17 / 17
第三章
3
しおりを挟む「―――?」
言っていることが判らなかった。人間の母、とは、どういうことか。
警戒するレーナに、ロジェ神はかぶせるように言う。
「ヨアンの子を、宿しているな」
(!?)
レーナは思わず腹部に手をやった。
(ヨアンの、子供……!?)
手のひらの下のこの体内に、ヨアンの命を受け継ぐ生命が宿っている―――?
(あのときの)
最後にオペラを観た夜に宿ったのだ。直感がそう告げる。
「ヨアンが……」
ヨアンが、ここにいる。
レーナの中で、愛しいヨアンの姿がよみがえる。朗らかに笑うヨアン。恥ずかしそうに照れているヨアン。怒っているヨアン。愛情深くレーナを見つめるヨアン。
(ヨアンの子供が……)
お腹の中に。
「お前はこれから地に降り、そこで生きてゆくのだ。楽園を追放された者という烙印を背負って」
「ヨアンは?」
この子の父親として、ヨアンもともに地に降りてくれるのだろうか。
ロジェ神は首を振る。
「地へ行くのはお前だけだ。そこで子を産み、育てるのだ」
「そんな……」
ロジェ神の言う〝地〟とは、ロマン・トゥルダのことではない。聖書に記されてあった、魔物の棲む荒涼とした大地のことだろう。神の光がかろうじて届くという場所。夜になれば魔物が跳梁跋扈するという。
そこに、たったひとりで。
神に護られたロマン・トゥルダで生きていた者が住める場所ではなかった。
唯一の望みは、聖書の記述が必ずしも正しいとは言えないと判ったことだった。それでも、見知らぬ土地であることに変わりはない。
「冗談でしょう?」
こぼれた呟きに返ってきたのは、冷酷な眼差しだけだった。
ロジェ神は右手を正面に差し出した。すると、レーナのいる床が急にぐにゃりと溶けだした。
「これは決定だ。ヨアンはロマン・トゥルダで、お前は地でまたわたしを楽しませるのだ」
「や……、いやだ……ッ! やめて」
ぬるりと落ちこむ床にレーナは必死で爪を立てる。しかし流れる床面は、彼女の身体を見る間に呑み込んでゆく。
「いや、ロジェ……!」
レーナを見下ろすロジェ神の眼は、残酷な光に揺らめいていた。―――楽しんでいる。
こいつは、最後まで。
「許さない……! 絶対にあなたを許さない! いつか、いつか必ず復讐してやるッ!」
「なんとでも言うがいい。どうせお前の記憶はすべて消え去る。ロマン・トゥルダのことも、ヨアンのことも、自分自身のこともなにもかも忘れ去るのだ」
「悪魔だわ。あなたは自分が神だと思い込んでる悪魔よッ! いつか―――」
レーナの言葉は、最後まで伝わらなかった。彼女はロジェ神の前で床に呑み込まれ、―――未開の地へと堕とされていった。
レーナの姿が完全に見えなくなったあとも、ロジェ神の眼には、酷薄な笑みが浮かび続けていた。
*
古代神話にはこうある。
―――遥かなる太古、天上に神の楽園があった。人々はそこで争いもなく平和で、常に幸福に満ち足りていた。しかしあるとき、ひとりの娘が現れ、知識を生み出した。楽園は知識のために崩壊し、娘は追放された。偉大なる神は娘を哀れに思い、彼女にひとつの生命を与えた。
荒涼たる大地に落とされた彼女の身体には、神との子が宿っていた。太陽と月が七回天をめぐったとき、彼女は神の子を産んだ。
それが我々人間の祖、ヨアン・ファーレンそのひとである、と。
また、偉大なる神と敵対するサタンの名もヨアン・ファーレンと呼ばれているのはどのような不思議なのかは、謎のままである。
了
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる