【完結】神様は愛し子を餌付けしたい

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第二章 思わぬ邂逅

思わぬ邂逅(4/4)

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「え……その、神……?」

 突然の神宣言に、ムシュカは頭が真っ白になる。
 そんな、人を神と倣わすなどあまりにも不敬であろう……ムシュカは思わず全力で突っ込みかける。
 だが、目の前で目をキラキラと輝かせ「いやもう夢の中で神降臨とか! しかも俺の好みドストライクの神様だなんて、何これ至福の極み俺得すぎるヤバい」と謎の言葉を口走りながら涎を流すかつての愛しい人を見れば、あからさまに否定するのも少々忍びないと、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 ……いやそれにしても、まず神を見て感動して流すべきは、涎ではなく涙だと突っ込ませてはくれないだろうか。更に言うならその瞳が輝いて見えるのは、どう見ても神との遭遇で感動に震えたからではなく、美味しいご飯を目の前にギラついているだけであろう。

「はっ!? そうか、神様だから名乗らなくても俺の名前を知っていたんですね! うわあああ俺は神様に愚痴を聞いて頂くだなんて、なんて畏れ多いことを!!」
「いやちょっと、待てヴィナ」
「それでその神様、こっ、この美味しそうなご飯は……あれですか奇跡とかなんかそんなので腹が減った俺に恵んで下さろうと慈悲を」
「話を……いや無理だな、もうそれで良いわ!」

 だめだこりゃ、腹から地響きを起こすほど飢えたヴィナがよりによって好物の麺料理を目の前にして、まともな理性など保てるわけがなかった――
 実にヴィナらしいなと心の中で苦笑しつつも、いきおい神様認定されてしまったムシュカは複雑な心境ながら(まあヴィナがいいならそれでいいか)とあっさり説得を諦める。

「あのう、神様……一応確認なのですが、その、このご飯は俺が食べても…………」
「……もちろんだ、たんと食え」
「!! あ、ありがとうございます神様! このご恩は一生忘れません頂きますっ!!」

 すい、と一緒に出てきた箸を差し出せば、彼は勢いよくその箸を掴み、親指と人差し指で挟んで手を合わせ深々とお辞儀をする。
 これは異世界の作法だろうかと訝しむムシュカの前で、器用に箸を握った新太は大口を開けて、ずずっと麺を一気に啜り込んだ。

「っ、熱っ!! えほっ、えほっ……」
「……ヴィナよ、料理は逃げぬからもっと落ち着いて食え。火傷をするぞ?」
「あ、はいっ……ふーっ、ふーっ、ずずっ…………」

 ムシュカに嗜められた新太は、再び麺を箸ですくい取り、口へと運ぶ。
 ツルツルした平たい麺はきしめんかと思ったが、良く見るとほんのり透けているようで、これはむしろフォーに似た米粉の麺であろう。
 エスニック料理は食べたことがないんだよなと思いつつも、ちゅるりと麺を啜った新太は、その衝撃に思わず目を見開いた。

「……う……美味い…………っ!!」

 鼻の奥をくすぐる優しい香りは、嗅ぎ慣れた魚系の出汁を思い出させ、けれど香草の香りと相まって経験の無い爽やかな風味をもたらしてくれる。
 麺は思ったよりも軽く、疲れ果てた胃に染み渡るようだ。これなら何杯でもおかわりが出来そうだと思いながら、新太はズルズルと音を立てて端麗なスープと米麺のハーモニーを楽しむ。

「はぁ、っ……」

 ほう、とうっとりした表情でため息を漏らした新太が次に箸を付けたのは、麺の上に浮かぶ大きな団子だ。
 白身魚のつみれだろうか、鍋に浮かんでいるやつに似ているなと歯を立てれば、思ったよりぷりんとした弾力があって、柔らかな麺との対比が実に食べていて心躍る。
 噛めばじわりと魚のうまみがシンプルな塩味と共に口の中に拡がり、時折散らされたネギと揚げ玉ねぎの香気がアクセントを効かせ、喉を通り過ぎればもう一口、二口と箸が止まらなくて……

