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第三章
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しおりを挟む気がつくと、レーナはきらびやかな場所に倒れていた。
頬が触れても冷たくはない磨きあげられた真っ白な床。林立する黄金の柱。天井がないかわりの間近な空。
目の前にはひな壇があり、最上部の豪奢な椅子に、ひとりの美しい青年が端然と腰をかけていた。
「目が覚めたか」
どこかで聞いた声だった。頭の中を探ってすぐ、思い当たるものがあった。
(あのときの……?)
ヨアンの姿が消える直前に聞いた声。
「あなたは」
レーナの頭の中に、ひとつの言葉が浮かんだ。聞いたこともなければ見たこともない言葉。なのに、目の前の青年のことだと、何故か判っていた。
「ロジェ神……」
「わたしの名を覚えていたか」
青年は黄金の髪を肩まで伸ばし、同じく黄金の瞳を和ませる。肌は抜けるように白い。ゆったりと長衣を巻きつけ、夜空を染めたような寛い衣を羽織っている。ロマン・トゥルダでは見たことのない恰好だった。
「神、なのね」
「そうだ」
ロジェ神は頷く。そのしぐさひとつが、溜息をつきたくなるほどに洗練されている。
だがレーナは溜息どころではなかった。立ち上がり、おぼつかない足でロジェ神のもとへと歩み寄る。
「ロマン・トゥルダを創り、人間を選んで住まわせた?」
「そう」
すべての矛盾の原因は、彼女の言葉を肯定する。
「教えて。ロマン・トゥルダとはなんなの? 真実はなに?」
「随分と悩んでいたな。おかげで退屈せずに済んだ」
ロジェ神はレーナの疑問に答えようとしない。
「―――退屈?」
眉をひそめて声を低める彼女の前で、ロジェ神はくつくつと喉を鳴らした。レーナの顎に指をかけ、その顔を仰向かせる。
「怖い顔をするな。せっかく美しい顔に創ってやったのに、台無しじゃないか」
「やめて!」
レーナは神の手を振り払う。
「大した度胸だな。神に対してこの態度」
「退屈せずに済んだって、どういうことよ」
「言葉どおりさ」
どうでもいいことのようにロジェ神。
この神は、退屈していたと? そしてそれを、自分が癒していた?
「遊んで、いたの?」
ロジェ神は答えず、椅子の背にもたれて一本の柱に目を移した。
「見るがいい」
言われて、レーナは逡巡のあと、背後の柱に顔を向けた。
柱の中程は窓のように向こう側の景色を見せていた。
それは、空から見下ろしたロマン・トゥルダだった。
墜落するように視点は地へと向かい、先程までレーナのいた教会前広場へと場面が変わった。
輝くばかりで塵ひとつ落ちていなかった広場には死体が累々と積み重なり、汚泥にまみれた血の海と化していた。天は激しく稲妻を落とし、氷の塊は容赦なく人々を砕いていった。
大地は鳴動している。人々は混乱し、逃げまどい、為すすべのないまま暴動へと変容した。
略奪、殺人、暴行、強姦。むごたらしい光景だった。
これが神の楽園、ロマン・トゥルダなのか。
オペラで演じられた地獄の様よりも凄惨な光景に、身動きどころか目をそらすことすらできない。
ひとは、どんなに善良で穢れを知らなくとも、あれほどまでに残虐の限りを尽くせるものなのか。
わななきながらも目が離せないレーナ。その眼差しが、すっと収斂した。その先にいたのは、
―――ヨアン。
逃げ惑い、泣き叫び、混乱に陥る人々。その血や泥などで汚れに汚れきった暗い広場の中央に、ひとり佇んでいた。
広場中央に不気味にそびえる火刑台。レーナの消え去った火刑台の前で、暗い炎を目に燃やしていた。
「彼はこれからも楽しませてくれるだろう。お前の代わりにな」
「どういう、こと……?」
(ああヨアン。お願い、そんな眼をしないで。ヨアン。そんな感情を持っちゃいけない!)
「お前は実にうまくやってくれた。悩める人間を見るのは、飽きなくていい」
「なにを、なにをしたの? あなた、ロマン・トゥルダになにをしたのよ! あなたがすべての元凶なのね!? ―――どうしてこんな酷いことできるのよ、神のくせに!」
楽園が、災禍に呑まれてゆく。
ロジェ神は指を鳴らした。柱に現れていたロマン・トゥルダの映像が、ぷつりと途切れた。
「お前に文句を言われる筋合いはない」
レーナは、きっとロジェ神を振り返った。ロジェ神は鋭くレーナを見ている。その力強さに一瞬怯むも、恐怖をねじ伏せて真正面からその視線を受け止める。
「わたしがロマン・トゥルダを創ったのだ。お前たちもわたしが創った存在にすぎぬ。どう動かそうと勝手だろう」
「創造主だからなにをしてもいいと? ふざけないで! わたしは、あなたの駒じゃない。自分の生きたいように生きる!」
「そうだな。確かにお前は期待以上に動いてくれた」
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