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第三章
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しおりを挟む「―――え?」
(期待以上、って?)
レーナは目を瞬かせる。
ロジェ神はひとつ大きく息を吐き出した。
「褒美として教えよう。わたしはね、ひどく退屈していた。あるとき思いついたのだ。楽園を創り、彼らの生活を眺めてみようじゃないか、と」
「ロ……マン・トゥルダ……」
神の創り賜うた楽園。
「絶対最高者であるわたしの楽園で、彼らに最高の生活を保証した。飢えもない、争いもない、生命の心配もなく、老いもしない。日々の生活は保証され、毎日を遊んで暮らせるように。……ただ、そのためには多少の精神操作が必要だったが」
「精神、操作」
ロジェ神は、薄い嗤いを口元に浮かべた。
「ひととひとがいれば争いが起こるのは当然だろう。わたしはそういった負の感情が生まれないようにしてやった。感謝こそされても、恨まれる筋合いはない」
レーナは絶句する。
ロジェ神は懐かしげに彼女に語り続ける。
「だがな。時を閉じ、毎日を無益な遊びに費やし、わたしへの信仰はいつしか形ばかりとなった。毎日が前日と同じに過ぎていくだけ。思想もなにもない。―――飽きてくるだろう? 幸福に浸かりきった彼らは、わたしをちっとも楽しませてくれなくなった」
「当たり前でしょう!? あなたがそうするようにって決めたんだもの。そう刷り込まれてるんだもの!」
「だから、変化を与えた」
ロジェ神は、金の瞳でレーナをひたと見た。
「お前に、真実を見抜く眼を与えた。それからは知っていよう。ロマン・トゥルダの辿ってきた道を」
レーナははっと思い当る。半年近く前の、あの激しい頭痛。
「あなたがやったことなの!? あのときの頭痛は、あなたのせいだったの!?」
「世界がまったく違って見えたろう?」
ロジェ神はにやりと笑う。
「―――ひどい。あなたのせいでわたしは……!」
「人間の分際が神に言う言葉ではないな」
「なにが神よ、偉そうに!」
ロジェ神は、すっと眼を細めた。途端、レーナは後ろへ弾き飛ばされた。すぐそこに見えない壁があり、したたかに背を打ちつけた。
「分をわきまえろ」
レーナは、起き上がることができなかった。
「―――わたしは、三つの選択肢を用意した」
ロジェ神は何事もなかったように言葉を続ける。
「彼らは見事に、わたしの期待にこたえてくれた」
くつくつと嗤う。レーナにはそれが、残酷なサタンに見えてならなかった。目の前にいるのは神なのか、悪魔なのか。
「あのときわたしはお前に真実を見抜く眼を与えた。ロマン・トゥルダを破壊する鍵とさせるために。そして、ヨアン」
「ヨアン? ヨアンにもなにかしたの!?」
ヨアンだけは、なんの穢れも知らないでいて欲しい。夢に生きるようなことにならないで欲しいのに。
彼は、レーナの聖域だから。
「ヨアンは第二の道。お前が真実を見抜き、ロマン・トゥルダを破壊に導くのが第一の道ならば、ヨアンの言葉に耳を傾け、奴とともに以前の毎日に戻ってゆくのが第二の道。そうなれば、ロマン・トゥルダが崩壊することはない。―――わたしには、つまらぬだけだが」
だから、ヨアンは執拗にレーナに説き続けていたのか。なにも考えるな。禁忌に触れてしまう、と。諦めることなく切々と。
そこに、彼の想いはあったのだろうか。
心の奥底が、深く重たく沈んでゆく。
レーナを説得し続けていたのは、
(わたしを愛してくれていたから? それとも……)
ロジェ神に刷り込まれていたから?
恐ろしくなった。
自分の想いすら、ロジェ神に操られているのか。
ヨアンの愛情も、神の仕業だというのか。
なにを頼みとすればいいのか。
絶望的だった。
「―――第三の、道は?」
声が震えた。
「ロマン・トゥルダの民に与えられたものだ」
(皆が皆、ロジェ神に遊ばれていた、ということ?)
