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第三章. 最強娘を再教育
049. ルゾルダ
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投げ飛ばしたのはジェスであった。彼は痛がりつつも困惑の声を出す。
「え、ええっ! ち、違います!」
「そ、そうだ! 何でそうなる!?」
ネイが庇おうとするが、レヴィアはその言葉を無視して続る。
「最初に疑惑をかけたのはアナタでしょう? ネイにあんな知恵が回るはずありませんし、言い出しっぺが犯人なんてのはよくある話ですわ」
「そ、そんな、根拠もなく――」
レヴィアに剣を突き付けられ、泣きそうになっている彼。それを無視してレヴィアは続ける。
「確かにありませんが、それはギルフォード様も変わりませんわ。ネイは証拠がそろっているなんて言いましたが、状況証拠があるだけで決定的な証拠はありません。小細工が可能なのはアナタも一緒でしょう。むしろ従えていた騎士がいないだけ怪しいとも言えますし」
「そ、その考えなら皆さんも条件は同じでしょう! 僕だけが疑われるのは納得できません!」
「あら、じゃあこれは何?」
「!!」
いつの間にかレヴィアはその手に遺物らしきものを持っていた。長方形の手のひら大の遺物で、一部から細い管が伸びているのが特徴的だ。それを見たジェスは顔を引きつらせつつ自らの懐を探る。
「それって……ケータイ?」
「少し違いましてよ。例えるならトランシーバー……中距離での無線通信ができる魔道具ですわ。かなりレアものなのでちっぽけな町の領主が持てるものではないはず。なのに何故持ってるんでしょうね?」
その形に心当たりがある純花が問いかけると、レヴィアは訂正しつつ疑念を口に出す。それは彼を疑うのに十分な内容であった。
「恐らく犯人は複数犯。それが部下の騎士たちなのかは知りませんが……。これでやり取りしてわたくしたちをはめようとしていたのでしょう」
「そ、そんな……。嘘だろう? ジェス殿……」
ネイはまだ信じられないようだ。何か言い訳をしてくれと願うような表情だった。
ジェスはがっかりとしたような顔をし、ため息を一つ。
「ハァ……すごいな。何で分かったんだろう。ギルのせいに出来るかは微妙だったけど、お互いを疑うようには出来たはず。なのに、まさかバレるなんて……」
「ジ、ジェス殿……」
仰向けに寝たまま、彼は無表情で呟く。それを聞いたネイは愕然としている。
「レヴィアさん、後学の為に教えていただけますか? 何で僕だって分かったのか」
「あら、分かりませんでしたわよ?」
「はい?」
「言ったじゃないですか。『違ったらごめんなさい』って」
レヴィアは手に持った遺物をジェスへと向けた。
「投げたと同時に抜き取ったんですの。これが無ければ分からなかったでしょうね」
彼女は投げると同時に素早く身体チェックをしており、それで見つけたのがこの遺物という訳だ。見つけたからこそジェスが犯人だと断定したのだ。
「じ、じゃあ何故ギルには……」
「あっちは四人いますから。一人の方を先に試しただけでしてよ」
四人まとめてやるよりも一人の方が簡単。理由はそれだけであった。もしジェスの身体から怪しいものが見つからねば四人にも同じことをやっていただろう。
因みに仲間がニセモノと入れ替わっていたという可能性もあったが、リズはずっと一緒、純花はその強さで証明済み、ネイは会話で本物だと判断した。
「は、はは……。それだけですか。参ったな……」
右手で目を抑え、あーあと残念そうにするジェス。
「色々と小細工して最後に勇者を倒そうと考えていたのですが……やれたのは配下の騎士だけ。上手くいかないものですね」
「なっ……! ジ、ジェス! まさかお前の部下は……!」
「殺しましたよ? 邪魔だったので」
ギルフォードの言葉に対し、ジェスは平然として答える。罪悪感など微塵も無い声色だった。
「僕の配下、次にギル、次に勇者の仲間と順々にやる予定だったのですが、予定を狂わせたのがいけませんでしたね。油断してしまいました。なにせネイさんがあまりにも間抜けだったので」
クックッとおかしそうに口元を歪める。それを聞いたネイは愕然としつつ叫んだ。
「な、何故! 何故だジェス殿! 後継者たる貴方が裏切るなど……!」
その声色からは怒りと悲しみの両方が感じ取れる。そんな彼女に対し、ジェスはおかしそうに言った。
「裏切る? 僕は裏切ってなんかいませんよ。僕は最初から――」
――ドオン!!
