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第二章
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しおりを挟む吹き上がる煙は、いつしか天を覆っていた。
それは次第にまっ黒な雲になり、青かった空を隠してゆく。辺りは暗く、冷たい風が吹き始めた。火刑台で爆ぜる薪の音が、いやに耳についた。
不穏に、人々はざわめきだした。饐えた臭いがする。雨が降るのか雪が降るのか。
そこここで生まれたざわめきが渦を巻き、ひとつになろうとしたそのとき、
「ああッ!」
誰かが天の一角を指差した。つられたように、皆その方向に頭をめぐらせる。
「!?」
「……」
皆、言葉をなくした。
―――暗い天から降ってきたのは雪でも雨でもなく、ひと筋の、光。
レーナがこときれたばかりの火刑台の上へと光は伸びてゆく。
白く眩い光が火刑台を包むと同時、激しく燃え盛っていた炎が消え去った。
ざわめきが、静寂に変わる。
真っ黒に焼け焦げたレーナの遺体が、彼らの前にむき出しとなっていた。
僅か前まで生きていた娘。変わり果てた彼女の姿に、人々は悲鳴をあげた。
楽園に暮らす彼らは、焼け焦げて無惨に形を崩したひとの亡骸を見たことがなかったのだ。
「……レーナ?」
ふらりとヨアンは立ち上がり、炭となり果てた彼女のもとへと歩み寄った。足先に触れようと彼が手を伸ばしたときだった。
「お前たちは、犯してはならない罪を犯した」
暗雲垂れこめる天から、突然、力強い男の声が降ってきた。
大きく轟く声。決して猛々しいものではなく、胸の底に透き通って届いてくる。
この声は、いったいどこから聞こえてくるのか。
まわりの人々と視線を交わし、そうして彼らは悟る。悟らざるをえなくなる。
―――神の声、だと。
天からの神の声は、罪を犯したのだと、彼らを非難している。
罪?
何故?
―――彼らには、判らない。ただ、レーナだった亡骸に触れるヨアンだけが、その言葉をすんなりと受け止めていた。
「お前たちはロマン・トゥルダの名のもとに殺人を犯した。由々しきことである。これが、お前たちの選んだ道。しかと受け止めよ」
しんと冷え渡った広場に響く声。
人々が声の意味に困惑する中、レーナの身体が鎖の戒めを解き放ち、ふわりと浮かび上がった。天へと浮かびながら、焼け焦げた彼女の身体は、見る間にもとの瑞々しい身体に戻ってゆく。
「ああ……」
「きせき……」
「神の奇跡だ……」
人々は、口々にそう漏らす。
「―――レーナ?」
ヨアンが呼びかけると、応えるようにレーナのまぶたが持ち上がった。
「ヨアン……?」
なにが起こったのか、彼女自身判っていないようだった。
ここはどこなのか。何故宙に浮かんでいるのか。火あぶりになったのに、―――あのおぞましい灼熱に焼かれたというのに、火傷ひとつない。激しく殴られ、蹴られた痕も消えている。
足元には愛するヨアンがこちらを見上げている。彼の姿を認めたとき、レーナの顔に笑みが広がった。
ヨアンが、いる。
「しかと受け止めよ」
「!?」
冷酷な声とともに、レーナの目の前が突然真っ暗になった。
―――世界が、消えた。
ヨアンの姿もまた、消えてしまった。
人々は、神の声とともに姿を消したレーナに慌てふためいた。
いったい、なにが起こったのか。そう思う間もなく、天から大粒の氷が凄まじい勢いで降ってきた。
拳大ほどもある氷の塊は、人々を無慈悲に打ち貫いていく。辺りはあっという間に阿鼻叫喚の血の海と化した。
その中で、ただひとりヨアンだけは、レーナの消え去った空の一点を見据えていた。氷塊は何故か、ヨアンを避けて傷付けることがない。
ひたと空を見上げるヨアン。その眼には、激しい情念の炎が揺らめいていた。
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