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第一章. パパは美少女冒険者
007. 遺失物横領
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遺跡で一泊した後、帰路に就いた一行。今はちょうど森を抜けたところだ。
レヴィアはまだ機嫌が悪い。その整った口元がへの字になっている。
「あーあ、せっかくの臨時収入が。あの男、次に会ったらギタギタにして差し上げますわ」
「もう……いい加減切り替えなさいよ。というかどの道売らせなかったからね」
「うむ。子供が傷つかなくてよかった。万々歳の結果だな」
しれっと関係ないような発言するネイ。あわや人身売買の買い手となっていたのだが。彼女も中々にいい性格をしているらしい。
暫く進むと、遠くに城壁が見えてくる。あれこそがユークト王国の王都ユークである。
ユークト王国は西大陸の北西部にある国で、その歴史は古い。隣国のセントファウスに比べれば新しくはあるものの、五百年前の動乱期を乗り越えた事実を考えれば十分に歴史ある国と言っていい。
ここから見える城壁も建国当時からあるもの一つだ。幾度となく改修されたとはいえ、建立時からずっと王都を守って来た守護者である。
西門にある検問所を抜け、大通りに入る一行。時刻はお昼過ぎ。人通りはそこそこといったところ。
大通りを歩いていると、北から鐘の音が聞こえてきた。時間を知らせる鐘だ。深夜を除き、鐘は三時間ごとに鳴って王都の民に時を知らせる。たった今鳴った回数は三回、つまりは午後三時という事だ。
あれが食べたい、これが食べたいなどと話しながら冒険者組合へと向かう三人。約二日間という短い行程ではあったが、短いからこそ食事は簡単な携帯食で済ませてしまったのだ。帰って来て美味しいものが食べたいと思うのは自然な事と言えよう。
西門から歩くこと十数分、冒険者組合へとたどり着く。
組合は半官半民なだけあってそこそこ立派であり、敷地もかなりの広さを誇る。ただ、扉だけが西部劇にあるようなみすぼらしい両開きの扉なのが気になるところ。出入りが激しい故の効率を求めたのか、単なる演出なのか。
「おお! 牡丹一華の方々!」
中に入ると、見知った顔が話しかけてきた。森で出会ったD級冒険者の四人だ。
「あの時はありがとうございました。助かりました」
「気にするな。やれることをやったまでだ」
その中のリーダーらしき男性に、同じくリーダーのネイが対応。
「ここにいるという事は、ケルベロスを倒したのですね! 流石は牡丹一華の方々です」
「ああ。爪と牙と火袋、あとは状態のいいところを剥いできた。見るか?」
「是非!」
ネイは背負っていた革袋から成果を取り出す。爪と牙、炎の吐息の発生源となる火袋、それに皮だった。あの後ケルベロスの元へと戻り、使える素材を剥ぎ取ったのだ。
「すげぇ! 見ろよこのデカさ!」
「こんなのに噛み付かれたらひとたまりもないな。鋼鉄の盾だって穴が開きそうだ」
「魔法の触媒にもなりそうね。買ったらいくらするのかしら」
「何だ何だ。ケルベロスだって? 俺にも見せろ」
「俺も俺も」
他の冒険者たちも集まってくる。ちょうど依頼を終える冒険者が多い時間帯だった為、結構な数の冒険者たちがやじうまと化していた。
そんなガヤついてる場所を離れ、こっそりと受付へ移動するレヴィア。
受注カウンター、登録カウンター、買取カウンター等々並んでいるが、彼女が移動したのは買取カウンター。それもレアものを受け付ける専用の窓口だ。
窓口にいる恰幅のいい男性へと小声で話しかける。
「失礼。ちょっと見てほしいものがあるんですけど」
「ああ、レヴィアさん。どうしました?」
「しっ! 大声をだすんじゃありません。声を抑えてくださいまし」
きょろきょろと警戒しつつも人差し指を唇の前で立てる。男は怪訝な顔をしているが、指示通り声量を落とした。