突然、視界が白くなる。反射的に目をつぶり、数秒ほど視界が閉ざされてしまう。次に目を開けた瞬間、元居た場所に彼の姿は無かった。
「最初から、敵だったのですから」
レヴィアたちから離れた場所の壁際。ジェスはそこに立っており、見下したような目つきでこちらを見ていた。
「な……!」
ネイは驚愕に目を見開く。以前の彼と明らかな違いがあったからだ。顔つきも変わらないし、服装も変わってない。しかしあれを見れば誰もが驚くことだろう。事実、全員が全員その一点を見つめていた。
ジェスの頭上。以前は何もなかったその場所には――
――ぴょこぴょこと、犬の耳が生えていた。
「ケ、ケケケケケケケモミミ……」
ネイは顔を真っ赤にしつつ口元を手で抑えている。子犬系の彼にイヌミミ。似合うなんてものじゃなかったのだ。
「フッ。驚いているみたいですね。僕……いえ、私は皇国軍特殊部隊”赤の爪牙”が一人、白貌のランスリット。あなた方が言う魔王の一味です」
恰好つけているが、格好良さは全くなかった。ぴょこぴょこと動くイヌミミが気になって仕方ない。
レヴィアと純花は「犬だとどういう気持ちなんだっけ?」「さあ?」などと考察し合っており、リズは「か、かわいいじゃない……」と頬を染め、聖騎士三人もうんうんと頷いている。
「ジ、ジェス。いつの間にそんな……」
「残念ながらギル。アナタの知るジェスはもういませんよ。既に墓の下です」
「なっ……!」
残るギルフォードがちょっぴり頬を染めながら問いかけると、衝撃の返答が返ってきた。
「私は変装の達人。どんな人物にだって変装する事ができる。但し、それには成り代わる者を殺す必要がある。だからこそ死んでもらいました」
シリアスそのものな返答。が、いまいちシリアスにならない。
ジェス……いや、ランスリットはドヤ顔をしており、お尻にある尻尾をブンブンと振っていた。ペットの犬が「どう? すごい? すごいでしょ?」と自慢しているようである。その仕草にギルフォードは「ぬぐっ!」と左手で右腕を抑えている。なでなでして褒めてあげたいのだ。
「ジ、ジェスにそんなイヌミミはついてなったが……」
「これは自前です。頑張って我慢しないと出てくるんですよね。全く、苦労しました」
イヌミミは置いといて、そういうレアスキルを持っているようだ。殺した者の姿をとる事ができる能力。変装というよりは変身といった方が正しいかもしれない。
変身してもイヌミミが残る――その萌え設定のせいか、ネイが鼻血を垂らし始めた。
「さて、そういう訳です。それではレオ、お願いします」
ランスリットが後方へステップ。すると行き止まりだったはずの壁がせりあがった。壁の向こうには巨大な何かがあり、その手前には見知った顔がある。
「全く……リット、遊びすぎだ」
「チャンスは一杯あったのにさ。せめてあのおっぱい女くらいはやれたでしょ」
「ごめんごめん。あの女が間抜けすぎて、つい」
以前襲われたネコミミの二人組だった。彼らも魔王の一味だったらしい。
「何となく予想はしていましたが……ま、好都合ですわね。色々と聞きたい事もありますし」
「ひっ……!」
レヴィアが二人へ視線を向けると、あからさまに怯え始めるネコミミの少年テオ。彼女が満面の笑みをしていたからだ。また売り飛ばすつもりだと予想したのだろう。実際、目的の一つではあるので間違ってはない。
「レヴィア。知ってる人?」
「ええ。元々精霊石はこの二人が持ってましたの」
「ッ! そうなんだ……」
純花はレヴィアへと問いかけ、答えを聞くと彼らを三人を鋭く見据えた。その瞳は絶対逃がさないという感情をたたえており、例えるならハンター……いや、捕食者の目だ。圧倒的な力を持つ絶対捕食者の誕生であった。
