転生者レインは悪役らしく自分が笑うために悪事を働きたい

小日向ななつ

文字の大きさ
2 / 14
第1章 華麗なる冒険者ライフ

【2】悪いことってどんなこと?

しおりを挟む
 そんなこんなで異世界転生を果たした僕は、やっとのことでロキちゃんとのやり取りを思い出した。
 なんせこの世界に生まれてから十四年ぐらい経っていたからね。

 数え年なら十三、そうじゃなかったら十四歳である僕は、気がついたら仰向けになっていた。なんだか頭が痛いなって思いながら起き上がると、木剣を持った女性が駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか、レイン様!?」

 それは大層キレイなメイドさんだった。銀色に輝く長い髪を揺らし、雪のように白い肌がその淡い美しさを引き立たせている。もしかするとどこかのお姫様なんじゃないかって思うほどの美人で、とてもじゃないけどメイドをやっているのがおかしいと感じてしまうような女性だ。

 そんな彼女が、とても申し訳なさそうな顔をしてズイッと身体を突き出すように僕の顔を
覗き込んでくる。

「申し訳ございません。少しだけ本気を出してしまいました。ああ、私はなんてことをしてしまったのでしょう! これでは先代当主様に顔向けができません!」
「え? えっと、確かに頭が痛いけどたいしたことなんて――」
「私は罰を受けなければいけません。それもとびきりの罰を! さあ、レイン様。私を縛り上げて愛の鞭打ちを!」
「しないしない! そんなことしないよ!」

 なんだかメイドさんの押しがすごかったからつい拒絶しちゃった。あ、でもここで彼女を言う通りに縛り上げて鞭打ちしたらすごい悪い奴になってたかも。そしたらロキちゃんとの約束を早速守れたかもしれないな。
 でも痛いのはやられるのもやるのも嫌だしなぁー。

「ああ、ああ、ああ! なんてお優しいのでしょう! やはりレイン様はあの方と違って心優しいお人です。このご厚意に私はどうお答えすればよろしいのでしょうか?」
「えっと、いつものように身体を鍛えてくれたら――」
「それでは物足りません! こうなれば守りに守り抜いたアリサの純血をレイン様に――」
「訓練の続きをしよっ。ほら、もう身体が元気あり余ってるから!」

 無理矢理メイドさんの押しを振り払い、僕は立ち上がった。なんだか妙な方向に行こうとしたから反射的に言葉を遮っちゃったよ。

「もぉー、レイン様のいけずなんですから」

 メイドさん、いやアリサはちょっとだけむくれさせながら木剣を持って立ち上がる。それから戦闘訓練を再開したんだけど、これがとんでもなくすごく大変だった。
 なんせアリサが本気で殺しにかかってきているんじゃないかってぐらい激しい攻撃をしてきたためだ。もう猛攻を凌ぐので精一杯だったよ。

「あら、時間ですね。本日の訓練は残念ながら終わりです。お疲れ様でした」
「お、お疲れ様……ありがとう、ございました……」

 すごい激しく身体を動かした。転生前とは考えられない運動だったよ、うん。
 でも、毎日こんな風に身体を動かしていたら否が応でも強くなるね。健康的、なんて思えないけどちょっとした敵なら簡単に倒せるかも。

 そんなことを思いながら僕は訓練場である庭園から家に戻ろうとした。でもその瞬間、戻ろうとしていた家のほうから怒号が放たれる。

「ふざけているのか、貴様!」
「ふざけているのはあなたのほうだ、ロベルト」
「ここで俺を切ればどうなるかわかっているだろ! それとも、完全に落ちぶれるつもりか?」
「なんとでも。悪いがお前との契約は今日で終わりだ。さっさと荷物をまとめて出ていけ」

「お前は……ああ、いいとも。出ていってやろう。泣きべそかいても知らんからな」

 そういって、一人の男性が剣だけを持って外へ出てくる。そこに僕がちょうど鉢合わせる形で目があった。
 確かこの体格のいい人は、従者のロベルトさんだ。父様と幼い頃から付き合いがあって、たまに僕に稽古をつけてくれた人。
 普段は優しくて、みんなをまとめ上げるリーダーシップを発揮してくれる人だけど今はなんだか様子がおかしい。

「ロベルトさん、どうしたんですか?」
「レインか。悪いな、もうここにいられなくなってしまったよ」
「え!? どうして?」
「領地運営の方針でケンカしてな。それであいつを怒らせちゃったんだ」

「そんな……父様に申し立てしてきます!」
「いい。もういいんだ」

 ロベルトさんはそう言って僕の肩を叩いた。そしてちょっと悲しそうな顔をしてこう僕に言い放つ。

「あいつは変わってしまったんだ。俺だけが小さい頃の理想を追いかけている。だからこうなった。ただそれだけなんだ」
「でも……」
「あいつにとって大切なものを守れなかったから、だからこうなったのかもしれない。そうだな。レイン、もしもお前が変わることがあるなら、自分が笑えるようなことをしてくれ。あいつとは違って、人を泣かせるために行動はしないでほしい」
「……はい、約束します」

「いい子だ。じゃあ、俺は行くよ。これから大変だと思うが、頑張れよ」

 ロベルトさんは寂しそうな背中を見せて去っていく。
 僕は、ロベルトさんを追い出した父様を睨んだ。でも、僕のことに気づくことなく楽しそうに新しい交際相手と談笑をしていた。