「は、はあ。で、ご用件は?」
「実はちょっとしたモノがあるんですけど、どれくらいで売れるか見てほしいんですの」
そう言うと、レヴィアはスカートのポケットから何かを取り出す。一つは宝石のついたネックレスのようなもので、もう一つは淡く光る赤色の宝玉だ。
「ほう! このネックレスは魔道――!」
「だからデカい声だすんじゃねーっての……! 二度も言わせんな……!」
「むぐぐぐ……! し、失礼しました。で、こちらのネックレスは魔道具に間違いありませんな。複雑な呪文が刻まれてますし、宝石部は魔力を込める装置でしょう。きちんと動作するのであればかなりの価値がありますな」
魔道具。魔法を使う事なく、それ単体で魔法同様の現象が起こせる道具である。
普通、魔法を使う為には主に三つの行程を経る必要がある。自身の魔力を放ち、周囲の精霊の数や属性といったものを把握する『探知』。彼らに対しどのような干渉をすれば望む現象が起こせるかを計算する『演算』。その結果を基に魔力を放ち、望む現象を実現する『構築』。
つまり魔法を使うためには精霊に対する知識を学び、頭の中で複雑な計算ができるようになり、自身の魔力を体外に放出可能なよう訓練し、さらにそれを精密に操作できるようにならなければならない。例えるなら高等数学を暗算しながら別の作業をするようなものだ。
当然、そんなことは一部の天才にしかできない。その為、魔法使いは『探知』『演算』『構築』の為の補助道具を使う。リズが持つ杖もそれで、主に『演算』への補助に用いている。先の例えに倣えば、計算の途中結果を書くための紙だろうか。勿論数字ではなく性質を変化させた魔力を書き込むのだが。
このような複雑な省くことができ、誰にでも魔法を扱えるようにしたものが魔道具だ。有用性は非常に高いのだが、その構造は複雑であり、現代の技術で再現することは殆どできていない。よく発掘される簡易的な魔道具を除き、相当な高額で取引されるのだ。
「動作は確認済みでしてよ。巨大な火球を放つ事が出来るみたいです。で、いかほどのお値段なの?」
「うーむ、専門家の鑑定次第でしょうが、少なくとも五百万は確実でしょうな」
「ごひゃ……!」
瞳の中が$マークになるレヴィア。『きゃっほー! 臨時ボーナスだー!』なんて心の中はぴょんぴょんだが、努めて抑える。バレたら取り分が減る。
「で、で、こちらの玉はどうなんですの? かなり大事なものみたいですし、相当な価値があると思いますの」
「へぇ、どんな玉なの?」
「どんなって、アナタの目の前に…………あっ」
ギギギギ……と、さび付いた機械のような動きで首を動かす。隣には半笑い状態の赤ずきんちゃんの姿。いつの間に。
「玉、ねぇ。そんな戦利品があったなんて知らなかったわ。ネイ、知ってた?」
「知らんなぁ。ついでにこっちのネックレスの事も報告になかったなぁ」
「何だか聞き覚えのある能力だったわねぇ」
「うむ。まるでケルベロスが使ってきた魔法のようだ」
背後にはネイが。二人とも責めるような目つきでじーっと見てくる。
「お、おほほほほ……。何のことだか。きっと気のせいでは?」
「…………」
「実はこれ、さっきトイレで拾いましたの。持ち主に返す前に、どれくらいするのかなーって。一割もらわないといけませんから」
「…………」
「えーと……」
無言のままじーっと見つめられる。それを受けつつも言い訳を考えるレヴィアだったが……。
「い、いいじゃねーか! アイツ俺一人で倒したようなモンだしよぉ! ちょっとくらい取り分増えてもバチはあたらねーだろ!」
「逆ギレしてんじゃないわよ。分け前はキッチリ三等分。そう決めたはずよ」
「そうだ。そもそも報告すらしないなど、冒険者の仁義に反する」
パーティを組む以上、ルールは必要だ。それは報酬に関してもそうであり、もめないよう事前にキッチリ決めておく。
