【完結】神様は愛し子を餌付けしたい

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第六章 泡沫の交わり

泡沫の交わり(2/6)

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「うぁ……し、死ぬかと思った……ずずっ……」
「すまない、ヴィナ……せめて普通の激辛米麺にするべきであったな……」
「そこは殿下が謝るところじゃないですって! 俺が食べたいって言ったんですし。ただ」
「ただ?」
「多分俺の世界の肉体は、恐らくクラマ王国の『辛い』に耐えられるようには出来ていないかと」
「なんと……異世界とは身体の作り方から異なるというのか……」

 慌てたムシュカにより召喚された大きな椰子の実に穴を開けストローを差し、ようやっと激辛の爆撃から解放された新太は、お詫びとばかりにこれまたムシュカが差し出したデザートを幸せそうに頬張りながら「結構味が淡泊なんですよね、今の世界は」と落胆を隠せない神様を一生懸命慰めていた。
 濃厚なココナッツミルクに、角切りの芋と随分小ぶりなタピオカのようなつぶつぶがたっぷり入ったデザートは、口に含む度に広がる優しい甘さとほんのり効いた塩気が、焼け野原となった新太の消化器を優しく生き返らせてくれるかのようだ。

 これなら俺の世界でも大人気になると思いますよ? と言いながら2杯目を平らげる辺り、その言葉に嘘はなかろうと確信しつつ、ムシュカは異世界のご飯事情に耳を傾ける。

「淡泊とは、味が薄いということか?」
「あー、直接的な……例えば甘いとか辛いとか、そういうのは薄いかな。ただその分、素材の味とか、出汁の味とかが複雑に絡み合った美味さが味わえるんです」
「ほう……想像もつかぬな……しかし異国どころか異世界の料理か、それは是非とも味わってみたいものだ」

 お主が美味いという料理なら間違いは無い、と微笑むその瞳は、けれどやっぱり落胆と寂しさを纏わせている。
 分かってはいる。そう、あの時……全ての記憶を取り戻したときに腹の底まで分からされたのだ、彼は過去のままのヴィナではないと。

 それでも――

「……殿下」
「!! っ、あ、すまない、また」

 新太の優しい呼びかけに、ムシュカははっと物思いから解放される。
 そして、ああまたやってしまったと謝罪を口にすれば、新太はこれまたいつものように「謝るのは無しって約束しましたよね、殿下?」にっこり笑って、すっと右手を上げた。

 その先にあるのは、かつて散々新太が神様に愚痴を聞いて貰い、全肯定のシャワーを浴び続けた寝心地の良いソファだ。

(神様があの時俺を全力で助けて下さったから、今の俺があるんだ。……今度は俺が推しとして、心のスパチャを送りまくる番)

「しかし……ここのところ毎夜ではないか」と戸惑いを隠せないムシュカの手をそっと握り、新太は今日も、この麗しい神様の復活を支援できる喜びに打ち震えながら、赦しの場所へと彼を誘うのである。

「ほら、今日も謝ったって事は必要ですから。さ、懺悔の時間をやりましょう!」


 ◇◇◇


 最初はいつだったか、壊れかけた心ではもう、思い出せない。
 ただ、どんなに辛い環境にあろうが……例えこのまま心が崩れてしまうことが確定していようが、最後の最後まで愛し子にかける笑顔は絶やすまいと気合いを入れてこの夢の中に飛び込んだある日。
 涼やかな音と共に現れたムシュカを一目見た瞬間、新太は両手をがっしり握りしめて叫んだのだ。

「殿下、俺は心から神様に笑って欲しいと思ってます! だから……ずっと神様が俺をいっぱい許して認めて応援してくれたみたいに、今度は俺がいっぱい懺悔を聞きますから!!」

 手首を包む大きな手は熱くて、ちょっと痛いくらいで。
 その真剣な表情はあの頃と何も変わりが無く、それでいてあの頃にはなかった直截な感情表現がムシュカの胸をすとんと射貫いて――気がつけばその日は、子供のように泣きわめきながら幽閉の辛さを、そして『ヴィナ』を失った悲しさを朝まで語り続けたものだった。

 あれ以来、彼は何かと理由を付けてはほぼ毎夜のごとく、自分をあのソファへと誘う。
 昔のヴィナのような、どこまでも生真面目で切羽詰まった感じはなく、むしろ自分の懺悔を聞くのが嬉しいとどこか舞い上がっている様にすら見える分、こちらの罪悪感は少なくて助かっているのだが

