AQAーArt Quality Automataー

高山小石

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4.中華料理店にて

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 アンドロイドの家庭への普及を決定的にしたのは、小さなアンドロイド製作会社だった赤龍社せきりゅうしゃだ。

 赤龍社の作った機械人形は、安全で高機能だと爆発的に売れたのだ。その時売り出していた『アクアシリーズ』の瞳が、晴れた空をうつしたようにあざやかな水色だった。それから赤龍社は社名をArt Quality Automata(芸術的品質の自動装置)、AQAアクアにかえ、感じのいいCM『あなたのオアシスになりたい』で、社名ともども大々的に宣伝した。

 おかげで今や「高品質のロイドは青い瞳のAQA製」と、小さい子供からお年寄りまで知らない者はいない。AQA製のロイドは『アクア』と呼ばれ、他社製ロイドと一線をかくしている。

 勘違いする客を狙ってか恩恵にあやかろうとしてか、現在売り出されている他社製ロイドの多くの瞳は青色だ。でもその瞳の色がどれだけ澄んでいても、機能がアクア以上に充実していても、一度アクアを利用した人は再びアクアを選ぶ。理由を聞いても明快な答えは返って来ない。

 他社製品よりアクアを選ぶ。それこそが、他のロイドとは一味違う何よりの証拠なのだ。

「その歳で? すごく優秀なのね」

「僕は二十八だよ。AQA社勤務暦十年目」

「あら、ごめんなさい。年下だと思ってました」

「よく言われる。ついでに言えば、僕は君を年上だと思ってた」

「嬉しくない」

「おあいこだね」

 ルージュはむしろ負けた気分だった。

「僕は仕事柄、技師登録名を知ってるんだ。技師登録名はすべてのロイドに登録するから、同じ名前がダブることはない。登録された『ルージュ』はひとつしかないから、君の歳がわかったんだよ」

 空也が年上だとわかったのでルージュは言葉遣いを改めようかとも思ったけれど、なんだか悔しかったので、意地でもこのまま話すことに決めた。

「技師全員のプロフィールを覚えてるの?」

「うん。プロフィールっていっても、登録名と性別と年齢だけね」

「技師は少ないって言っても千人はいるのに? じゃあスイレンはわかる? ケイカは?」

「三十歳の女性と二十六歳の女性だね」

 即答されたことで、まだ少し空也を疑っていたルージュだったが認めざるを得なかった。
 スイレンの見た目は二十代の小娘にしか見えず、逆にケイカは四十代のベテランに見える。ちょっと知っているだけでは正確な年齢まではわからない。

(本当にAQAの開発部にいるんだ)

「だからなのね」

「なにが?」

「とぼけないで!」

 ルージュは四角いテーブルに身を乗り出し、至近距離にどぎまぎしている空也を睨んだ。

「指令文も使わずロイドの注意を引いたことよ! どうして普通に話すだけであんなことができたの? 開発部だけが知ってる秘密があるんでしょ?」

「え、その、ちょっ……静かに!」

 慌てる空也に、ルージュはにやりと笑って小声になった。

「あるのね、秘密。それを教えてよ。ずるいじゃない。こっちは身体カラダを張って仕事してるのよ。なのに話すだけでいいなんて」

「教えてもいいけど……君って信用できる人?」

 むっとするルージュ。

「それはあなたが決めることで、私がとやかく言えることじゃないわ」

「それもそうだね。じゃあ……えっと?」

 ふぅ、と小さくルージュは息をついた。

「私の職業はご存じの通りアンドロイド技師よ。今はホワイトストーン病院と契約してる。趣味は食べ歩きと貯金。夢だった一人暮らしを満喫中。……他に聞きたいことある?」

「う~ん」

「信用できそう?」

 空也はじっとルージュを見つめた。

「うん。君はさっき、アクアをすぐ破壊することもできたけどしなかった。だから信用するよ」

 邪気の無い笑顔を浮かべた空也とは反対に、ルージュの顔が一瞬くもる。

商品アクアを大事にしているのをかってくれたんだろうけど。技師としてはまだまだってことよね)

「良かったわ」

 ルージュが笑顔を返すと、空也は再び頬を染めた。

「クウヤって女の子に免疫ないでしょ?」

 空也は心底、驚いた顔になった。

「わかるんだ? 高校は男子校だった上に十年前から会社の寮住まいなんだ。入社して以来、特に外に出ることもないし、僕のいる部署には女性が少ないし。小さい頃はともかく、大きくなってからこんな風に、女性と二人きりで食事をするなんて初めてだよ」

(意外ね。クウヤって学年に一人いるかいないかのイケメンだと思うんだけど。女性社員が既婚者ばかりだとか? それともAQA社員は全員イケメンレベルが高くて埋もれてるの? もしかして変な趣味でもあったりして)

「趣味はある?」

「うん。アクア作り」

(仕事が趣味かぁ。それはモテないかも)

「お待たせしました」

 頼んだ料理で、テーブルがどんどんカラフルに埋まっていく。

「まずは頂きましょっか。いただきます」

「いただきます」

 二人は無言で箸を動かした。

 ルージュはとてもお腹がすいていたし、空也は緊張していて、食べながら話すなんてとてもできたものじゃなかったからだ。

 でも、あまりのルージュの勢いに空也の緊張はすぐにとけた。見られていることには気づかず、何枚ものお皿を空にして、ようやくルージュは箸を置いた。

「っは―。やっと人心地ついたわ」

「うん。おいしかった」

 ルージュの満足げな表情に、空也も笑顔を返す。

「しめはデザートよね。追加、ついかっと。クウヤは何がいい?」

「えぇ? まだ食べ……いや、なんでもいいよ」

「じゃあ二人だし、この『特大杏仁豆腐』にするわね」

「……おいしそうだね」

「もっちろん。この店での一押しよ」

 温かい茉莉花ジャスミン茶と一緒に運ばれてきた杏仁豆腐はなかなかに大きなものだった。薄く焼かれた浅緑あさみどり色の陶器いっぱいに輝く白い肌。その上に色鮮やかな果物が幾何学模様のように飾られている。