戦力差のある者が組むのであれば取り分はそれぞれで異なったりもするのだが、彼女らは全員が実力者。故に平等にすると決めていた。
非難の視線。それは目の前の二人からだけではない。周囲を見れば、他の冒険者からも「それ一番やっちゃいけねーヤツだろ」的な視線。
「て、テメーら見せもんじゃねーぞ! どっか行け!」
「「「…………」」」
「うっ。くそっ、後でどうなるかわかってんだろーな! 俺が本気になりゃテメーらなんて簡単に……」
「「「…………」」」
「ううっ」
どんどん勢いがなくなってくる。
そのうち耐えきれなくなった彼女は大きくため息を吐き、手を上げて降参。他人を騙すのはまだいいが、仲間を騙すのは流石に思うところがあったようだ。因みに昨日のアレはネイの幸せを願った健全な商取引なので問題ない。
「分かればよろしい。今後気を付けるように」
「うむ。功労者という事で今回は大目に見てやる。次はないぞ」
基本、こういうトラブルを起こしたメンバーは袋叩きの上に除名するのが常なのだが、彼女らは許すようだ。普段の行動が行動ゆえに慣れてしまったのだろう。毒されているとも言う。
「さて、ケルベロスの魔法の正体が分かったな。全く、いつの間にちょろまかしたんだか」
「こうなるとあの子がさらに怪しいわね。ケルベロスに魔道具を与えて、私たちを襲わせた?」
「かもしれんな。問題は何でそんなマネをしたかだが」
「うーん…………奥に、近づけさせたくなかった、とか」
そういえば少年を助けた男は遺跡の奥から出てきたようだった。何か人に見られたくない事をしていたのかもしれない。その何かとは一体? 二人が想像を膨らませていると……
「あのう。それで、どうしましょう」
カウンターの男の声。手元には例のネックレスと、淡く光っている宝玉。それらを見た二人は首を傾げつつも言う。
「こっちは火球の魔道具として……こっちは何なんだ?」
「さあ……。おじさん、分かった?」
「ええ。ただ……その、魔道具なのは間違いなさそうなんですが……」
ぽりぽりと頬を書きながらも男は続ける。
「イマイチ効果が分からないんですよね。この品は一体どこで?」
「ふむ? レヴィア、どうなんだ」
「あ? うーん、どこだったっけー」
近くの椅子に座り、やる気なさそうに頬杖をついているレヴィア。どうでもいいやモードであった。
「えーと…………ああ、アレだ。あのねこさんをかっさらった野郎が落としてったんだよ。相当焦ってたみたいだからさ。高く売れるかなーって」
「そんなのを売ろうとしてたのか……」
空飛ぶ鳥に向かって投石した際、何かが落ちていくのをレヴィアは目ざとく見つけていた。それを落とした瞬間、男たちは焦り始めたのだ。
返答を聞いたリズが微妙そうな顔で問いかける。
「ネイ、どうする? いいのかな?」
「うーん、怪しいやつらではあったが……かといって、なぁ」
「そうよねぇ」
人のものである。売って金にするなど、友達にゲーム借りてそのまま返さない借りパク行為よりタチが悪い。
悩む彼女らに対し、男は言葉を続ける。
「とりあえず今分かっていることを説明しましょうか。この中には大量の魔力が込められているようです。似たようなものに魔力を溜める魔石という魔道具があるんですが、それとは少し違う。魔石は魔力を自由に出し入れできるんですが、これはそのどちらもできないのです」
「えっ。じゃあ使い切りってわけ?」
「多分。ですが、使い切る事があるかどうか。大量とあいまいに申しましたが、すさまじいほどの量なのです」
「へえ」
リズが宝玉に触れる。”探知”で探っているのか、集中している様子。
「……うわっ! すごいわよコレ! 底が見えない! ネイもやってみて!」
「そうなのか? どれ……」
宝玉を渡されたネイも目をつぶり、魔力を感じ取ろうとしている。
「おお、確かにすごい魔力だ。中で魔力が渦巻いているようだ」
