英雄伝承~森人の章1~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になっていました

大田シンヤ

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追放編

第17話

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「ここが只人族の街、か」

 切り出された石で作られた城壁を見上げて呟く。
 森人族の里では、森自体が要塞のようになっているため土や石で作られた壁などなかった。あったのは木材で作られたものだ。
 やはり、草原や荒野に街を作るには守るために城壁を高くする必要が鳴るのだろう。

 そんなことを思いながら、門の前にできている列に並ぶ。
 周囲から視線が突き刺さるが、無視だ。
 森人族が珍しいのだろう。
 周囲にいるのは全員が只人族。そこに一人だけ森人族、しかも少女がいれば否が応でも目立つ。

「ノニ、ナアッヘ……リヲキホスサ?」

「ヤヒザニマニ。ボアニニヒガベユハソホザナン」

「ソボリサ。マオベソオマホソイミ?」

「カカノルカボヌチハモサチワ?」

「ノニ、ナミシエロオベソニッ」

 ひそひそと肩を寄せ合って呟いている只人族をチラリと見て視線を外す。
 只人族の言葉もちゃんと習ったから聞き取れている。
 全員襲って来ることはない。ただ見ているだけだ。それならば、こちらは何もすることはない。
 視線に晒されるのには慣れている。里で散々嫌悪の視線に晒されたのだ。この程度で身を小さくする脆弱な精神をしていない。

「おい、森人族」

「何?」

 前にいる列がなくなり、ようやく私の番が来ると門の前に立っていた戦士――いや、只人族は国や街に仕える人間を兵士と呼ぶのだったか。あるいは騎士、だったかな?おそらく身なりが良くないので兵士だろう。
 その兵士が私の前に立った。

「こんな場所に何の用だ? 森人族が森の中から出てくるだなんて珍しいじゃないか」

「探している人がいる。それだけ。早く通して」

「ほう、人探しか。小さいのに立派だな。ママを探しに来たのか?」

 喉を鳴らして笑う男の兵士に眉を顰める。
 人の不幸を笑う男に碌な奴はいない。蹴り飛ばしてやろうか。
 問題なのはこの兵士が街の出入り口である門を守っているということ。
 里でもよくあったことだ。
 門を守る兵士と口論したり、喧嘩をしたり、嫌がらせをするとよく仕返しとばかりに何かと理由を付けて通してくれなかった。
 この男を蹴飛ばしてしまうとそうなる可能性が高い。
 ここは我慢するのが賢明だろう。

「そうだ。二ヶ月ほど前に森人族がこの街に運ばれてこなかった?」

「ん~? 何でそう思うんだ?」

「一番大きくて近い街がここだから」

「さぁてね。色んな奴がこの街には運ばれてくるからなぁ。思い出すのも難しい。まぁ、お嬢ちゃん次第かなぁ」

「どういう意味?」

 兵士の言葉の意味が分からず、首を傾げる。
 私はこの街については知らない。対して兵士はこの街の門を守っており、よく知っているはずだ。
 なら、思い出すのは兵士の頑張り次第なはず。それが何故私次第になるんだ。

「おっと、森人族に通貨の価値は分からなかったな。すまねぇなぁ」

「通貨?」

「これだよこれ」

 そう口にして兵士は懐から鉱物を薄く、円形にしたものを取り出す。
 なるほど、これが通貨とやらか。
 話しを聞くとこれで只人族は物の売り買いをするらしい。情報も同じだ。つまり、これを一杯持っていると自分の欲しいものが好きなだけ手に入る。ということか。

「それ、何処で貰えるんだ?」

「そうだなぁ。どっかの商人に雇って貰えたら手に入るかもしれないぜ。そうだ。通貨といや、ここに入るのにもこの銀の通貨が五枚、もしくは紹介状が必要なんだ。お嬢ちゃんに手に入れられるかな?」

「…………」

 到底無理だろう。と言っているように兵士がニヤニヤと笑う。
 やはり、蹴り飛ばすか。
 いや、我慢しよう。母様のためだ。
 人攫いがどこの街で攫った森人を売ったのか分からない以上、虱潰しに探し必要がある。一つでも見逃して母様に会えないのは嫌だ。
 大きく息を吐き、体を翻す。

「分かった。何とかする」

「ククッ頑張りな。おい、次――」

 只人族の世界では通貨が必要。
 知らなかった知識を頭に刻み、商人とやらを探す。腕が立つのだ。護衛として雇って貰えるか探してみようと考えて、只人たちが集まっている所に足を向けた。

