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後編

情報量が多すぎる?(他)

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「……それにしても、ゲルストナー、貴方本気でローデリヒ殿下に側室を宛てがうつもりだったのね」

 クスリ、と妖艶な美女が笑い声を漏らした。国王と離れて人気のない廊下へとやってきたハイデマリーは、中年の不健康そうな男と対峙する。
先程、赤髪の少女を部屋の中に入れたゲルストナーは、眼鏡のブリッジを押し上げた。

「ただでさえ王族は数が少ないですからね。ゲルストナー家には跡継ぎはいませんし、ヴォイルシュ家は血が薄くなっています。ローデリヒ殿下には次代へ血を繋いでいただかなくては。ローデリヒ殿下は陛下に似て……その……夫婦関係はお盛んなようですし……」

 中年男が非常に言いづらそうに、目を泳がせながら顔を赤らめる。ローデリヒと親子ほどの年の離れた男が下世話な話をするその姿は、中々に気持ち悪かった。思わずハイデマリーは冷ややかな目線を送ってしまう。それに気付いたゲルストナーは、彼女を非難した。

「ティベルデを紹介したのはハイデマリー様ではありませんか?!」

 ローデリヒのいる部屋に入っていった赤毛の少女――ティベルデを紹介したのは確かにハイデマリーだった。ゲルストナーの言っていることは間違いではない。

「現状、アリサが王太子妃としての公務をほぼ出来ていないから、仕事の分担という意味で彼女を勧めたに過ぎないわ。流石に立て続けに子供が出来ていたら、公務と両立するのは大変でしょう?」
「乳母と侍女がいるではありませんか」
「それがローデリヒ殿下共々、乳母と侍女に任せきりではなく、なるべく手元で育てているのですって」

 王侯貴族の子供は両親の手で育てられることはほぼ無い。基本的に乳母や侍女達、長ずれば家庭教師にも囲まれて過ごす。貴族の男ならば男の血縁者に付いて若くで王城へ出仕したり、騎士団に入ったり。女ならば女の血縁者に付いて社交界デビューへの前準備をしたり。

 学校などというものはあるものの、基本的に幼い頃より家庭教師で学問を修める貴族達にとっては、学校に通っている時間は無駄でしかなかった。

 貴族しか王城で仕事を持てない訳ではなく、勿論、学校に通って優秀であるが故に王城に仕事を持つ者もいる。
 しかし、育ってきた環境は王侯貴族と平民とでは大きく違っているのは確かだった。

「その時間を公務に費やせばいいものを……、だからアリサ妃殿下は反感を買うのです。跡継ぎを産んだ点についてはとても良い仕事をしているとは思いますが、もっとローデリヒ殿下の子供を産んでもらわねば……」

 吐き捨てたゲルストナーに、ハイデマリーは呆れたように深々と息をついた。

「貴方の元奥様が逃げ出したくなるのも分かるわ」
「あっ……、あれは……!陛下に仕事を押し付けられまくって家に全然帰れなくてええぇぇ」

 ハンカチを出して号泣し始める中年男。ハイデマリーはうんざりした顔を隠そうともしない。

 だって、普通に気持ち悪かったから。

「大体、王家の血筋が全然いないって……ゲルストナー家については貴方のせいではなくって?」

 ヒックヒックとしゃくりあげる中年男にド正論を投げかけると、涙を零しながら釈明した。

「……再婚話は何度も出たんです。でも、逃げられるかもしれないと思うと、再婚話の出た女性と全く話せなくて……!」

 ゲルストナーの心は繊細だったらしい。真逆を行くハイデマリーにはゲルストナーの心情はあまり理解出来なかったが、どうせ今ゲルストナーが再婚しても子供はアーベルとアリサの腹の子よりも年下になる。

まずゲルストナーに子供が出来る確証すらないのだし、数年待たなければいけない事だ。

「あっれぇ~、おふたりさんどうしたんですか?」

 緊張感のない声がハイデマリーとゲルストナーの間に割り込む。ゲルストナーは声の主の方を向いて、眼鏡のブリッジを押し上げる。その顔には隠しきれない嫌悪を浮かべていた。

「エーレンフリートか……。お前もそろそろ遊んでないで身を固めろ」

 軽く手を振って近付いてきたエーレンフリートを、汚らわしい目で見るゲルストナー。エーレンフリートの隣には、とある貴族の既婚女性がしなだれかかるようにして立っている。

「やっだな~、オレまだ若いからい~じゃん?それより、いいの?ローデリヒのこと。バレたら大目玉なんじゃないの~?」

 エーレンフリートは複雑そうな顔で首を傾げる。ハイデマリーは余裕そうに返した。

「問題ないわ。貴方とゲルストナーはともかく、陛下はわたくしに甘いのよ」
「ズルくないですか?!」
「それ、オレら不味いじゃん?!」

 目を剥いたゲルストナーとエーレンフリートを放置して、ハイデマリーはすました顔でパーティーへ戻ると去っていく。ゲルストナーも夜なのにまだ残っている仕事があるというので、フラフラと戻っていく。