「でしょ? これだけあるなら使い切るって事はそうそうないかも。で、どんな効果があるの?」
「そこからが分からないのです。何の呪文も刻まれてませんし、材質もよく分かりません。現状ではただ魔力を持った石、としか言えませんね」
「えー」
不明らしい。その答えに微妙な表情をする二人。
「ただ、その筋の研究者になら高く売れると思いますよ。未知の魔道具でしょうから。最低一千万、最高は……ちょっと分かりませんな。一億、もしかしたらそれ以上も……」
「何いいいい!?」
その額を聞いたレヴィアが復活。飛び掛かるように受付の男の元に移動し、胸倉をつかんだ。
「一億だとぉっ!? 嘘じゃねーだろーな!!」
「ひいっ!? も、もももしかするとですよ? 本当に未発見で、研究価値が高いなら――」
「はっきり言えやオラァッ! いくらで買うんだ!」
恫喝するように叫ぶレヴィアに、男は「ひいいいっ!」と怯えている。
「だから分からないんですぅ! も、もし即金で必要なら最低値でしか……」
「億単位のものを一千万!? ふざけんな! じゃあどこなら高く売れんだよ!」
「く、国の研究機関とか、魔法都市とか……」
その答えを聞き、ぱっと手を離す。
男はげほげほとせき込みながら尻餅をつく。対し、レヴィアは何やらすさまじい覇気を放っていた。そのオーラに若干引きつつもリズが口を開く。
「ね、ねえレヴィ――」
「行くぞ」
「……はい?」
「行くぞ。今すぐ」
「い、行くって、どこ行くのよ」
覇気を放ちながら出口へと向かうレヴィア。背中越しに二人へとつぶやく。
「国の研究所だと買い叩かれるかもしれねー。買い手が一つだからな。けど、魔法都市なら研究所がいっぱいだって聞いたことがある。つまり……分かるな?」
「い、言ってることは分かるけど」
「そんじゃいいな。出発だ!」
ひゃっほー! 興奮しながら外へと踊り出る。
「レヴィアぁ! 行くのはいいけど、準備! 準備!」
「知らねーよ! ついてこねーんなら分け前やんねーぞ!」
「二人とも待たんか! まだ依頼の報告が! ケルベロスが!」
レヴィアはまだ機嫌が悪い。その整った口元がへの字になっている。
「あーあ、せっかくの臨時収入が。あの男、次に会ったらギタギタにして差し上げますわ」
「もう……いい加減切り替えなさいよ。というかどの道売らせなかったからね」
「うむ。子供が傷つかなくてよかった。万々歳の結果だな」
しれっと関係ないような発言するネイ。あわや人身売買の買い手となっていたのだが。彼女も中々にいい性格をしているらしい。
暫く進むと、遠くに城壁が見えてくる。あれこそがユークト王国の王都ユークである。
ユークト王国は西大陸の北西部にある国で、その歴史は古い。隣国のセントファウスに比べれば新しくはあるものの、五百年前の動乱期を乗り越えた事実を考えれば十分に歴史ある国と言っていい。
ここから見える城壁も建国当時からあるもの一つだ。幾度となく改修されたとはいえ、建立時からずっと王都を守って来た守護者である。
西門にある検問所を抜け、大通りに入る一行。時刻はお昼過ぎ。人通りはそこそこといったところ。
大通りを歩いていると、北から鐘の音が聞こえてきた。時間を知らせる鐘だ。深夜を除き、鐘は三時間ごとに鳴って王都の民に時を知らせる。たった今鳴った回数は三回、つまりは午後三時という事だ。
あれが食べたい、これが食べたいなどと話しながら冒険者組合へと向かう三人。約二日間という短い行程ではあったが、短いからこそ食事は簡単な携帯食で済ませてしまったのだ。帰って来て美味しいものが食べたいと思うのは自然な事と言えよう。
西門から歩くこと十数分、冒険者組合へとたどり着く。
組合は半官半民なだけあってそこそこ立派であり、敷地もかなりの広さを誇る。ただ、扉だけが西部劇にあるようなみすぼらしい両開きの扉なのが気になるところ。出入りが激しい故の効率を求めたのか、単なる演出なのか。
「おお! 牡丹一華の方々!」
