never coming morning

高山小石

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24.西暦2045年

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 地球保護システム『ユークリッドの翼』が導入されてから10年経った西暦2045年。
 クリオネは裏世界にある自分の研究室で『フェイク』の調整を行っていた。
 昔からいた弟子は『フェイク』の犠牲となり、今は研究室に1人だった。
 何人かいた遠方の弟子達も『フェイク』に喰われ、ここ何ヶ月クリオネは誰とも話していなかった。
(みんな甘いんだよ!)
 最近は、本来の機能を忘れてしまったのでは、と思われる口の周りに無精ひげが生え、一見、年寄りのようにも見える。乱れた髪の間からのぞく目だけがギラギラ鋭く、くたびれた外見通りじゃないことを物語っていた。
(結局、これは何人くらい消化したんだ? 一度数えてみよう)
 クリオネはメインマシンに命令を送り、過去からの通算データを引き出した。
 意外にもしばらく時間がかかった。
 計算完了の音が鳴り、地球の人口のおよそ半分の数字が出たとき、クリオネはがっかりした。
(半分、まだ半分か。それなのにオレの知り合いばかり消えてしまって……。そうか、『フェイク』をしない人間にとっては意味がないんだ。効率が悪いな)
 クリオネの『フェイク』に対する情熱が一気に冷めた。ちょうどクリオネを訪ねてきた人間に『フェイク』を研究室ごと譲り渡すと、クリオネは別の研究室に籠もるようになった。
 その後クリオネは裏世界からも消えた。

 ジーニィとイエティの融合体であるアムブロシアは、この10年の間に『図書館の生き字引』と呼ばれるようになり、知り合いの博士がたくさんできていた。他分野にまたがる研究の知識が交じる高度な会話は、アムブロシアと人間お互いを高めていった。博士たちはアムブロシアに研究室を用意して、自由に研究させていた。
 それでもアムブロシアは時間を作っては図書館に来て待っていた。
(いつ『旅』が始まるのだろう?)
 そんな時は決まって小説を読んだ。そこには人間の様々な話が書かれていた。最初はジャンルもわからず闇雲に読んでいたが、文学者からそれぞれ特徴があるのだと解説を受けてからは、ひとつのジャンルに絞って読むようになった。
 純文学はよくわからなかった。児童文学もよくわからなかったが、子供とはどういうものなのかとパターンの解析をした。推理小説は動機がわからないながらも推理しながら読むのはパズルを文章で読むようだった。今は恋愛小説を読んでいる。
(この場合、主人公が先に女Aに女Bのことを言っていれば、問題は起こらなかったはずだ。それを言わなかったばかりに、下巻にも渡ってこんなやりとりをすることになった。仮に言っていたとするパターンaなら上巻の危機は乗り越えられたはずだ。しかし下巻の初めの危機は主人公よりも女Aが問題だな)
 研究で動かした頭を整理するためには最適だとばかりに、アムブロシアは小説を読みふけっていたのだが、ふと視線を感じ顔を上げた。
「こんにちは」
 見たことのない20代くらいの女性が他の閲覧者の邪魔にならない声で言った。短く切りそろえられた髪は猫っ毛でやわらかそうだ。
「こんにちは」
 同じように小声でアムブロシアも答えた。それに安心したかのように女性は一息に言った。
「いきなりですけど私の恋人になってもらえませんか?」
 イエティと融合したことで肉体の老化から解放されたアムブロシアは、ジーニィなら33歳になっていたところだが、20歳前後の金髪で整った顔をした青年の見た目で固定されていた。
(恋人……恋人とは一緒にいる人、お互いに想う人。すでに別にいる場合は複数つくると恋愛小説みたいに面倒なことになる。今の私に恋人はいない。今から彼女を想えということか?)
 特に問題はない、と判断したアムブロシアがうなずくと、ほっとしたように女は笑った。
「私の名前は彩よ」
「アヤ……。私の名前はアムブロシア」
「アムブロシア、唐突にごめんなさいね」
「かまわない」
 会話も終わったので読書に戻ろうとするアムブロシアをアヤは止めた。
「ねぇ、今、時間大丈夫?」
「しばらく暇だが」
「じゃあ私の家に行きましょ」
「わかった」
 アムブロシアは本を戻し、アヤについて『光』に乗った。
「いらっしゃい。ここが私の家よ」
「……」
 サウスに近い場所にある、窓が多く光あふれる家だった。アムブロシアは目を細めながら家に入った。
「『おじゃまします』は?」
 なにも言わずに玄関を通るアムブロシアをアヤはとがめる。
「お邪魔します」
 素直に言うアムブロシアにアヤは満足そうにうなずいた。
「さ、まずは座ってちょうだい。まだ片づいてないんだけどね。引っ越したばかりだから。今、お茶をいれるから待ってて」
「わかった」
 すすめられるままにアムブロシアは素朴なイスに座った。確かにあちこちに荷物が散乱している。閉じられたままの箱や、開いた箱がそこここにあった。
「どうぞ」
 アヤはお茶とお菓子を出した。
「……」
 無言でカップに手を伸ばすアムブロシアにアヤは言った。
「『いただきます』は?」
「……いただきます」
 アヤは小さく息をついた。
「あなたって無口なのね。まぁいいわ。私がいろいろ教えてあげる」
 アムブロシアは素直にうなずいた。
 この10年、図書館と研究室の往復の生活に、無意味な会話は必要なかった。小説をいくら読んだところで、会話も文の一部としてとらえていたので、アムブロシア自身が日常会話を使うことを思いつかなかった。だからアムブロシアにとって、アヤが教えてくれるという提案はありがたかったのだ。