「ヒエッ! レ、レオ! 早くやっちゃってください!」
「分かった。ルゾルダよ、行け!」
ランスリットは怯えた様子を見せ、ネコミミの兄の方へと叫ぶ。彼はレオという名らしい。レオはその言葉を受けると、何かに向かって命令。すると彼らの後ろにいる巨大な物体が動き始め、ドシンドシンと重量感のある足音を立てて姿を現した。
「わっ! な、何よこれ!?」
「巨大なゴーレムだと!?」
魔法で作るゴーレム。ギルフォードはそう思ったらしいが、目の前の巨人は明らかにそれとは異なる。魔法で作ったものは単一の素体で出来ており、構造も単純だ。大きさはせいぜい二メートル、大きいものでも五メートル程度。
しかしこの巨人はそうではなく、全長は十メートルをゆうに超えていた。様々な形をした複数の金属が複雑に組み合わさっており、見た目は細見でスタイリッシュ。頭部にはアイセンサーにアンテナが組み込まれ、胸の中心部には光球。両の手は人間の手のように動くマニュピレーターになっており、右手に剣、左手に盾を持っている。
「フハハハハハ! これこそ古代兵器の一つ、巨兵ルゾルダ! 流石の勇者とてこれには敵わないでしょう! 皇国の為にここで死んで――」
ランスリットの言葉が終わる前に純花がジャンプ。巨体の各所にあるでっぱりを足場にし、ルゾルダの顔の位置まで飛び上がり――
バゴォ!!
凄まじい蹴りが炸裂。攻撃を受けたルゾルダは倒れ、頭部に至ってはあまりの威力に吹っ飛んでいった。
「そ、そんな! ル、ルルルルゾルダが一撃で……」
ランスリットは目に見えて慌て始める。純花にビビッた様子の彼ではあるが、実際はネイで遊ぶなどの余裕を見せていた。その根拠がルゾルダという超兵器だったのだろう。しかしそれはあっさりと砕かれてしまった。
「慌てるなリット! たかがメインカメラをやられただけだ! テオ! 予定通り魔物を出せ! 最悪勇者の仲間だけでも始末する!」
「オッケー。行っちゃえみんな!」
レオも驚いてはいたが、すぐに指示を出し始める。彼の言う通りルゾルダは健在のようで、頭を失っても問題なく立ち上がった。どうやら重要機関は別の部分にあるらしい。チッと舌打ちをする純花。
そしてテオの言葉と共に魔物の大群が現れる。彼らの後ろから――いや、それだけではない。入ってきた通路からもだ。
「くっ……!」
二つの入り口を交互に見、純花は迷う様子を見せる。前を処理すべきか後ろを相手にすべきか考えているのだろう。
「ッ!?」
その隙を突き、ルゾルダが飛び掛かってくる。背中にあるバーニアのお陰か、その巨体に見合わぬ俊敏さだった。右手に持った剣を叩きつけられる純花だが、横に向かって飛ぶ事でギリギリ回避に成功。
返す刀で横なぎが振るわれるも、それをジャンプして回避。だがそれを待っていたのだろう。ルゾルダの脚部から激しい発射音が鳴る。
「ぐっ……!」
「純花!?」
純花は吹っ飛ばされた。脚部に魔力砲が搭載されていたのだ。小さな副砲といえどただの人間を殺すには十分な威力だが、相手は純花である。衝撃で吹っ飛んだものの無傷であった。
「あっ……!」
しかし、体勢を崩したのが良くなかった。純花のポケットから何かが転がり落ち、カランカランと堅い音を立てて転がる。
彼女は慌てて拾おうとするが、再びルゾルダが剣を振るう。
「純花っ!」
レヴィアは純花へと飛びつき、二人してゴロゴロと床を転がった。お陰でルゾルダの剣は空振りに終わる。
だが――
「あっ、ああっ……!」
純花の視線の先。そこには魔物が迫っており、足元には純花のケータイ。今から動いても間に合わない。純花は絶望的な表情でそれを見つめ――
