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第1章 ダンジョン崩壊から始まる人生の転機
◆2◆ 俺の仕事終わりの楽しみ
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「すまんな、甲斐。どうにか掛け合ったんだが、これが精一杯だ」
そこにはたくさんのデスクに、乱雑に置かれた書類とファイル、そしてそれに囲まれているくたびれた部長の姿があった。
俺の一件を聞き、会長と掛け合ってくれたくれたんだが降格処分を受け現在は課長になってしまった上司である。つまりは俺のせいで巻き込まれた形だ。
だから、とても申し訳なく俺は感じていた。
「いえ、俺が悪いですから。俺のために無理しないでよかったですよ、部長」
「今は課長だ。そういうなって、お前は能力あるし、とっさの判断力もある。たまに冷静さに欠けたり、かと思えば妙な切り替えの早さがあったりするがそれも含めてお前のいいところだと思っているよ」
「ですけど、降格処分を受けてまで俺を庇う必要なんて――」
「会社のためさ。お前は絶対に必要な人材だ。まあ、個人的な付き合いもあって情もあったというのもあるけどな。それを含めて、お前を失いたくなかっただけだ」
「部長……」
目頭が熱くなる。ああ、なんて考えなしだったんだ。
今度はもっと後先を考えて行動しなくちゃ。
そんなことを思っていると、部長は俺の肩を叩いてこんなことを言ってくれた。
「界人、人は何かしら間違う。それでもよき方向へ進もうとするから応援してくれるんだ。お前は間違ったかもしれないが、私がお前という人物を知っているから助けようとしたんだ。間違うなとも言わんし、正しくあろうと固くなりすぎてもよくない。だからこそ、人と交流しろ。たくさん失敗しても、道が開かれることもある。今回のようにな」
返す言葉が見つからない。俺は、自分が情けなく思いながら涙ぐんだ。
もし復帰することができたら、部長の力になろう。迷惑をかけた会長のためにも働こう。
そう決めて、俺は左遷先へ向かったのだった。
◆◆◆◆◆
「ん? なんだ?」
タタタ、と何かがダンジョンの奥へ走り抜けていく姿を見た気がした。一応確認しようかと考え、追いかけようとしたがすぐに「持ち場を離れるな!」という怒号が飛んだ。
怪しいものを見た、と正直に話そうとしたが現場監督気取りの年下上司はこう言い放つ。
「とにかくここにいろ。それがお前の仕事だ! いいな、甲斐界人!」
左遷されて一年近く。新しい職場での仕事は、調査され尽くしたダンジョンの管理と見回りだった。いわゆる警備・施工に分類する仕事なのだが、これがまた暇すぎて苦痛になる。
まあ、日本にダンジョンが出現して五十年が経つから完全に使えなくなったダンジョンが出てきてもおかしくない。そのまま廃棄してもいいんだが、いかんせんダンジョンの特性上モンスターが出現する。間違って外に出てこられては困るからこうして誰かが警備という形で管理している訳だ。
とはいえ、ここまで暇だと苦痛を感じてくる。怪しい何かを見たからといって簡単に持ち場から離れられないのも困りものだ。それにそろそろ着慣れてもいいはずの青い警備服がゴワゴワして感触が悪い。これたぶん安物だな、ったく。
やっぱり探索していた時に使ってた肌触りがあって丈夫なシャツとお気に入りの(みんなからはダサいって言われる)迷彩柄のズボンが俺に合っているかもな。それに新しく買ったパワーグローブをはめられたらホント文句はないよ。
ああ、ダンジョン調査をしていた頃が懐かしい。あのバカが俺に失敗をなすりつけなきゃこんなことにはなってないんだけどな。
「ハァ……」
「ため息はやめてくださいよ。気が滅入ります」
「ここまで動けなきゃたくさん吐きたくなるって。まあ、一応真面目にやるけどさ、倉本」
「真面目にやるほうがバカらしいですよ。そろそろうるさいのがいなくなるから我慢してください」
気が滅入っていると隣に立っていた異性の同僚が励ますような言葉を言ってくれた。
彼女の名前は倉本亜季。俺と同じ時期に左遷され、この仕事をしている仕事仲間だ。ちょっと根暗で世の中を少し穿った見方をしている女性だが、決して悪い奴ではない。