 こうして、奇妙な生活が始まった。
 アヤはアムブロシアにこの家に住むように言った。やはり断る理由がなかったので、アムブロシアは研究に支障がない日は毎日アヤの家に帰った。アヤはご飯を作って待っているので、帰宅の有無の連絡を取ることを教えた。家に無言で帰ってくるアムブロシアに「ただいま」という挨拶を教え、ご飯の食べ方から感想の言い方まで細かく教えた。
 部屋も日に日に片づいて、アムブロシアとアヤが違和感なく会話できるようになる頃にはすっかりきれいになっていた。
「ダーリン、こっちに来ない?」
「すぐ行くよ、アヤ」
 出先から戻ったアヤが広間でお茶を入れていた。やわらかな光があふれる中、良い香りが漂う。先にイスに座ったアヤの髪に軽くキスをすると、素朴なテーブルを挟んでアムブロシアは座った。
「うふふ。だいぶ上手になったじゃない。今のすっごく自然だったわよ」
「そうか? それは良かった」
 うっすら笑うアムブロシア。アヤは挨拶や会話もさることながら、その時の口調や話し方、表情、仕草まで教えていた。
「もともときれいな顔をしてるんだから、笑えないと損よ。話し方もね。でもダーリンで良かったわ。物覚えもいいし。そうそう今日ね、あの人と会ったのよ。あの人しばらくノースに行くんだって。それでね、帰ってきたらここに来るって。私今からすごく楽しみなのよ。家が片づいたとは言っても、飾り付けはまだなのよね。あぁ、どんなふうにしようかしら」
 熱っぽく話すアヤを、微笑みを浮かべながらアムブロシアは見つめる。『あの人』とはアヤの幼馴染みだった。小さな頃から一緒だったというその友達のことを、いつもアヤは嬉しそうにうっとりと話すのだ。
 そんなアヤはいつもより輝いて見える。だが、アムブロシアにはそれが何故かはわからなかった。