ロマン・トゥルダすべての人間に、ロジェ神はなんらかの使命を組みこんでいたのか。
「お前が〝現実〟をもたらし、ロマン・トゥルダが混乱に陥ったとき、彼らが元の平穏な生活に戻るには、元凶であるお前を処刑しない、ということを条件とした。お前は破壊の種。奴らがお前をどう扱うかによって、最終的にロマン・トゥルダの運命が決まる」
レーナの身体に、火あぶりにされたときの熱がよみがえる。肌を焼き、肉を溶かす炎。
思い出してはならないと、レーナは頭を振る。
「だが奴らは、集団の同意のもと、殺人を行った。もう楽園に住まう資格はない。ロマン・トゥルダは楽園ではなくなった。奴らは犯してはならない罪を犯した。わたしの楽園を崩壊させたという、ね」
「勝手だわ!」
レーナは喘ぐ。
「崩壊させたのはあなたじゃない。責任転嫁しないでよ!」
「そうさせたのは奴らだ。責められる筋合いはない」
憮然と返す神に、はらわたが煮えくりかえる。
「傲慢だわ! あなたずっと高いところで見下ろしてるだけで、自分の手を汚そうとしないじゃない! 罪悪感じるどころか楽しんでるなんて!」
「もともとそのつもりで創った楽園だ」
当たり前のようにロジェ神。
信じられない。
最初から、もてあそぶために。
「だからってひとの一生をおもちゃにしていいと思うの?」
「わたしは変化を与えただけだ。わたしが動かしたわけではない。自ら選択して動いたのは、お前たちだ。お前たちがわたしの楽園、ロマン・トゥルダを崩壊に導いたのだ」
「正当化する気? 虫唾が走る」
「神とひととは違うのだ。もとよりお前に理解してもらおうとは思っていない」
「サタンの間違いでしょ? あなたには神よりも悪魔のほうが似合ってる!」
レーナの言葉に、ロジェ神は鋭く目に力を込めた。強く睨み据えられ、またなにかされるのではとレーナは身体を硬くさせた。
しかし、弾き飛ばされたり、息を止められることもなかった。
「サタンなどもとよりいない。存在すると思いこませただけ。わたし以外、何者も存在しない」
「聖書にあったことは偽りだと?」
サタンは神の光に闇の果てに追いやられたというあの記述は。ロマン・トゥルダ唯一の書物は、偽りを記していたのか。
「あんなもの、信じているわけではなかろう?」
「!」
足元が、崩れる思いがした。神が聖書の言葉を否定するなど。
「……ほんと、……莫迦みたい」
あまりの情けなさに、笑みさえこぼれる。
「嘘にまみれた聖書を信仰の拠り所にしてたなんて」
そして唯一文字の記されたその書物にすがって、世界を知ろうとしていただなんて。
「信じている者にとっては、それも真実となる」
「あなたは―――神の名のもとに、ロマン・トゥルダをもてあそんだのね。わたしたちの故郷を! 神のくせに、あなたは真実を歪めたんだわ!」
レーナは叫んだ。眉ひとつ動かさない神に向かって。
心底憎かった。これほどまでに誰かを憎いと思ったことなどない。ただひたすらに、目の前の神と名乗る存在が憎い。
「返して! 幸せだったロマン・トゥルダを返して! 元に戻しなさいよ!」
這いずるように、レーナはロジェ神ににじり寄った。
「ヨアンを返して!」
「奴はもう戻らない」
「返して!」
「お前を失った奴は、憎しみにまみれ、残虐な男になっていくのだ」
ロジェ神は冷たく言い放つ。
「あれはもはや、お前の知るヨアンではない」
「ヨアンを返して!」
(いやだ)
信じたくない。ヨアンが憎しみに呑まれるなど、信じたくなどない。
「よくもそんな酷い目に」
「奴自身が選んだことだ。お前も見たろう? 奴の憎しみに燃える眼を。奴はロマン・トゥルダを憎み、恨みきっている。住民にお前を殺されたためにな」
「わたし死んでない。死んでなんかない! 生きてるじゃない、ここに、こうして! ヨアンを返して。元に戻して! わたしを返して!」
「ヨアンが選んだのだ。奴にはもう以前の自分に戻るつもりはない」
レーナがそうであったように。
「ヨアンのところに行かせて! そうすればヨアン元に戻れるから!」
レーナはロジェ神に頼み込んだ。だが、ロジェ神は彼女の想いをまったく受け入れる素振りを見せない。
神の力をもってすれば、ヨアンを助けることができるのに。なのに、ロジェ神はなにも動こうとしない。どころか、傲岸に笑みさえする。
「お前にはこれからやってもらわねばならないことがある。ロマン・トゥルダに戻すわけにはいかぬ」
「これ以上なにを! もういや、放っておいて!」
「レーナ。お前はこれから、人間の母となるのだ」
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