彼女は彼女なりに苦労があり、その苦労を理解されなかったために左遷された。詳しくは話してくれないが、敢えて踏み込む必要はないと思って聞いてない。まあ、向こうが話したくなったら聞いてあげるけどな。
そんな彼女は苦労してきただけあっていろいろと仕事ができる女性で、何度も会って仕事していたら仲良くなったという感じだ。
「どれどれ? あーホントだ」
「声が大きいですよ。ったく、あなた本当に本社務めだったんですか?」
「大雑把で悪かったな。にしてもよくもうすぐ終わるってわかったもんだ」
「あいつがソワソワしてたから。それでわかったんですよ」
「なるほどね。よく見ているな」
「人間観察が趣味でしてね。あいつ、今日はいつもよりソワソワしているからとっとと帰ると思いますよ」
「とっとと帰るのはいつものことだろ」
にしても、倉本の言う通りならあいつは何に対してあんなにソワソワしているんだろうか。
ま、いっか。この退屈な時間がもうすぐ終わるならそれはそれでいい。俺には関係ないし。
そう思い直し、俺は頭の中でイメトレをして時間が過ぎていくのを待った。
「よし、時間だ。今日も頑張ったな。明日も頑張れよ!」
業務終了時間になった瞬間、年下上司はすぐにその場から去っていく。
倉本の言う通りだった、とその観察眼に感心つつ俺は固まってしまった身体をほぐすことにした。
手始めに背筋を伸ばし、ちょっと休んでから全身のストレッチを始める。ああ、これで一日の疲れが大体取れる。至福だ。
「お疲れ様です、界人さん。私は帰りますがどうします?」
「ちょっとだけここに残るよ。やりたいことがあるからさ」
「また探索ですか? ここはもう調べ尽くされてますから新しい発見なんてないですよ?」
「まあな。でも、何もせずにいるのはもう飽きたしなー」
左遷されてここに来た時は、何をしようかと考えながら漫然とすごしていた。趣味でも見つけて時間を潰そうとさえ考えもしたが、どれもが長続きしなかったもんだ。
結局、俺は仕事の権限を利用してこの廃棄されたダンジョンの探索を始めた。確かに目新しい発見はなかったがそれでも少しばかりは暇を潰せたし、何よりポッカリと空いてしまった心の穴が塞がっていく気がしたんだ。
いつしか俺の仕事終わりの楽しみが、この廃棄ダンジョンの探索になっていた。
「一応バレないようにはしているよ。倉本、お前には迷惑かけないから心配するな」
「現場監督気取りはそんなこと気にしてませんから大丈夫だと思ってませんよ。でも、いくらそんなことしても本社には戻れないと私は感じてますが」
「単なる趣味さ。そんな高望みなんてしてないよ」
「そうですか。まあ、気をつけてください。あ、そうそう。最近聞いた噂なんですが本社でかなりゴタゴタがあったそうです」
「ゴタゴタ? 何があったんだ?」
「さあ? ただ界人さんが左遷した人が何かやらかした、ってことしか聞いてません。なんか結構なことやっちゃったからこっちに来たとかどうとかも聞きましたね」
「ホントかよ……」
あのバカ、何したんだよ……まあ、今の俺にはあまり関係ないことだと思うが。
ひとまず頭の隅に置いておくか。人生何があるかわからないしな。
「それじゃあ俺はそろそろ行ってくるわ。帰り道、気をつけろよ倉本」
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ? 頭のいい回答はできないぞ」
「どうしてそこまでダンジョン探索をするんですか? 新規、いや普通のダンジョンならやりがいはありますけど、調べ尽くされた廃棄ダンジョンですよ? やっても無駄じゃないですか」
「まーな。正直新しい発見どころか刺激すらない。新鮮さを感じるのも難しいよ」
「じゃあなんでやってるんですか? 趣味でも飽きたら意味ないじゃないですか」
「なんつーか、たまに面白い発見するからいいんだよ。確かに同じものばっかり見ているけど、それでも時々ちょっとした違いが見つけられるんだ。その発見をした時は、どうしようもなく心が躍る。だからその発見を求めて俺はやっているんだ」
「調査されつくしていて無駄かもしれないのに?」
「かもしれないな。でも、その喜びを感じたくてやっちゃう。お前にだって心が躍る瞬間があるだろ? それと同じだよ」
「……私は、ないですよ」
倉本はとても暗い顔をしていた。なんだか様子がおかしいな。一体どうしたっていうんだ?
