらも喜ぶのだ。

「ま、明日は任せとけ。俺がたっぷり煽って、あかりを絶望の底に叩き落としてやる。きっとあかりなら…………悦びに変えられる」
「今回ので堕ちる気持ちよさは染み付いただろうしね」

 今回の調教は、まだ終わっていない。
 いや、始まってすらいない。
 やっと舞台が整っただけ。


「ん…………あぁぁ……奏様ぁ…………幸尚様あぁ……お願い、触って…………もっと気持ち良くして下さい…………」
「お、目が覚めた。んじゃ、淫乱な奴隷のお世話と行きますか」

 あかりの求めるままに、快楽を、絶頂を与え続けて、脳みそを堕ちていく幸せで包んで。

 ……そして、幕は上がる。


 …………


「あかり、基本姿勢を取って。ああ、まんこは弄っててもいいぞ。ディルドもいるか?」
「はっ、はっ、んはっ…………きもちいぃ……」
「すっかり出来上がってるね、あかりちゃん」

 5日目の朝。
 いつものように餌を食べたあかりは、ソファに座る二人の足元にディルドを固定して、お尻でしゃぶりながら二人の命令を待っていた。

(いい、きもちいい、もっと、もっと…………)

 多分、そろそろこの調教も終わりなのだ。
 甘美な絶望と奈落で揺蕩う時間は終わり、これから春休みいっぱいかけて、また人として過ごせるように躾け直されるのだろう。

(凄かった…………ああ、もう終わりだなんて惜しいな……)

 ぼんやりと、しかし身体はしっかりと快楽を堪能するあかりに「これ、話できるのかな」と心配しつつも奏は問いかける。

「どうだったあかり、この4日間は楽しかったか?」
「…………あは…………凄かった、です…………」
「どうだろう、満足できた?」
「………………まだ、やめたくないくらいには……」
「そっか、そう言ってくれると嬉しいな」

 幸尚の純粋な笑顔に、あかりの心も満たされる。

 幸尚はあかりにたくさんの事を、この身に刻むように教えてくれた。

 退屈が、そこから逃げるために自慰を止められなくするほどの苦痛をもたらす事を。
 絶望的な状況に落とされる事の恐怖と、それが突き詰まった後に訪れる、堕ちる快楽を。
 そんな惨めな自分を受け止めてもらえる喜びと安心感を。

 そして…………自由に快楽を貪れることの気持ちよさを。

 へらりと「幸せ、です……」とあかりが呟く。

「あかりは、奏様と、幸尚様の奴隷になれて幸せです…………ありがとう、ございます……」
「おう。俺もあかりみたいな超ド級の変態を奴隷にできて幸せだ。…………あかり、ありがとうな」
「奏様…………」

 受け止められた心地よさに、歓喜の涙が溢れる。

 そして



「じゃあ、これで終わりな」
「…………え……………………?」

 唐突に終わりを告げ、しかしニヤリと口の端を釣り上げる奏の瞳に映るのは、目の前の獲物を嬲り尽くさんとする嗜虐の色を帯びていて。

 終わり、と言われたのに、なんで。
 …………じわりと、胸に不安が忍び寄る。

 あれ…………そういえば何かを、忘れているような…………


 戸惑うあかりの手首を、幸尚が背中に回し拘束する。
「立って」と言われ、その場で立ち上がれば、膝の上に枷をつけられ、股が閉じられないようポールで繋がれた。

(ああ…………さわれない……)

 途端に不安に襲われるあかりに、「ほら、こっちを見ろ」と奏が命令する。
 その不安げな眼差しに「いい仕上がりだな」と支配者の顔でうっそりと微笑みつつ。

「その様子だと、すっかり目的を忘れてるな。まあ、そうなるようにしたんだけどさ」
「奏様…………?」
「思い出させてやるよ、たっぷりと、な」

 そう語る奏が、ソファの横に置いてあったカゴから何かを取り出す。

 それは、一見するとふんどしのような物体だった。
 腰の部分はステンレスのワイヤーに医療用のシリコンが巻かれていて、全面の金具で留める形になっている。
 そして、股間を覆う部分は透明なプラスチックのドーム。
 そこからお尻の割れ目の間を通るように、腰と同じ素材のワイヤーが繋がっていて。

