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前編

真に悪いのは誰?(他)

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「昨日と警備体制が違うわ」

 キルシュライト王国王城の一室で、少女は蜂蜜のような声で呟いた。確信を持ったその言葉は、彼女がいかにこの王城へと目を向けているかを表している。

 薄ピンク色のレースを沢山重ねたベルラインドレスを身に纏ったその姿は、大輪のカーネーションのようだった。

「それだけじゃない。紛れ込んでいるも今日は落ち着かないみたいだね」
「あら、昨日も鼠はいたわ。きっとわたくし達と一緒にアルヴォネンから来たのよ。気持ち悪いわ」

 無垢な少女のような声で、毒を吐く。
 少女――ティーナは形の良い唇を噛み締めた。

 昨夜、アリサはパーティーに現れなかった。代わりに現れたのは、呼んでいない。ルーカスとアリサの命を狙う暗殺者だけだった。

 勿論、アリサを誘ったその日のうちに彼女がパーティーに出てくるとはあまり思っていない。

 元々アリサがパーティーに出る予定がなければ、アリサのドレスも用意しなければいけないし、パーティー会場警備体制変更もしなければならないだろう。

 王太子妃ならばその位の無茶は通せるが、とティーナは一人の男の顔を浮かべる。このキルシュライト王国の王太子。

 あの忌々しい男ならば、手抜きは絶対に許さないだろう――と。

 自然と扇を持つ華奢な指に力がこもる。

「ルーカス、貴方はどう思って?」

 ティーナに問われたルーカスは、ゆっくりとアメジスト色の瞳を瞬かせた。玩具を与えられた少年のように、抑えきれない興奮の色を宿しながら。

「そうだね。きっと、今夜辺りにアリサが出てくるかもしれない」

 自然とルーカスの口元が緩む。ティーナも同じだった。

「とっても、楽しみだわ」

 うっとりと蕩けたような表情を浮かべるティーナを見て、ふと真顔になったルーカスは口元に手を当てて呟く。

「アリサを連れ出す手筈を再確認しておこう。城の警備体制変更点とには充分気を付けなければいけない。敵はからね」
「ええ」

 ティーナも顔を引き締めて小さく頷く。そして扇を持っていない手で、指折り数え始めた。

「13人。13人の名前は全て覚えているわ。そして、その中でアリサに直接的に危害を加えてきた者は、この2年でほとんどわたくし達が排除してきたわ。あとは1人だけ」

 時間が掛かってしまった。
 だけれど、やっと本望を果たすことが出来る。目前にして失敗する訳にはいかない。

「ミスカ・サロライネン。反逆罪で処刑された元侯爵トピアス・サロライネンの嫡男にして、――一番最初にアリサの能力が使われた例」

 どうしても捕えられなかった。元侯爵家故に、色々なコネクションがあったのだろう。未だに本人の姿を捕えられず、見つけられるのは末端のみ。

 組織ぐるみで動いていることは確かなのだ。
 しかし、詰めまでしっかりとこなさなければ、全てが水の泡。2年という時間を費やしてしまったが、これ以上引き伸ばし続ける訳にはいかない。

 アリサの精神的な面を考えると、きっと遅すぎるくらいなのだ。

 二人は信じ込んでいた。
 アリサが自分達との再会を喜ばない筈がないという事を。

 二人は夢にも思っていなかった。
 アリサがルーカスとティーナと過ごした日々を、全く覚えていない事を。




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 疲れた。疲労困憊だ。

 ドレスって着るの大変なんだね……。支度だけで随分と時間が掛かってしまった。

 でも、侍女さん達がかなり念入りに化粧をしてくれた。ブロンドの髪はキラキラの宝石と一緒に緩めに編んでくれて、華奢なティアラを着けている。

 耳元は大振りのダイアモンドのイヤリング、大きく開いた首元にもダイアモンドが連なった豪華なネックレス。ブレスレットもお揃いみたいで、普通に身に付けている色々な物の総額の事を考えると血の気が引く。

 決して派手ではない。むしろ大人しい色で上品に纏まっている。
 王太子妃の地位に相応しいお金の掛け方って感じだ。

 コルセットはお腹を締め付けないもので、胸の形を上手く整えてくれるものだった。胸が苦しいとかもない。

 下腹を撫でる。まだまだぺったんこ。
 本当に赤ちゃんが入っているのか分からない位だなあ。ローデリヒさんは顔を緩めて存在を確認していたけれど、私にはその方法は使えないんだよね。

