イヴ‐eva‐  旅路

滑空

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登場人物紹介

蒼の家系

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蜃気楼に街が歪み、石畳は熱を容赦なく照り返している。
いつもなら街中を闊歩するマダムたちも、気候の暴力に辟易し、今日という日ばかりは室内でのお茶会で天気の話ばかりだ。
港から船の汽笛が急かすように何度も鳴り渡り、船乗りは忙しなく積み荷を運ぶ。
城下町の変化に目が届く様にと開け放した窓から入り込んだ蝉が、処理案件の指示を受けて走り回る人を避け、汗だくで執務する部屋の主の背中に留まり、けたたましく鳴き始めた。
そこに老齢の男が入ってきて、淡々と次の案件の説明をを始めた。

「お邪魔いたします閣下。先週の土砂災害によるアーメルの町の被害状況報告書です。それから、異常気象による一部地域の水害と、王都の日照りに関する気象調査報告書でございます」
背中に蝉をおぶったまま、部屋の主は毅然とした声で返答した。
「そこに置いてくれ。まとめて目を通した後、対策案を会議で募る。それから貴族院に緊急議会の招集をして欲しい」
「ほう?貴族院にですか、何かございましたか?」
部屋の主は、しばらく執務続きだったせいですっかり伸びてしまった銀色の前髪から、切れ長の目を覗かせ
アイスブルーの瞳で目の前の老齢の男を捉えた
「休みを直談判したい」
そうきたか、と老齢の男は楽しそうに笑った
「ダレント閣下、いや、ファルスレイや、それは無理な話じゃろうて」

ファルスレイ・ダレント
この軍事国家の中核を担う男は、連日上がってくる気象調査票に目を通してまた溜息をもらした。
「そうは言ってもな、ルーファス長老。私には何をおいても優先しなければならない任務があるのだがね」
「息子の誕生日に休ませてくれなどと言えば、税金泥棒とまた罵られると思うがの」
冗談じゃない、とファルスレイはサインする手を休ませずに続けた。
「これは絶対に守らなければならない約束なんだ」
扉の近くでタイプライターを忙しなく叩いていた補佐官がちらちらと様子を伺う。
ここ最近のファルスレイはまるで鬼のように仕事をこなし続けた。
金銭でも評価でもなく、純粋な責任感でこれほどの事をやってしまえるファルスレイは、彼に近しい軍内の人間以外からの評判が悪かった。
彼はよく気が付く人間だ。そのせいで市民から頼りにされることも多い。
だがこの国では、軍事国家において軍人は感謝されて当たり前で、頼りにされるのは傭兵や自警団の仕事だと考える軍属の人間がとても多い。
階級職は貴族でなければなれず、一般兵卒は市民から強制的に選出され、実際の侵略戦争で戦うのは強制徴収された市民になる。
階級職はボードゲーム感覚で指揮を執り、足りない人員は農村から引っ張てくればいいと思っている者までいる。

ファルスレイはそんな考え方に心底嫌気が指していたし、歴々の将軍達の肖像に見下ろされる執務室から逃げ出したかった。
「自由が欲しいな」
サインをする手を止め、ファルスレイはそう言いながらため息をついた。
いつか聞いた言葉だった。この国の東方に位置する神殿の大聖堂に降りた神秘の子。
軍事国家でありながら、神心深い王族が統治するこの国の特色から、最高位に位置する御方だ。
一度謁見する機会があったきりだが、無邪気な子供の様な…というより、本当に只無邪気な子供だった。
年不相応な程の聡明さを除けばだが。
そんな事に想いを馳せながら、窓の外に目を向けると、国の縮図である営みが陽炎の揺れる街中に見え隠れしている。

ファルスレイは
優雅に茶会を嗜む貴族と、夜闇を待って強盗を目論む義賊が同居しているこの街、そして国こそが、
人が目視でき、観測出来る混沌なのだと常より思っていた。
それが今や、乾いた人々が切望する溢れて塞き止められない程の水が天からもたらされる土地に苦しめられる人々と、水害に苦しむ人々が憧れる陽射しに焼かれて日照りを嘆く人々が居る。
まるでわかりあえない痛みを武器に振りかざす宗教戦争の様に、互いへの妬みや嫉み、羨望がありありと今執務室ここへ流れ込んで来ている。
そして、彼等の苦しみを等しく受け取らなくてはならない筈なのに、それに背を向けて良いのだろうか。
考え事の渦に飲み込まれそうになってしまわぬようにと頭をふり、ファルスレイは胸ポケットに手を差し入れて一枚の写真を取り出した。
彼に似て銀髪にアイスブルーの瞳を持つ凛々しい面立ちの男の子、同じアイスブルーの瞳を柔らかく細める茶髪の男の子。その間には砂漠の様な金の瞳を持つ双子の男の子。片方は銀髪で、片方は茶髪の毛先を金に染めている。

「何のために戦うのか、理由なき者は居ないでしょう」

糸を紡ぐように、ゆっくりと、しかし確かにファルスレイは口にした

「哲学ですな。しかし、まるで神への祈りの様だ。」
ルーファスは感慨深く頷き、この異常気象も神への祈りで収まれば良いのだが、と続けた。

「祈りではなく、神の言葉だよ」
そう返答したファルスレイはペンを執りだした。

背中で蝉が、訴えかけるように、すがる様に、いつまでも鳴いていた。
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