(…………あ………………)


 それをみた瞬間、あかりは全てを悟った。

『春休みになったら、新しい貞操帯をつけような』
『新しい貞操帯は24時間着けられるから、そうなったら洗浄も全部俺たちがやるから』

(ああ、あああっ、そんな、まさかこのために…………幸尚様は、私に…………思い出させた……いや、植え付けた…………!?)

「………………ぁ………………」

 言葉が、出てこない。
 快楽の余韻など、とうにすっ飛んでしまった。

 真っ青になりカタカタと震えるあかりに、奏は実にいい笑顔を浮かべて問いかける。

「あかり、もう一度聞いてやろう。……人生最後の『自由に快楽を貪れる時間』は楽しかったか?」
「あ、ああ…………あああ………………!!」

(そんな、あれが最後…………知らない間に、終わらされていた…………!!)

 ピシリと心のどこかにヒビが入る。
 ショックに震える瞳から、大粒の涙が、ひとつ、またひとつこぼれ落ちていく。



「いや…………いやっ、嫌ああああああああああああっ!!!」



 それは、自分で慰める事を思い出した、自由に快楽を貪る悦びと満足感を植え付けられたあかりに訪れた、深い、深い絶望の雄叫びだった。


 …………


 ああ、いい顔だ……と、奏は呆然とするあかりを見つめてうっとりとほくそ笑む。
 その股間は当然のように唆り立っていて、あかりの絶望した姿に倒錯した快楽を覚えている様をまざまざと表していた。

(もう、さわれ、ない…………)

 堕ちたと思ったら、まさか更なる絶望が口を開けて待っていただなんて。

 スッと奏が立ち上がり、あかりの隣に立つ。
 そして、あまりの衝撃にはらはらと涙をこぼすあかりの股間に、手袋をつけた指をそっと這わせた。

「ひいぃっ!!」
「ここも…………ここも。二度とあかりは触れられない」
「んっ、んぁ…………」
「ちょっと触るだけでクリトリスが跳ねたぞ?この4日間で、我慢が効かなくなっただろ?こうやって戒めなければ、今のあかりは外でだって躊躇いなくまんこをいじり倒す」
「っ……はい…………」

 その通りだ。
 今の自分は、満たされない獣だ。
 たとえ往来に人がいようとも、この衝動を我慢することはできないと確信している。

 ああ、それなのに、衝動を満たす術を奪われるだなんて。

「残念だったな。あかりはこれからどんなに発情しても、ここには指一本触れられない……二度と慰めることはできない…………」
「ひぐっ……ひぐっ…………あぁ…………」
「あかりの性器は、俺と尚が管理する。あかりはもう、俺たちの与えるものでしか満足できない」

 ここに来て、あかりは幸尚の意図を明確に知る。
 この4日間は……調教だと思っていた全ては、前座に過ぎなかった。
 そう、これは貞操帯を装着する絶望を、すっかりお試しの貞操帯生活に慣れきったあかりにもう一度味わせるための準備だったのだ。

 …………だが、仕掛けはそこに止まらない。

「あかりさ、気づいてるか?」

 ぴと、と奏の指が触れたのは、蜜壺の入り口だ。
 たったそれだけの動きなのに、胎はしゃぶるものが欲しいとまるで奏を誘い込むようにグネグネと動いている。

「……今のあかりはさ、中も気持ち良くなれるだろ?」
「…………はい……触りたい…………中、掻き回して……トントンしたい……」
「だよなあ、もう必死になってるのがよーくわかる。けどさ、あかり覚えてる?」
「……えと、何を…………」

