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第三章. 最強娘を再教育

038. 戦いが終わり……

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「……ふう。何とかなったみたいだな」
 
 ネイは額の汗をぬぐう。千を超える魔物は全て掃討され、辺りは死屍累々であった。
 
「ぜー、ぜー……。マ、マジで疲れた。二度とやんねー……」

 レヴィアは限界のようだ。全身を大地に投げ出し、あおむけでぜーぜーと荒い呼吸をしている。対し、ネイは全身汗だくではあるものの動けないほどではない。

「ふぅ。疲れた」
 
 そして純花はまだ余裕そうだった。あの暴れっぷりで『疲れた』で済むとは……一体どんな体力をしているのか。
 
(勇者とはこれほどに凄まじいのか……)
 
 魔物の大半は彼女に打ち取られたと言っていい。動きは素人そのものだったが、理不尽すぎる力で大群相手に大暴れしていた。何なら彼女の方が魔物では? と思ったくらいだ。
 
(一人でも軍隊を相手にできそうなのに、同じ存在が三十人以上か。魔王とはどれだけ強いんだ?)
 
 ネイは少々恐ろしく感じてしまう。
 
 勇者を魔王に対抗するための戦力と考えると、魔王は彼らと同等かそれ以上だろう。ならば人間の軍隊など相手になるまい。だからこそ女神ルシャナが神託を与えたのだろうが……。
 
(対抗できるとしたら世界最高峰レベルだろうな。例えばカイル・ドラグネスとか……)

 そんな事を考えながら純花を見ていると、ネイの視線に気づいた彼女はあからさまに不快そうな顔になる。また文句を言われるのかと警戒しているのだろうか。

 如何に気に食わない勇者とはいえ、今回は何千もの人間を救った事になる。その意志は気に食わないとしても、行動自体は称賛されるべきだ。故にネイは純花をねぎらおうと声をかけようとしたが――
 
「すげぇぞ姉ちゃんたち!」

 いつの間にか周りには冒険者たちが。
 
「何て強さなんだ! 流石はAランクだ!」
「もうダメかと思ったぜ!」
「牡丹一華と言ったか! 聞かぬ名前だが、どこから来たんだ?」
 
 皆が皆、喜びと憧れの表情でネイを見ている。強者故に持ちあげられる事が多いとはいえ、ここまで大勢にされたことはない。ネイは少々照れてしまう。
 
「ま、まあな。皆も大丈夫だったか?」
「ケガ人こそいたが、アンタたちのお陰で全員無事だ! 信じられねぇ! あの数の魔物相手に被害ゼロなんてよ!」

 半分死ぬ覚悟だったのだろう。実際、ネイたちがいなければそうなっていた事は想像に難くない。
 
 次々に贈られる感謝の言葉。嬉しくはあるが、先に純花をねぎらっておきたい。
 
 そう考えたネイが彼女を探すと、純花はレヴィアの近くに移動していた。
 
 純花及びレヴィアの周りに人はいない。一番の功労者である純花だが、その理不尽すぎる力を恐れられたのだろう。それでも中には話しかけようとする者はいたが、いつも通りの塩対応。したがって彼女の近くにいるレヴィアの周りにも人は来ない。
 
 純花はぶっ倒れてるレヴィアに対し、「ねぇ、大丈夫?」と座り込んで問いかけている。
 
「あ、あんまり大丈夫じゃねぇ……。純花、おんぶ」
「は?」
「疲れて動けないけどベッドで寝たい。連れてって」
「……まあいいけど」

 純花はレヴィアを背負い、町の方へと歩き始めた。レヴィアのお願い通り宿へ向かうようだ。それを見たネイは話を切り上げようとする。
 
「皆、悪いが疲れてるんだ。話はあとにしてくれないだろうか」
「お、そうだな。悪いな気が利かなくて。せめて魔物の処理は俺たちに任せてくれ」
「分かった。頼む」

 そう言い残し、小走りで純花の元へ向かい、横に並ぶ。何かねぎらいの言葉をかけようと内容を考え始めた。
 
 が、
 
「すごいね」
「うん?」

 先に純花が話しかけてきた。何だろう思いと彼女の方を向くと……
 
 
 
「すごいねアンタ。男の為に仲間を犠牲にできるんだ」



 軽蔑、侮蔑、嫌悪――純花の表情はそんな感情を映し出していた。
 
 一体何の事だ。一瞬疑問に思うネイだが、すぐに思い至る。恐らく指揮官に見惚れていたのに純花は気づいていたのだ。彼にいい格好する為にネイは活躍し、レヴィアを強引に連れ出した――そう思われてしまったのだろう。
 
 違う。確かにちょっぴり見惚れたのは認めるが、そういう意図ではなかった。指揮官がたまたま好みのイケメンだっただけで、目的は士気を上げる事だった。

 レヴィアを連れ出したのも、そうしなければ町が崩壊していたと予測したからだ。事実、町の防衛ラインはギリギリだったので、あそこで行動しなければ被害は深刻な事になっていたはずだ。
 
「ち、違う! アレはたまたま――」
「ネイさん!」

 ネイが弁明しようとしていると、自分を呼ぶ誰かの声。少しイラッとしながらもそちらを向くと――
 
 
 
 子犬系男子がいた。
 
 
 
 茶髪に頼りなさげな容貌。体には騎士の鎧。先ほどの指揮官であった。兜を外した彼はさらにイケメンであり、パタパタと尻尾を振る犬のような表情でこちらへと向かってくる。
 
「素晴らしい戦いでした! ネイさんたちがいなければどうなっていた事か。本当に助かりました!」
「いや、何という事はない。騎士として当然の行為だ」

 キリッとしつつ返答するネイ。指揮官は思った以上にドストライクだったのだ。さっきは無理矢理偉そうにしていたらしく、彼の言葉遣いは丁寧。キラキラと憧れの視線で見つめてくるのがむずがゆくも心地よい。
 
「戦闘前の演説も助かりました。あれがなければ逃げ出していた者もいたかと思います。僕がもう少し頼りになればよかったんですが……」
「その若さでは仕方ないかと。指揮官殿はよくやっておられたと思う」

 自信なさげな表情。その顔にネイはきゅんきゅんしてしまう。抱きしめて慰めてあげたい。
 
「そうですな。あとは経験さえ積めば――――はっ!」

 はっとして純花を見ると、さらなる嫌悪を詰めた瞳。このやり取りで完全に勘違いされてしまったようだ。ネイはあわてて弁明しようとする。
 
「あっ。ちょっ、ええと、これは戦いが終わったからで、つまり……。なあレヴィア、お前からも」
「すぴー……」

 寝ていた。マジで疲弊していたらしく、熟睡している。天使の寝顔だった。

「お、起きろよぉ。仲間の名誉がかかってるんだぞぉ」
「寝かせといてあげなよ。疲れてるんでしょ。誰かさんのせいで」

 情けなくフォローを乞うネイを一睨み。純花は歩き去っていった。

 慌てて追おうとするネイだが、後ろにいる子犬系男子を放置するのも惜しい。出会いは有限なのだ。せめて名前と連絡先くらいは聞いておきたい。
 
 どっちつかずな感じであたふたするネイ。去っていく純花。寝ているレヴィア。
 
 戦闘が終わった事で完全に気を抜いている。
 
 
 
 
 
 
 
 だからこそ気づかなかった。
 
 
 
 
 


「……失敗か。どうする兄ちゃん」
「ぬう……。まさかここにヤツらがいるとは。いや、それよりもあの女は……」
「勇者、だよね。多分」

 遠くからこちらを鋭く見つめる視線に。
 
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