「おおおおおっ!!」
が、踏まれる直前で魔物が吹っ飛んだ。突っ込んできたネイが盾を叩きつけたのだ。
「何をしている! 早く拾え!」
「……! う、うん」
純花は立ち上がり、急いでケータイの元へ。素早く拾い、今度は落とさないようしっかり懐の奥へしまう。
「……あ、ありがとう」
「気にするな。それよりもあの巨人を! こっちは私たちが何とかする!」
「わ、分かった」
ちょっぴり何かを言いたそうにしつつも純花はルゾルダへ向かう。それを確認したネイは盾を構えつつギルフォードに向かって叫んだ。
「ギルフォード殿! 後ろから来る魔物を抑えられるか!?」
「厳しいが……暫くは何とかしてみよう!」
後ろから来る魔物を聖騎士たちが、前から来る魔物をネイたちが処理する事に決めたようだ。それを察したレヴィアはすぐさま立ち上がり、魔物を急襲。数体を葬ってネイの後ろに降り立つ。
「ふぅ、いつの間に復活したんですの?」
「たった今だ。子犬系にイヌミミ……恐ろしい組み合わせだった」
「まあ似合っていたのは否定しませんが。それよりネイ、鼻血」
「ぬっ!」
ネイはごしごしと鼻下をぬぐった。鼻血が出っぱなしだったのだ。幸い止まってはいたのですぐにその痕跡は無くなる。
軽口を叩きながらも油断はしていない。背後からリズの火魔法が放たれ、広範囲を焼き尽くした。その範囲から逃れた魔物にレヴィアは飛び掛かり、刺殺。そのまま倒し続けるが、ネイに守られているリズの魔法構築が完了したところで引き下がり、攻撃範囲から逃れる。
三人の連携の前に魔物は手も足も出ない。が、問題は後方だった。聖騎士たちも奮闘はしているものの、かなりギリギリだ。ものの数十秒もすれば突破される事は容易に想像できる。
ただ、純花が戻れば問題ない。相対するルゾルダは既にスクラップ間近である。既に右腕が引きちぎられており、それを武器にした純花は足へと叩きこんでいる。体を支える脚部が壊されたルゾルダは地面に転がり、動かなくなった。彼女へ向かってきた魔物も同じように振り回して一蹴。
「ヒエッ! や、やっぱり駄目じゃないですか!」
「くっ! この数に加えルゾルダでも対処できんとは……。流石は異界の勇者という訳か。テオ、リット、撤退するぞ」
「わ、分かったよ兄ちゃん」
不利を悟ったケモミミ三人は後ろに向かい駆け出す。
「逃がさないよ……! ッ! チッ!」
純花は追いかけようとするが、ルゾルダが再び魔力砲を放ってきた。足だけでなく肩にも搭載されていたらしい。先ほど同様純花に致命傷を与える事はできないが、足止めにはなる。その間に三人の姿は見えなくなってしまった。
純花は焦りつつも駆け出す。が、通路に入る前にその視線をレヴィアたちに向け、状況を確認した純花は迷ったような姿を見せた。
レヴィアたちはまだ大丈夫だが、ギルフォードたちが限界だ。このまま彼らがやられてしまえば挟み撃ちの形になるだろう。そうなれば流石の三人とて耐えきれない。
純花はきょろきょろと前を向き、後ろを向き、そして――
「…………ああもう!」
そして苛立ったような叫びをあげ、後ろへと戻った。
「え、ええっ! ち、違います!」
「そ、そうだ! 何でそうなる!?」
ネイが庇おうとするが、レヴィアはその言葉を無視して続る。
「最初に疑惑をかけたのはアナタでしょう? ネイにあんな知恵が回るはずありませんし、言い出しっぺが犯人なんてのはよくある話ですわ」
「そ、そんな、根拠もなく――」
レヴィアに剣を突き付けられ、泣きそうになっている彼。それを無視してレヴィアは続ける。
