血蝕の月華~春夏秋冬~

月見こだま

文字の大きさ
8 / 14
第一章

06:着信

しおりを挟む

 一番広い寝室のテーブルを三人で動かして、空いたスペースに布団を並べた。客人用に揃えている、と言っていただけある。

(布団どころか新品の下着も……)

 麗くん用な! と用意されたスウェットと肌着は丁寧に袋に入れられていて、感心を通り越して違和感の方が強かった。
 そして、一番の違和感は未成年二人がここに住んでいるという事実。
 部屋数が多く、リビングも広々としている。朔夜と朧唯、そして使われていない朋夜の部屋と来客用の寝室。マンションの最上階、そして万全のセキュリティ。

「――親は……?」

 それは当然のような疑問。麗のように両親を亡くし、遺産で生活していける方が稀だろう。血縁でもない未成年二人がここに住んでいることもおかしい。

 きっと、それは飽きるほど投げかけられた疑問なのだろう。

「多分、どっかで生きとるんちゃうかな?」
「――母親はいない。父親は――、ほとんど会ったことがないな」

 けろっと言う朧唯と、俯きながら告げる朔夜。

『母親の顔は知らないんだ。父親もほとんど帰って来ないけどね』

 朔夜の言葉に、朋夜が重なる。そして、重なる違和感。
 ほとんど会ったことがないと言う朔夜と、ほとんど帰って来ないと言った朋夜。

(あ、)

 思い出したのは、もう一つの言葉。

『俺は、生き別れた双子の弟と再会する』

 そう言っていた朋夜の言葉。

(……二人は一緒に育ってないんだ……)
 
 そう気付き、反射的に謝罪しそうになったのを、ぐっと飲み込む。朋夜と朔夜が一緒に居るところを見たことがない。だからこそ、知るはずもない。当たり前のことだ。

「ところで、麗くんはベッドと布団どっちがええ? 普段どっちで寝とるん?」
「あ、普段はベッド」
「そしたら、麗くんはベッドな。真ん中が俺で~サクは端っこでええやろ」
「まあ、俺はどこでもいいよ。ていうか本当に一緒に寝るのか」
「布団まで敷いといてそれ言うんか!」
「それもそうか」
「ふ、」


 部屋の入口で二人の掛け合いを見て、自然の口元が綻んだ。笑い声が漏れて、慌てて口を塞いだ。

「笑ったな!」

 してやったりと言わんばかりに朧唯が笑ったので、先ほどの会話は笑わせるためだったのだと気付く。

「久々に笑った。――ありがとう。ええっと」
「朧唯。岩佐朧唯や」
「ありがとう、朧唯。朔夜もっ」

 ~♪

 和やかになりつつあった空気を、機械音が裂いた。

「麗くん、出ていいよ」

 麗のサイドバッグから聞こえる音に、朔夜が促す。麗の表情は再び強張り、震える手でそれを取り出す。

『着信:春夏秋冬憂』

 表示された文字に、絞った吐息が漏れる。なぜ電話してきたのか、思い当たる節しかない。

「嫌やないんなら、スピーカーにして」
「……」

 応じるように頷いて、通話をスライドした。スピーカーにすると、『麗!』という慌てた声が響く。

『居ないと思ったら…! 心配させるな!』
「ごめん。でもさ、久しぶりに外に出れたんだから」
『そういう問題じゃない! ――いや、誰のとこに泊まるんだ?』

 憂の声には様々な感情が滲んでいた。急に居なくなった弟に対する不安と心配。その上で、友人宅に泊まるという事実への尊重。それだけで、兄弟仲が良好だと理解できる。

(誰の家、か)

 憂の言葉に、麗は朔夜を見る。朋夜が友人だというのは憂も知っている。引きこもった後、訪れてくれたこともあるのでその名を出すのが一番安全なのも理解はしていた。
 しかし、当の朋夜は居ない。

「憂は知らないよ。外で偶然会った中学時代の友人だから」
『朋夜くんと叶天かなたくんの他にいたなんて聞いたことないぞ』
「失礼だな。特に親しかったのがその二人だったってだけじゃん。――誕生日祝ってくれるんだってさ」
『うちでもケーキ用意したんだぞ』
「ごめんって。諧と二人で食べてよ」
『二日もお世話になるなんて、迷惑にならないのか? せめて挨拶させてくれ』

 引き下がらない兄に、手が震える。汗が滲み、呼吸が浅くなる。

「麗」

 引き裂くように、朔夜の声がした。朋夜そっくりの、声が。
 意図を察して、朔夜と朧唯に画面を向ける。

「お兄さん、麗の友人です」

 朔夜が、言う。憂が息を呑む音が聞こえる。

『――あ、うちの麗がお世話になります。ご迷惑になってませんか?』
「もちろんです。暫くお借りして大丈夫ですか?」
『ええ――あの、お名前伺っても? 次回はきちんと手土産を持たせるので』
「伊勢谷朔夜です。朋夜の弟です。――実は三人で遊んだこともあるんですよ」
『なるほど。言われてみれば声がそっくりです。朋夜くんに弟さんがいるなんて知らなかったな。……今度は是非うちにも朋夜くんと遊びに来てください』
「……はい。遊びに行きますね」
『お待ちしてます。麗に代わっていただけますか?』
「はい」

 憂が引き下がったのを確認して、麗が頷く。

「――だから、大丈夫だって言ったじゃん。――うん、うん。わかったってば。またね」

 あとは短く会話して、通話を終了する。
 沈黙を落とした端末をポケットに入れて、額に滲んだ汗を拭う。

 機械を通した声なら、まだ耐えられると言う事実に安堵しながらも。

「麗くん――ほんまに凄いな」

 ぽつり、呟いた朧唯の顔色は、麗以上に悪かった。

「サク、けいちゃんに、電話、」
「朧唯!」

 蒼白な顔面に冷や汗を浮かべた朧唯は、その指示だけ残して、意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

婚約破棄ですか?あなたは誰に向かって口をきいているのですか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私、マリアンヌ・バークレーは王宮の誕生日パーティーでいきなり婚約破棄を言い渡された。は!?婚約破棄ですか?あなたは誰ですの?誰にモノを言っているのですか?頭大丈夫ですか?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。

神崎あら
青春
 10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。  それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。  そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!

処理中です...