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第一章
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白い光が、地平線の向こう側からロマン・トゥルダの空を染める。透明な光は藍色に沈んだ空気を追いやり、熟んだ夜の濃密な息苦しさを浄化してゆく。
いつもと変わらない朝が、今日もロマン・トゥルダに訪れる。
夜通しの遊戯にうつつを抜かした住民は、空が明るくなりだす頃に眠りに就き、陽が昇りきり天の中央を通るあたりに目を覚ます。そして毎日熱心に教会に通うのだ。
ロマン・トゥルダに唯一の教会。巨大で壮麗な教会は、何百もの住民を毎日その身の内に招き入れる。
人々は教会の長椅子に恭しく座り、胸の前で指を組み合わせて神に祈る。―――今日の日の安寧と、大いなる神の御心の深さへの感謝を。
(本当に……そうなのかしら)
まわりの皆と同じように胸の前で指を組み頭を垂れるレーナの中に、そんな思いが生まれた。
(みんな、本当に神への感謝の祈りを捧げているの?)
自分は―――?
どうなのかと思い返してみるけれど、なにも出てこなかった。
いままで毎日こうして教会に通っていたのに、神に感謝していたのかと問われると、そうだとも違うとも言えなかった。
なにも、思い出せなかったから。
胸の内が、うそ寒くなる。
(待って。ねえ。わたし、いままでどうやって、なにを祈ってたの? ……本当に祈りを捧げていたの? 神に? どんな言葉をかけて? ―――神は、本当に応えてくれるの?)
疑問はひとつ生まれると、枝葉を広げるようにどんどん広がってゆく。
そもそも、
(神は、いるの? 神とはいったい、どんな存在なの……?)
胸に生まれた、神の存在への疑念。
それはあまりにも危険な疑念だった。そのことに、レーナは気付けない。
だから踏み込んではならない領域に、レーナは足を踏み入れてしまう。
神とは、なに?
祈りとは、なに?
わたしたちは、ここでなにをしているの?
気がつくと、レーナはひとり、頭を上げていた。
皆は一様に頭を垂らし、教会内は水を打ったように静かだった。
静かだ。
神父も、祭壇前で恭しく頭を垂れている。ステンドグラスが施されていない窓から差し込む白い光が、静謐な堂内をよりいっそう神聖なものに変えている。
その中で、ぽつんとただひとり顔を上げているレーナ。
ただひたすらに、静かだった。
(わたしだけ……)
頭の隅で、なにかがずきんと脈打った。
(わたし……)
独りだ。
隔絶を、感じた。
教会内にはロマン・トゥルダ中の人々が集まっているというのに、誰もいないように思えてならなかった。
皆、いるというのに。
独りきりだ。
静謐な空気の中、ただ自分ひとりだけが頭を上げて。
(―――ああ……!)
レーナは悟ってしまう。
孤立。
孤立だ。
なにがどうだとはっきり示すことはできないけれど、自分は、彼らと違ってしまったのだ。
違う道を、進んでしまっている。
皆が受け入れられる世界を、受け入れられていない。
―――孤立。
自分だけが。
世界からはみ出してしまったのだ。
ゆるりと隣のヨアンを見る。
彼は静かに目を伏せて、祈りを捧げていた。
端正なその美貌。頬の産毛を、白い陽光が淡く浮き上がらせている。
美しかった。
神に祈りを捧げる彼は、こんなにも綺麗な青年だったのか。ずっとずっと一緒にいたのに、ヨアンの美しさをいま初めてレーナは認識した。
(どうしていまになって判ったの……?)
