英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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終編

第44話

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 開戦し、三日目が経過しようとしていた。
 今の所、どの砦にも只人族の部隊は辿り着くことができず、大森林の中を迷い、襲撃され、狩られている。
 森人族にも死傷者は出たが、その数は只人族と比べると軽微だ。

 今の戦況は私たちが有利。
 森全体に張り巡らせた思想術によって、只人族の軍に蔓延する森人族を、この大森林を恐れる噂そのものを実体化さけることで翻弄している。
 安全だと確認した場所に突然怪物が湧き出したり、大森林にいるはずのない幽鬼が現れたりするのは全て輝術――思想術によるものだ。
 そこに加えて大森林を知り尽くした森人族の奇襲だ。
 今日も私はペネトラティアとウニレと共に砦の外に出て只人族の部隊に奇襲をかけ、敵軍に損害を出し続けた。
 太陽が傾く頃には千を越える首級を上げた。
 そのおかげもあって森人族の士気は絶頂の最中にある――のだが、私はこの状況をあまり喜べなかった。

「…………」

「師匠、どうしたのですか?」

 砦に戻り、敵陣を睨み付けているとペネトラティアが後ろから声を掛けて来る。振り返ると、手には水と食料が盛られた木皿が二つずつあった
 私の視線に気付いたペネトラティアが水と食料を突き出す。

「あ、これ師匠の分です!! 配給所が人でごった返す前に取ってきました!!」

「礼を言う。気が利くな」

「え、えへへへ……そんなことはありませんよぉ」

 ニヤニヤとしながらペネトラティアが謙遜する。
 その様子に自然と笑みが零れた。

「師匠ぉ!! 配給取ってきました。一緒に食べましょう――って既に持ってる!!?」

 そこにウニレがペネトラティアと同じく水と食料を二つずつ持って姿を現すが、私の手の中にあるものを見て目を見開く。
 直ぐに視線はペネトラティアに向けられた。

「ふん、遅かったね。私の方が速かった!! やーいやーい、ノロマ、ポンコツ、筋肉女~☆」

「うっさいどうせ運よく配給が届いた時に居合わせただけの癖に、分かってるんだぞ。私と別れる時用を足しに行くって言ってただろこの便秘女!!」

「にゅわぁ!? 誰が便秘女だッ!! つい最近まで毎晩お漏らししてた分際で!」

「最近じゃない。十年前だ!!」

「十年前は最近ですぅ!!」

「止めなさいあなたたち。叫ぶことに体力何て使うんじゃない」

 低く唸り声を上げて威嚇し合う二人。
 その間に入って二人を引き離す。

「ウニレ、あなたも持ってきてくれたのはありがたいけど今回はペネトラティアが持って来た方を食べるから、戻してきなさい」

「……はぁい」

 不服そうな表情をするが、逆らわずに水と食料を持ってウニレが階段を下りて下の階へと消える。
 その後ろからペネトラティアが舌を出して嫌悪を向けていたので頭に軽く拳を落とす。

「こんな状況で喧嘩なんてするな。何が起こるか分からないんだぞ」

「……申し訳ございません」

 反省の言葉を口にしたペネトラティアを見た後、再び視線を敵陣に戻す。
 後ろから恐る恐る声がかかる。

「あの、見張りは師匠がしなくても良いんじゃないんでしょうか? リベリコウス戦士団の人たちも見ていますし……」

「少し、気になることがあるからな。私も見ておきたいんだ」

「でも、師匠も休まないと。昼間に一番働いていたのは師匠ですよ」

 肩越しに後ろを見ると視線が合ったペネトラティアが体をビクリと震わせる。
 先程叱った影響で私が怒っていると思っているのか。

「先程も言った通り気になることがあるんだ。ずっと見張る何てことはしないさ。もう少ししたら休む。あなたは先に休んでいても良いんだぞ?」

 先程のことを引き摺ってはいないようだが、私がずっと怒ったままだと思われるのはペネトラティアの精神に影響を及ぼす可能性がある。
 そのため、少し柔らかい声色で話す。

「いえ、私は師匠と一緒にいます!」

 そのおかげもあってか、少しだけペネトラティアの表情が緩み、私の横に並ぶ。
 丁度その時、ウニレも戻り、同じやり取りをウニレともするが、彼女も私と一緒にいることを選び、結局三人で砦に立って敵陣を見詰めることになる。

「師匠、先程のことでお聞きしたいことがあるのですが……」

 暫くして、ペネトラティアが口を開く。
 何か聞きたそうな表情をしているため、視線で先を施す。

「ありがとうございます。先程師匠は気になることがあると言っていましたが、それは、獣人族がまだ参戦していないことについてですか?」

「あぁ」

 ペネトラティアの言葉に短く返す。
 そう、私が気にしているのは正にペネトラティアが口にした通り、獣人族のことだ。
 彼等はまだこの戦いに参戦していない。

「そんなに変でしょうか?」

「あぁ、あいつらは戦いとなればいの一番に先頭に来る奴等だ。特に弱者を目にした時の競争は激しい。目の前の獲物は私のもの、他に渡してたまるものかってね。そんな奴等が開戦時に突っ込んでこなかったのが不思議だ」

 奴等は戦いを好む種族だ。ただ、尋常な勝負、実力伯仲の戦い、誇りある戦いを望む闘人族とは違い、奴等が好むのは一方的に蹂躙だ。
 幾ら地の利があるとは言え、数の利は圧倒的だった。奴等ならそれに調子に乗って突っ込んできても可笑しくはなかった。
 只人族側が留まらせたのか?

「只人族がご飯でもあげて大人しくさせたとかでしょうか?」

「それは……有り得るな」

 今度はウニレが口を開く。
 それに思わず同意してしまった。
 なんせ肉一つで檻を破って同族すら半殺しにする奴がいるくらいだ。美味しいものでもやれば大人しくなるのは簡単に想像できた。

「…………」

「師匠、どうしたんですか? その、顔が怖いですよ?」

「何でもない。嫌な奴を思い出しただけだ」

 ペネトラティアの指摘に体に力が入っていたことに気付き、息を吐いて脱力する。
 獣人族のヴェスティア。あいつのことを思い出して頭に血が登っていたようだ。

「もう休む。見張りに夜襲には気を付けるように伝えておけ」

「はい、分かりました」

 頭を振って踵を返す。
 結局の所、何故獣人族が攻めて来ないかなど、今私が考えてもこれは答えの出ないこと。一通り考えも纏まったことで、明日の戦いに向けて休むことを決意する。

 地の利はこちらにある。
 数の利は覆りつつある。
 天の利はどうなるか分からないが、大森林に長く住み続けている私たちの方が適応は速い。
 人の和だって、私たちにはロンディウム大陸最大国家のルクリア国家がある。アルバ様が助けを求め、それに応じると手紙が来たばかりだ。

 負ける要素など何一つとしてない。
 気になることはあれど、これらを覆せる訳がない。
 獣人族が戦わずにバリエル神聖国家の味方になったことで私もかなり動揺していたらしい。
 改めて自分たちの置かれている状況を確認し、落ち着いた私は部屋で目を閉じた。
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