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第一章
06:着信
しおりを挟む一番広い寝室のテーブルを三人で動かして、空いたスペースに布団を並べた。客人用に揃えている、と言っていただけある。
(布団どころか新品の下着も……)
麗くん用な! と用意されたスウェットと肌着は丁寧に袋に入れられていて、感心を通り越して違和感の方が強かった。
そして、一番の違和感は未成年二人がここに住んでいるという事実。
部屋数が多く、リビングも広々としている。朔夜と朧唯、そして使われていない朋夜の部屋と来客用の寝室。マンションの最上階、そして万全のセキュリティ。
「――親は……?」
それは当然のような疑問。麗のように両親を亡くし、遺産で生活していける方が稀だろう。血縁でもない未成年二人がここに住んでいることもおかしい。
きっと、それは飽きるほど投げかけられた疑問なのだろう。
「多分、どっかで生きとるんちゃうかな?」
「――母親はいない。父親は――、ほとんど会ったことがないな」
けろっと言う朧唯と、俯きながら告げる朔夜。
『母親の顔は知らないんだ。父親もほとんど帰って来ないけどね』
朔夜の言葉に、朋夜が重なる。そして、重なる違和感。
ほとんど会ったことがないと言う朔夜と、ほとんど帰って来ないと言った朋夜。
(あ、)
思い出したのは、もう一つの言葉。
『俺は、生き別れた双子の弟と再会する』
そう言っていた朋夜の言葉。
(……二人は一緒に育ってないんだ……)
そう気付き、反射的に謝罪しそうになったのを、ぐっと飲み込む。朋夜と朔夜が一緒に居るところを見たことがない。だからこそ、知るはずもない。当たり前のことだ。
「ところで、麗くんはベッドと布団どっちがええ? 普段どっちで寝とるん?」
「あ、普段はベッド」
「そしたら、麗くんはベッドな。真ん中が俺で~サクは端っこでええやろ」
「まあ、俺はどこでもいいよ。ていうか本当に一緒に寝るのか」
「布団まで敷いといてそれ言うんか!」
「それもそうか」
「ふ、」
部屋の入口で二人の掛け合いを見て、自然の口元が綻んだ。笑い声が漏れて、慌てて口を塞いだ。
「笑ったな!」
してやったりと言わんばかりに朧唯が笑ったので、先ほどの会話は笑わせるためだったのだと気付く。
「久々に笑った。――ありがとう。ええっと」
「朧唯。岩佐朧唯や」
「ありがとう、朧唯。朔夜もっ」
~♪
和やかになりつつあった空気を、機械音が裂いた。
「麗くん、出ていいよ」
麗のサイドバッグから聞こえる音に、朔夜が促す。麗の表情は再び強張り、震える手でそれを取り出す。
『着信:春夏秋冬憂』
表示された文字に、絞った吐息が漏れる。なぜ電話してきたのか、思い当たる節しかない。
「嫌やないんなら、スピーカーにして」
「……」
応じるように頷いて、通話をスライドした。スピーカーにすると、『麗!』という慌てた声が響く。
『居ないと思ったら…! 心配させるな!』
「ごめん。でもさ、久しぶりに外に出れたんだから」
『そういう問題じゃない! ――いや、誰のとこに泊まるんだ?』
憂の声には様々な感情が滲んでいた。急に居なくなった弟に対する不安と心配。その上で、友人宅に泊まるという事実への尊重。それだけで、兄弟仲が良好だと理解できる。
(誰の家、か)
憂の言葉に、麗は朔夜を見る。朋夜が友人だというのは憂も知っている。引きこもった後、訪れてくれたこともあるのでその名を出すのが一番安全なのも理解はしていた。
しかし、当の朋夜は居ない。
「憂は知らないよ。外で偶然会った中学時代の友人だから」
『朋夜くんと叶天くんの他にいたなんて聞いたことないぞ』
「失礼だな。特に親しかったのがその二人だったってだけじゃん。――誕生日祝ってくれるんだってさ」
『うちでもケーキ用意したんだぞ』
「ごめんって。諧と二人で食べてよ」
『二日もお世話になるなんて、迷惑にならないのか? せめて挨拶させてくれ』
引き下がらない兄に、手が震える。汗が滲み、呼吸が浅くなる。
「麗」
引き裂くように、朔夜の声がした。朋夜そっくりの、声が。
意図を察して、朔夜と朧唯に画面を向ける。
「お兄さん、麗の友人です」
朔夜が、言う。憂が息を呑む音が聞こえる。
『――あ、うちの麗がお世話になります。ご迷惑になってませんか?』
「もちろんです。暫くお借りして大丈夫ですか?」
『ええ――あの、お名前伺っても? 次回はきちんと手土産を持たせるので』
「伊勢谷朔夜です。朋夜の弟です。――実は三人で遊んだこともあるんですよ」
『なるほど。言われてみれば声がそっくりです。朋夜くんに弟さんがいるなんて知らなかったな。……今度は是非うちにも朋夜くんと遊びに来てください』
「……はい。遊びに行きますね」
『お待ちしてます。麗に代わっていただけますか?』
「はい」
憂が引き下がったのを確認して、麗が頷く。
「――だから、大丈夫だって言ったじゃん。――うん、うん。わかったってば。またね」
あとは短く会話して、通話を終了する。
沈黙を落とした端末をポケットに入れて、額に滲んだ汗を拭う。
機械を通した声なら、まだ耐えられると言う事実に安堵しながらも。
「麗くん――ほんまに凄いな」
ぽつり、呟いた朧唯の顔色は、麗以上に悪かった。
「サク、けいちゃんに、電話、」
「朧唯!」
蒼白な顔面に冷や汗を浮かべた朧唯は、その指示だけ残して、意識を手放した。
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