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3:愛しく大切な人

二つの暗闇

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 丘の上にある見通しがいい教会に向けて忍び寄る者達がいた。
 景色と同化するように作られた戦闘服を身にまとい、手の甲には刃の役割も持った盾と術式が刻まれたゴーグルがある。
 そのゴーグルを通して遠くを見つめる一人の兵士が手信号で異常なしと伝えると、それを見た仲間達が一斉に走り出した。

 相手は気づいていない。気づいていても居場所まで把握していない。そう捉え、進撃を開始する。
 ふと、仲間の一人が壁の影に隠れ待てと合図を送った。指示に従い、物陰に隠れて様子をうかがうと一人の男性が建物の奥から現れた。
 それはターゲットの一人である裏切り者だ。

 兵士は姿を確認し、隠れている仲間に視線を送った。
 仲間は男の様子をうかがっている。そして、その男が違う方向へ視線を向けた瞬間に突撃の合図を出す。
 躊躇うことなく兵士は地を蹴った。確実に、その命を刈り取るために刃を剥き出しにして飛びかかる。

 だが、思いもしないことが起きた。
 何かが足に引っかかったのだ。兵士は崩れたバランスを立て直そうとするが、すぐに悪手だと気づく。
 それと同時に罠が張られていたことにも気がついた。しかし、全てが遅い。

「まだまだ半人前ですね」

 立て直そうとした瞬間だった。いつの間にかターゲットが目の前に異動している。
 兵士は咄嗟に臨戦態勢を取ろうとした。だが、それよりも早く顎に久蹴りが入る。容赦ない一撃は兵士の意識を刈り取り、時間を飛ばした。
 様子を見ていた仲間は兵士がやられた瞬間に飛び出す。しかし、男は振り返らない。それどころか何もしない。

 一瞬、奇妙な違和感を仲間は覚えた直後に何かを踏み抜いた。

「ガッ」

 何を踏み抜いたのか。その確認ができないまま、腹部に大きな衝撃が走った。勢いのまま倒れ、痛む腹部に目を向ける。
 そこには二本の矢が刺さっており、貫通した矢先からは赤い雫がこぼれ落ちていた。

「二つほど質問があります。答えてくれますよね?」

 男は意識を失った兵士を引きずりながらその仲間に近づいた。
 反射的に身体を震わせ、視線を向けると彼は凍り付いたような目になっていた。知らず知らずのうちに呼吸が浅くなる中、男は覗き込んでその質問を口にする。

「一つ、誰の指示ですか? まさか、教祖様ではありませんよね?」
「…………」
「では二つ目、あなたはヴィラ派ですか?」
「ッ――!」

 それは僅かに呼吸を乱す。その様子を見た男は、少し残念そうな表情を浮かべる。
 全てを把握したとでも言いたげな顔をしながら、彼は息を吐き出した。

「残念ですよ」

 ゆっくりと立ち上がり、視線を外す。
 絶好の好機。しかしおかしなことに身体が痺れ、動かない。
 まさか、と思いそれは逃げようとする。だが、気づくのが遅すぎた。

「ガフッ」

 何かが口から飛び出た。思いもしないことに驚きつつ、吐き出したそれに目を向ける。
 真っ赤に、ドロドロな液体が広がっている。すぐに血だと気づくが、やはり遅い。

「安心してください。あまり苦しまないで死ねますから」

 力が抜ける。立ち上がるどころか、起き上がることすらできない。
 身体どころか、足どころか、手も力が入らない。意識もだんだんと遠くなり、保てなくなっていく。
 毒だ、と気づく。しかし、気づいたところでどうしようもない。
 薄れていく意識の中、それは見た。悲しげに見つめている〈アサシン・カドリー〉の顔を――

◆◆◆◆◆

 忍び寄る敵。それはカドリーの大切な少女に迫っていた。
 しかし彼女は気持ちよく眠っており、自らに迫る危機に気づいていない。
 敵はそんなことお構いなしに近づき、命を奪おうとする。だが、その寸前で妙な邪魔が入った。

『ちょっとアンタ何なのよ!? あ、もしかして幽霊? やだ怖い、成仏してよ!』

 殺そうと近づいたその時、妙な子ブタが叫んでいた。
 たいていの出来事に動じないように訓練していた敵だが、子ブタが人の言葉を口にしている姿を見て、さすがに動きを止めてしまった。しかも酔っ払っているのか何を言っているのかわからない。

 そもそも酔っ払っているのか、という疑問すら浮かんでしまう。
 ひとまず無視をしてターゲットである少女を殺そうとする。だが、動き出す前に何かが首に絡みついてきた。

「陽動ありがと、リリア」
『クリスぅー! アタシもっとイチャイチャしたい~』
「いろいろ終わったらね」

 敵はクリスのか細い腕を引き離し、抜け出そうとする。だが、妙なことに力が強く抜け出すことができない。
 どんどんと締めつけられいき、次第に意識が遠のいていく。それを確認したクリスは、あることを敵の耳元で囁いた。

「アァアアアァァァァァッッッ!!!」

 それを聞いた敵は奇声を上げるが、それでもクリスは離さない。
 暴れ出す身体を押さえつけ、そのまま落ち着くまで待った。

「……よし」

 クリスは動きが止まったことを確認し、その身体を離す。直後、それはゆっくりと起き上がり、クリスに頭を垂れた。
 成功したことを確認できた彼女はそれにあることを命じる。それは敵である兵士に取って屈辱的なことだ。

「アルナを守ってね」

 兵士は頷き、部屋の外へ出る。そして気配を消し、仲間である者達へ襲撃を始めた。
 出ていくその姿を確認し、クリスは息を吐く。少しは時間稼ぎになるだろうと考えつつ、根本的な解決に関して考え始めた。

『どうしたのクリスぅー?』
「魔術が使えないから、どうしようかなって考えてる」
『さっき使ってたじゃーん』
「あれは催眠術。ちょっとしたキッカケがあれば解けちゃうよ」

『ふーん、そうなんだ。どうして魔術が使えないの?』
「そういう結界が貼られてるの。どこかに展開機があると思うけど――」
『展開機? どんなのぉ?』
「わかんない。たぶん幻想文字が刻まれてる何かだと思うけど」

 その何かがどこにあるかわからない。そもそもどんな機器なのかも見たことがない。
 しかし、ここ一帯に術式阻害の結界が展開できる代物だ。簡単に隠すことはできないはずである。
 そんなことを考えていると、リリアがある場所に指を差した。

『じゃああれかなぁ~?』

 クリスは窓の外に目を向ける。そこには一つの大きな石碑があり、その周りを取り囲むように怪しく輝いている文字が躍っていた。
 思いもしない光景に、クリスは目を大きくする。
 まさか、と思うもののそれ以外に考えられない状況だった。

「リリア、ありがと。目的のものが見つかったよ」

 僅かな時間、少しのミスでアルナが殺されるかもしれない状況の中でクリスは動き出す。
 逆転の一手。そのキッカケを生み出すために――
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