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第一章
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しおりを挟む何曲踊っただろう。ときにはヨアン以外の男性とも踊ったが、すぐにレーナはヨアンの元へと戻る。
得体の知れない不安から目をそらしたいという思いもあるのだろうか、無意識に彼を求めてしまっていた。
どれだけ考えないようにしても、頭の外に追い払っても、どんどん不安は意識の隙間から忍び込んできて、静かに積み重なってゆく。
曲の切れ目を見はからい、踊りの輪の外にふたりは出た。運ばれた軽い果実酒のグラスを手に、レーナは思いきって訊いた。
「あの、ね」
「どうした? 気分悪い?」
ためらいがちの切り出し方にヨアンは眉を曇らせた。レーナは首を振る。
「あの。―――こういうのって、楽しい?」
「?」
「わたしたち、毎日こうしているじゃない? 舞踏会だったり夜会だったり。いろいろ。本当に楽しいのかな、って。なんのためにこうやっていつも遊んでいるのかしら。なんか、気になって」
「突拍子もないことを訊くね。君は楽しくないのか?」
面食らうヨアンの顔に、莫迦なことを言ったと知る。
夜は昼の後に来るのかと、当たり前のことを尋ねたみたいで。
けれど、レーナはいつもと違い、この舞踏会が楽しいと思えなかった。
いままでなんの疑問も抱かず皆の輪の中に身を投じていたのに、どうしてだかこの空間にいるだけで、胸の奥が砂を噛んでいるように軋みをあげている。
眩しいシャンデリアの光。色とりどりのドレス。鳴り響く音楽。ざわめき、お酒の匂い、化粧の香り。それらすべてに圧倒され、呑まれてしまう。
自分はいままで、本当にこの状況を受け入れ、楽しんでいたのか?
いまの皆のように?
訊かずにはいられなかったのだ。けれど、そんなことを尋ねるのはおかしいことだともまた、判ってもいた。
「やっぱり、こんなこと訊くのっておかしいよね」
自嘲に口元を歪める彼女に、ヨアンはまわりを見渡す。
「みんな楽しむことを追い求めずにはいられないんだよ」
「追い求める……?」
「レーナ」
遠い目をする彼女にヨアンは優しく声をかけた。
「まだ疲れてるんだよ、治ったばかりだから。無理させて悪かった。もう、帰ろうか?」
レーナもまわりを見る。まだまだ、舞踏会は続く気配だ。これから盛り上がる雰囲気すらある。だが、これ以上ここにいられるとも思えない。
ヨアンが言うように、疲れているのかもしれない。
ただ、疲れているだけ。
「いいの?」
「もちろん。構わないさ」
レーナを受けとめてくれるヨアンに、彼女は内心ほっとした。と同時にまた、ここにいるにもかかわらず彼が遠ざかってゆく恐怖に襲われた。
(どうして。すぐそばにいるのに……)
腰に手をまわしてくれているヨアン。見上げれば、優しい眼差しがこちらを見つめている。
なのに―――、ヨアンが離れていってしまうと差し迫って感じたのだ。
膝の裏が、ざわめいてくる。
嫌だ。逃したくない。
レーナは咄嗟に彼の袖を取った。
「どうした?」
「あ……、ううん、その、ううん、……なにかあった、とかじゃないんだけど……」
彼の声に我に返る。
(なんなの、いまの感覚……)
ヨアンがいなくなると何故感じたのだろう?
自分が判らない。
どうすればいいか判らなくて言葉を濁すしかないレーナ。ヨアンは微笑み、所在なげな彼女の手に手を重ね、
「しっかり摑まってて。転ぶといけないから」
穏やかな声で落ち着かせてくれるように言ってくれた。
もしかすると、久しぶりの夜会に戸惑っていると思われているのかもしれない。
自分のわけの判らない思いを誤魔化したくて、レーナはヨアンの誤解に気持ちを委ねて頷いた。ヨアンはレーナの手を優しく撫でた。
「ヨアン―――」
消え入りそうな声になった。
「ずっと、ずっとそばにいてね。どこにも行かないでね?」
「なにを言うかと思えば」
ヨアンは困ったように笑って腰への手に力をこめた。
「僕が君を置いてどこに行けるというんだ? 知らないのかい? 君がいなけりゃ、僕は生きていけないんだよ」
気休めでもない、ヨアンの真実の言葉だ。
―――それが判るからこそ、いっそう不安に締めつけられる。
彼が優しい言葉をかけてくれるたび、甘い眼差しを注いでくれるたび、何故だか届かない存在だというはっきりとした思いが湧き起こってくる。
「わたしには、ヨアンだけなの」
強い不安を押しやり、レーナは言う。
「愛してるの、ヨアンだけを」
「僕はその何倍も、君を愛してる」
耳に頬に唇に、甘くくちづけられる。
気持ちを懸命に彼へと傾け、心の底にあるなにかから必死に目を背けた。
そうして、優しく囁きかけるヨアンに誘われて、レーナはそのまま会場を後にしたのだった。
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