 父様は僕の目から見れば、悪い奴だ。でも、僕が目指している悪ではない。
 ただ憎むべき相手だ。

 僕はそう感じ、父様に挨拶することなく部屋へ向かった。

「ハァ……」

 僕が生まれたアルバート家は、いわゆる成り上がり貴族といわれるものだった。
 昔、父様が功績を立てたから王様に認められ、小さいながらも領地をもらったとロベルトさんが言っていた。
 大変だったけど少しずつ領地は豊かになり、昔は人も物資も今よりはなかったけど心が豊かだったそうだ。

 でも、父様は大きな戦いで母様を失ってしまった。
 ロベルトさんは詳しく話してくれなかったけど、その戦いで母様の力が必要になったそうだ。父様は参加することを反対していたけど、領地を守れるかどうかという瀬戸際だから仕方なく許したそうだ。

 それが間違いだった、とロベルトさんは言っていた。
 結果的に領地は守れた。でも、その戦いで母様は死んでしまったんだ。

 それが大きなキッカケになり、父様は変わった。そして成り上がり貴族ということもあって古参の貴族から嫌われ、領民からも嫌われたんだ。いつしか人の往来は少なくなり、どんどん物資も財政も先細っているのが現状でもある。

 先が見通せない将来性のない領地。それがここアルバート領だと、陰で言われていた。
 そんな嫌な話が聞こえてくるほど、ひどい状態なんだ。

 だから僕はとても嫌だった。肉親なのに憎まないといけないってのがホント嫌で堪らなかった。
 それなのに父様は気づいていない。今も数字とにらめっこしているだけだ。

「はーぁ」

 なんだかやるせない。
 必死にどうにかしようとしているはわかるけど、全部空回りしているのもわかる。
 それだけ父様は周りが見えていない。もっとみんなを見てほしいし、僕の気持ちも考えてほしいよ。

「レイン様、お着替えをお持ちいたしました」
「アリサ――ねぇ、聞きたいことがあるんだけどいい?」
「なんでございましょうか?」
「アリサは父様のこと、どう思う?」

「率直にいって暗愚ですね。今はお給料がいいので働いておりますが、契約が切れればそれでおさらばしたいです」

「そっか、そうだよね。父様ってそんな感じに映るよね」
「ですが、レイン様は違います。大器を感じさせる器量を持っておりますよ。少なくとも、当主のあの方よりはね」
「そうかな? 僕は何にもわからないよ?」
「わからなくてもいいのですよ。知識も経験も、最初から持っている訳ではありません。だから必要なのは【心】です」

「心?」
「はい。心がなければ人はついてきません。だから当主様の周りから人が減っているんですよ。新しい人が来たとしても、長くは続きませんでしょうね」
「…………」
「どうしてこのようなことを聞いたのかわかりませんが、私はレイン様ならついていきますよ。それはもうどこまでも地平の彼方へでも行きますから! あ、最果てへ駆け落ちもいいですね! 二人で愛の逃避行でもしましょうか?」

 どうすれば父様が目を覚ますのかわからない。
 でも、僕が何をしたいのかわかった気がする。だからこんなところにいちゃいけない。
 そうだ、そうなんだ。父様みたいに人を泣かせたいんじゃない。

 なら、自分が笑えるような悪いことをしよう。

「うん、そうだね。アリサ、二人でどっかに逃げよっか」
「え? うそ? いいんですか!?」
「いいよ。どうせなら自分の力を試せるようなことをしたいな」
「うってつけのお仕事があります! ああ、なんということでしょう。レイン様と、レイン様と本当に愛の逃避行ができるなんて。アリサ、とーっても幸せですぅー!!!」

 愛の逃避行かどうかわからないけど、僕はアリサと一緒に家出をすることに決めた。
 なんだかアリサはすっごくノリノリだったけど、あまり深く考えないようにしよう。

 こうして僕ことレイン・シュバリエ・アルバートはアリサと一緒に家を出る。
 当然、数字とにらめっこしている父様は気づくことはなく、まんまと成功させた。

 後々、アルバート家で大変な騒動が起きたらしいけどその話が僕の耳に届くのは数ヶ月ほど経ってからのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました

ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」 優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。 ――僕には才能がなかった。 打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。

俺のスキル、説明すると大体笑われるが、そんな他人からの評価なんてどうでもいいわ

ささみやき
ファンタジー
平凡に生きてたはずの俺は、ある日なぜか死んだ。 気づけば真っ白な空間で、美人のお姉さんとご対面。 「転生します? 特典はAかBね」 A:チート付き、記憶なし B:スキルはガチャ、記憶あり そんな博打みたいな転生があるかよ……と思いつつ、 記憶を失うのは嫌なのでBを選択。 どうやら行き先の《生界世界》と《冥界世界》は、 魂の循環でつながってるらしいが、 そのバランスが魔王たちのせいでグチャグチャに。 で、なぜか俺がその修復に駆り出されることに。 転生先では仲間ができて、 なんやかんやで魔王の幹部と戦う日々。 でも旅を続けるうちに、 「この世界、なんか裏があるぞ……?」 と気づき始める。 謎の転生、調停者のお姉さんの妙な微笑み、 そして思わせぶりな“世界の秘密”。 死んでからの人生(?)、 どうしてこうなった。 ガチャスキル、変な魔王、怪しい美人。 そんな異世界で右往左往しつつも、 世界の謎に迫っていく、ゆるコメディ転生ファンタジー!

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

処理中です...