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後編

薬の副作用には気を付けましょう。(他)

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 部屋の外には近衛騎士の正装に身をつつんだイーヴォと、ローデリヒの親戚であるエーレンフリートが立っていた。エーレンフリートも近衛騎士団長らしく、制服を着こなし、長い髪の毛も整えている。

 出てきたローデリヒの顔色にイーヴォは眉を寄せた。

「殿下、なんか顔色悪くないです?やっぱり変な薬飲まない方がよかったのでは?」
「ただの寝不足だ。それに効果は弱いとはいえ、変な薬ではない」
「無理しないでくださいよ?」
「分かっている」

 イーヴォとローデリヒのやり取りにエーレンフリートが入ってくる。

「なになにぃ~?ローデリヒどしたの?」
「聞いて下さいよ団長。殿下、奥方様とキスして欲求不満かもしれないとか言ったり、奥方様に抱き着かれて胸キュンしたって俺に言ってくるんですよ」

 イーヴォが情けない声でエーレンフリートに助けを求めると、エーレンフリートはニヤニヤと笑った。

「なにそれ滅茶苦茶面白そ~じゃん?」

 ローデリヒは面倒臭いのに絡まれたとばかりに顔をしかめる。エーレンフリートはローデリヒの肩に手を置いた。

「まあ、妊婦だから手ぇ出せないのかぁ。それは欲求不満になるよなあ」
「いえ、普段から手出せてないようですよ」
「まっじ?!えぇ、奥さんあんなにカワイイのにぃ……。でも二人目ってことはソレナリっぶ!」

 エーレンフリートの口を手で塞いだローデリヒは、冷ややかな目で「下世話だ」と無理矢理話題を打ち切る。軽く謝りながら手を退かしたエーレンフリートは、ニヤニヤと笑った。

「妊娠中の夫婦仲って大事らしいから、気を付けろよ~?」
「どこの情報だ?」
「オレと不倫中の子持ち貴族夫人」
「お前は何をやっているんだ……。さっさと行くぞ」

 国王よりもはやく会場に入った三人に、参加者の目が集まる。キルシュライト王国王太子は勿論、キルシュライト王族の親戚にあたるヴォイルシュ公爵の末子で近衛騎士団長のエーレンフリート、王太子付きの近衛騎士であるイーヴォ。

 将来、あるいは現在から既にキルシュライト王国を担う要人達である。注目されないわけがなかった。

「さっすが、ローデリヒ。注目度がすごいねぇ~。人気者じゃん?」
「遠巻きにされているだけだ。どちらかというとエーレンフリート、お前の方が人気だろう?」

 ローデリヒはチラリと年頃の令嬢の集まる方を視線で示す。エーレンフリートは「まあ、独身だし?」と肩を竦める。

「ローデリヒも奥さんいるし、イーヴォは昔から婚約者いるしで、完全フリーなオレが人気あるのも、と~ぜんってワケ」
「私達より年上だろう。まだ決まらないのか?」
「一つしか変わんないじゃん。そうだなぁ、特にしたいと思えるような子と出会えねぇ」
「団長はまず出会いの場を不倫相手探しのパーティーから、結婚相手探しのパーティーに変えるといいと思います」

 エーレンフリートに冷静に突っ込んだイーヴォ。イーヴォの言葉にローデリヒは苦い顔になった。

 不倫相手探しのパーティーとかいうパーティーについてはとりあえず置いておく。いや、風紀的にとても良くさなそうな響きだが。
 それよりも未婚の親戚が不倫している事について頭を抱えたい。

「エーレンフリート、結婚が嫌なのか?」
「べっつにー……結婚が嫌ってワケじゃねぇけど……。つーか、オレ達の中で一番結婚について興味無さそうなローデリヒが、一番に結婚したのがびっくりだったんだけど?しかももう子供いるし早すぎじゃね?」