何故気付かなかったのだろう。ヨアンという美しいひとに、いま初めて出逢った気がした。
それは逆に、ヨアンのことをまったく知らなかったという現実を突きつけるものでもある。
自分の愛しいひと。このひとだけが愛しいと思ってた、のに。
(ヨアンのこと……、なにを知ってたの)
―――なにも知らない。
なにも、知らない。
己に問うて導き出された答えに愕然となる。
誰よりも愛しいひとのことを、なにも、知らないだなんて。
あまりのことに、身震いすらできない。
なにも知らないからではなく、なにも知らなかったという己の無知、その現実が心底恐ろしかった。
ここはロマン・トゥルダ。神の楽園。
なにも考えず、ひたすらに快楽にふけっていただけの自分。
いままで、なんの疑問も抱かずにそうしてきた。まわりにいる頭を垂れているひとたち。彼らはきっといまでも、なんの疑問も抱いていない。
けれどどうして。
(どうしてわたしだけが)
世界を同じように捉えられなくなったのか。
―――ゴオォォン……。
「!」
突如響いた鐘の音に、レーナの肩が跳ね上がった。
ゴオォォン……。
低い低い荘厳な音は、礼拝の終わりを告げるものだ。
そして、彼女の世界の終わりと始まりをを告げるものでもある―――。
(この鐘は、誰が打ってるんだろう)
上げたままの頭を鐘楼のほうへとめぐらせる。
ロマン・トゥルダの全員がこの堂内にいるはずなのに、いったいどこの誰が離れた場所でこの鐘を鳴らしているのか。
「?」
眉根を寄せるレーナに、祈りを終えたヨアンが、どうしたのかと眼差しで訊いてきた。
「この鐘を打っているのは誰なのかな、って思って」
「鐘を打つ、ひと?」
なにを言っているのかと、怪訝な顔になるヨアン。その表情に、これは突き詰めてはならない問題なのだとレーナは悟る。触れてはならないことなのだ。
思考を無理やり停止させる。
なんでもないと、小さく首を振るレーナ。
(なんでもない。そう。きっとヨアンやみんなには、なんでもないことなんだわ……)
そのなんでもないことが、自分には気になってしかたがない。
それが何故だか判らなくて、自分自身が怖くなった。
どうでもいいことにいちいちひっかかりを覚えてしまう自分は、得体のしれない化け物になってしまったのでは?
これからどうなってしまうのかが判らない。どうすべきかも判らない。
ただ、自分はひとりきりなのだと、それだけを残酷なまでに彼女は受け入れるしかなかった。
ロマン・トゥルダの人々と自分は、別の存在なのだと、無意識が現実を突きつける。
(そんなの……でも、気のせいかもしれないし、本当はわたしだけじゃないのかもしれないし)
「レーナ」
ヨアンは硬くなった彼女の手を取る。
「なにを悩んでるんだ?」
思い詰めたヨアンの目の中に、暗い表情のレーナがいる。
「―――わたし」
ためらいつつ口にする。判って欲しいという思いと、判ってなどもらえないという不安が交錯する。
一瞬の間の激しい逡巡に、レーナは急いで次の言葉を探す。
「わたし、わたし、……おかしいの。どうしてこんなふうなのか、全然判らなくて」
神の存在が判らないとは、言えなかった。だから当たり障りのないぼんやりとした表現を選ぶ。
「おかしいって、どういうふうに?」
全然そうは見えないけれどと、ヨアン。その腕に縋りつき、レーナは高い場所にある恋人の瞳を食い入るように見つめる。
「わたし、ここにはいられない。ひとりきり。どうしたらいい? わけの判らないことばかりで。わたし……わたしおかしい」
「わけの判らないこと?」
レーナがなにを言おうとしているのか、ヨアンもわけが判らない。
「さっき―――あなたを見て、初めてヨアン・ファーレンというひとと出逢った気がしたの。あなたの顔を初めて見た気がした。ずっと、いままでずっと一緒にいるのに」
「僕と初めて出逢った、って……」
「初めて認識した、っていうか」
「僕はずっと君のことを見ているけど?」
「そう、なんだけど。そうじゃなくて」
見てる見ていないではなく。
(ああ―――)
レーナは落胆を禁じえない。
ヨアンの言葉が上滑りしている。
意識のどこかがすれ違っていて、彼と自分は違う場所を見ている。
自分を想ってくれているヨアンの気持ちはひしひしと伝わってくるのに、どうしてだかその想いが、虚ろに感じられてならなかった。
否応なしに、現実は示している。
ヨアンには伝わっていない。―――伝わらない。
どうすればいい?