中に入ると、見知った顔が話しかけてきた。森で出会ったD級冒険者の四人だ。
「あの時はありがとうございました。助かりました」
「気にするな。やれることをやったまでだ」
その中のリーダーらしき男性に、同じくリーダーのネイが対応。
「ここにいるという事は、ケルベロスを倒したのですね! 流石は牡丹一華の方々です」
「ああ。爪と牙と火袋、あとは状態のいいところを剥いできた。見るか?」
「是非!」
ネイは背負っていた革袋から成果を取り出す。爪と牙、炎の吐息の発生源となる火袋、それに皮だった。あの後ケルベロスの元へと戻り、使える素材を剥ぎ取ったのだ。
「すげぇ! 見ろよこのデカさ!」
「こんなのに噛み付かれたらひとたまりもないな。鋼鉄の盾だって穴が開きそうだ」
「魔法の触媒にもなりそうね。買ったらいくらするのかしら」
「何だ何だ。ケルベロスだって? 俺にも見せろ」
「俺も俺も」
他の冒険者たちも集まってくる。ちょうど依頼を終える冒険者が多い時間帯だった為、結構な数の冒険者たちがやじうまと化していた。
そんなガヤついてる場所を離れ、こっそりと受付へ移動するレヴィア。
受注カウンター、登録カウンター、買取カウンター等々並んでいるが、彼女が移動したのは買取カウンター。それもレアものを受け付ける専用の窓口だ。
窓口にいる恰幅のいい男性へと小声で話しかける。
「失礼。ちょっと見てほしいものがあるんですけど」
「ああ、レヴィアさん。どうしました?」
「しっ! 大声をだすんじゃありません。声を抑えてくださいまし」
きょろきょろと警戒しつつも人差し指を唇の前で立てる。男は怪訝な顔をしているが、指示通り声量を落とした。
「は、はあ。で、ご用件は?」
「実はちょっとしたモノがあるんですけど、どれくらいで売れるか見てほしいんですの」
そう言うと、レヴィアはスカートのポケットから何かを取り出す。一つは宝石のついたネックレスのようなもので、もう一つは淡く光る赤色の宝玉だ。
「ほう! このネックレスは魔道――!」
「だからデカい声だすんじゃねーっての……! 二度も言わせんな……!」
「むぐぐぐ……! し、失礼しました。で、こちらのネックレスは魔道具に間違いありませんな。複雑な呪文が刻まれてますし、宝石部は魔力を込める装置でしょう。きちんと動作するのであればかなりの価値がありますな」
魔道具。魔法を使う事なく、それ単体で魔法同様の現象が起こせる道具である。
普通、魔法を使う為には主に三つの行程を経る必要がある。自身の魔力を放ち、周囲の精霊の数や属性といったものを把握する『探知』。彼らに対しどのような干渉をすれば望む現象が起こせるかを計算する『演算』。その結果を基に魔力を放ち、望む現象を実現する『構築』。
つまり魔法を使うためには精霊に対する知識を学び、頭の中で複雑な計算ができるようになり、自身の魔力を体外に放出可能なよう訓練し、さらにそれを精密に操作できるようにならなければならない。例えるなら高等数学を暗算しながら別の作業をするようなものだ。
当然、そんなことは一部の天才にしかできない。その為、魔法使いは『探知』『演算』『構築』の為の補助道具を使う。リズが持つ杖もそれで、主に『演算』への補助に用いている。先の例えに倣えば、計算の途中結果を書くための紙だろうか。勿論数字ではなく性質を変化させた魔力を書き込むのだが。
このような複雑な省くことができ、誰にでも魔法を扱えるようにしたものが魔道具だ。有用性は非常に高いのだが、その構造は複雑であり、現代の技術で再現することは殆どできていない。よく発掘される簡易的な魔道具を除き、相当な高額で取引されるのだ。
「動作は確認済みでしてよ。巨大な火球を放つ事が出来るみたいです。で、いかほどのお値段なの?」
「うーむ、専門家の鑑定次第でしょうが、少なくとも五百万は確実でしょうな」
「ごひゃ……!」