 エーレンフリートは話しながら給仕のお盆に乗っていたワイングラスをローデリヒに渡そうとする。ローデリヒはジギスムントに止められていると断った。
 それを受けて、エーレンフリートは給仕に果実水を二人分持ってくるように命じる。給仕が去ったタイミングで、ローデリヒはエーレンフリートに聞いた。

「そんなに興味無さそうだったか?」
「そりゃあな?人の形してたら誰でもいいってカンジ?そのうち変な女と結婚させられて、尻に敷かれてそ~なイメージだったんだけどなぁ」
「いや流石に人間以外と結婚は無理だが……」

 エーレンフリートが持ってこさせた果実水をローデリヒは受け取る。イーヴォは任務中で控え、エーレンフリートも近衛騎士団長なので酒類を控えていた。

 ローデリヒはグラスに口を付ける。だが、苦くて微妙な顔つきになった。果実水は甘いはずなのに。
 昼間に飲んだ丸薬の風味がまだ口の中に残っている。
 あれから水を飲んでも丸薬の味しかせずに、味覚が馬鹿になっていた。

「ど~した?」

 ローデリヒの表情の変化を悟ったエーレンフリートが問い掛ける。ローデリヒは果実水を少し持ち上げて示した。

「いや……、苦くてな」
「え?果実水じゃねぇの?苦い?」

 自分のグラスの匂いを嗅ぐエーレンフリート。ローデリヒは首を横に振った。

「つい数時間前に飲んだ薬の味が残っていてだな」
「どんな薬だよそれ……」

 エーレンフリートが半眼になった時、急にパーティーホール前方の階段が騒がしくなる。パーティーがこれからはじまると、その場の空気に緊張感が漂った。
 近衛騎士が声を張り上げ、国王が入場してくる事を伝える。

 ハイデマリーをエスコートしながら降りてくる国王。エーレンフリートはこっそりと、隣のローデリヒに耳打ちした。

「そ~いや、前は珍しく陛下の前に出てきてたよなぁ?」
「ああ……。アリサが居たからな。エスコートする人もいないのに、ああやって登場するのもな」
「なるほど」

 納得したように頷いたエーレンフリート。国王が短く歓迎の言葉を告げ、参加者は一斉に動き出した。
 楽隊も演奏を始め、パーティーホールの中央では既に婚約の決まっている者や、既婚者達が踊り始める。その様子を男三人でぼんやりと眺めていた。

「…………年頃の男三人でずっと固まってるのも勿体ねぇな。オレ、ちょっと知り合いの令嬢誘ってくる」
「ああ」
「ローデリヒは?ど~すんの?」
「今日は踊るつもりはない。顔は出した。適当な所で帰ろうと思っている」

 なにせ、とても弱いとはいえ、冠血管系の薬を飲んでいるので。

 エーレンフリートは「りょ~かい。あんま無理すんな~」とローデリヒの肩を軽く叩き、女漁りに向かう。

「……不倫は流石にな」

 その後ろ姿を眺めながら、ローデリヒはポツリと零した。その呟きをイーヴォは拾う。

「……団長も勿体ないですよね」
「ゲルストナーにでも相談するか……」
「告げ口じゃないですかそれ。団長すごい怒られそうですねそれ……」

 ローデリヒは再び果実水に口を付ける。相変わらず酷い味がした。あまり味わわないように一気に半分ほど飲み干す。そして、近くの給仕に残りを手渡した。

 それを見計らってか、近くにいた侯爵がローデリヒに近付く。侯爵の斜め後ろには年頃の娘がいる。

「ローデリヒ殿下、お久しぶりです。本日は妃殿下はご参加されないので?」
「ああ、久しぶりだ。……そうだな」

 ローデリヒの返答に侯爵は痛ましげな表情をした。

「あんなことがあったばかりですからね……。心配です。私も娘も怯えておりました」
「そうか。妃には私から侯爵が心配していたと伝えておこう」
「ありがとうございます。……実は娘を今日は連れてきているのですが、エスコートして下さる殿方を探しておりまして」
「そうか。今日は未婚の貴族子息が多く参加している。きっといい出会いがあるだろう」