「確かにありませんが、それはギルフォード様も変わりませんわ。ネイは証拠がそろっているなんて言いましたが、状況証拠があるだけで決定的な証拠はありません。小細工が可能なのはアナタも一緒でしょう。むしろ従えていた騎士がいないだけ怪しいとも言えますし」
「そ、その考えなら皆さんも条件は同じでしょう! 僕だけが疑われるのは納得できません!」
「あら、じゃあこれは何?」
「!!」
いつの間にかレヴィアはその手に遺物らしきものを持っていた。長方形の手のひら大の遺物で、一部から細い管が伸びているのが特徴的だ。それを見たジェスは顔を引きつらせつつ自らの懐を探る。
「それって……ケータイ?」
「少し違いましてよ。例えるならトランシーバー……中距離での無線通信ができる魔道具ですわ。かなりレアものなのでちっぽけな町の領主が持てるものではないはず。なのに何故持ってるんでしょうね?」
その形に心当たりがある純花が問いかけると、レヴィアは訂正しつつ疑念を口に出す。それは彼を疑うのに十分な内容であった。
「恐らく犯人は複数犯。それが部下の騎士たちなのかは知りませんが……。これでやり取りしてわたくしたちをはめようとしていたのでしょう」
「そ、そんな……。嘘だろう? ジェス殿……」
ネイはまだ信じられないようだ。何か言い訳をしてくれと願うような表情だった。
ジェスはがっかりとしたような顔をし、ため息を一つ。
「ハァ……すごいな。何で分かったんだろう。ギルのせいに出来るかは微妙だったけど、お互いを疑うようには出来たはず。なのに、まさかバレるなんて……」
「ジ、ジェス殿……」
仰向けに寝たまま、彼は無表情で呟く。それを聞いたネイは愕然としている。
「レヴィアさん、後学の為に教えていただけますか? 何で僕だって分かったのか」
「あら、分かりませんでしたわよ?」
「はい?」
「言ったじゃないですか。『違ったらごめんなさい』って」
レヴィアは手に持った遺物をジェスへと向けた。
「投げたと同時に抜き取ったんですの。これが無ければ分からなかったでしょうね」
彼女は投げると同時に素早く身体チェックをしており、それで見つけたのがこの遺物という訳だ。見つけたからこそジェスが犯人だと断定したのだ。
「じ、じゃあ何故ギルには……」
「あっちは四人いますから。一人の方を先に試しただけでしてよ」
四人まとめてやるよりも一人の方が簡単。理由はそれだけであった。もしジェスの身体から怪しいものが見つからねば四人にも同じことをやっていただろう。
因みに仲間がニセモノと入れ替わっていたという可能性もあったが、リズはずっと一緒、純花はその強さで証明済み、ネイは会話で本物だと判断した。
「は、はは……。それだけですか。参ったな……」
右手で目を抑え、あーあと残念そうにするジェス。
「色々と小細工して最後に勇者を倒そうと考えていたのですが……やれたのは配下の騎士だけ。上手くいかないものですね」
「なっ……! ジ、ジェス! まさかお前の部下は……!」
「殺しましたよ? 邪魔だったので」
ギルフォードの言葉に対し、ジェスは平然として答える。罪悪感など微塵も無い声色だった。
「僕の配下、次にギル、次に勇者の仲間と順々にやる予定だったのですが、予定を狂わせたのがいけませんでしたね。油断してしまいました。なにせネイさんがあまりにも間抜けだったので」
クックッとおかしそうに口元を歪める。それを聞いたネイは愕然としつつ叫んだ。
「な、何故! 何故だジェス殿! 後継者たる貴方が裏切るなど……!」
その声色からは怒りと悲しみの両方が感じ取れる。そんな彼女に対し、ジェスはおかしそうに言った。
「裏切る? 僕は裏切ってなんかいませんよ。僕は最初から――」
――ドオン!!