 さあ、種明かしの時間だ。
 あかり、とびっきりの絶望を与えてやるから、俺を楽しませてくれ。

 ゆっくりと、奏の口が開く。

「俺たちは、あかりの膣だけは触らないって」
「………………!」


『俺らはあかりにそう言うことをする気はねえよ。あかりが将来恋人ができた時にさ、好きでもない男に初めてを捧げてしまってたら悲しくなるかもしれねえじゃん?』
『それは約束する、僕らはあかりちゃんの膣には、指一本触れない』


 初めて貞操帯をつけた日に二人が口にした約束。
 それを思い出したあかりは震える声で「まさか…………」と呟いた。

 そのまさかだ、と奏は畳み掛ける。

「あかりに恋人ができてこの関係が終わる可能性がある以上、俺たちは膣には触れない」
「…………うそ……」
「これは僕たちなりのケジメだし、あかりちゃんの為でもあるから、譲らない」
「どれだけあかりが懇願しようが、俺たちが正式に結婚してあかりを生涯飼うことが確定するまでは、そこはただ涎を垂れ流すだけの穴になるからな」
「…………!!」

 二人は本気だ。
 正式に結婚するまで…………大学を卒業してすぐだとしたって5年もある…………その間、一度たりともこの潤みの奥からやってくる疼きを癒してもらえない事実に、あかりの何かが削れていく。

「そんな…………こんなに、気持ち良くなれるようになったのに…………!」

 あまりにも残酷な宣告に、あかりは新たな涙を溢し、その場に立ち尽くしたまま打ちひしがれる。
 ショックが大きすぎて、考えがまとまらない。

 どうして。
 それだけがあかりの頭を支配する。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう……

(……あれ…………気持ちよく、なれるように…………?)

 しばし呆然と立ち尽くし迷走する思考が、それでもようやく導き出した一つの結論に戸惑いを隠すこともできず、あかりはハッと奏を見上げる。
 全てに気づいたあかりの顔を見た奏が、思わず興奮に笑みを浮かべぶるりと身震いしたのも無理はない。

 それほどに、あかりの顔は絶望に満ちていた。

「……もしかして…………これを見越して…………」
「…………ご明察。ははっ…………今のあかり、すげーいい顔してる」
「……あ…………あぁ……そんな………………っ!!」

 あの冬の日に撒かれた種は、潰える事のない渇望となって花開く。
 そう、この日のために……敢えて膣に触れさせ、気持ちよさを教えたのだ。
 自主的に開発するように少しだけ導けば、あかりはすんなりとそれに従ってくれた。

 全ては、貞操帯装着後に完全な満足を与えないため。
 どんなに望んでも、女として一番大切で、一番気持ち良くなれる場所を満たせない小さな絶望を与え続けるために、あかりはせっせと自らを追い込んでいたのだ。

 誰でもない、あかりがこの絶望を作り出した。
 その事実に、また一つ心が削れる音がする。

(これ……このまま…………?もう、耐えるしかないの…………!?こんなに、こんなにジクジクするのに…………!)

 まだ、中の絶頂を覚えてなかっただけマシかもしれない、と何とか自分に言い聞かせるあかりの心を見透かしたかのように、奏の指が入り口をそっと掠める。
 それだけで一気に火がついて、思わず「ひいぃっ!触りたいのおぉっ!!」と口走ってしまう。

「せめてここで絶頂を覚えてりゃ、お尻からいじってもらえて満足できたかもしれねえのにな。ほら、尚が後ろから揺さぶってくれるのも気持ちよかっただろ?」
「…………ぅぅ…………」
「こんな中途半端な開発じゃ、せいぜい俺らに土下座してお尻をいじってもらっても、中途半端な状態で放り出されるだけだろうなぁ!ははっ、物足りないって泣きながら無様に悶える姿を想像しただけで唆るわ」
「…………ぁ…………ゃ……」
「ん?嫌なんて言葉が奴隷に許されると思ってんのか?…………どれだけ中途半端な状態だろうが、あかりはこれからずっと、俺たちに与えられるものだけで満足しなければならねえんだよ」

(そんな、そんなっ、いやだ……いやだぁっ!!)