いつもは、いやいつもこんな感じか。だけど今日はいつも以上に顔が暗い。
「どうしたんだ? 何か悩みでもあるのか?」
「いえ、その……なんというか……」
「力になれることがあったらなるさ。なんやかんやでお前に世話になっているし、言ってみろ」
俺は躊躇っている倉本が口を開くのを待った。すると倉本はおもむろに振り返り、近くに置いていたビジネスバックから一つの翡翠色に輝くクリスタルを取り出す。
それを見た瞬間、俺は目をひん剥いてしまった。なぜならそれは、ダンジョンの形成維持するために絶対必要なコアだったからだ。
「お前、どうしてこんなものをっ」
「たまたま、たまたま最深部に行く機会があって。そこで手に届きそうなコアがあって、つい……」
「取ったらどうなるかわかっているだろ?」
「わかっていますよ! わかってましたけど、私は、私は一刻もこんな生活から抜け出したくて……でも、やっぱり怖くて……」
全く、困った奴だ。まあ、俺もその気持ちはわかる。わかるからこそ、同情はダメだ。
とはいえ、このまま放っておく訳にはいかない。だから今日のダンジョン探索は刺激的なものにしよう。
「わかった。じゃあ一緒に戻しに行くぞ」
「え? で、でも、もしバレたら――」
「お前が言ってただろ。あいつは入出記録に興味ないって。ま、万が一のことがあったら俺がどうにかする」
「とうにかするって、一体どうやって?」
「頼れるツテがあるんだよ。とにかく行くぞ。早くしないとダンジョンが崩壊して大変なことになる」
こうして俺は倉本と一緒に廃棄ダンジョンの最深部へ向かうことにする。時間の猶予はほとんどないかもしれないが、それでも困っている仲間のためだ。
さあ、久々の刺激的なダンジョン攻略を始めよう。
そこにはたくさんのデスクに、乱雑に置かれた書類とファイル、そしてそれに囲まれているくたびれた部長の姿があった。
俺の一件を聞き、会長と掛け合ってくれたくれたんだが降格処分を受け現在は課長になってしまった上司である。つまりは俺のせいで巻き込まれた形だ。
だから、とても申し訳なく俺は感じていた。
「いえ、俺が悪いですから。俺のために無理しないでよかったですよ、部長」
「今は課長だ。そういうなって、お前は能力あるし、とっさの判断力もある。たまに冷静さに欠けたり、かと思えば妙な切り替えの早さがあったりするがそれも含めてお前のいいところだと思っているよ」
「ですけど、降格処分を受けてまで俺を庇う必要なんて――」
「会社のためさ。お前は絶対に必要な人材だ。まあ、個人的な付き合いもあって情もあったというのもあるけどな。それを含めて、お前を失いたくなかっただけだ」
「部長……」
目頭が熱くなる。ああ、なんて考えなしだったんだ。
今度はもっと後先を考えて行動しなくちゃ。
そんなことを思っていると、部長は俺の肩を叩いてこんなことを言ってくれた。
「界人、人は何かしら間違う。それでもよき方向へ進もうとするから応援してくれるんだ。お前は間違ったかもしれないが、私がお前という人物を知っているから助けようとしたんだ。間違うなとも言わんし、正しくあろうと固くなりすぎてもよくない。だからこそ、人と交流しろ。たくさん失敗しても、道が開かれることもある。今回のようにな」
返す言葉が見つからない。俺は、自分が情けなく思いながら涙ぐんだ。
もし復帰することができたら、部長の力になろう。迷惑をかけた会長のためにも働こう。
そう決めて、俺は左遷先へ向かったのだった。
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「ん? なんだ?」
タタタ、と何かがダンジョンの奥へ走り抜けていく姿を見た気がした。一応確認しようかと考え、追いかけようとしたがすぐに「持ち場を離れるな!」という怒号が飛んだ。
怪しいものを見た、と正直に話そうとしたが現場監督気取りの年下上司はこう言い放つ。
「とにかくここにいろ。それがお前の仕事だ! いいな、甲斐界人!」
