【完結】神様は愛し子を餌付けしたい

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第四章 掴んだ転機

掴んだ転機(1/5)

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 相変わらずここの殺風景さは変わらないなと、ムシュカは静かにソファに腰掛け、ただその時を待つ。

「……夢とはこんなものであったか……まあ、多少家具は増えたが」

 当初だだっぴろい床が広がるだけであった空間には、この3ヶ月のうちに少しずつ物が増えていった。
 それらはほぼ全てが、ムシュカの願いにより織物が作り出したものだ。
 
 膝枕専用のソファに始まり、二人の距離が遠くならない程度の広さを持つテーブルに椅子、爪や耳のお手入れ用品にお昼寝用の毛布、洗髪台とふかふかのタオル、さらには裁縫道具と縫い方の教本まで……
 例え現実には持って帰れなくとも、せめて夢の中では愛し子を整えてやりたいという、ムシュカの切なる願いがこれでもかと込められた品々ばかりである。

「それにしても、一国の王太子にボタンを付けさせる騎士は世界中探してもお主しかおらぬであろうな、ヴィナよ」

 立派な胸筋に耐えかねて弾け、ムシュカの気合いによって何とか元の位置に納まったボタンは、きっとメイド達が見たら顔を顰める残念な出来であったであろう。
 しかし自分で見ても「これはない」と首を振りたくなるざまだったというのに、彼はいたく感激し「大事にします! もう二度と洗いません!!」と涙を流して喜んでくれた。
 流石に服は洗えと諭したが、次があれば洗うに耐えるだけの腕は身に付けたいと、愛し子がここに訪れるまでの時間にこっそり練習しているのは内緒だ。

 そんな新太のための癒やし道具が並ぶ空間に、しかしベッドだけは頑なに置かれることがない。
 ……置けるわけがないだろう。正直ここまできても彼は何一つ思い出す気配がないのだ、共寝をしたところで記憶が戻るとは思えないし、何よりムシュカの我慢が効かない。

「……それにしても、今日は随分と来るのが遅いな」

 ムシュカはひとりごち、白一色の空を眺める。
 なんでも彼は、あまりの忙しさに寝る時間も惜しんで働いているらしい。特に最近は繁忙期も重なり、ここに滞在出来る時間は減る一方だ。
 以前に比べれば随分と顔色も良くなったとはいえ、奴隷も真っ青の労働時間はなんとかならないものかとムシュカは心配しきりである。

 そう、こういう不安は大体当たるもので。

「……神様ぁ…………お、遅くなりました……ぁ……」
「おお良く来たなヴィナ、ってどうしたのだ!? お主、いつもにも増してボロボロではないか!!」
「も、もう……だめ……無理、疲れた……」
「ヴィナーーっ死ぬなあぁっ!!」

 無精髭を伸ばし目をしょぼしょぼさせた新太は、初めて会ったときよりも酷い顔色でやってきたかと思うと、ムシュカを認識するなりその場にぱたんと倒れ込んだのだった。


 ◇◇◇


「だから!! 腹が減れば飯は食えと言っただろう!! お主、最近は毎朝『こんびにめし』とやらを食べておると言っておったでないか!!」
「食べられる日はちゃんと、食べてるんですけど……今週は忙しすぎて……食べるくらいなら、寝たい……ぐぅ……」
「待てヴィナ、夢の中でまで寝てどうするのだ!! 良いのか? 今は貴重な……なんだったか、その『おしをめでる時間』とやらではないのか!?」
「はっ!! そう! そうです神様と折角いられる時間……なの、にぃ……」
「…………うむ、無理だなこれは」

 推し活もままならぬほどの眠気に襲われ、床にうつ伏せで大の字になったまま動かない新太に、ムシュカはがっくりと肩を落とす。
 働く者にまともな食事の時間を与えず、あれほど体力に自信があった凄腕の騎士をここまでやつれ果てさせるとは、一体異世界はどれほど恐ろしいところなのか。
 三月も経つのに相変わらず謎の業火は消えないらしいし、最近では新たな「ねんまつしんこう」なる敵が現れたという。信仰が敵とは、本当に訳が分からない。

「ええいヴィナよ! こうなったら精の付くものを用意してやろう! これを食べて元気を取り戻すのだ!」

 理解は出来ないが、少なくとも我が愛しの騎士がかつてこなしていたどんな過酷な訓練の後よりも疲れているだけことは、しかと把握した。
 となれば、騎士団御用達の「どれだけ疲れていても、これを食べれば復活出来る」料理を振る舞うべきであろう! とムシュカはテーブルに手を差し出す。

 ことん、とん……

「どれ、レンゲでスープを……ほれヴィナよ、口を開けい。スープならそのままでも飲めるであろう?」
「むにゃ……あーん……」

 手ずから料理を差し出しても白目を剥いて「尊すぎて死ぬ」と叫ばなくなったことをちょっと寂しく思いながらも、ムシュカは湯気の立つ濃い色のスープを掬いそっと倒れている新太の口元に近づける。
 すんすんと鼻を動かし、ご飯の存在を感知した新太は無意識のうちに口を開け「寝ながらでも飯は食えるのだな」と少々呆れ気味のムシュカの手によって少し冷まされたスープが口の中へと運び込まれた。