瞳の中が$マークになるレヴィア。『きゃっほー! 臨時ボーナスだー!』なんて心の中はぴょんぴょんだが、努めて抑える。バレたら取り分が減る。
「で、で、こちらの玉はどうなんですの? かなり大事なものみたいですし、相当な価値があると思いますの」
「へぇ、どんな玉なの?」
「どんなって、アナタの目の前に…………あっ」
ギギギギ……と、さび付いた機械のような動きで首を動かす。隣には半笑い状態の赤ずきんちゃんの姿。いつの間に。
「玉、ねぇ。そんな戦利品があったなんて知らなかったわ。ネイ、知ってた?」
「知らんなぁ。ついでにこっちのネックレスの事も報告になかったなぁ」
「何だか聞き覚えのある能力だったわねぇ」
「うむ。まるでケルベロスが使ってきた魔法のようだ」
背後にはネイが。二人とも責めるような目つきでじーっと見てくる。
「お、おほほほほ……。何のことだか。きっと気のせいでは?」
「…………」
「実はこれ、さっきトイレで拾いましたの。持ち主に返す前に、どれくらいするのかなーって。一割もらわないといけませんから」
「…………」
「えーと……」
無言のままじーっと見つめられる。それを受けつつも言い訳を考えるレヴィアだったが……。
「い、いいじゃねーか! アイツ俺一人で倒したようなモンだしよぉ! ちょっとくらい取り分増えてもバチはあたらねーだろ!」
「逆ギレしてんじゃないわよ。分け前はキッチリ三等分。そう決めたはずよ」
「そうだ。そもそも報告すらしないなど、冒険者の仁義に反する」
パーティを組む以上、ルールは必要だ。それは報酬に関してもそうであり、もめないよう事前にキッチリ決めておく。
戦力差のある者が組むのであれば取り分はそれぞれで異なったりもするのだが、彼女らは全員が実力者。故に平等にすると決めていた。
非難の視線。それは目の前の二人からだけではない。周囲を見れば、他の冒険者からも「それ一番やっちゃいけねーヤツだろ」的な視線。
「て、テメーら見せもんじゃねーぞ! どっか行け!」
「「「…………」」」
「うっ。くそっ、後でどうなるかわかってんだろーな! 俺が本気になりゃテメーらなんて簡単に……」
「「「…………」」」
「ううっ」
どんどん勢いがなくなってくる。
そのうち耐えきれなくなった彼女は大きくため息を吐き、手を上げて降参。他人を騙すのはまだいいが、仲間を騙すのは流石に思うところがあったようだ。因みに昨日のアレはネイの幸せを願った健全な商取引なので問題ない。
「分かればよろしい。今後気を付けるように」
「うむ。功労者という事で今回は大目に見てやる。次はないぞ」
基本、こういうトラブルを起こしたメンバーは袋叩きの上に除名するのが常なのだが、彼女らは許すようだ。普段の行動が行動ゆえに慣れてしまったのだろう。毒されているとも言う。
「さて、ケルベロスの魔法の正体が分かったな。全く、いつの間にちょろまかしたんだか」
「こうなるとあの子がさらに怪しいわね。ケルベロスに魔道具を与えて、私たちを襲わせた?」
「かもしれんな。問題は何でそんなマネをしたかだが」
「うーん…………奥に、近づけさせたくなかった、とか」
そういえば少年を助けた男は遺跡の奥から出てきたようだった。何か人に見られたくない事をしていたのかもしれない。その何かとは一体? 二人が想像を膨らませていると……
「あのう。それで、どうしましょう」
カウンターの男の声。手元には例のネックレスと、淡く光っている宝玉。それらを見た二人は首を傾げつつも言う。
「こっちは火球の魔道具として……こっちは何なんだ?」
「さあ……。おじさん、分かった?」
「ええ。ただ……その、魔道具なのは間違いなさそうなんですが……」
ぽりぽりと頬を書きながらも男は続ける。
「イマイチ効果が分からないんですよね。この品は一体どこで?」
「ふむ? レヴィア、どうなんだ」
「あ? うーん、どこだったっけー」