 この数日間積み重ねられた責めに、心が限界に達する。
 …………何かがぷつりと切れる。

「嫌、いやっ、そんなのいやああっ!!お願いですっ、触らせてぇっ!!最後に、一回だけ!一回だけでいいからああっ……!」
「あかりちゃん……?」
「もうやだっ、たすけてぇぇ!やめて、いやだぁっ!!おまんこいじるのっ、気持ち良くなりたいのおおっ!!」
「っ、あかりちゃん、落ち着いて……!!」

 慌てて幸尚が、突如狂ったように叫び始め不自由な体を捩って身体を慰めようと暴れるあかりを抱きしめ、奏を睨みつけた。

「…………奏、これはやり過ぎ」
「う、すまん…………あかりの絶望に濡れた顔を見てたら、止まらなくなって…………」
「ったく、多少の煽りはいいけどさ……塚野さんにだって言われたじゃん、あかりちゃんを壊さないためにうんと優しくしろって」

 ぽん、ぽんと泣き叫ぶあかりの背中を叩く。
 遠い昔、いじめられて泣きじゃくる幸尚をあかりが宥めてくれたように。

「あかりちゃん、ゆっくり深呼吸して……」
「ひぐっ、うえぇ…………すうぅぅっ…………はぁぁぁ…………ひぐっ……」
「…………ごめん、あかり、言い過ぎた……」

 とにかく一度休憩しよう、と提案する幸尚に奏は素直に頷き、台所にお湯を沸かしに行った。


 …………


「はい、あかりちゃん、あーん」
「あーん…………あの、その、自分で……」
「流石に手枷は外せないからね。外したら触っちゃうでしょ?」
「っ、ううっ…………」

 用意されたクッキーを幸尚の手から頬張りながら、あかりはずずっと鼻を啜る。
 チラリと横に置かれた真新しい貞操帯を見るその瞳は、検品の時の興奮とは打って変わって恐怖と不安を浮かべていた。

 そんなあかりに幸尚は「無理はだめだよ」と静かに諭す。

「あかりちゃん、約束したよね?本当にダメならセーフワードを使っていいんだって」
「……幸尚様…………」
「僕らは3人で合意できないことはしない。あかりちゃんが本格的に貞操帯で管理されるのは怖い、やめたいって言うなら、それを尊重する」
「そんなこと……だって、ここまできて……お金だって、いっぱいかかったのに……」
「……そりゃ残念だけどさ。でも俺たちはあかりが大事。あかりを追い込むのだって、追い込まれたあかりが性癖を満たして悦ぶからなんだし」
「奏は時々暴走するけどね!!」
「ううぅ、悪かったって……」

 でもさ、管理するってそう言うことだからな、と奏は真面目な顔になって付け加える。

「……その、煽り方はキツかったけど。でも、この貞操帯をつければ、あかりは自分で性器に触れることは許されない。少なくとも3人の関係が終わるまでは、な。これまでみたいに自分で外す事はできねえんだ」
「……はい」
「あかりの性器に関するあらゆる権利は、俺と尚のものだ。あかりを気持ち良くするかどうかを決めるのも俺たちだ」
「もちろん、あかりちゃんがこれをつけて日常生活が送れるように最大限の努力はするよ。それがキーホルダーとなるご主人様の役目だから。でも、それはあかりちゃんが気持ち良くなることとは別」

 二人の覚悟は決まっている。
 あかりの性欲を生涯管理し、被虐の悦びを与え続けるのだと。
 人一人の尊厳を、ひとつ預けてもらうだけの責任は果たすと。

 けれども、自分たちは3人でひとつだから。

「だから、最後はあかりが決めろ。
 俺たちはそれに従う。どんな決断だろうが、あかりが俺たちの奴隷であることには変わりないから」
「うん、3人の関係はなにも変わらないよ」
「奏様…………幸尚様……」