感じている違和感を具体的に言うべきだろうか。けれど言って、それでヨアンが離れてしまったら? そうなったら、きっと本当に自分は味方もなくひとりきりになってしまう。
「レーナ?」
優しく眼差しで先を促すヨアン。
「わたしのこと、軽蔑しない? なんてこと言うんだって、突き放したりしない?」
「どうして僕がレーナのことを軽蔑しなくちゃならないの? 君のいいところも悪いところも、おかしなところもそうでないところも全部含めて、好きなのに」
「ん……」
ヨアンからは、そういう返答がくるとは、なんとなく判っていた。
(どうしよう)
悩むけれど、ひとりきりでは抱えきれない気がした。
あまりにも、自分の身に起こったことは重すぎる。
レーナはまっすぐにヨアンの目を見つめ返した。
「あの、ね。ヨアンのことだけじゃないの。それだけじゃなくて。その……お祈りしているときに思ってしまったの。神とはなんなのか、ここはどこなのか、わたしは誰なのかなにをしているのか、って。そういうことばかり考えてしまうの。みんながいつもしていることが、―――無意味に思えてならなくて」
「レーナ」
ヨアンはあたりを憚るように腰を浮かせた。たったそれだけの仕草に、レーナは心臓が潰れるかと思った。
「外に出よう。たぶんここには、似つかわしくない話題だ」
硬い声でヨアンは囁いた。
教会内に残っている者は、いつの間にかレーナとヨアンだけになってした。ふたりの囁く会話も、向こうに控えている神父の耳には届いているかもしれない。
神の楽園の住民であることをもっとも誇らしく思っているのは、聖職者だった。住民の中で一番神に近い存在だからだ。そんな彼らの耳に、神の御心に挑戦する思想を聞かせていいわけがない。
知られたら、ここにはいられないのだと、ヨアンの中で叫ぶ声があった。
レーナにそんな運命を辿らせてなるものか、と。
席を立ったヨアンに、レーナの彼の腕にかけていた指に力がこもる。ヨアンはその思いをくみとり、笑みを浮かべた。
大丈夫だと、頷いてくれる。
「とにかく、外に出よう」
いつもと変わらない朝が、今日もロマン・トゥルダに訪れる。
夜通しの遊戯にうつつを抜かした住民は、空が明るくなりだす頃に眠りに就き、陽が昇りきり天の中央を通るあたりに目を覚ます。そして毎日熱心に教会に通うのだ。
ロマン・トゥルダに唯一の教会。巨大で壮麗な教会は、何百もの住民を毎日その身の内に招き入れる。
人々は教会の長椅子に恭しく座り、胸の前で指を組み合わせて神に祈る。―――今日の日の安寧と、大いなる神の御心の深さへの感謝を。
(本当に……そうなのかしら)
まわりの皆と同じように胸の前で指を組み頭を垂れるレーナの中に、そんな思いが生まれた。
(みんな、本当に神への感謝の祈りを捧げているの?)
自分は―――?
どうなのかと思い返してみるけれど、なにも出てこなかった。
いままで毎日こうして教会に通っていたのに、神に感謝していたのかと問われると、そうだとも違うとも言えなかった。
なにも、思い出せなかったから。
胸の内が、うそ寒くなる。
(待って。ねえ。わたし、いままでどうやって、なにを祈ってたの? ……本当に祈りを捧げていたの? 神に? どんな言葉をかけて? ―――神は、本当に応えてくれるの?)
疑問はひとつ生まれると、枝葉を広げるようにどんどん広がってゆく。
そもそも、
(神は、いるの? 神とはいったい、どんな存在なの……?)
胸に生まれた、神の存在への疑念。
それはあまりにも危険な疑念だった。そのことに、レーナは気付けない。
だから踏み込んではならない領域に、レーナは足を踏み入れてしまう。
神とは、なに?
祈りとは、なに?
わたしたちは、ここでなにをしているの?