 でもなんかいると思うと、下腹の辺りが少し温かくなるような感じがする。

 ドレスのお腹周りは全く締め付けはなくて、ゆったりしている。本当にゼルマさんに言われた通り。
 ゼルマさんのオススメのデザインにしておいてよかった。

 私の支度が終わった頃、ちょうどいいタイミングで部屋にローデリヒさんが現れる。
 私のドレスの色と合わせたのか、同じ深い紺色の丈の長い上着。銀糸で細かい刺繍が入っている。ボタンも銀だし、彼が身につけている装飾品も結構シンプルだけれど、多分凄いお金がかかっているのだろう。

 庶民らしく豪華な衣装の前に気が引けていたけれど、ローデリヒさんも私をサッと全身を見て、真顔で頷いた。

「うん。似合っている。綺麗だ」
「え」

 あんまりにも自然に褒めたものだから、私は固まる。
 え……、綺麗って、綺麗だって言った……。

 そんな私に構うことなく、ローデリヒさんはゼルマさんを含める侍女さん達に「よくやった」と労いの言葉を掛けていた。すっかり流されてばかりだった事を思い出した私も、慌てて侍女さん達に「ありがとう」と続く。

 褒められっぱなしなのも申し訳ないので、私は隣のローデリヒさんを見上げて口を開いた。

「あ、あの……」
「なんだ?」

 眉を寄せたローデリヒさんの海色の瞳とまともに目を合わせられず、視線をさまよわせながら、勢いよく一息で言い切る。

「ローデリヒさんもカッコイイですよ!!」

 嘘じゃない。
 金髪に海色の瞳。いつも眉間に皺を寄せているけれど、見た目は完全におとぎ話から抜け出てきたような王子様みたいなのだ。

 そんな人がキチッとパーティー用に身だしなみを整えている姿は、言うまでもなくかっこいい。
 私の言葉にちょっと目を見張ったローデリヒさんは、口元を綻ばせた。

「そうか。ありがとう。…………それにしても、顔が赤いが体調が悪いのか?やはり今日はやめておいた方が……」
「だっ大丈夫です!!」

 女子校育ちなので異性に慣れていない。慣れていないのに、ローデリヒさんに顔を覗き込まれて意図せず至近距離になる。

 だ、駄目だ……!ローデリヒさんの髪の毛拭いた仲なのに、意識してしまうと普通に恥ずかしいんだってば!!

 お風呂で逆上せたみたいに顔に血が上る。ローデリヒさんだけが平然とした顔をしていた。

「お、男の人に褒められる事なんて無いですから!!照れてるだけです!!」
「そうなのか?……紳士たる者、女性を褒めるのは当たり前だと思っていたのだが……」
「……あっ、なるほど」

 困惑して首を捻ってローデリヒさんの言葉に脱力する。

 なるほど……女性を褒めるのは当たり前……。なんだ。お世辞か……。

 お世辞に本気になってしまった感じがして、違う意味で恥ずかしくなった。

「まあ、本当の事しか言っていないがな」

 ………………ん?

 手で熱くなった顔を扇いでいたけれど、ローデリヒさんの言葉に再び固まる羽目になった。
 けれど、私の思考が追いつかないうちに、彼は言葉を続けた。

「本当に……いいんだな?今ならまだパーティーに出なくても済む」

 最後の念押しだろう。
 私も気を引き締める。ここで引き下がる訳にはいかない。

「大丈夫です。出ます。……ですけど、パーティーって出た覚えがないので、どうしたらいいか……」

 とても今更な疑問だった。
 だって、完全にアリサ・セシリア・キルシュライトじゃなくて、達川有紗がパーティーに出たことないって事を忘れてた。
 完全にあのローブの女の子と会うことしか考えてなかったんだよね……。

「分かった。パーティーについては大丈夫だ。元々あまり長居させるつもりはない。貴女の能力の事もある。私の後ろに付いていろ。フォローは必ず入れる」

 重々しく頷いたローデリヒさんに胸を撫で下ろす。
 全く分からないし、ローブの女の子以外は彼に任せちゃおう。

「パーティー会場の警備は厳重にしている。貴女も私から離れないように。知らない者について行かないように」

 私は子供か!!
 まだ確かに未成年なんだけど。
 私の親みたいに忠告してくるローデリヒさんに内心突っ込みながら、大人しく頷いた。

「護衛も付ける。入ってこい。ヴァーレリー」

 部屋の外に向かって声を掛ける。ノック音の後に姿を見せたのは、私のよく知る人だった。

「失礼します」

 ローデリヒさんと一緒に付いてきたのかもしれない。ヴァーレリーちゃんが淡い水色のドレスを着て、この部屋に入ってくる。

 いや、ちょっと待って。待って。
 頭が全く追いつかない。

「ヴァーレリーちゃんって、女の子?!男の子?!どっち?!」
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