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後編
理性がなんだって?
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ローちゃんに口止めをお願いしていると、背後からローデリヒ様が現れた。
ホラー展開すぎて、思わずその場で飛び上がったよね。
ローデリヒ様は腕組みをして、私を真っ直ぐに見る。その表情はかなり険しい。
「使い魔越しに確認は一応したが、ティーカップに口をつけていないだろうな?」
「それは勿論です!!」
そういえば、ローちゃんとローデリヒ様の視界繋がっていた事忘れてた……!!
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
「……アーベルは無事に戻ったようだ。ただ迷子になっていただけらしい。父上も一緒にいる」
王太子の執務室の隣、仮眠室のような所に連れ込まれた。しばらく腕組みをしたままローデリヒ様は黙っていたが、唐突に口を開く。私は彼の言葉にホッと胸を撫で下ろした。きっとローちゃんを向かわせてくれたんだな。
「良かった……」
ちなみにイーヴォさんと侍女達は部屋の外で待機。イーヴォさんに口パクで「頑張って下さい」と笑顔と共に言われたんだけど、なんか誤解されている気がする。夫婦で二人っきりの密室なら、勘違いもされそうだけど。経緯が経緯だ。
アーベルの無事と、重苦しすぎるこの場の沈黙が終わった事に肩の力を抜く。
アーベルが無事で本当に良かった……。ローデリヒ様もずっと沈黙してて、何を考えてるかすら伝わってこなかったから。
アーベルの事は父上に任せておくとして、と前置きをしつつローデリヒ様はいきなり本題に入った。
「何故父上の後宮なんかにいたんだ?」
「えーっと、それは……」
どこから説明したものか……、と悩みながら順を追って話していく。特に隠すこともなかった。
ハイデマリー様と後宮の目の前で会ったこと。ハイデマリー様がローデリヒ様を失脚させようと思っていたこと。どういう事なのか知りたくてついて行ったこと。失脚計画なんて本当はなくて、ハイデマリー様が私の能力を試したかったこと。お茶会なので、お茶を飲まされそうになったこと。
全て包み隠さずに伝えた。ローデリヒ様は相変わらず腕を組んだまま難しい顔をしていたけれど、時々小さく頷いて聞いてくれていた。
「……結果的にローちゃんに助けて貰って、何とか脱出出来たけど結構ピンチだったかも……、しれないです……」
「そうだな」
あっさりと頷いたローデリヒ様は、腕組みを解く。そして脱力したように深々と息を吐いた。
「……能力が知られていたというのも大問題だが、貴女の話には幾つかの誤解がある。まず、ハイデマリー殿が計画を立てていなくとも、私を失脚させたいのは本当の事だろう」
「え……?」
目を瞬かせてローデリヒ様を見返すと、彼は考え込むように口元に手を当てた。
「私の母が一側室という事は知っているな?」
「あ……、はい。確かべティーナ様、でしたよね?」
「ああ。伯爵家の養女として貴族名鑑には載っているが……、元々はジギスムントとゼルマの子で、父上の乳兄弟だったんだ。ジギスムントは伯爵家の遠縁だったんだが、爵位のないほとんど平民のような生活をしていて、母上も側室ではなく侍女として父上に仕えていた」
そういえば詳しく聞いたことのない、ローデリヒ様のお母さんの話。ジギスムントさんとゼルマさんが義理の祖父母だと知っていたけれど、平民のような生活をしていた伯爵家の遠縁と国王様って……随分と。
「……身分差、ありますね」
「ああ。ジギスムントもゼルマも、自分の娘が側室になるなんて、そんな事思いもしなかっただろうな。母上も人を使う側の教育を受けているはずがなかった。大誤算だったのは、父上と母上が恋愛をしてしまった事くらいか」
まるで、恋愛自体が失敗かのように語るローデリヒ様の表情はいつも通り。過去にあった事をそのまま伝えているだけ。
「父上は乳兄弟として、幼馴染のように育った母上をずっと好いていたらしい。……母上もおそらくは。……侍女から側室になった母上は、随分と出世をしたと当時は言われていたと、聞いたことがある。その時の後宮にはもう既に、数人の側室がいたんだ」
……国王様、昔から後宮は賑やかだったんですね。
現在も賑やかだった後宮を思い出し、遠い目になった私の様子を見て、ローデリヒ様は国王様のフォローをする。
「……まあ、キルシュライト王家は子供が少ないからな。側室は周りから押し切られて入れられる事が多い。父上もそんな経緯で、既に側室は何人もいた。その中でも、ハイデマリー殿は一番最初に後宮入りした側室だったんだ」
「えっ?!一番最初?!」
どう見ても二十代半ばから後半くらいの見た目なのに、国王様の側室第一号?ちょっと歳の計算が出来ない……、それならあの人実年齢何歳になるの?!
「そうだ。見た目はずっと変わっていないから父上達と同世代に見えないだろうが。側室の中でもハイデマリー殿が一番身分の高い家の出身だった。将来の王妃と言われ、そう教育されてきたし、本人もそう思っていたらしい」
だけど、国王様に王妃はいない。
つまり、だ。
「ずっと後宮の中にいるってこと……?」
「ああ」
ずっと後宮に居続けるのはなんて、そんなの、私なら耐えられない。引きこもりとは違って、あそこは出られない所だから。
私の表情から気持ちが伝わったのか、ローデリヒ様は冷たい声で否定した。
「同情する必要はない。ハイデマリー殿が決めたことだ。父上は何度かハイデマリー殿に下賜を勧めている。だが、断ったのは他ならぬ彼女だ」
「そうなんだ……」
なんで、居続けているんだろう?
国王様と同世代なら、子供が出来るのもそろそろリスクが伴ってくる頃なんじゃないだろうか?
「そして、ハイデマリー殿は母上が跡継ぎを産んだことを良く思っていない。ハイデマリー殿に関わらずだが……、かなり嫌がらせをされてきた。まあ、因縁の相手だ」
「怖……」
なんかすごいドロドロしてそう。後宮なんて入らなくてよかった……。正妻でよかった……。
「でも、母上が王妃になっていたら、もっと荒れていただろうな。子供が私一人しかいないから、私が王太子になっているが……、私の他にいればそちらを王太子にしていただろう」
「えっ、ローデリヒ様が長子でもですか?」
「そうだ」
やや煩慮の色を見せたローデリヒ様だったが、一つ息を吸った。
「これも話していなかったが……幼い頃、毒で死にかけた事がある。幸いにも命は助かって、後遺症もなかったが、かなり血を吐いて一時期は本当に危うかったらしい。その事がすっかりと堪えた母上が、私を危ない目に合わせたくないと仰ったそうだ」
ローデリヒ様にしては珍しく、唇の端をつりあげて笑みを作る。
「笑ってしまうだろう?私は王族の直系なのに、危ない目に合わない訳がないというのに。自己の幸せを望む姿勢は、本当に、人を使う側の人間ではなかったのだ。母上は」
反論は、出来なかった。ローデリヒ様の言うことは正しい。正しいのに。アーベルとお腹の子供がいる今となっては、ローデリヒ様のお母さんの気持ちが痛いくらいによく分かる。
きっと、アーベルが血を吐く姿を見てしまったら、苦しいし代わってあげたいって思ってしまう。自分の子供が可愛い。代わりにどこかの子供が犠牲になってしまう可能性だってあるのに。
この思いは、浅ましいのだろうか。
膝の上の手を握り締める。ローデリヒ様は敢えて、お母さんを嘲る物言いをしたのか。でも、その言葉には一つだけ確かに伝わって来るものがあった。
きっと、ローデリヒ様はお母さんに愛されていたんだと。
「……もし、私もローデリヒ様のお母様と同じ事をしたら、どうしますか?」
私の質問に、ローデリヒ様は虚をつかれたように目を見開いた。そして、考え込むように目を伏せる。しばしの間の静寂がその場を支配した。アーベルを可愛がっていたローデリヒ様なら、私とほんの少しでも気持ちを共有出来るはずだ。でも、ローデリヒ様から何の感情も伝わってこない。必要な時に役に立たないなあ、私の能力って。
やがて、ソファーの肘掛けにローデリヒ様は頬杖をつき、物憂げな表情でポツリと零した。
「……最適解など、ないのかもしれないな」
しんみりとした空気が私達を包む。けど、思い出したようにハッとしたローデリヒ様が、その空気をぶち壊した。
「そういえば、私ははやく帰ってくれと頼んだはずなのだが」
「うっ」
ジロリ、と青空のような碧眼で見られて、私はその場で居住まいを正した。ローデリヒ様は手のひらで顔を覆う。
「引きこもって元気がないのもあまり良くはないが、元気すぎるのも目が離せないな……」
「ちょ……、私はアーベルみたいに子供じゃないですよ!」
「そうだな。むしろアーベルよりも動ける分質が悪い」
グッと言葉に詰まった。今回は危ない事をした自覚はあるので、大人しく黙る。確かに気になっていても、軽率ではあったと思う。ローデリヒ様はわざわざ立ち上がって、私の隣に腰を下ろした。
「……私の事で動いてくれたのは分かるから、あまり責めたいわけではない。が、貴女に何か起こると私は辛い。一人の体でない事を自覚してくれ」
「はい……」
「危ない真似はしないと約束、してくれるな?」
ローデリヒ様が小指を立てた。男の人らしく小指なのに大きくて、骨ばっている。私は彼の指に自分のを絡めた。
実はこの世界にも、指切りに似た風習があるんだよね。家族にしかやらないらしいんだけど。
「約束です」
しっかり目を合わせて言った私に、ローデリヒ様はようやく安堵したように口元を緩めた。未だに繋がり合った指をまるごと覆うように、彼は私の手を握り込む。手の甲を指先で撫でられた。
指の動きを追っていた私が見上げると、思ったよりも近い距離にあるローデリヒ様の瞳とぶつかる。そのまま私は受け入れるように目を閉じた。
唇に熱を感じる。
空いた方の手が私の頬に触れた。輪郭をなぞるように後頭部の方まで上がっていく。その指先が耳に触れた途端、くすぐったさで体が反応した。
「……ぐっ」
お腹を抑えて呻くローデリヒ様に、私は顔から血の気が引いた。
やってしまった……!!
「ごっ、ごめんなさい!!手が勝手に出ちゃって!」
くすぐったすぎて、思わずローデリヒ様の鳩尾に拳を叩き込んでしまった。急所に入れちゃうし、大体ローデリヒ様が油断している時にボコボコにしてしまうから、ローデリヒ様へのダメージが半端じゃない。焦ってローデリヒ様の顔色を覗き込むけど、彼は顔を覆って背中を丸めた。私から隠すように。
「いや……、助かった。……今、理性が……危な……」
え?理性がなんだって?
ホラー展開すぎて、思わずその場で飛び上がったよね。
ローデリヒ様は腕組みをして、私を真っ直ぐに見る。その表情はかなり険しい。
「使い魔越しに確認は一応したが、ティーカップに口をつけていないだろうな?」
「それは勿論です!!」
そういえば、ローちゃんとローデリヒ様の視界繋がっていた事忘れてた……!!
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「……アーベルは無事に戻ったようだ。ただ迷子になっていただけらしい。父上も一緒にいる」
王太子の執務室の隣、仮眠室のような所に連れ込まれた。しばらく腕組みをしたままローデリヒ様は黙っていたが、唐突に口を開く。私は彼の言葉にホッと胸を撫で下ろした。きっとローちゃんを向かわせてくれたんだな。
「良かった……」
ちなみにイーヴォさんと侍女達は部屋の外で待機。イーヴォさんに口パクで「頑張って下さい」と笑顔と共に言われたんだけど、なんか誤解されている気がする。夫婦で二人っきりの密室なら、勘違いもされそうだけど。経緯が経緯だ。
アーベルの無事と、重苦しすぎるこの場の沈黙が終わった事に肩の力を抜く。
アーベルが無事で本当に良かった……。ローデリヒ様もずっと沈黙してて、何を考えてるかすら伝わってこなかったから。
アーベルの事は父上に任せておくとして、と前置きをしつつローデリヒ様はいきなり本題に入った。
「何故父上の後宮なんかにいたんだ?」
「えーっと、それは……」
どこから説明したものか……、と悩みながら順を追って話していく。特に隠すこともなかった。