「…………いつも思うのだが、やはりこれは逆ではないのか?」
「いやぁ……もうこの体勢がしっくり来すぎちゃって……」

 ……どうやら自分は、少々この青年の餌付け方法を間違えたらしいなと、ムシュカは下から見上げる曇りなき眼の眩しさに、少々目眩を覚えていた。
 そう、上からではない。誰がどう見ても下からだ。
 記憶を戻すきっかけとなった今際の際を思い起こさせる膝枕は、彼の中でこの上もない衝撃であったのだろう。もはや自分との間では、膝枕と言えばどんな立場になろうが「神様が、俺を、膝枕して下さる!」という様式美を確立してしまったらしい。

 ちなみに先日悪戯心を出して「たまには私を膝枕してみぬか?」と誘った途端、彼は在りし日のヴィナを彷彿させるほど見る間に耳まで赤く染めて「か、か、かみしゃまを、ひじゃまくりゃあぁぁ!?」と奇声を発した挙げ句鼻血を出してしまったから、今のところ逆パターンは諦めている。
 ――あくまで今のところは、だ。いつか必ず見上げる立場を堪能させて貰う。

「……分かっているのだ。お主はあの頃のヴィナではない、新しい人生を生きるヴィナなのだと……ぐすっ……それでも、お主に在りし日のヴィナの欠片を感じれば安堵を覚え、異なればどこか落胆してしまう自分が……ひぐっ……なんと未練がましいことよ……ううっ、ぐすっ……」
「んー、でもそこまで前世の俺が殿下の心を縛り付けちゃったんでしょ? 殿下は何一つ悪くありません、むしろ神様がここまでのめり込まないと気付かなかった、あんぽんたんでおにぶちん騎士な俺のせいっす!!」
「……お主、自分のことなのに良くそこまで酷い言い草をするな……」
「いやもう、今は記憶だけでなく、神様目線で前世の俺を知ってますからね!! ……俺はここで出会ったときから神様一筋、そして推しの全てが尊い派ですから!」

 とつとつと語って、ぽろぽろと涙を零して、そのうちにいつもムシュカは魔法が解けたかのように、今を表す……粗末な麻の上衣と銀の枷に囚われた姿に戻ってしまう。
 あまりにも変わり果てた姿に新太の胸は痛むけれど、そんなことで推しの魅力は一ミリたりとも減りはしない。

「現実ではな、もう……記憶すら保てないのだ。昼は信じられないほど長く、亡者のように狭い部屋をうろつき、まともに数も数えられぬようになった。最近ではあれほど待ち遠しかった食事も……味がしなくてな」
「そっか、殿下はそんな過酷な世界で戦っているんですね……頑張ってますよ、十分」
「…………! っ、だが、戦うと言っても本当に……ただ彷徨うだけだ。心を蝕まれるのを留めることすらままならず……今はまだこうやってお主を感じられるが」

 震える指が、新太の短い髪をかき上げる。
「この感覚も、お主と食べる料理の味も、いつか分からなくなるかも知れない……怖いのだ、そんなことになればまた、お主から笑顔が消えてしまうのではと……!」と再び大粒の涙を零すかつての主君に、ああ、この方はあの頃と何も変わらぬまま俺を愛し続けてくれているのだと、新太は切なさの中にどうしようもない喜びを感じてしまう。

(比べてごめん、って謝ってくれるってことは……神様、俺が過去のヴィナでなくても……って、うぬぼれちゃっていいですか……?)

「大丈夫です。俺は神様がどうなっても、それこそ俺のことが分からないくらい壊れたって、死ぬまで推し続けます! そう、俺は推し一筋ですから!!」
「……ああ、本当にお主は……愛いな……ところで」
「はい」

「前々から思っていたのだが、その推しとか一筋というのは、つまり私を愛していると言うことなのか?」
「…………愛、してる…………ひょえあぁぁ!? えっあっあのそのおっ俺が神様をあああ愛してっぐはぁっ!!」
「待て、どうしてそこだけは前世のもじもじヴィナのままなのだ!? いや、むしろ悪化しすぎであろう、また鼻血を出しおって!!」

 神様、転生で人生経験を積んだお陰で愛されることには少し慣れましたし、推すことはできるようになりました。けれど、残念ながら愛の表し方については経験値が一ミリも増えておりません――

 目を白黒させる新太の鼻に紙ナプキンを詰めながら、記憶のせいでどうにも中途半端に増えたヴィナの面影に(そこはもう少し積極性を育てて置いて欲しかったのだが)と複雑な気持ちを抱き。

(まあ……私が壊れても、お主の笑顔が失われぬのならそれで十分……私のせいで若き命を散らせてしまったのだ、今の人生ではずっと笑顔で、末永く幸せに過ごして欲しいものよ)

 けれど未だ過去を手放しきれない今の自分には、この距離がちょうど良いのかも知れないと、喪失の絶望が落ち着く前に壊れていきそうな心を抱いたままムシュカは力なく笑うのだった。
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