 ルージュは空也によそったあと、自分の分もよそうと、おもむろに口に入れた。

「う~ん。やっぱり中華の最後は杏仁豆腐よね」

 ルージュに誘われるように、空也も一口すくった。

「うん。社員食堂のと違うけど、おいしいよ」

「いつも社員食堂なの?」

「便利なんだ。何時でも平日は開いてるから」

(そういう問題?)

「休日のご飯はどうしてるの?」

「寮の食堂で食べてる」

(社員食堂は男女共通そうだけど、寮は男女別よね。そりゃ女の子と出会う機会なんてないわ)

「お腹も落ち着いてきたし、そろそろ秘密を教えてもらえる?」

「なにから話せばいいのか……」

「そんなに複雑なの? どこでも話しやすいところからでいいわよ」

「じゃあ、AQA社が元は小さな会社だったのを知ってる?」

(そんな昔のことからなのね)

 でも話のあてはまだまだある。

「私は技師よ?」

 アンドロイドの歴史は必須科目だ。

「そうだったね。小さなロイド制作会社だった赤龍社に僕は入社したんだ。その当時はまだ工場も小さかったし、開発室も狭かった。寮も今ほど豪華じゃなくて、初めは食事も出なかった。トイレもお風呂も共同でね……」

(どこからでもいいなんて言ったの、失敗だったかなぁ)

「部屋も今みたいに広くなくて、狭いのに二人部屋だった。本来なら同期と同室になるんだけど、僕はどうもだったみたいで、先輩と一緒になったんだ」

 ふんふんと頷きながらルージュは杏仁豆腐をじっくり味わっていた。

「その先輩が今の社長だよ」

「へぅ」

 慌てて口の中のものを飲み込む。

「先輩があのアクアシリーズを作ったんだ。ちょうどその頃の赤龍社は経営が急降下でね。打開策を出した人に社長の席が約束されていたんだ」

(そんなシンデレラ的な公約があったのねぇ)

 ルージュはAQAの社長を思い浮かべた。

 テレビでも雑誌でもよく見かける彼は、三十歳とまだ若いながらも落ち着いた人物だ。整った顔立ちで、いつも高さのない薄色のサングラスをかけている。そのことをリポーターに指摘されたとき、「シャイなものですから」と堂々と微笑んだエピソードが有名だ。

「アクアシリーズが売れてからは、社名もAQAになって、AQAから売り出されるアンドロイドはすべて青い瞳になった。実は、あの瞳ってただ青い球体じゃないんだ。回路なんだよ。瞳の色を同じにしているんじゃなくて、同じ回路を使っているから同じ色なんだ」

 少しトーンを落として空也は続けた。

「さっき趣味はアクア作りだって話したよね? あれが『アクア』なんだ」

「…………」

 ルージュは話を飲みこめないでいた。

「えーっと? つまり、ロイドの『青い瞳』が『アクア』だってこと?」

 聞き間違ったかと小声で聞くと、そうそう、と嬉しそうに空也は頷いた。

 言われてみれば確かに他社のロイドの青い瞳には、薄い青、紫がかった青、緑がかった青、キラキラした青、とバリエーションがあるのに、アクアはバージョンが違っても、初代から今までずっと同じ色合いの青い瞳だ。それがいいというユーザーがいる一方で、別の色を求めて他社に乗り換えるユーザーもいる。AQAがまったく色を増やさないのをルージュも不思議に思ってはいた。

「じゃあどうしてクウヤが社長じゃないの? クウヤがアクアを作ったんでしょ?」

「アクアを作ったのは僕なんだけど、目として使ったのは先輩の独断だったんだ」

「それって」

 横取りされたってこと? の言葉を空也にさえぎられた。

「ここからが本題」

「んん」

 二人は杏仁豆腐の上で顔を寄せ合った。

(ようやく話すだけで止められる方法が聞けるのね! 目に秘密があるのなら、普通では見えないなにかに反応するとか? それとも特別な信号を受信するのかしら?)

 ふと、ルージュは鋭い視線を感じた。

(なに?)

 視線の元に顔を向けると黒い人影が見えた。横を向いたまま戻らないルージュに、同じように空也も店の入り口を見た。

「なんだか、ものものしいね」

 黒いサングラスをつけ黒いスーツを着た男たちが五人。一人を先頭に周りを囲うようにして、まっすぐ二人の方に歩いてくる。

 空也は楽しそうに囁いた。

「なにかの撮影かな?」

 ルージュのとった行動は素早かった。

 鞄をつかむと窓に押しつけた。

 音も無く、水を覆う油の膜が洗剤の一滴ですぅっと退散するように遮光窓が開いた。あまり知られてないことだが、遮光窓に内側から高密度の光を当てると、飽和して形を保てなくなり

 ルージュは鞄を掴み、もう片方の腕で空也をしっかり抱えると、もう再形成し始めて閉じようとする遮光窓から外へと飛び出した。

 視界の端で、黒づくめの男たちが慌てて入り口へ引き返すのを確認する。

(やっぱり狙いは私たちだわ!)
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