浮気癖夫が妻に浮気された話。

伊月 慧

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「…香織」

 辛そうに呼び掛ける声に振り返れない。自分がどれだけ酷いことを言ったか分かるから。和樹が自分をまだ愛しているのだと分かるから。

「香織、……ごめんな…」

 そんな声で謝らないで。
 酷いことを言ったのに、どうしてあなたが謝るのよ。あなたの方が酷いじゃない。

 きっと私は今日のこの日を、和樹を忘れることは出来ないのだ。失望したのは愛していたから。和樹を愛したから、陽一との未来がある。

「…それでも、あなたのことを愛していたわ」

 要らない言葉を投げたかもしれない。それでも伝えたかった、一番大切なこと。

 愛していたから不安で、前も見えなくなって、真っ暗で。そんな中の唯一の光が陽一だった。

「ーー酷い女。……出しておくよ、離婚届。…今度は幸せになれよ」


 それが、和樹が夫婦として私に言った言葉。
 もう初々しかったあの頃の私たちなんて思い出せない。辛い思い出になるかもしれない。
 それでも、陽一と新しい思い出を作りたいと思えたのは和樹のおかげ。

「…さよなら」


 少し新しいマンション。三階の角の部屋に灯りがついている。
 もう私の帰る場所はここなのだ。

「ただいま、陽一さん」
「…おかえり、香織」

 ぎゅっと抱き締めながら、彼が言う。

「帰ってきてくれてありがとう」

 その腕を抱き締め返し、私はもう一度言った。

「ただいま」

 と。
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