気がつくと、レーナはひとり、頭を上げていた。
皆は一様に頭を垂らし、教会内は水を打ったように静かだった。
静かだ。
神父も、祭壇前で恭しく頭を垂れている。ステンドグラスが施されていない窓から差し込む白い光が、静謐な堂内をよりいっそう神聖なものに変えている。
その中で、ぽつんとただひとり顔を上げているレーナ。
ただひたすらに、静かだった。
(わたしだけ……)
頭の隅で、なにかがずきんと脈打った。
(わたし……)
独りだ。
隔絶を、感じた。
教会内にはロマン・トゥルダ中の人々が集まっているというのに、誰もいないように思えてならなかった。
皆、いるというのに。
独りきりだ。
静謐な空気の中、ただ自分ひとりだけが頭を上げて。
(―――ああ……!)
レーナは悟ってしまう。
孤立。
孤立だ。
なにがどうだとはっきり示すことはできないけれど、自分は、彼らと違ってしまったのだ。
違う道を、進んでしまっている。
皆が受け入れられる世界を、受け入れられていない。
―――孤立。
自分だけが。
世界からはみ出してしまったのだ。
ゆるりと隣のヨアンを見る。
彼は静かに目を伏せて、祈りを捧げていた。
端正なその美貌。頬の産毛を、白い陽光が淡く浮き上がらせている。
美しかった。
神に祈りを捧げる彼は、こんなにも綺麗な青年だったのか。ずっとずっと一緒にいたのに、ヨアンの美しさをいま初めてレーナは認識した。
(どうしていまになって判ったの……?)
何故気付かなかったのだろう。ヨアンという美しいひとに、いま初めて出逢った気がした。
それは逆に、ヨアンのことをまったく知らなかったという現実を突きつけるものでもある。
自分の愛しいひと。このひとだけが愛しいと思ってた、のに。
(ヨアンのこと……、なにを知ってたの)
―――なにも知らない。
なにも、知らない。
己に問うて導き出された答えに愕然となる。
誰よりも愛しいひとのことを、なにも、知らないだなんて。
あまりのことに、身震いすらできない。
なにも知らないからではなく、なにも知らなかったという己の無知、その現実が心底恐ろしかった。
ここはロマン・トゥルダ。神の楽園。
なにも考えず、ひたすらに快楽にふけっていただけの自分。
いままで、なんの疑問も抱かずにそうしてきた。まわりにいる頭を垂れているひとたち。彼らはきっといまでも、なんの疑問も抱いていない。
けれどどうして。
(どうしてわたしだけが)
世界を同じように捉えられなくなったのか。
―――ゴオォォン……。
「!」
突如響いた鐘の音に、レーナの肩が跳ね上がった。
ゴオォォン……。
低い低い荘厳な音は、礼拝の終わりを告げるものだ。
そして、彼女の世界の終わりと始まりをを告げるものでもある―――。
(この鐘は、誰が打ってるんだろう)
上げたままの頭を鐘楼のほうへとめぐらせる。
ロマン・トゥルダの全員がこの堂内にいるはずなのに、いったいどこの誰が離れた場所でこの鐘を鳴らしているのか。
「?」
眉根を寄せるレーナに、祈りを終えたヨアンが、どうしたのかと眼差しで訊いてきた。
「この鐘を打っているのは誰なのかな、って思って」
「鐘を打つ、ひと?」
なにを言っているのかと、怪訝な顔になるヨアン。その表情に、これは突き詰めてはならない問題なのだとレーナは悟る。触れてはならないことなのだ。
思考を無理やり停止させる。
なんでもないと、小さく首を振るレーナ。
(なんでもない。そう。きっとヨアンやみんなには、なんでもないことなんだわ……)
そのなんでもないことが、自分には気になってしかたがない。
それが何故だか判らなくて、自分自身が怖くなった。
どうでもいいことにいちいちひっかかりを覚えてしまう自分は、得体のしれない化け物になってしまったのでは?