ハイデマリー様と後宮の目の前で会ったこと。ハイデマリー様がローデリヒ様を失脚させようと思っていたこと。どういう事なのか知りたくてついて行ったこと。失脚計画なんて本当はなくて、ハイデマリー様が私の能力を試したかったこと。お茶会なので、お茶を飲まされそうになったこと。
全て包み隠さずに伝えた。ローデリヒ様は相変わらず腕を組んだまま難しい顔をしていたけれど、時々小さく頷いて聞いてくれていた。
「……結果的にローちゃんに助けて貰って、何とか脱出出来たけど結構ピンチだったかも……、しれないです……」
「そうだな」
あっさりと頷いたローデリヒ様は、腕組みを解く。そして脱力したように深々と息を吐いた。
「……能力が知られていたというのも大問題だが、貴女の話には幾つかの誤解がある。まず、ハイデマリー殿が計画を立てていなくとも、私を失脚させたいのは本当の事だろう」
「え……?」
目を瞬かせてローデリヒ様を見返すと、彼は考え込むように口元に手を当てた。
「私の母が一側室という事は知っているな?」
「あ……、はい。確かべティーナ様、でしたよね?」
「ああ。伯爵家の養女として貴族名鑑には載っているが……、元々はジギスムントとゼルマの子で、父上の乳兄弟だったんだ。ジギスムントは伯爵家の遠縁だったんだが、爵位のないほとんど平民のような生活をしていて、母上も側室ではなく侍女として父上に仕えていた」
そういえば詳しく聞いたことのない、ローデリヒ様のお母さんの話。ジギスムントさんとゼルマさんが義理の祖父母だと知っていたけれど、平民のような生活をしていた伯爵家の遠縁と国王様って……随分と。
「……身分差、ありますね」
「ああ。ジギスムントもゼルマも、自分の娘が側室になるなんて、そんな事思いもしなかっただろうな。母上も人を使う側の教育を受けているはずがなかった。大誤算だったのは、父上と母上が恋愛をしてしまった事くらいか」
まるで、恋愛自体が失敗かのように語るローデリヒ様の表情はいつも通り。過去にあった事をそのまま伝えているだけ。
「父上は乳兄弟として、幼馴染のように育った母上をずっと好いていたらしい。……母上もおそらくは。……侍女から側室になった母上は、随分と出世をしたと当時は言われていたと、聞いたことがある。その時の後宮にはもう既に、数人の側室がいたんだ」
……国王様、昔から後宮は賑やかだったんですね。
現在も賑やかだった後宮を思い出し、遠い目になった私の様子を見て、ローデリヒ様は国王様のフォローをする。
「……まあ、キルシュライト王家は子供が少ないからな。側室は周りから押し切られて入れられる事が多い。父上もそんな経緯で、既に側室は何人もいた。その中でも、ハイデマリー殿は一番最初に後宮入りした側室だったんだ」
「えっ?!一番最初?!」
どう見ても二十代半ばから後半くらいの見た目なのに、国王様の側室第一号?ちょっと歳の計算が出来ない……、それならあの人実年齢何歳になるの?!
「そうだ。見た目はずっと変わっていないから父上達と同世代に見えないだろうが。側室の中でもハイデマリー殿が一番身分の高い家の出身だった。将来の王妃と言われ、そう教育されてきたし、本人もそう思っていたらしい」
だけど、国王様に王妃はいない。
つまり、だ。
「ずっと後宮の中にいるってこと……?」
「ああ」
ずっと後宮に居続けるのはなんて、そんなの、私なら耐えられない。引きこもりとは違って、あそこは出られない所だから。
私の表情から気持ちが伝わったのか、ローデリヒ様は冷たい声で否定した。
「同情する必要はない。ハイデマリー殿が決めたことだ。父上は何度かハイデマリー殿に下賜を勧めている。だが、断ったのは他ならぬ彼女だ」
「そうなんだ……」
なんで、居続けているんだろう?
国王様と同世代なら、子供が出来るのもそろそろリスクが伴ってくる頃なんじゃないだろうか?
