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3:愛しく大切な人

見えない襲撃者

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 かつて英雄は願いました。こんな争いが起きない世界になって欲しいと。
 かつて死神は願いました。もう人の命を奪わなくていい平和が訪れて欲しいと。

 二つの願いは同じもの。見ている方向も、その本質も変わりはありません。ですが、いえだからこそ叶うことがない願いでもあります。
 なぜなら人が人である限り、争いは起きます。
 何も起きなければ命を奪うことはありませんが、そんな世界が訪れることはありません。

 だからこそ英雄、いえ死神は願います。
 もうこの手を血で染めたくない、と。
 ですがそれは不可能な願いです。死神は知りながらも戦い続けました。
 国を守るため、仲間を守るため、家族を守るため、大切な何かを守るため。

 血で血を洗い、恋人を抱きしめることを躊躇うほどその手で命を奪っていきました。
 いつか終わる。いつか終わるはずだ。そう言い聞かせ、戦い続けました。
 そのいつかは確かに訪れます。しかし、それは彼が望んだ形ではありません。
 力が尽きようと力の限り立ち上がり、手足をもがれようと這い上がり、ついにはその牙を敵総大将の首元に届きそうになりました。

 ですがその牙は防がれます。
 彼の力はもうほとんど残っておらず、その一撃を防がれた時点で勝負は着きました。
 戦争はそれで終焉を迎えます。もはや死を待つしかない彼は、やっとのこと安らかな眠りにつくことができました。敵はそんな彼の鬼神の如き進撃に脱帽し、そして安らかな眠り顔を見て黙祷を捧げます。

 リルーア王国の英雄、そして死神。そんな彼の魂を沈めるために一つの石碑が建てられます。
 そこにはこんな言葉が刻まれました。

『英雄よ、仲間と共に安らかに眠り給え』

 この言葉は何を意味するのか。どうしてそんな言葉を刻んだのか。
 その意味を知る者はほとんどおりません。だからといってその想いが消えることはありません。

 人がいる限り、ずっと――

◆◆◆◆◆

 カドリーはやれやれと頭を振っていた。
 さっきまで楽しく笑っていたアルナだが、ベッドに運び寝かせるとすぐに眠ってしまった。まさか地下の倉庫で保管していた樽酒を飲むとは思っていなかったが、この寝顔を見るとついつい許したくなってしまう。

「ホント、あの人によく似ています」

 どこか憎めず、それどころかかわいらしさを覚えるアルナに彼は微笑んだ。
 養子としてこの子を引き取ってよかった。そう考えていると唐突に教会の鐘が鳴る。
 三度、響き渡る音を聞きカドリーは肩を押さえて首を鳴らした。

「望まない客が来ましたか」

 その言葉を吐き捨てると、目からは優しさが消える。
 鋭く、戦う面持ちへ変わったカドリーは羽織っていた礼服を脱ぐ。その下にあったナイフを手に取り、そして窓の外に目を向けた。

「術式阻害の結界が展開されてますか。用意周到なものですね」

 カドリーのまとう空気が冷たくなる。
 おそらく魔術が使えないだろう。その考えは的中しているようで、警告を知らせる鐘の音が止まる。
 着実に、大切な者の命を奪おうと迫る何か。その何かから守るために、カドリーはナイフの刃を剥き出しにした。

「今日はゲストがいるんですが。まあ奴らはそれを狙って襲撃してきたんでしょう。少し骨が折れますが、やるしかありませんね」

 逆境は慣れている。そう呟き、カドリーは動き出す。
 襲いかかってくる敵を撃破するために、そして大切な人を守るためにも今もなお鋭い牙を剥き出しとする。

◆◆◆◆◆

 嫌な予感がする。
 クリスがそう感じ、外で待機しているアルヴィレに連絡を取ろうとしていた。
 しかし、おかしなことにアルヴィレと連絡が取れない。雑音しか聞こえず、クリスはそれを聞きすぐに異変に気づく。

「まさか、術式阻害?」

 もしその結界が展開されているのであれば、クリスは無力だ。
 そもそも術式阻害は軍隊が大規模作戦を行う時に使用される結界だ。そんなものがどうしてこんなところで使われたのか。
 クリスはその意味を考え、すぐに気づいた。

「軍隊が出ないと対処できない何かがある?」

 まさかその対象が自分か、と考えてみるがすぐに違うと否定した。
 クリスは確かに強大な力を持っている。だが、その力で国を困らせたことはない。
 だとしたら何に対してこんな結界を展開しているのか。
 彼女は消去法を用いて考え、答えに行き着く。

「まさか、この教会?」

 何か秘密があるのか。それとも、ここにいる人達に向けて展開されたのか。
 何にしても、ここにいてはいけない。

『守って欲しい』

 クリスはリリアを連れて逃げようとした。しかし、亡霊にかけられた言葉が脳裏によぎる。
 何を守って欲しいのか。考えてみるがわからない。わからないけど、逃げてはいけない気がした。
 もし逃げ出せば、大きな後悔をするかもしれない。でも逃げなければ死ぬ可能性がある。

『頼んだよ』

 勝手に押しつけられた。
 何を勝手に押しつけられたのか。クリスはその答えに気づいている。

「私も、おひとよしだな」

 助けてくれたカドリー達を見捨てる訳にはいかない。魔術は使えないけど、それはどうにかなる。
 クリスはみんなを守るために立ち上がった。
 もしかしたら死んでしまうかもしれない。だけどそれ以上に何もしないほうが怖い。
 彼女はそう言い聞かせ、奮い立たせる。

 正体がわからない何かとの戦い。その戦いにクリスが挑む。
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