突然、視界が白くなる。反射的に目をつぶり、数秒ほど視界が閉ざされてしまう。次に目を開けた瞬間、元居た場所に彼の姿は無かった。
「最初から、敵だったのですから」
レヴィアたちから離れた場所の壁際。ジェスはそこに立っており、見下したような目つきでこちらを見ていた。
「な……!」
ネイは驚愕に目を見開く。以前の彼と明らかな違いがあったからだ。顔つきも変わらないし、服装も変わってない。しかしあれを見れば誰もが驚くことだろう。事実、全員が全員その一点を見つめていた。
ジェスの頭上。以前は何もなかったその場所には――
――ぴょこぴょこと、犬の耳が生えていた。
「ケ、ケケケケケケケモミミ……」
ネイは顔を真っ赤にしつつ口元を手で抑えている。子犬系の彼にイヌミミ。似合うなんてものじゃなかったのだ。
「フッ。驚いているみたいですね。僕……いえ、私は皇国軍特殊部隊”赤の爪牙”が一人、白貌のランスリット。あなた方が言う魔王の一味です」
恰好つけているが、格好良さは全くなかった。ぴょこぴょこと動くイヌミミが気になって仕方ない。
レヴィアと純花は「犬だとどういう気持ちなんだっけ?」「さあ?」などと考察し合っており、リズは「か、かわいいじゃない……」と頬を染め、聖騎士三人もうんうんと頷いている。
「ジ、ジェス。いつの間にそんな……」
「残念ながらギル。アナタの知るジェスはもういませんよ。既に墓の下です」
「なっ……!」
残るギルフォードがちょっぴり頬を染めながら問いかけると、衝撃の返答が返ってきた。
「私は変装の達人。どんな人物にだって変装する事ができる。但し、それには成り代わる者を殺す必要がある。だからこそ死んでもらいました」
シリアスそのものな返答。が、いまいちシリアスにならない。
ジェス……いや、ランスリットはドヤ顔をしており、お尻にある尻尾をブンブンと振っていた。ペットの犬が「どう? すごい? すごいでしょ?」と自慢しているようである。その仕草にギルフォードは「ぬぐっ!」と左手で右腕を抑えている。なでなでして褒めてあげたいのだ。
「ジ、ジェスにそんなイヌミミはついてなったが……」
「これは自前です。頑張って我慢しないと出てくるんですよね。全く、苦労しました」
イヌミミは置いといて、そういうレアスキルを持っているようだ。殺した者の姿をとる事ができる能力。変装というよりは変身といった方が正しいかもしれない。
変身してもイヌミミが残る――その萌え設定のせいか、ネイが鼻血を垂らし始めた。
「さて、そういう訳です。それではレオ、お願いします」
ランスリットが後方へステップ。すると行き止まりだったはずの壁がせりあがった。壁の向こうには巨大な何かがあり、その手前には見知った顔がある。
「全く……リット、遊びすぎだ」
「チャンスは一杯あったのにさ。せめてあのおっぱい女くらいはやれたでしょ」
「ごめんごめん。あの女が間抜けすぎて、つい」
以前襲われたネコミミの二人組だった。彼らも魔王の一味だったらしい。
「何となく予想はしていましたが……ま、好都合ですわね。色々と聞きたい事もありますし」
「ひっ……!」
レヴィアが二人へ視線を向けると、あからさまに怯え始めるネコミミの少年テオ。彼女が満面の笑みをしていたからだ。また売り飛ばすつもりだと予想したのだろう。実際、目的の一つではあるので間違ってはない。
「レヴィア。知ってる人?」
「ええ。元々精霊石はこの二人が持ってましたの」
「ッ! そうなんだ……」