左遷されて一年近く。新しい職場での仕事は、調査され尽くしたダンジョンの管理と見回りだった。いわゆる警備・施工に分類する仕事なのだが、これがまた暇すぎて苦痛になる。
まあ、日本にダンジョンが出現して五十年が経つから完全に使えなくなったダンジョンが出てきてもおかしくない。そのまま廃棄してもいいんだが、いかんせんダンジョンの特性上モンスターが出現する。間違って外に出てこられては困るからこうして誰かが警備という形で管理している訳だ。
とはいえ、ここまで暇だと苦痛を感じてくる。怪しい何かを見たからといって簡単に持ち場から離れられないのも困りものだ。それにそろそろ着慣れてもいいはずの青い警備服がゴワゴワして感触が悪い。これたぶん安物だな、ったく。
やっぱり探索していた時に使ってた肌触りがあって丈夫なシャツとお気に入りの(みんなからはダサいって言われる)迷彩柄のズボンが俺に合っているかもな。それに新しく買ったパワーグローブをはめられたらホント文句はないよ。
ああ、ダンジョン調査をしていた頃が懐かしい。あのバカが俺に失敗をなすりつけなきゃこんなことにはなってないんだけどな。
「ハァ……」
「ため息はやめてくださいよ。気が滅入ります」
「ここまで動けなきゃたくさん吐きたくなるって。まあ、一応真面目にやるけどさ、倉本」
「真面目にやるほうがバカらしいですよ。そろそろうるさいのがいなくなるから我慢してください」
気が滅入っていると隣に立っていた異性の同僚が励ますような言葉を言ってくれた。
彼女の名前は倉本亜季。俺と同じ時期に左遷され、この仕事をしている仕事仲間だ。ちょっと根暗で世の中を少し穿った見方をしている女性だが、決して悪い奴ではない。
彼女は彼女なりに苦労があり、その苦労を理解されなかったために左遷された。詳しくは話してくれないが、敢えて踏み込む必要はないと思って聞いてない。まあ、向こうが話したくなったら聞いてあげるけどな。
そんな彼女は苦労してきただけあっていろいろと仕事ができる女性で、何度も会って仕事していたら仲良くなったという感じだ。
「どれどれ? あーホントだ」
「声が大きいですよ。ったく、あなた本当に本社務めだったんですか?」
「大雑把で悪かったな。にしてもよくもうすぐ終わるってわかったもんだ」
「あいつがソワソワしてたから。それでわかったんですよ」
「なるほどね。よく見ているな」
「人間観察が趣味でしてね。あいつ、今日はいつもよりソワソワしているからとっとと帰ると思いますよ」
「とっとと帰るのはいつものことだろ」
にしても、倉本の言う通りならあいつは何に対してあんなにソワソワしているんだろうか。
ま、いっか。この退屈な時間がもうすぐ終わるならそれはそれでいい。俺には関係ないし。
そう思い直し、俺は頭の中でイメトレをして時間が過ぎていくのを待った。
「よし、時間だ。今日も頑張ったな。明日も頑張れよ!」
業務終了時間になった瞬間、年下上司はすぐにその場から去っていく。
倉本の言う通りだった、とその観察眼に感心つつ俺は固まってしまった身体をほぐすことにした。
手始めに背筋を伸ばし、ちょっと休んでから全身のストレッチを始める。ああ、これで一日の疲れが大体取れる。至福だ。
「お疲れ様です、界人さん。私は帰りますがどうします?」
「ちょっとだけここに残るよ。やりたいことがあるからさ」
「また探索ですか? ここはもう調べ尽くされてますから新しい発見なんてないですよ?」
「まあな。でも、何もせずにいるのはもう飽きたしなー」
左遷されてここに来た時は、何をしようかと考えながら漫然とすごしていた。趣味でも見つけて時間を潰そうとさえ考えもしたが、どれもが長続きしなかったもんだ。
結局、俺は仕事の権限を利用してこの廃棄されたダンジョンの探索を始めた。確かに目新しい発見はなかったがそれでも少しばかりは暇を潰せたし、何よりポッカリと空いてしまった心の穴が塞がっていく気がしたんだ。