 それからしばらくして、その幼馴染みがアヤの家に訪れる日が決まった。
 アヤは前日にひっくり返すほどの大掃除と飾り付けをして、彼女を待っていた。
「おじゃまします」
 知的な女性はきびきびとした動作で家に入った。玄関を見まわし歓声を上げる。
「わぁ……とてもきれいにしてあるのね。光もこんなに入って。あ、これって前に言ってたの?」
「そうよ。奥にもあるの」
 こまごまとした小物を嬉しそうに解説しながらアヤは幼馴染みを部屋へと招き入れる。
(幼馴染み、長年の友とはこういうものなのか?)
 お茶を用意しながらアムブロシアは思った。アヤは嬉しそうに笑い、彼女も答えるように笑う。2人だけに通じ合うなにかがあるようだ。
「この人が恋人のアムブロシアよ。いつもはダーリンって呼んでるの」
「初めまして。普段はノースにいるが固定の研究室はない。アヤがいつもお世話になっている」
 アヤに教えられた通りの挨拶を、何度も練習してできるようになった頼りになりそうな笑顔を浮かべてアムブロシアが言った。
「初めまして。私はリサ。アヤとは幼馴染みで、今はサウスの研究室にいます」
「リサさん。どうぞ座って。今お茶をいれてくる」
「ありがとう」
 イスに座ったリサは漂う香りに顔をほころばせる。
「あ、これ好きなお茶だわ」
「そう? 良かった」
 にこにこしながらアヤは湯気のたつカップを差し出す。アヤはこの日のためだけに、このお茶を入手したのだ。
 しばらくお茶を楽しむと、リサは口を開いた。
「でも驚いたなぁ。急にサウス近くに引っ越すって言うから、どうしたのかと思ったら、こういうことだったのね。全然気づかなかった。もっと早く教えてくれたら良かったのに」
「うふふ。ごめんね、内緒にしていて」
 内緒もなにもアヤとアムブロシアは知り合ったばかりなのだが、もちろんアムブロシアはなにも言わない。ただ、2人の会話を聞き、タイミング良くお茶のおかわりを作り、お菓子を出し、笑顔で質問に答えた。途中で「申し訳ないが研究室に戻る」と席を立つのも打ち合わせ通りだ。アムブロシアだけではそこまで気を回せない。幼馴染みの2人は気の置けない会話をたっぷり楽しんだ。
 夕方になり、見送りのため玄関で向かい合ったアヤにリサが言った。
「安心したわ」
「なにを?」
「私ね、もうすぐ結婚するから、彩のこと心配だったんだ。だけど、あんな優しそうな人がいるんなら安心ね。こんなに素敵な新居もあるし。ラブラブな2人の邪魔しちゃったの、アムブロシアさんに謝っておいて。じゃ、またね」
「……またね」
 その夜からアヤは部屋に籠もってしまった。
(結婚? だから私とのルームシェアを止めたのね? 私に恋人がいるか尋ねたのね? 私はダーリンに頼んだ。だけど、だけど、私が好きなのはリサなのに。ううん。好きかどうかなんてもうわからない。ただ、ずっと一緒にいたから、これからもずっと一緒にいられると思ってた。だから部屋が狭かったんだと思って、サウス近くに家をもらって住むことにしたのよ。そうすればまた一緒に暮らせる、せめて帰りによってもらえると思ったのに……)
 ノックの音が響いた。
「アヤ? 私は研究室に行くよ」
 アムブロシアの気配が遠ざかっていく。
(ダーリンが行くってことは、もう朝なのね。私も行かなくちゃ)
 のろのろと動き出すものの、アヤの動きは止まる。
(ダーリンじゃダメかな? ダーリンは優しい。なんでもできるし、物知りだし、きれいだわ。リサと同じ、ううんそれ以上よ。話し方だって私が教えてからとても良くなったわ。笑顔もとてもいい感じだし)
 アヤが台所に行くと、アムブロシアが作ったと思われる朝食が用意されていた。調理もアヤが教えた。アムブロシアはすぐに覚え、レシピを見ることを教えると、どんどんレパートリーも増えていき、今では研究室に泊まり込む必要がなければ、朝も夜もアムブロシアが作るようになっていた。
「……」
 アヤは見本のように完璧に作られた朝食をしばらく眺めていたが、昼過ぎにサウスへ行った。
「彩!」
 リサは遅れた昼休みらしく、食堂でご飯を食べていた。
「どうしたの? 体の調子が悪いの?」
「ううん。大丈夫」
「そう? 徹夜でもした? 目が腫れてる」
「え、本当? 冷やしてくるわ」
 立ち去ろうとしたアヤをリサが呼び止める。
「そうそう、結婚式の日が決まったのよ。今年のね」
 アヤはその場に倒れて最後まで聞けなかった。

 気がつくと保険センターのベッドの上だった。
(静かだわ……)
 清潔で誰もいない部屋。自分の呼吸音すら聞こえそうだ。
 そばの小さなテーブルの上にメモとドリンクボトルが置いてあった。

ーー大丈夫? 無理しないようにね。
ーー起きたらココア飲むんだよ! リサ

 見慣れた字だった。優しいリサのことだから、しばらくはアヤの様子を見ていてくれたのだろう。
(私、やっぱりリサが好き。大好き。もう、なんでかなんてわからない。わからなくていい)
 アヤが家に戻ると珍しくアムブロシアがいた。
「おかえり」
 アンブロシアがアヤをそっと抱きしめると、アヤが耳元で囁いた。
「ねぇ、ダーリンの研究室、使わせてくれる?」
「かまわないが、なにをするんだ?」
「子供を作るの」
「子供?」
 とにかく今すぐ連れて行ってと退かないアヤを、アムブロシアは研究室へ連れて行った。様々な研究者からの善意で、広い研究室はいくつかのブースに別れ、それぞれ最先端の研究ができるように整えられている。
「こんな所で子供を作るのか?」
「そうよ。ここでしかできないわ」
 アヤは鞄の中から大事に包んで持ってきた毛髪をアムブロシアに渡した。毛髪はアヤよりも長い。
「これからクローンを作って欲しいの」
「それは」
「ダーリンならできるでしょ?」
 確かにできないことはない。だが、とアムブロシアは確認する。
「クローンと言ってもまったく同じ人にはならない。今の本人の記憶がないんだよ?」
「知ってるわ。赤ん坊からやり直すからでしょ? いいのよ。それでいいの」
 アヤがいいなら、とアムブロシアは受け取った毛髪を専用の溶液につけ、機械のスイッチを入れた。
「外に出せるまでには、今から1年程かかるが」
「私がここでお世話するわ」
「アヤの研究は?」
「休暇をもらう」
 アヤはアムブロシアの目の前で所属している研究所に連絡すると、家はそのままに3年の休暇をもらった。