 侯爵が娘の話題を出した所で、ローデリヒは適当にはぐらかす。そして、「ああ」と思い出したような声でさらに続けた。

「父上が歳若い側室の下賜先を探しているようだ。侯爵、どうだろうか?夫人に先立たれとはいえ、貴方はまだ若いし、立派に侯爵としての仕事もこなしている。後添えにどうかな?」

 口元だけで笑みを浮かべる。

「父上にも進言してみようか」

 ダメ押しとばかりに、ローデリヒは国王の名前を出す。

「いえ、まだ私は心の整理がついていませんので……。それに、娘の嫁ぎ先が決まらない事には、落ち着いて新しい妻を迎えるのも難しいでしょう」
「そうか。それは悪い提案をしてしまったな」
「殿下のお心遣いには感謝致します。……妻の忘れ形見である娘には、最高の結婚をさせてやりたいと思っておりまして……」

 流石貴族の中でも上位の侯爵をやっているだけはある。食い下がってくる。

 面倒だ、とローデリヒが惰性で口を開いた時、

 ――胸に、不快感を感じた。

「…………っ、は」

 無意識に胸の辺りの服を掴む。ジュストコールに皺が出来た。落ち着かせるように深く息をしようとしても息苦しい。細い息が震えた。吐き気が襲ってくる。一気に顔に熱が集まった。

「――なので、ぜひ殿下に御相手を……、殿下?」
「っ、すまない。……酔った、ようだ」

 流石に様子が変だと思った侯爵が、ローデリヒの顔色を伺う。ローデリヒはなんとかそれに返事を返すと、小走りで会場の外へと出る。

 胃液がせりあがってくる。

「殿下?!」

 びっくりした様子のイーヴォが慌ててローデリヒへと声を掛ける。だが、ローデリヒはそれに構うことなど出来ずに、近くの適当な休憩室へと入った。

 そして、洗面所に駆け込む。たまらずに、胃の中に入れた果実水を戻してしまった。

「…………ぅ、」

 洗面所に取り付けられている青い魔石に触れながら、手と口を濯ぐ。それでも吐き気は治まらない。胸部の不快感も。

 見上げると鏡に映った自身の頬は紅潮していた。冷やすように水に濡れた自分の手を、頬に持ってくる。

「……は、」

 だが、それは気休めにもならなかった。体が重くなってくる。水を出しっぱなしにしたまま、ローデリヒは自分を支えられずに洗面台にもたれ掛かるようにズルズルと座り込む。視界がボヤける。

 意識が薄れる直前、部屋の扉が開いたような音がした気がした。



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 いきなりローデリヒが会場から去っていったので、イーヴォは一瞬呆気に取られた。だが、そのまま主君を走って追う。

 廊下を出た時にはもう既に姿は見えなかったが、きっと一番近い部屋にでも入ったのだろうと、扉をノックした。

「殿下ー!!殿下、いきなりどうしたんですか?!大丈夫ですか?!開けますよ?!」

 イーヴォが扉の取っ手に手をかけた瞬間、横から声がかかる。

「殿下ならあちらへ行かれた」
「ゲルストナー公爵?」

 不健康そうな中年の男が眼鏡を上げながら、廊下の先を指さす。そして低い声で叱り飛ばした。

「先程すれ違ったのだ。お前は何をしている?主を一人にするな」
「も、申し訳ございません!」

 ゲルストナー公爵に示された方へと、イーヴォは反射的に駆け出した。ゲルストナー公爵はイーヴォの後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。やがて近付いてくる気配を感じて、そちらへと振り向く。

 夜会用の豪華なドレスで自らを着飾った、赤髪の少女は静かな瞳でゲルストナー公爵を見据えていた。

「お前も陛下の側室から抜けられる。分かっているな?」
「……はい」

 少女は感情の籠らない声で、扉へと手をかけた――。
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