 分かっている。
 二人は、あかりのこの歪んだ性癖を、淀んだ欲望を曝け出す事を厭わない。

 それに、自分はこの数日で、普通を手放す気持ちよさを知ってしまった。
 堕ちることの快楽を叩き込まれてしまった。

 何より…………自分が本当は何を望んでいるかに、気づいてしまった。
 人として扱われない、徹底した管理、それこそがあかりの奥底にある望みなのだと。

 身体が疼く。
 4日間、ただ欲望の赴くままに快楽を貪った身体は、今すぐにでも床に発情し愛液を垂れ流す股間を擦り付けたいと叫んでいる。

 こんな状態で貞操帯をつけられれば、待っているのは間違いなく地獄だ。
 春休みが終わるまでに、学校に通えるほど発情が落ち着いている保証だってない。

 そしてこれを着ければ、もう二度と普通には戻れない。
 何かが不可逆的に変わってしまう、そんな予感がするのだ。

 胸が焼けるように熱い。
 普通を手放していいのか、そう囁きかける言葉が煩わしい。
 二度と味わえない自由な快楽への未練なんて、あり過ぎて身体から溢れてしまいそうだ。

 それでも。

(……それでも、私は…………大切な二人に、管理されたい)

「奏様、幸尚様」

 床に降りて、いつもの姿勢を取る。
 その声が震えていたのは、不安か、恐怖か……それとも、期待か。

「……あかりの淫乱おまんこを、永久に貞操帯で管理して下さい…………」

 深々と頭を下げるあかりに、もはや迷いはなかった。

「………………ん、じゃあそこに立って」
「はい」

 あかりのおねだりを受けて分かったと頷く奏の声も、心なしか震えている。

 また追い詰められるのかなと、少しだけ不安そうにその場に立つあかりの頭を、奏は「もう煽らねえよ」と困った顔をしながらわしわしと撫でた。

「いや、まあ煽りたい気持ちはあるけど…………多分、そこまでしなくても大丈夫だろうし」
「……そだね。あかりちゃん、そのまま動かないでね」
「…………はい」

 何度も練習したのだろう、奏が手際よくあかりに新しい貞操帯をつけていく。
 これまでつけていた貞操帯とは異なり、これは股間を透明なドームで覆うだけだから、装着は比較的簡単そうだ。

 お尻側からベルトを回し、留め具に差し込む。
 そして南京錠を通したところで、奏の手が止まった。

「……奏様?」
「…………はは、俺もめっちゃ緊張してんの」

 奏の手は、震えている。

「だってさ、あかりの大切なところを預けてもらうんだぜ?嬉しいし興奮もするけど…………やっぱ、責任は感じるからさ」
「奏様…………」
「……奏、一緒に鍵、かけよっか」
「…………おう、サンキュな」

 二人の重なった手が、南京錠に伸びる。
 ああ、その指がつるを押し込めば、私のおまんこは私のものでなくなるのだ。

 鼓動が喧しい。
 緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。
 喉はもうからっからに乾いている。

 怖い、楽しみ、怖い、怖い、嬉しい、怖い…………
 頭のそこかしこで感情が弾け、だんだん視界が狭くなっていく。

 奏と幸尚の指が、スローモーションで動いていく……




 カシャン




「ぁ…………」
 思わず小さな吐息が漏れる。

(閉じ込められた…………これでもう、私は…………触れられない……あの気ままな気持ちよさも、二度と味わえない………………!)

 地の底へ魂を引き摺り下ろされるような、絶望に襲われた次の瞬間。

(あ…………え、なんで…………イク…………!?)

