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しおりを挟む結局その日は、ローレンス公爵の怒りがあまりにも大きすぎたらしく、ネオハルト公爵が流石にヤバイと判断したのか、先に帰された。
「なぁ、やっぱり俺、ちゃんと謝った方が…」
「ローレンスおじ様に謝る覚悟がおありなら、戻りましょうか?」
いや、このまま帰りたいけれど。むしろ二度と会いたくない。けれどそんなわけにもいかないだろう。
「それに、オルキスが限界なのですわ」
「え?」
「今まで、それこそ十何年と自分を嫌っていると思っていた父親が抱き締め、愛よりも重い言葉をツラツラと吐き、貴方を何度も蹴るんですもの。おじ様の愛が爆発してオルキスにキスした辺りで、オルキスは気を失ってしまいましたわ」
「え、ええーー……」
災難とは違う。誤解が解けたのならそれはそれでいいことなのだろうけれど、けど……少し可哀想と思ってしまう。これ以上ないほどテンパっていることだろう。
「おじ様の愛がこれ以上暴走しなければいいのだけれど」
そうボソリと呟いたリオナが、どこか遠い目をしていた。
「助けてくれ!!!」
そう言って彼が見事に侵入してきたのは、エドワードの実家であるレミントン伯爵邸である。
「オルキス殿!?」
見事にエドワードの部屋の窓を叩く、それはいいのだけれど…ここ三階!!
「何やってるんだよ!!」
思わず敬語なんて忘れてしまった。
「助けてくれーー…」
今にも泣きそうな顔をしたオルキスをとにかく部屋に入れる。どうやったここまで上ってきたんだか。
「何故ここに?ていうかどうやって入ったんです?」
「のぼった」
「そうでしょうね。それで、どうしてここに」
「…う……うー……」
微妙な言葉から始まった嘆きは、次第に大きな泣き声と変わっていく。
「ちょ、静かにっ!」
「ち、父上がー…」
「…ローレンス公爵…?」
「毎晩、私の寝室に入ってくるのだー…」
しゃくりあげながら彼は続ける。
「私が眠るまでずっと、穴が空くほど、私の顔を見つめるのだ、それに、部屋から出してもらえず、『私さえいればオルキスは生きていけるよな?』などとおっしゃる…」
うわ、ヤンデレの恋人かよ。
「そのうちに風呂まで一緒にと言い出して、食事はいちいち父上が口に運ぶし、私がメイドに話しかけると、そのメイドが私をそそのかしたと、辞めさせるのだ」
「それは……酷いな」
リオナのいう『愛の暴走』が何なのか、分かってきた。
「それなら、この家よりもネオハルト公爵に頼んだ方が…」
「どうせネオハルトの叔父上は面倒事に巻き込まれるのはごめんだと、追い返すか、私を父上に引き渡すに違いない…」
なるほど、俺もそうしようかな。
「…あんなにも気にしていたのに、愛されるのが嫌なんですか?」
「唐突なんだ!嫌われてると思ってたのに、毎日かわいい、愛してると突然言われ始め、嬉しいと思ったのもつかの間!!私は子供じゃないんだーーー!」
確かに、いちいち口に運ぶって…つまり、『あーん』ってやってるんだろ?ちょっと引くわ。
「…俺、アンタのこと襲うかもしれませんよ?」
これだ!絶対に襲いはしないけど。リオナ怖いし、リオナだけは失えない。
「いい」
「は?」
「お前ならいいかもって思うし、お前のこと気に入った」
「ーーは?」
「俺は気に入ったものを身体でも何でも、使えるものを全行使して繋ぎ止めるし」
「…いや、いやいやいや」
「お前がそう言うのなら、好きにすればいい」
ちょっと!やめてくれよ!!そんな顔で言うなって!
……もう、押し倒そうか。この人もこう言ってくれてるし。そう考えた瞬間、部屋の扉がノック無しに開く。
「あら、オルキス?貴方、いつから私の婚約者の部屋に入り込む権利を得たのかしら?」
「リオナ!!?」
ーー押し倒さなくてよかった!!!
「エドワード様は私の婚約者よ。貴方、少し優しくされたくらいで勘違いしないでちょうだい」
いつになく辛辣なリオナに少し驚きながらも宥める。
「オルキス殿も、色々あって疲れてるんだろう」
「エドワード様、甘やかしてはいけませんわ。ローレンスおじ様も次期にここに来ますわ」
「なっ、リオナ、私を売ったのか!!?」
「お父様が迷惑してるのよ。オルキスを隠しているんだろ、出せって。私はもしかしてエドワード様の元へーーと思ったら当たりだったけれど。きっとおじ様、私の行った先をもう調べているでしょうから、ここに乗り込んでくるのも時間の問題ね」
「い、いやだ!!私はここで暮らすぅ!!」
まるで駄々っ子のように暴れるオルキスはなんというかーー本当に子供のようだ。
(これだと、甘やかしたくなるのも頷ける気がするが)
俺はこの時、知らなかった。
まさかこの先にもっと大波乱が起こることになるなんて。この時点では、誰も想像など出来るわけがなかったのだ。
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