近くの椅子に座り、やる気なさそうに頬杖をついているレヴィア。どうでもいいやモードであった。
「えーと…………ああ、アレだ。あのねこさんをかっさらった野郎が落としてったんだよ。相当焦ってたみたいだからさ。高く売れるかなーって」
「そんなのを売ろうとしてたのか……」
空飛ぶ鳥に向かって投石した際、何かが落ちていくのをレヴィアは目ざとく見つけていた。それを落とした瞬間、男たちは焦り始めたのだ。
返答を聞いたリズが微妙そうな顔で問いかける。
「ネイ、どうする? いいのかな?」
「うーん、怪しいやつらではあったが……かといって、なぁ」
「そうよねぇ」
人のものである。売って金にするなど、友達にゲーム借りてそのまま返さない借りパク行為よりタチが悪い。
悩む彼女らに対し、男は言葉を続ける。
「とりあえず今分かっていることを説明しましょうか。この中には大量の魔力が込められているようです。似たようなものに魔力を溜める魔石という魔道具があるんですが、それとは少し違う。魔石は魔力を自由に出し入れできるんですが、これはそのどちらもできないのです」
「えっ。じゃあ使い切りってわけ?」
「多分。ですが、使い切る事があるかどうか。大量とあいまいに申しましたが、すさまじいほどの量なのです」
「へえ」
リズが宝玉に触れる。”探知”で探っているのか、集中している様子。
「……うわっ! すごいわよコレ! 底が見えない! ネイもやってみて!」
「そうなのか? どれ……」
宝玉を渡されたネイも目をつぶり、魔力を感じ取ろうとしている。
「おお、確かにすごい魔力だ。中で魔力が渦巻いているようだ」
「でしょ? これだけあるなら使い切るって事はそうそうないかも。で、どんな効果があるの?」
「そこからが分からないのです。何の呪文も刻まれてませんし、材質もよく分かりません。現状ではただ魔力を持った石、としか言えませんね」
「えー」
不明らしい。その答えに微妙な表情をする二人。
「ただ、その筋の研究者になら高く売れると思いますよ。未知の魔道具でしょうから。最低一千万、最高は……ちょっと分かりませんな。一億、もしかしたらそれ以上も……」
「何いいいい!?」
その額を聞いたレヴィアが復活。飛び掛かるように受付の男の元に移動し、胸倉をつかんだ。
「一億だとぉっ!? 嘘じゃねーだろーな!!」
「ひいっ!? も、もももしかするとですよ? 本当に未発見で、研究価値が高いなら――」
「はっきり言えやオラァッ! いくらで買うんだ!」
恫喝するように叫ぶレヴィアに、男は「ひいいいっ!」と怯えている。
「だから分からないんですぅ! も、もし即金で必要なら最低値でしか……」
「億単位のものを一千万!? ふざけんな! じゃあどこなら高く売れんだよ!」
「く、国の研究機関とか、魔法都市とか……」
その答えを聞き、ぱっと手を離す。
男はげほげほとせき込みながら尻餅をつく。対し、レヴィアは何やらすさまじい覇気を放っていた。そのオーラに若干引きつつもリズが口を開く。
「ね、ねえレヴィ――」
「行くぞ」
「……はい?」
「行くぞ。今すぐ」
「い、行くって、どこ行くのよ」
覇気を放ちながら出口へと向かうレヴィア。背中越しに二人へとつぶやく。
「国の研究所だと買い叩かれるかもしれねー。買い手が一つだからな。けど、魔法都市なら研究所がいっぱいだって聞いたことがある。つまり……分かるな?」
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「そんじゃいいな。出発だ!」
ひゃっほー! 興奮しながら外へと踊り出る。
「レヴィアぁ! 行くのはいいけど、準備! 準備!」
「知らねーよ! ついてこねーんなら分け前やんねーぞ!」
「二人とも待たんか! まだ依頼の報告が! ケルベロスが!」
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