「そして、ハイデマリー殿は母上が跡継ぎを産んだことを良く思っていない。ハイデマリー殿に関わらずだが……、かなり嫌がらせをされてきた。まあ、因縁の相手だ」
「怖……」
なんかすごいドロドロしてそう。後宮なんて入らなくてよかった……。正妻でよかった……。
「でも、母上が王妃になっていたら、もっと荒れていただろうな。子供が私一人しかいないから、私が王太子になっているが……、私の他にいればそちらを王太子にしていただろう」
「えっ、ローデリヒ様が長子でもですか?」
「そうだ」
やや煩慮の色を見せたローデリヒ様だったが、一つ息を吸った。
「これも話していなかったが……幼い頃、毒で死にかけた事がある。幸いにも命は助かって、後遺症もなかったが、かなり血を吐いて一時期は本当に危うかったらしい。その事がすっかりと堪えた母上が、私を危ない目に合わせたくないと仰ったそうだ」
ローデリヒ様にしては珍しく、唇の端をつりあげて笑みを作る。
「笑ってしまうだろう?私は王族の直系なのに、危ない目に合わない訳がないというのに。自己の幸せを望む姿勢は、本当に、人を使う側の人間ではなかったのだ。母上は」
反論は、出来なかった。ローデリヒ様の言うことは正しい。正しいのに。アーベルとお腹の子供がいる今となっては、ローデリヒ様のお母さんの気持ちが痛いくらいによく分かる。
きっと、アーベルが血を吐く姿を見てしまったら、苦しいし代わってあげたいって思ってしまう。自分の子供が可愛い。代わりにどこかの子供が犠牲になってしまう可能性だってあるのに。
この思いは、浅ましいのだろうか。
膝の上の手を握り締める。ローデリヒ様は敢えて、お母さんを嘲る物言いをしたのか。でも、その言葉には一つだけ確かに伝わって来るものがあった。
きっと、ローデリヒ様はお母さんに愛されていたんだと。
「……もし、私もローデリヒ様のお母様と同じ事をしたら、どうしますか?」
私の質問に、ローデリヒ様は虚をつかれたように目を見開いた。そして、考え込むように目を伏せる。しばしの間の静寂がその場を支配した。アーベルを可愛がっていたローデリヒ様なら、私とほんの少しでも気持ちを共有出来るはずだ。でも、ローデリヒ様から何の感情も伝わってこない。必要な時に役に立たないなあ、私の能力って。
やがて、ソファーの肘掛けにローデリヒ様は頬杖をつき、物憂げな表情でポツリと零した。
「……最適解など、ないのかもしれないな」
しんみりとした空気が私達を包む。けど、思い出したようにハッとしたローデリヒ様が、その空気をぶち壊した。
「そういえば、私ははやく帰ってくれと頼んだはずなのだが」
「うっ」
ジロリ、と青空のような碧眼で見られて、私はその場で居住まいを正した。ローデリヒ様は手のひらで顔を覆う。
「引きこもって元気がないのもあまり良くはないが、元気すぎるのも目が離せないな……」
「ちょ……、私はアーベルみたいに子供じゃないですよ!」
「そうだな。むしろアーベルよりも動ける分質が悪い」
グッと言葉に詰まった。今回は危ない事をした自覚はあるので、大人しく黙る。確かに気になっていても、軽率ではあったと思う。ローデリヒ様はわざわざ立ち上がって、私の隣に腰を下ろした。
「……私の事で動いてくれたのは分かるから、あまり責めたいわけではない。が、貴女に何か起こると私は辛い。一人の体でない事を自覚してくれ」
「はい……」
「危ない真似はしないと約束、してくれるな?」
ローデリヒ様が小指を立てた。男の人らしく小指なのに大きくて、骨ばっている。私は彼の指に自分のを絡めた。
実はこの世界にも、指切りに似た風習があるんだよね。家族にしかやらないらしいんだけど。
「約束です」
しっかり目を合わせて言った私に、ローデリヒ様はようやく安堵したように口元を緩めた。未だに繋がり合った指をまるごと覆うように、彼は私の手を握り込む。手の甲を指先で撫でられた。
指の動きを追っていた私が見上げると、思ったよりも近い距離にあるローデリヒ様の瞳とぶつかる。そのまま私は受け入れるように目を閉じた。
唇に熱を感じる。
空いた方の手が私の頬に触れた。輪郭をなぞるように後頭部の方まで上がっていく。その指先が耳に触れた途端、くすぐったさで体が反応した。
「……ぐっ」
お腹を抑えて呻くローデリヒ様に、私は顔から血の気が引いた。
やってしまった……!!
「ごっ、ごめんなさい!!手が勝手に出ちゃって!」
くすぐったすぎて、思わずローデリヒ様の鳩尾に拳を叩き込んでしまった。急所に入れちゃうし、大体ローデリヒ様が油断している時にボコボコにしてしまうから、ローデリヒ様へのダメージが半端じゃない。焦ってローデリヒ様の顔色を覗き込むけど、彼は顔を覆って背中を丸めた。私から隠すように。
「いや……、助かった。……今、理性が……危な……」
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