「んふっ……ずずっ……ふっ……美味い…………ああ、もうちょっと……」
「…………ほら、こちらも食べろ」
「え、でもそれは神様の分では」
「良いのだ。お主がたった一杯の麺で、満足出来るはずがないだろう? 気に入ったならもっと食べるが良い」
「っ、んじゃお言葉に甘えて……」

 ああ、こんな優しい美味しさを味わうのはいったいいつ振りだろうか。
 幼い頃食卓を彩った母の料理のようでいて、けれどそれ以上に溢れる懐かしさが胃の中に、そして胸にじわじわと染みこんでいく……

「すんっ……美味い…………ひぐっ、はぁっ……美味いっ…………」
「……うむ、美味いな…………」

 ずずっと何かを啜り込む音と、新太の恍惚のため息だけが、静かな空間を満たしていく。
 折角の美味が塩味でかき消されるのが勿体なくて、新太は必死に涙を堪えながら温かい魚団子麺をじっくりと味わうのだった。


 ◇◇◇


「はあぁっ……んまかった……!! こんな美味しい食べ物、生まれて初めて食べたぁ……」
「そうか、それは……うん、良かったな、ヴィナよ」
「はいっ!! 神様の料理は絶品でした……あーもうまだ舌と胃が幸せすぎる……」

 蕩けた顔を天に向けて素直な気持ちを吐息に載せ、うっとりと呟く新太の姿に、ムシュカの胸は締め付けられるように痛んでいた。
 二度と見られないと思っていたあの食べっぷりを、そしてやつれているとは言え幸せそうな笑顔を見られたことは素直に嬉しい。叶うならばもう一杯くらい用意したいし、なんなら食後のデザートもおまけしてやりたい気分だ。

 だが

(そうか、生まれて初めて食べた、か……お主は本当に私のことを、共に過ごしたあの世界を、何も覚えていないのだな)

 改めて突きつけられたのは、どうしようもない現実。
 新しい世界で生を営むならば過去の記憶など何の役にも立つまい、ましてあんな悲惨な最期など……覚えていない方がいいに決まっている。
 だからこれでいいのだ……そう理性はムシュカを慰めるけれど、愛する人を喪うのみならず、忘れ去られることがこんなにも辛いだなんて――

 そんなムシュカの沈鬱な気持ちなどつゆ知らず、新太は幸せそうに「神様、ありがとうございます」と頭を下げる。
 上気した頬とうっすら汗ばんだ額、そして何よりムシュカを魅了した笑顔が在りし日の愛しい人の姿と重なって……ああ、ときめきと共に痛みを味わう複雑な感覚なぞ、死ぬまで知りたくなかった。

「これでまた明日からゼリー飲料一食生活でも生きていけます!」
「いや、そこはまっとうに食べようとは思わぬのか!?」
「……それは、神様に頼まれても無理なんで!」
「そう易々と諦めないでくれ!!」

 いいんです、こうやって夢の中で美味しいものが食べられれば俺は十分です、とどこか寂しそうにはにかむ姿は、実にヴィナらしい。
 まったく、お主は生まれ変わっても自信という概念を見失ったままなのかとちょっと悲しくなったとき、不意に見知らぬ音楽が空間の中に流れてきた。

「~♪~~♪」
「……げ、これは目覚ましのアラーム……」
「あらあむ……?」
「あ、えっと神様、俺もう起きなきゃいけないみたいです」
「!!」

 この音は複雑ながらも幸せな時間の終わりを告げる合図だと知り、ムシュカの顔がわずかに曇る。
 そんなムシュカを見上げた新太は「あのっ神様」と少しどころでなく期待を滲ませた瞳で……可愛らしい願いを口にした。

 濃い灰色の瞳は今度こそ、キラキラと輝いている。

「その……神様、できればまた夢に出てきて欲しいです……それで美味しいご飯を食べたいな、なんて……」
「…………」

(……お主、ご飯がかかるとチョロいのは相変わらずなのだな)