 胎の中からブワッと広がる波に、意識を持って行かれて。

「っ、あかり!?」
「あかりちゃん、大丈夫!?」

 その場で崩れ落ちる身体を慌てて支える二人の声が遠くに聞こえるも、すぐに次の波にかき消されて。

「…………これ、もしかして…………逝ってる?」
「うっそだろ…………ロックしただけで絶頂してしまうとか……」

(ああ、これは…………祝福だ)

 消えかけた理性で、あかりは直感的に悟る。

 真っ白な世界に、何度も、何度も波のように押し寄せる絶頂に、身体を跳ねさせ、白目を剥く。

『普通』である事を諦めて。
 欲望を認め、自ら堕ちることを選んで。

 そうして閉じ込められた檻は、こんなにも絶望的で……こんなにも、甘美だ。

「……ぁ…………ぁぇ…………」
「…………これは、成功だよ、な?」
「う、うん…………絶頂するとは思わなかったけど…………これが、脳逝きってやつ……?」
「わかんねぇ、今度オーナーに聞いてみようぜ」

 戸惑いながらも、二人は今も絶頂から降りてこないあかりをソファに横たえ、そっとその頬を撫でた。
 奏の瞳は、さっきまで嗜虐の快楽に酔いしれていたとは思えないほど穏やかで。

「あかりが預けてくれたんだ…………大切に飼おうな」
「うん。あかりちゃんは……僕たちの、大事な奴隷だ」

 この瞬間、3人は本当の意味で主従となったのだ。

 …………


「あかり、起きて大丈夫か?」
「うん…………まだなんか、ふわふわしてるぅ……」
「無理しちゃダメだよ。この5日間、あかりちゃんは相当メンタルきつかったはずだから」
「あはは…………尚くんが鬼畜に見えたよぉ……」
「ぐっ、それ奏にも言われたよ…………僕はただ、二人が楽しくて幸せになって欲しいだけなんだけどな……」
「はいはい、って尚、鍋吹きこぼれてるっ」
「あ、やばっ!」

 結局あかりの意識が戻る頃には、正午を回っていた。
 食べやすいものをと、幸尚は有り合わせの野菜で雑炊を作る。
 この一年で雑炊は一番上手くなった気がする。なんたって、奏を抱き潰す度に作っていたのだから。

 あかりが正気に戻った段階で、今回の調教はおしまい。
 だから枷と首輪は外したものの、服は「もうちょっとだけ、このままでいたい」らしく全裸のままだ。

 ……と言っても、その股間はしっかりと貞操帯で覆われている。
 ただ覆われているとは言っても、隠したい部分が透明なプラスチックだからろくに隠せていなくて、逆に卑猥に見えるな……とあの後散々幸尚に「奏もいっぱい出そうね」とがっつり搾り取られた奏は、賢者タイムらしい変に冷静な思考を巡らせていた。

「あかりちゃん、寒くない?」
「うん、大丈夫。…………もうちょっとだけ、眺めてたいんだ」
「随分気に入ったんだな、貞操帯。万年発情期状態なのに辛くねぇの?」
「…………はぁんっ…………思い出させないでよう……思い出したら、ああああっ触りたい、見えてるのにぃっ!!クリトリス真っ赤でぷっくりしてるの、さすさすしたい……!」
「…………奏、これからご飯なんだけどなあ……?」
「すまん、失言だった…………」

 ひとしきり涙をこぼしながら、股間を覆うシールドをカリカリする。
 ほんの些細なことで火がつけば、今のあかりなら屋外だろうがなんの躊躇いもなく悶え始めるだろう。
 春休みはあと10日足らず、なんとかなるかは俺たちのサポートとあかりの気合次第か……と奏は辛さに涙をこぼすあかりにまたうっかり滾りかけて、慌てて首をブンブンと振った。

 先が思いやられるよ、とため息をつきつつ、幸尚がようやく落ち着いたあかりに雑炊をよそって渡す。
 今日の雑炊は味噌味だ。まだ肌寒い季節には味噌が身体を温めてくれていい。