純花はレヴィアへと問いかけ、答えを聞くと彼らを三人を鋭く見据えた。その瞳は絶対逃がさないという感情をたたえており、例えるならハンター……いや、捕食者の目だ。圧倒的な力を持つ絶対捕食者の誕生であった。
「ヒエッ! レ、レオ! 早くやっちゃってください!」
「分かった。ルゾルダよ、行け!」
ランスリットは怯えた様子を見せ、ネコミミの兄の方へと叫ぶ。彼はレオという名らしい。レオはその言葉を受けると、何かに向かって命令。すると彼らの後ろにいる巨大な物体が動き始め、ドシンドシンと重量感のある足音を立てて姿を現した。
「わっ! な、何よこれ!?」
「巨大なゴーレムだと!?」
魔法で作るゴーレム。ギルフォードはそう思ったらしいが、目の前の巨人は明らかにそれとは異なる。魔法で作ったものは単一の素体で出来ており、構造も単純だ。大きさはせいぜい二メートル、大きいものでも五メートル程度。
しかしこの巨人はそうではなく、全長は十メートルをゆうに超えていた。様々な形をした複数の金属が複雑に組み合わさっており、見た目は細見でスタイリッシュ。頭部にはアイセンサーにアンテナが組み込まれ、胸の中心部には光球。両の手は人間の手のように動くマニュピレーターになっており、右手に剣、左手に盾を持っている。
「フハハハハハ! これこそ古代兵器の一つ、巨兵ルゾルダ! 流石の勇者とてこれには敵わないでしょう! 皇国の為にここで死んで――」
ランスリットの言葉が終わる前に純花がジャンプ。巨体の各所にあるでっぱりを足場にし、ルゾルダの顔の位置まで飛び上がり――
バゴォ!!
凄まじい蹴りが炸裂。攻撃を受けたルゾルダは倒れ、頭部に至ってはあまりの威力に吹っ飛んでいった。
「そ、そんな! ル、ルルルルゾルダが一撃で……」
ランスリットは目に見えて慌て始める。純花にビビッた様子の彼ではあるが、実際はネイで遊ぶなどの余裕を見せていた。その根拠がルゾルダという超兵器だったのだろう。しかしそれはあっさりと砕かれてしまった。
「慌てるなリット! たかがメインカメラをやられただけだ! テオ! 予定通り魔物を出せ! 最悪勇者の仲間だけでも始末する!」
「オッケー。行っちゃえみんな!」
レオも驚いてはいたが、すぐに指示を出し始める。彼の言う通りルゾルダは健在のようで、頭を失っても問題なく立ち上がった。どうやら重要機関は別の部分にあるらしい。チッと舌打ちをする純花。
そしてテオの言葉と共に魔物の大群が現れる。彼らの後ろから――いや、それだけではない。入ってきた通路からもだ。
「くっ……!」
二つの入り口を交互に見、純花は迷う様子を見せる。前を処理すべきか後ろを相手にすべきか考えているのだろう。
「ッ!?」
その隙を突き、ルゾルダが飛び掛かってくる。背中にあるバーニアのお陰か、その巨体に見合わぬ俊敏さだった。右手に持った剣を叩きつけられる純花だが、横に向かって飛ぶ事でギリギリ回避に成功。
返す刀で横なぎが振るわれるも、それをジャンプして回避。だがそれを待っていたのだろう。ルゾルダの脚部から激しい発射音が鳴る。
「ぐっ……!」
「純花!?」
純花は吹っ飛ばされた。脚部に魔力砲が搭載されていたのだ。小さな副砲といえどただの人間を殺すには十分な威力だが、相手は純花である。衝撃で吹っ飛んだものの無傷であった。
「あっ……!」
しかし、体勢を崩したのが良くなかった。純花のポケットから何かが転がり落ち、カランカランと堅い音を立てて転がる。
彼女は慌てて拾おうとするが、再びルゾルダが剣を振るう。
「純花っ!」