これからどうなってしまうのかが判らない。どうすべきかも判らない。
ただ、自分はひとりきりなのだと、それだけを残酷なまでに彼女は受け入れるしかなかった。
ロマン・トゥルダの人々と自分は、別の存在なのだと、無意識が現実を突きつける。
(そんなの……でも、気のせいかもしれないし、本当はわたしだけじゃないのかもしれないし)
「レーナ」
ヨアンは硬くなった彼女の手を取る。
「なにを悩んでるんだ?」
思い詰めたヨアンの目の中に、暗い表情のレーナがいる。
「―――わたし」
ためらいつつ口にする。判って欲しいという思いと、判ってなどもらえないという不安が交錯する。
一瞬の間の激しい逡巡に、レーナは急いで次の言葉を探す。
「わたし、わたし、……おかしいの。どうしてこんなふうなのか、全然判らなくて」
神の存在が判らないとは、言えなかった。だから当たり障りのないぼんやりとした表現を選ぶ。
「おかしいって、どういうふうに?」
全然そうは見えないけれどと、ヨアン。その腕に縋りつき、レーナは高い場所にある恋人の瞳を食い入るように見つめる。
「わたし、ここにはいられない。ひとりきり。どうしたらいい? わけの判らないことばかりで。わたし……わたしおかしい」
「わけの判らないこと?」
レーナがなにを言おうとしているのか、ヨアンもわけが判らない。
「さっき―――あなたを見て、初めてヨアン・ファーレンというひとと出逢った気がしたの。あなたの顔を初めて見た気がした。ずっと、いままでずっと一緒にいるのに」
「僕と初めて出逢った、って……」
「初めて認識した、っていうか」
「僕はずっと君のことを見ているけど?」
「そう、なんだけど。そうじゃなくて」
見てる見ていないではなく。
(ああ―――)
レーナは落胆を禁じえない。
ヨアンの言葉が上滑りしている。
意識のどこかがすれ違っていて、彼と自分は違う場所を見ている。
自分を想ってくれているヨアンの気持ちはひしひしと伝わってくるのに、どうしてだかその想いが、虚ろに感じられてならなかった。
否応なしに、現実は示している。
ヨアンには伝わっていない。―――伝わらない。
どうすればいい?
感じている違和感を具体的に言うべきだろうか。けれど言って、それでヨアンが離れてしまったら? そうなったら、きっと本当に自分は味方もなくひとりきりになってしまう。
「レーナ?」
優しく眼差しで先を促すヨアン。
「わたしのこと、軽蔑しない? なんてこと言うんだって、突き放したりしない?」
「どうして僕がレーナのことを軽蔑しなくちゃならないの? 君のいいところも悪いところも、おかしなところもそうでないところも全部含めて、好きなのに」
「ん……」
ヨアンからは、そういう返答がくるとは、なんとなく判っていた。
(どうしよう)
悩むけれど、ひとりきりでは抱えきれない気がした。
あまりにも、自分の身に起こったことは重すぎる。
レーナはまっすぐにヨアンの目を見つめ返した。
「あの、ね。ヨアンのことだけじゃないの。それだけじゃなくて。その……お祈りしているときに思ってしまったの。神とはなんなのか、ここはどこなのか、わたしは誰なのかなにをしているのか、って。そういうことばかり考えてしまうの。みんながいつもしていることが、―――無意味に思えてならなくて」
「レーナ」
ヨアンはあたりを憚るように腰を浮かせた。たったそれだけの仕草に、レーナは心臓が潰れるかと思った。
「外に出よう。たぶんここには、似つかわしくない話題だ」
硬い声でヨアンは囁いた。
教会内に残っている者は、いつの間にかレーナとヨアンだけになってした。ふたりの囁く会話も、向こうに控えている神父の耳には届いているかもしれない。
神の楽園の住民であることをもっとも誇らしく思っているのは、聖職者だった。住民の中で一番神に近い存在だからだ。そんな彼らの耳に、神の御心に挑戦する思想を聞かせていいわけがない。
知られたら、ここにはいられないのだと、ヨアンの中で叫ぶ声があった。
レーナにそんな運命を辿らせてなるものか、と。
席を立ったヨアンに、レーナの彼の腕にかけていた指に力がこもる。ヨアンはその思いをくみとり、笑みを浮かべた。
大丈夫だと、頷いてくれる。
「とにかく、外に出よう」
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