「ずずっ……んっ……うま……」

 暫く口の中でスープを転がしていた新太の喉が、こくりと上下する。
 ふにゃりと浮かべた笑顔は力なくて、それでも「かみさま……もっと、ごはん……」と食欲だけは健在なのだろう、新太は目も開ききらぬまま鼻をヒクヒクさせてお替わりをねだる。
 そんな可愛らしい大男に「ほれ、せめて椅子に座って食べよ」とムシュカはため息をつきつつも、自分より二回りは逞しい腕をよっこいしょと持ち上げた。


 ◇◇◇


 うん、神様が自分のためを思って精の付くご飯を用意してくれたのは分かる。
 分かるのだが、今の自分の胃にこのようなこってりした物体はむしろ毒ではなかろうか。

「ええと、神様、これは……」
「うむ、もつ煮込みだ」
「ですよね!!」

 ようやっと椅子に腰掛けた新太の目の前に置かれた器には、茶色い物体がたっぷりと盛られていた。
 何の獣だろうか、骨の付いた部位も分からない肉がスープの中にゴロゴロと浮かんでいる。
 見た感じ内臓とおぼしき物体や豚足に似た部位も混ざっていて、いかにも精がつきます! と言わんばかりのラインナップに新太は「うへぇ」と思わず口を押さえた。

「どうした、気分が悪いか?」
「あ、いや……神様これ凄く美味しそうな匂いはしてるんですけど、その、今の俺にはちょっと……胃が重くなりそうだなぁって」

 スープだけならなんとか、と尻込みする新太に「食わず嫌いは良くないぞ」と最後の手段とばかりにムシュカは三枚肉を箸でつまむ。
「ほら、私が食べさせてやる」とにっこり微笑まれれば新太には断れるはずもなく「もう……神様ずるいですこんなご褒美」とちょっぴりにやけながら、ぷるぷるした肉の塊を頬張った。

「……あれ…………意外と、重くない?」

 口の中でほろりと届ける肉は、脂のこってり感はほとんど感じずプルプルした感触だけを新太に楽しませてくれる。
 よく煮込まれた肉を噛みしめれば、肉の甘味と共に舌をくすぐるスープは色からは想像も出来ないほど優しくて、ふと鼻に抜ける香りは……これは漢方だろうか、いかにも身体に効きそうな薬草を思い起こさせた。

 どこかほっとする、知らないはずなのに懐かしい味。
 ……神様の料理はいつも新太の心を安らげ、胸を不思議な温かさで満たしてくれる。

「な? あっさりしているのに精が付きそうだろう? きつい労働の後の身体にはぴったりだ」
「ほんとだ、見かけで判断しちゃだめですね……あ、お揚げも欲しいです神様」
「ふむ、ほれあーん」

 次はこっち、その次はあれ、と新太の指示に合わせて、ムシュカはせっせと肉を、野菜を、新太の口元へと運ぶ。
 これを餌付けと言わずして何という? と複雑な気分に襲われながらも、幸せそうにご飯を頬張る姿は実に眼福だ。
 今日は殊更やつれているとはいえ、最近の新太の顔には血色も戻ってきている。少なくともあっさり系とはいえもつ煮込みを食べられるくらいには、現実の彼も回復してきているのだろう。

(もう少しだな。6食とは言わずともせめて3食は食べられるようになれば、往事の覇気を取り戻すに違いない)

 ここまで3ヶ月、随分かかったな……とムシュカは感慨深げに新太を眺める。

 夢の逢瀬がどれだけ現実に影響を及ぼせるかは未知数であったが、少なくともこの夢に誘われることで彼は短時間ながら質の良い睡眠を得ている。
 また、無意識に眠る食への渇望は、少しずつ過酷な世界に生きる彼の食事に影響を与えているに違いない。

 夢の中で盛大に行われる愚痴吐き大会と、それに呼応するようにムシュカから浴びせられる全肯定の「お言葉」は、神経がすり減るような日常を多少なりとも癒やしている……と思いたい。
 なにせこればかりは愚痴が一向に減らぬから、確かめようがないのだ。

(……そう、もう一息)

 もう一息回復が見られれば、そろそろ彼の記憶を呼び戻せるであろう好物をたんまり馳走出来る――その日を思うだけで、胸が期待に躍ってしまう。

(お主が記憶を取り戻す日が楽しみだぞ、ヴィナ。その暁にはここで、私も共に同じ食事を囲もうではないか)

 現実の世界では、ぼちぼち父王から正室選びの催促がかかっている。
 ここでヴィナの完全な回復を見届ければ、私も腹をくくって身を固めよう。なに、私の心はお主だけのものだが、それは夢で叶えられれば十分。現実では王族としての責任を果たさねばならないのだから。

(きっと記憶を取り戻しても、お主はそんな私の決断を許すであろう? ヴィナ。その代わり……私が生涯愛するのはお主一人だ)

 あれほど渋っていた割にはさっさと腕の中を空にし「あの、神様……おかわり……」とキラキラした瞳で見上げる愛し子に(……まるで猛禽の雛に餌をやっているようだな)と少々失礼なことを考えながらも、ムシュカは新たな椀をテーブルに出現させるのだった。
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