 来る日も来る日も、アヤは研究室で新しい生命の元を見ていた。
「早く大きくなってね」
 アンブロシアがクローンのブースに足を運ぶと、アヤはある時は歌い、ある時は絵本を読み聞かせていた。この研究室で寝泊まりしているアヤは、前以上にアムブロシアと話すようになった。今まで自分とリサのことばかり話していたアヤが、ある日初めてアムブロシア自身のことを尋ねた。
「ダーリンに家族はいないの?」
(家族……ジーニィの家族ならいる。イエティに家族という枠はない。でも今の私はアムブロシアだ)
「……わからない」
「そっか。私もね、わからないんだ。ただ、気づいた時からずっとリサと一緒だったから、なんとなくこれからもずっと一緒にいるんだって思ってたの。でも、違った。バラバラになって、別の家族になるのね。そしてその子供たちも別の家族になる」
 アヤはつぶやくように言った。
「寂しいよね」
「それが命のつながり、変化を含めて普遍のもの」
「ダーリンって時々難しいこと言うよね」
 アヤはくすくすと笑った。
「もうすぐこの子がポッドから出てくる。そしたら私は家に帰るの。それからはこの子と暮らすから、もう恋人、いいわ」
「わかった」
 ポッドの中で、もうほとんど育ってきている赤ん坊を見るアヤの頭を、アムブロシアはそっと撫でる。
「アヤのリサに対する想い、その想いはいるのか? もしアヤが望むのなら、私はその想いを消すことができるが、どうしたい?」
 アヤは少し考えてから歌うように答えた。
「私も、もうなんだかわからなくなってしまったの。好きなのか、嫌いなのか。愛しているのか、憎んでいるのか。……でもね、これはきっと必要なの。私が私として生きてきた証拠なのよ。だから、消さなくていいわ」
「そう」
 アムブロシアの携帯ミニマシンが、メールの受信を知らせた。
 メールはY博士からだった。今すぐY博士の研究室に来て欲しいらしい。
「少し出かけるよ。ポッドの制御、わかるね?」
「うん。大丈夫。いってらっしゃい」
「いってきます」
 にっこり笑って研究室を出ると、アムブロシアは久しぶりに赤道地下の研究室に入った。
 アムブロシアは出ていった時と少しも変わらない顔で、やはり姿の変わらない両親を見た。
 仕事上ではつかず離れずだが、お互い忙しいので、対面するのは久しぶりだ。
「父さん、母さん、なにかありましたか?」
「悪いが、今、地球で暴れているテロリストを捕まえて欲しい」
「せめて事件を阻止して欲しいの。このままでは、地球人がいなくなってしまうわ」
「わかりました」
 アムブロシアは今までの事件のあらましをもらい、自分の赤道地下の研究室に戻った。マリアにメールを出して、この事件の詳細を調べて欲しいと頼む。そしてできれば手伝って欲しいと付け加えた。
 件数が多く、とても自分一人では捕まえられないと感じたのだ。

 クローンのある研究室に戻ると、アヤは絵本を広げたままソファの上で眠っていた。ベッドへ運ぶためアヤを抱えると、アヤはつぶやいた。その声は小さすぎて聞きとれなかったが、アムブロシアの頭に色が浮かんだ。
「?」
 研究室のアヤのベッドに横たえて布団をかぶせる。そうして、すっかり馴染んだ動作で、そっと頬にキスを落とした。
 さっきと同じ色が浮かんだ。今度は模様になっている。
(なんだ?)
 薄桃色の模様はしばらくアムブロシアの頭にあったが、マリアから届いた事件の詳細を読むうちに消えていった。
 テロリストの主犯格はクリオネだと書かれていた。クリオネは自分の分身の人形を使い、あらゆる所に潜入し、人間の破壊活動を行っているらしい。止めるには人形すべての殲滅、もしくはクリオネを見つけて人形の操作を止めさせなくてはならない。
 アムブロシアを驚かせたのは最後の一文だった。

ーー入手経路は不明だけど、クリオネも宇宙人と融合したみたいだわ。
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