英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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夢魔討伐編

第3話

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「……なるほど。魔人族は他の大陸でも戦争を仕掛けているのか」

 あれから男の手引きで一つの天幕の中に入った後、私たちは情報を交換し合った。無論、全てではないが――。
 男から聞いた話は主に三つ。
 魔人族がこの大陸にある他の国を無視して雪国ニクスを狙ってきたこと。その進撃は凄まじく、四日で大陸を横断し、一夜で街を落とされたこと。そして、雪国ニクスにはもう抗う力が残っていないことだ。

 私が男に話した内容は旅で得た情報全てだ。
 戦支度をしていること。大陸間で魔人族が人の通行を妨害していること。そのせいで遠回りをしてロンディウム大陸に帰る羽目になったこと。
 魔人族でありながらも助けてくれたフラテやリタ、闘人族の里での修行も交えて話した。

 男の表情を見る。
 抗う力が残っていない、と言っていた割には悲観そうな表情ではない。当然のように私の隣に座っているジョクラトルの表情も落ち込んでいるというよりむしろ義憤に駆られ、悪には罰を与える!と意気込んでいる様子だ。
 私に言っていたことは嘘か。それともこの二人だけが特別なのか。外の人たちの様子でも見ておくべきだったかな。

「あなたたちはこれからどうするんだ? 国を取り戻すために戦うのか?」

「あ? そんなこと知ってどうする。他人のお前には関係の無い話だろ」

「やめるんだ。君、女性に対して無礼だと思わないのか?」

「お前は黙ってろ。何でここにいるかも分からねぇのに口まで挟んでんじゃねぇよ」

 私としてはヒュリア大陸に行くために、一刻も早く街が魔人族の元から解放されたらいいのだが……。
 いや、待てよ。この大陸にいる魔人族とは敵対はしていないし、私の顔も知らないはずだ。
 問題があるとしたら私が魔人族に嫌悪感を持たずに接せるかどうか。それだけだ。
 今優先すべきはアルバ様を見つけること。そして、見つけるためにはロンディウム大陸へと戻ることが第一歩だ。
 なら、ここから出て街に向かっても良いかもしれない。

「おい、何処へ行くつもりだ?」

 立ち上がる私を見て男が問いかける。
 警戒しているのか、腰にぶら下げている剣の柄には手が添えられていた。

「ここにいても迷惑そうだからな。私は出ていくことにする。あなたもそれを望んでいたことだろう?」

「な、待つんだ!? 君が出ていく必要なんてない。ずっとここにいて良いんだ。僕が保証する!」

「黙ってろクソガキ。おい、森人。悪いがそれはできねぇな。お前はもう俺らの隠れている場所を見ちまったんだからな」

「抗う力はないと言っていたのに、そんなことを気にするのか?」

「ハ――抗う力がないのと抗う気がないのは全く違うんだよ。だから、お前はここで大人しくしとけや。抵抗するんなら、腕の一本は覚悟しろ」

「クソッこの頭の固い馬鹿め。仕方がない。ここは逃げるんだ。僕が時間を――ヘバッ!?」

 鞘から刃を見せ始めた男が本気だと感じたのか、ジョクラトルが間に入って来る。
 勘違いばかりしているジョクラトルにいい加減うんざりしてきたので、無防備な後ろから頭に一撃を加える。
 ジョクラトルが気を失い、床に倒れた後私は口を開いた。

「ごめん。毎度毎度話の邪魔をして来たから……」

「……構わねぇよ。この男に関してはな」

 味方が倒されたと言うのに男の表情は晴れ晴れしている。
 どうやらかなり鬱憤が溜まっていたらしい。

「それで、私を斬るのか? おすすめはしないぞ」

「へぇ、森人の癖にと思っていたが、その剣は飾りじゃないってか?」

「それもそうだが、あなたは兵士だろう。私の里でも勝手に外から人を連れて来て、誰にも報告することもなく殺す、何てことをすれば問題になる。それはここでも同じだろう?」

 外から余所者を招くことがどれだけ不味いのかぐらい私でも分かる。少なくとも里では鞭打ちの刑だ。
 ここが街を取り返すために密かに戦力を集めている場所なら猶更余所者を招くべきではなかっただろう。
 口封じとして殺そうとしても遅すぎるし、殺したから良しと言うほど組織での人間関係は甘くはない……里で好き勝手やってた私が言うのもなんだけどね。
 私の言葉に男は舌打ちを零す。