いつしか俺の仕事終わりの楽しみが、この廃棄ダンジョンの探索になっていた。
「一応バレないようにはしているよ。倉本、お前には迷惑かけないから心配するな」
「現場監督気取りはそんなこと気にしてませんから大丈夫だと思ってませんよ。でも、いくらそんなことしても本社には戻れないと私は感じてますが」
「単なる趣味さ。そんな高望みなんてしてないよ」
「そうですか。まあ、気をつけてください。あ、そうそう。最近聞いた噂なんですが本社でかなりゴタゴタがあったそうです」
「ゴタゴタ? 何があったんだ?」
「さあ? ただ界人さんが左遷した人が何かやらかした、ってことしか聞いてません。なんか結構なことやっちゃったからこっちに来たとかどうとかも聞きましたね」
「ホントかよ……」
あのバカ、何したんだよ……まあ、今の俺にはあまり関係ないことだと思うが。
ひとまず頭の隅に置いておくか。人生何があるかわからないしな。
「それじゃあ俺はそろそろ行ってくるわ。帰り道、気をつけろよ倉本」
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ? 頭のいい回答はできないぞ」
「どうしてそこまでダンジョン探索をするんですか? 新規、いや普通のダンジョンならやりがいはありますけど、調べ尽くされた廃棄ダンジョンですよ? やっても無駄じゃないですか」
「まーな。正直新しい発見どころか刺激すらない。新鮮さを感じるのも難しいよ」
「じゃあなんでやってるんですか? 趣味でも飽きたら意味ないじゃないですか」
「なんつーか、たまに面白い発見するからいいんだよ。確かに同じものばっかり見ているけど、それでも時々ちょっとした違いが見つけられるんだ。その発見をした時は、どうしようもなく心が躍る。だからその発見を求めて俺はやっているんだ」
「調査されつくしていて無駄かもしれないのに?」
「かもしれないな。でも、その喜びを感じたくてやっちゃう。お前にだって心が躍る瞬間があるだろ? それと同じだよ」
「……私は、ないですよ」
倉本はとても暗い顔をしていた。なんだか様子がおかしいな。一体どうしたっていうんだ?
いつもは、いやいつもこんな感じか。だけど今日はいつも以上に顔が暗い。
「どうしたんだ? 何か悩みでもあるのか?」
「いえ、その……なんというか……」
「力になれることがあったらなるさ。なんやかんやでお前に世話になっているし、言ってみろ」
俺は躊躇っている倉本が口を開くのを待った。すると倉本はおもむろに振り返り、近くに置いていたビジネスバックから一つの翡翠色に輝くクリスタルを取り出す。
それを見た瞬間、俺は目をひん剥いてしまった。なぜならそれは、ダンジョンの形成維持するために絶対必要なコアだったからだ。
「お前、どうしてこんなものをっ」
「たまたま、たまたま最深部に行く機会があって。そこで手に届きそうなコアがあって、つい……」
「取ったらどうなるかわかっているだろ?」
「わかっていますよ! わかってましたけど、私は、私は一刻もこんな生活から抜け出したくて……でも、やっぱり怖くて……」
全く、困った奴だ。まあ、俺もその気持ちはわかる。わかるからこそ、同情はダメだ。
とはいえ、このまま放っておく訳にはいかない。だから今日のダンジョン探索は刺激的なものにしよう。
「わかった。じゃあ一緒に戻しに行くぞ」
「え? で、でも、もしバレたら――」
「お前が言ってただろ。あいつは入出記録に興味ないって。ま、万が一のことがあったら俺がどうにかする」
「とうにかするって、一体どうやって?」
「頼れるツテがあるんだよ。とにかく行くぞ。早くしないとダンジョンが崩壊して大変なことになる」
こうして俺は倉本と一緒に廃棄ダンジョンの最深部へ向かうことにする。時間の猶予はほとんどないかもしれないが、それでも困っている仲間のためだ。
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