 かつて胃袋を全力で掴んで振り向かせた恋人は、どうやら今回もたった二杯の魚団子麺ですっかり「神様」に絆されたらしい。
 そんなにチョロくて大丈夫か?と心配を覚えつつも、ならばとムシュカはもったいぶった咳払いを一つ。
 そうして新太の前に仁王立ちになり

「よいぞ、お主の願いは聞き届けた。明日もまた夢で逢おうでは無いか」

 王太子として身に付けた威厳をたっぷり纏って、堂々と愛しい人の求める「神様」を演じたのであった。


 ◇◇◇


「…………本当に眠っていたのだな」

「約束ですよ! 俺、楽しみにしてますから!!」と叫びながらすぅと消えていく――恐らくは彼の現実へと引き戻されたのだろう――新太を見送り、一息つけばふわりと意識が浮かび上がるような感覚に襲われて。
 ムシュカがぱちりと目を覚ませば、そこは見慣れた寝台の上だった。
 ゆっくり起き上がる身体から、するりとブランケットが滑り落ちる。肌を撫でる滑らかさは、このままもう一度寝台に寝そべりたくなる心地よさだ。

 部屋の中を見回せば、気のせいだろうか、いつもより少し広く鮮明に見える気がする。
 どうやらあの露天商の言うとおり、この織物は確かに願いを叶え眠りを与えるまじないを有していたらしい。
「なるほど、身体が軽いな……」と歳にそぐわぬ感想をぽつりと漏らしつつ、ムシュカは身支度を調える。
 久々に眠れた事を報告すれば、きっと父上も安堵されるであろう。たった一晩でこれほど回復するならば、執務に戻れる日もそう遠くは無いに違いない。

 外は既に陽が昇り、かしましく囀る鳥達は抜けるような青空を謳歌している。
 ああ、今日も暑くなりそうだとムシュカが窓辺から中庭を眺めれば、そこには朝の訓練に励む近衛騎士団の姿があった。

 ――ここから彼の姿をそっと眺める時間は至福だった。
 あの大柄な銀髪の体躯が見られない寂しさは消えないが、不思議と今、ムシュカの心は落ち着いている。
 それはきっと夢とは言え、そして異世界に旅立った姿とは言え、ようやく愛しい人との再会を果たせたからだろう。

「……はぁ、終わってみれば何と短い逢瀬よ……」

 あまりにもたくさんのことが一気に起きて、全てを飲み込むにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 だが、少なくともヴィナは生きている。現の世界では触れられない、遠い遠い彼方であっても、彼は確かにあの頃の面差しを残したまま、今日も見知らぬ大地を踏みしめていることを、自分はもう知っているのだ――

「…………」

 いつもの正装に着替えたムシュカは、ふと後ろを振り返る。
 寝台に広がる紺色の海は、気のせいか陽が昇っているというのにほんのり輝いているようだ。
 つい何かに引き寄せられるように、彼の手がその柔らかな織物に触れる。
 そうしてたぐり寄せた布をぎゅっと胸に抱き締め、ムシュカは覚悟を決めた顔で「……まじないの織物よ、どうか願いを聞き届けておくれ」と囁いた。

 そこに昨夜のような悲嘆は混じらない。
 ただ、静かな決意と愛しさが、言葉と共にあふれ出すだけ。

「永遠にとは言わぬ。ヴィナが……私の愛しい人の名前と魂を継いだあの青年が、私の知らぬ世界で往事の笑顔を取り戻せるその日まで、どうか夢で逢わせてほしい」

 己のあまりにも素直すぎる愛故に、あの屈強な騎士は命を奪われた。
 そうして何の因果か、精悍な面持ちが嘘のようにやつれ果て精気を失うような過酷な世界の片隅で、かつて愛しい人であった魂は今も必死に生きている。
 そんな彼に願われたのだ。今こそこの命を救ってくれた彼の恩義に報いる時だと、ムシュカはとつとつと腕の中のブランケットに語りかける。