 はふはふと頬張れば、野菜の甘みとふんわりした卵がからまって、緊張から解き放たれた気怠い心をじんわりと温めてくれる。

「…………ピアスはさ、私を自由にしてくれたんだ」

 雑炊を食べながら、あかりがポツポツと話し始める。

「周りの『普通』に囚われてた私を自由にしてくれたんだよ。…………だって、こんな太いもので乳首とクリトリスを貫かれてる人を、人は『普通』って言わないもん」
「そりゃそうだな」
「これを見る度に……気持ちよくなってピアスを感じる度に思い出せるんだよね、ああ、私はどれだけ表で上手に演じていても……誰かの『普通』にはなれないなって」

 3つのピアスは、所有の印。
 二人のものであると言う証であり、周りの求める虚像からあかりを自由にした枷。

「貞操帯は…………私の『普通』を壊す檻だったんだね」

 しみじみと、あかりの手がドームで覆われた股間を摩る。
 なんの熱も伝わらない、無機質な壁。
 ほぅ、とあかりの口から熱のこもった吐息が漏れる。

「こんなに堕とされることが気持ちよくて……人として扱われたくないほど歪んでいてさ、なのにずっと私は私の作った虚構の『普通』を手放せなかった」
「…………でも、もうあかりちゃんは知ってる」
「うん。私はもう騙らない。私はどこまでも歪んだ性癖を持ってる……変態だよ」

 だから、普通を装うことを捨て、自由を選んだ。
 だから、自らの意思でこの檻に閉じ込められた。

 その結果得たものは、狂おしいほどの発情と…………ありのままの自分であることを選択した行為への祝福だった。

「…………ふふ……辛かったし、怖かったし……疲れたけど…………楽しかった」
「そっか、うん、それならよかった」

(ああ、いい顔をしている)

 他者からの呪縛と、自らかけた呪縛からようやく解き放たれようとしているあかりは、とても美しくて。
 あかりにその気がなくても、これはモテるようになりそうだなぁ……なんて二人は思うのだ。

 それでも、あかりが誰かを好きになるその日までは、自分達の奴隷だ。
 ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、そんな日が来ないでほしいなと、奏も幸尚も願っていた。

「…………そうだ、塚野さんに言われてたんだ。……頑張ったらたくさん褒めてあげてって」
「そういやそうだったな。ほらあかり、えらいえらい」
「もう、奏ちゃんのは心がこもってない!ねえ、ならご褒美が欲しいな……」
「早速のおねだりか?流石に気持ちよくしてくれは却下だぞ」
「んーん、そうじゃなくて」

 あ、このあかりのキラキラした顔はまずい。
「ちょっと待て」と奏が止めようとするも、後の祭り。

「久しぶりに、がっつり激甘ラブラブおせっせする尚奏が欲しい」
「言うと思ったよ!!奴隷になってもマジで腐女子なのは変わらねえよな!あとその略し方やめろ、俺をBLの沼に巻き込むな」
「大丈夫巻き込まないよ、最初からリアルで浸かってるし」
「ぐぬぬ、おい尚、お前からも何か言って…………あ、えと、落ち着こうな?」

 援護射撃を期待し、幸尚の方を振り返った奏が固まる。

 …………やばい。
 尚の目が完全に座っている。
 これは、とてもやばい。

 さーっと奏の背中に冷や汗が流れていく。

「奏……僕さ、この5日間、頑張ったよね?」
「お、おう」
「夜もちゃんと控えめにして、抱き潰さなかったよね?」
「そそそうだな、いや待てそれは普通」
「普通なんてものは存在しないんだよ、奏。…………よいしょっと。あかりちゃんも僕の部屋に行こうか。奏……リクエストも貰ったし今日はたっぷり愛してあげるから、ね?」
「うん、供給ありがとうね奏ちゃん!!」
「そんな感謝はいらねえし、俺をお姫様抱っこすんなああっ!あとそれ俺の明日がないフラグうぅぅ…………」


 幼馴染の仲良し3人組なのは、なにも変わらない。
 けれども確かに、この日を境に3人の関係はより主従の色合いを増していくのだった。
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