 残ったエーレンフリートと女性も廊下を進んで行く。暗がりに紛れ込んで良い雰囲気のまま部屋に入ろうとした所で、荒い息と共に早い足音が向かってきた。二人が何気なしにそちらを向くと、イーヴォが暗闇から姿を見せる。

「エーレンフリート団長!」
「あれえ?イーヴォ、ど~した?」
「ローデリヒ殿下をお見かけしませんでした?」
「してないよ?ね~?」

 エーレンフリートは首を横に振る。隣の夫人も同じようなリアクションだった。イーヴォは礼を言って、再びローデリヒを探しに行こうとする。
 エーレンフリートは少し考えて、イーヴォの背に声を掛けた。

「オレも行くよ~」
「え」

 イーヴォはびっくりしたように目を見開いて振り返る。

「え、なに?ローデリヒに会っちゃダメ?」
「い、いえ、そういった訳では……」
「なにさ~。もしかしてローデリヒが奥さんとイチャイチャしてるとか?」
「それはないと思います」
「ワオ、即答」

 夫人に軽く耳元で何かを囁き、エーレンフリートは女性と別れてイーヴォに並ぶ。イーヴォは白い目でエーレンフリートを見た。

「よかったんですか?」
「あ~、大丈夫大丈夫」

 エーレンフリートはヒラヒラと手を振った。イーヴォもこんな事が初めてではないので、さして突っ込まずにエーレンフリートと共に走る。目的はパーティー会場に最も近い部屋。ゲルストナーはローデリヒとすれ違ったと言っていたが、奥に行っても辺りに響くのは、イーヴォの足音だけだった。

 ローデリヒが抜けた時、パーティーは始まったばかりだった。休憩室には誰もいない。近くの部屋を手当り次第に開けていた。……開けるが、物音も人影もない。流石のイーヴォも背筋に冷たいものが走った。

「……っ、やっぱり最初の部屋か?!」

 ゲルストナーに言われた方へと来たが、ローデリヒの姿すら見当たらない。顔色が悪かった主の事が、イーヴォは心配だった。

 ゲルストナー公爵はローデリヒを見間違えたのか?
 そうとしか考えられなかった。だから、イーヴォは戻ってきた。エーレンフリートと会うことはイーヴォには予想外だったが。

「殿下どこ行かれたんですかもう……っ!」

 二人分の大理石を踏み締める音が響く。最初にイーヴォが開けようとした部屋の扉は既に開いていた。近衛騎士が開いた扉の前に控えている。イーヴォが嫌な予感がして、走りながら唾を飲み込んだ。

「あっれ?なんであいつがいんの?」

 エーレンフリートが部下の姿を認めて目を丸くする。イーヴォは同僚の近衛騎士の脇から室内を覗き込んだ。白衣の者達が慌ただしく動き回っている。

「し、失礼します!」

 誰の返事も待たずにイーヴォは踏み込んだ。エーレンフリートが後ろからやや焦った声を出したが、気にしない。部屋の奥にあるはずの寝室へと向かう。

 目に飛び込んできたのは、寝台の上にはシーツで胸を隠し、上体を起こしただけの赤髪の少女と――、

 力なくまぶたを閉じる己の主だった。

「で、殿下っ?!」

 泡を食ったようにイーヴォはローデリヒに駆け寄ろうとする。だが、足は止まった。手前の床で崩れ落ちるようにして座り込む、この王国で一番高貴な人が叫んだからだった。

「ふ、腹上死か……?!」
「…………は?!」



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 今夜はパーティーらしい。私も出た方がいいかなって思ったけど、待機命令が出た。

 前回の襲撃も理由だけど、そろそろお腹も出てきているからバレそうなんだよね。安定期になってから公表はしたい。

 ローデリヒ様、未来からアーベルが来てから更に忙しくなったみたいで、全然眠れてないんだよね。本当に大丈夫なのかなあ……。

「あーたま!」

 夜泣きなんてものともせず、アーベルは元気よく私に積み木を渡してくる。正直、この体力はどこから出てくるんだろう……。昼寝してるからか、そうか。

「くれるの?」
「はい!」
「ありがとうー!」

 積み木を受け取りながら、中々取れない疲労感にこめかみのあたりをグリグリと押す。やっぱり同じ睡眠時間でも夜に寝ないと体の調子は良くないなあ。

 何故か私に渡したはずの積み木を欲しがったアーベルに積み木を返していると、知らない男の人が息を切らせて駆け込んできた。近衛騎士団の団服を着ている。

「報告します!ローデリヒ殿下がお倒れになられました!同衾されていた国王陛下のご側室様には問題ありません。宮廷医によるとローデリヒ殿下が飲まれた自作の薬物が一因かもしれないとの事です。ローデリヒ殿下は現在意識不明。陛下がアリサ殿下をお呼びです」

 待って、情報量が多すぎる。
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