レヴィアは純花へと飛びつき、二人してゴロゴロと床を転がった。お陰でルゾルダの剣は空振りに終わる。
だが――
「あっ、ああっ……!」
純花の視線の先。そこには魔物が迫っており、足元には純花のケータイ。今から動いても間に合わない。純花は絶望的な表情でそれを見つめ――
「おおおおおっ!!」
が、踏まれる直前で魔物が吹っ飛んだ。突っ込んできたネイが盾を叩きつけたのだ。
「何をしている! 早く拾え!」
「……! う、うん」
純花は立ち上がり、急いでケータイの元へ。素早く拾い、今度は落とさないようしっかり懐の奥へしまう。
「……あ、ありがとう」
「気にするな。それよりもあの巨人を! こっちは私たちが何とかする!」
「わ、分かった」
ちょっぴり何かを言いたそうにしつつも純花はルゾルダへ向かう。それを確認したネイは盾を構えつつギルフォードに向かって叫んだ。
「ギルフォード殿! 後ろから来る魔物を抑えられるか!?」
「厳しいが……暫くは何とかしてみよう!」
後ろから来る魔物を聖騎士たちが、前から来る魔物をネイたちが処理する事に決めたようだ。それを察したレヴィアはすぐさま立ち上がり、魔物を急襲。数体を葬ってネイの後ろに降り立つ。
「ふぅ、いつの間に復活したんですの?」
「たった今だ。子犬系にイヌミミ……恐ろしい組み合わせだった」
「まあ似合っていたのは否定しませんが。それよりネイ、鼻血」
「ぬっ!」
ネイはごしごしと鼻下をぬぐった。鼻血が出っぱなしだったのだ。幸い止まってはいたのですぐにその痕跡は無くなる。
軽口を叩きながらも油断はしていない。背後からリズの火魔法が放たれ、広範囲を焼き尽くした。その範囲から逃れた魔物にレヴィアは飛び掛かり、刺殺。そのまま倒し続けるが、ネイに守られているリズの魔法構築が完了したところで引き下がり、攻撃範囲から逃れる。
三人の連携の前に魔物は手も足も出ない。が、問題は後方だった。聖騎士たちも奮闘はしているものの、かなりギリギリだ。ものの数十秒もすれば突破される事は容易に想像できる。
ただ、純花が戻れば問題ない。相対するルゾルダは既にスクラップ間近である。既に右腕が引きちぎられており、それを武器にした純花は足へと叩きこんでいる。体を支える脚部が壊されたルゾルダは地面に転がり、動かなくなった。彼女へ向かってきた魔物も同じように振り回して一蹴。
「ヒエッ! や、やっぱり駄目じゃないですか!」
「くっ! この数に加えルゾルダでも対処できんとは……。流石は異界の勇者という訳か。テオ、リット、撤退するぞ」
「わ、分かったよ兄ちゃん」
不利を悟ったケモミミ三人は後ろに向かい駆け出す。
「逃がさないよ……! ッ! チッ!」
純花は追いかけようとするが、ルゾルダが再び魔力砲を放ってきた。足だけでなく肩にも搭載されていたらしい。先ほど同様純花に致命傷を与える事はできないが、足止めにはなる。その間に三人の姿は見えなくなってしまった。
純花は焦りつつも駆け出す。が、通路に入る前にその視線をレヴィアたちに向け、状況を確認した純花は迷ったような姿を見せた。
レヴィアたちはまだ大丈夫だが、ギルフォードたちが限界だ。このまま彼らがやられてしまえば挟み撃ちの形になるだろう。そうなれば流石の三人とて耐えきれない。
純花はきょろきょろと前を向き、後ろを向き、そして――
「…………ああもう!」
そして苛立ったような叫びをあげ、後ろへと戻った。
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