「チッ、そこの馬鹿が勝手に連れて来なけりゃこんな面倒なことは起きなかったのに」

「それについては同情しよう」

「黙れ」

「それで、私はもう行って良いか?」

 男に問いかける。
 問いを投げたのは、追っ手を差し向けられても面倒だからだ。だからこそ、堂々と出て行く名分が欲しかった。

「一つ聞く。ここを出て何処に行くつもりだ?」

「何処でも良いだろう。というよりも、予想は付いているんじゃないか?」

「……あぁ、そうだな。だが、予想通りなら止めておけと言ってやるよ。あいつ等は誰が相手でも問答無用で殺しに来るぞ」

「それは敵対者だからじゃないか? 無関係な相手を狙うとは思えない」

「無関係? 可笑しなことだ。あいつ等の――魔人族の目的にはお前等森人族も入っているんだぞ。何なら里への道案内として捕まえられるかもな」

「だとしても、その時は逃げれば良いだけだ」

「おぉ、そうかそうか。なら、出て行くと良い。だが、ここに二度と入れるなと思うなよ? 近くの国も魔人族がいるせいで国境封鎖していやがる。お前はこの国から出られず、食料も得られず、遭難することになるぞ」

 その言葉を受けて少し詰まる。
 それは嫌だ。この吹雪で外に居続けるのは辛い。絶対に船に乗れると確信が無いので、出て行こうという気が衰える。

「それは……困るな。だが、ここに留まるというのはあなたたちが許さないのだろう?」

「許さないとは言ってねぇよ。見られた以上、ただで帰す訳にはいかないって言ってるだけだ」

「私が魔人族の手先だと考えているからか?」

「その可能性も十分あると考えている」

 あらゆる可能性を考えているということか。
 私が話した情報も完全に信用している訳ではないのだろう。私を見定めるために話させていたのかもしれない。

「ここに留まりたい。そう言ったら拘束されるのか?」

「勿論だ。だから、大人しくしてくれると助かるな」

「拘束されるのが嫌だと言ったら?」

「そうなりゃ殺し合いだな。だが、それはお互い望まない展開だろ? こっちは無駄な争いをしたくはねぇし、お前はここから逃げなきゃならなくなる。待っているのは大自然の脅威だ」

「……分かった。大人しくしよう」

 この大陸での生き方を知らない以上、先行きの見えない状態で動くけば碌なことにならない。そう判断して降参する。

「そうか。なら、あいつ等に付いて行きな」

「あいつ等?」

 男が顎で入口を指す。
 振り返ると角のような兜に動物の毛皮と鎧が組み合わさった装備をした屈強な男が二人私を睨み付けていた。
 偶然ここに入って来たとは思えない二人だ。
 呼び出した様子はなかったのに、一体どうやって人を呼んだのだろう。

「さっきのお前の言葉を否定しよう。お前は俺が誰にも報告することなくここに連れて来たと言ったな? そんなことする訳ねえだろう。ここに帰って来ると同時にお前のことは仲間に伝えていたよ。ジョクラトルの馬鹿が森人を連れて来たってな」

「人と会話をしている様子はなかったが……」

「この地じゃ吹雪で碌に真面に喋れなくなることもあってな。その時のために手話で話すこともあるんだよ。いい勉強になったな」

 ニヤリと男が笑みを浮かべる。
 そんなことをされていたとは思わず、私は素直に驚く。
 言葉ではなく、手を使った会話。そんなのは初めてだ。まさか、この場にいる全員が使えるのだろうか。
 外に出ると天幕の外は斧や剣を持った戦士がいた。
 万が一、私が強行突破をした場合は彼等が止めたのだろう。だとすれば、天幕に誘い込んだのは、この囲いを作るためだったのかもしれない。

 この大地で生きる者たちの知恵を見せ付けられ、私は負けたと感じる。
 戦いで叩きのめされる敗北とは違う、新鮮さを覚える敗北を受け入れて、私は大人しく全ての武装を外し、鎖に繋がれた。
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