「ヴィナが望むのであれば、私は神にもなろうぞ。例え命に替えても……いや、それはだめだとヴィナに言った手前、私が誓って良いことでは無いな……ともかく、命さえあれば何に替えても彼を救ってみせる」

 そう、まずはあの青年を癒やし、健康な心身となるよう導くところからだ。
 あの頃のように食べる喜びを思い出させ、幸せそうな笑顔を取り戻し、そして何より――

「ムシュカ様……そろそろ朝餉の時間でございます」
「ああ支度は出来ている、すぐに向かおう。……良い知らせを早く父上に報告せねばな」

 扉の向こうから遠慮がちに声をかける執事に返事をし、ムシュカは部屋の外へと足を踏み出す。
 明らかに昨日までとは異なる様子の王太子に思わず目を見張る執事と共に、広間へと向かうムシュカの胸には、もう一つの願いと決意が鳴り響いていた。

「……どうか織物よ、かの者が愛した料理をたんまり夢にもたらしておくれ。その魂に眠る私との記憶は……愛するヴィナは、私が胃袋を通して取り戻してみせるから」


 ◇◇◇


「……にゅぅ……起きたくない…………」

 一方、築20年の1LDKのアパートでは、延々と鳴り響くスマホのアラームを無視した新太が昨夜行き倒れたままの姿で、玄関に敷かれた枕カバーにすりすりと頬ずりを繰り返していた。
 こんな格好で寝てしまったというのに不思議と身体は軽く、節々の痛みも感じない。これももしや、神様の美味い飯のお陰か? との思いが頭を過れば、あの胃にも心にも優しい麺料理の味が口の中に蘇ってくる。

「あんな美味しい麺……初めて食べたなぁ、どこの国の料理なんだろう……」

 ようやっと観念して起き上がった新太は、スマホを見るなりゲッと顔を顰め、慌ててバスルームへと駆け込む。
 あと15分で家を出ないと、確実に遅刻だ。流石に二日連続のSNS晒しは御免被りたい。

「いやぁ、良い夢だったなぁ……神様は超美人だし、ご飯は美味しいし……あの顔で男ってのは反則だよな、いやでも神様だから男も女もないのか……?」

 時間をチェックしながら、新太は清潔なシャツに腕を通す。今日はいつもより頭の霧が晴れている様に感じるのは、気のせいだろうか。
 よく考えれば、一度に4時間以上眠れたのは久しぶりだな……とカバンを手に玄関に向かえば、そこには紺色の織物が鎮座していて、途端新太の頭の中に電車でのやりとりが駆け巡った。

『騙されたと思って、ついでに願掛けでもして寝てみりゃいい。もしかしたら本当に良い夢が見られるかもしれんぞ?』

「……まさか、な?」

 流石にあれは宣伝文句だよなぁと思い直しつつ、新太は枕カバーを拾い上げカバンの隅に押し込んだ。
 効能はともかく、この織物の触り心地は文句なしに快適だ。こんな気持ちの良い枕カバーで寝れば、荒みきった心も少しだけ癒やされるに違いない。そして家に帰れるかどうかは分からない以上、持ち歩くのが無難だろう。

「うわー、今日も良い天気……嬉しくない……秋はどこに行ったんだ、秋は」

 よいしょと玄関を開ければ、朝から身を焦がすような日差しが照りつけてくる。まだまだ秋は遠いらしい。
 新太は数ヶ月ぶりに空をまともに眺めた自分に気付くこともなく、いつもより少し軽い足取りで駅への道を急ぐのだった。

「……ふふっ、また夢であの美人の神様に逢って……極上神様料理を食べたいな……はぁ、良い楽しみが出来た……!」

 ――人知れず顔をほころばせる新太の口からポロリと願いが溢れ出たその瞬間、カバンの奥底で東雲の織物が淡く光を放ったことを、彼はまだ知らない。
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