「あぁ? 雇う? 街も近いのに護衛なんざいらねぇよ。クソガキがそんなことも分かんねぇのか。消えな」

「あら~可愛い森人ちゃん。なぁに戦えるの? すごいすごーい。暇つぶしに見せてよー」

「お嬢ちゃん、こっちにおいでよ。美味しいものがいっぱいあるよ?」

「俺たちは遊びで仕事してんじゃなえんだよ。餓鬼に命預けられるか。ふざけるのも大概にしやがれ!!」

 商人の一団を見つけては話しかけるがまるで相手にされない。
 やはり、見た目が大事なようだ。
 中身は一流だと言うのに。お前等が雇っている剣士よりもこっちの方が強いんだぞ。
 実力が疑わしい、子供のくせに。そんなことを口にする商人たちもいるから、試しに護衛たちをボコボコにすると逆に怒られる。
 実力を示したのに勝手な奴等だ。

「それにしても、どうしよう……」

 近くの川辺にまで戻って来た私は石に腰を降ろして溜息をつく。
 街に入るには通貨が必要だ。恐らく、今後寄る街でもそうなのだろう。ならば、早めに通貨とやらを手に入れておきたい。
 商人に雇われる以外に通貨を手に入れる方法はないのだろうか。

「そこの腕の立つお嬢さんや。ちょろ~っとよろしいですかい?」

 砂利を踏み締める音が近くに寄って来たと思ったら、声を掛けられる。
 この辺りには私以外誰もいない。誰に声を掛けているかは明白だった。

「何だ?」

 声を掛けて来たのは、三角帽子を被った出っ歯な小男だ。
 寒いのか手を何度も擦り合わせている。厚着をしたらいいのに。

「いや~お嬢さんお強いんですねぇ~。さっき商人を護衛している奴等をコテンパンにしているのを目にしやしたよ。あっしの見た目では翠級すいきゅうはあると踏んでるんですが、どうでしょうか?」

「……等級はまだ授けられてない」

「おっほ~!? そりゃあ驚きだ。お嬢さんほどの実力者が色なし何て」

「それで、何の用なの?」

「おっとこいつは失礼。お嬢さんに――いや、森人族なら、お嬢さんって年齢じゃあない可能性もあるんでした」

「まだ十二歳」

「な、なんとぉ!? 本当にお嬢さんでしたか。こりゃあ、とんでもない御人に出会っちまった」

「…………」

「あぁ、こいつは失礼。また、話が脱線しやしたね。ずばり、お嬢さんあっしらのお仕事のお手伝いをしていただけやしませんかね?」

「それは通貨を貰えるの?」

「えぇ、えぇ勿論ですとも。なんなら、この街にだって入れますぜ!!」

 街に入れる。
 その言葉を聞いて、私はこの男の手伝いをすると決めた。
 それから行動は速かった。
 男が語るには、手伝って欲しい仕事というのは荷物の警備についてだ。
 街に運び込んでいる荷物の中身が毎晩盗まれている。だから、荷物と一緒に街の中に運び込むので隠れて警備をして欲しい。
 隠れる場所は、子供一人が入れる小さな木箱の中。剣は後で届けるのでまずは私だけが入って欲しいとのことだ。
 相変わらず寒いのか手をこすりながら説明する出っ歯な小男、そしてこちらを見てニヤニヤとする男たち。

 向けられている視線で分かる。
 これは私を罠に嵌めようとしている視線だ。
 だが、私はこれに乗った。
 ハッキリ言って男たちに危険など感じなかったし、暴れたら木箱など簡単に壊せるからだ。
 私が乗り気だったから、話は簡単に進んだ。
 唯一時間がかかったのは、剣も一緒に持っていくのを認めさせることだろう。
 母様から貰った剣を何処とも知れぬ輩に渡したくはなかったから当然ごねた。
 木箱に入らないとか、それじゃあ運べないとか言われても絶対に首は縦には振らなかった。逆にこれが一緒じゃないのなら街に入らなくても良いと私が断言したことで、男たちが折れる形になり、剣も一緒に持っていくことになった。やったね。

 夜になると、木箱の中に入って街の中へと入る。
 ロバで引かれた荷馬車の上に幾つもある木箱の中の一つが私だ。隙間からは、私を通してくれなかった男の兵士もいる。
 中を調べられたら、終わりでは――と今更ながらに思うが、出っ歯の小男が門を守る兵士に通行料を払って普通に通れた。
 うーん、呆気ない。
 というか、通行料銀貨五枚って言っていたけど、数が違ったぞ。良いのかそれで。まぁ、通れたから問題ないんだけど。

 夜の街だからか、人の気配は薄い。
 石と粘土で作られた家から僅かに光が漏れている所もあるが、殆どが暗くなっている。やはり、皆寝ているのだろう。
 その静かな街並みを抜けて街の端にまでやってくる。
 そこにあるのは街にあった家と同じ、石と粘土でできた小屋だ。扉はなく、草木で編まれた暖簾で内と外が仕切られていた。

「それじゃ、外に出るか」

 小屋の中に運び込まれ、出っ歯の小男が去った後、誰もいないのを確認して木箱を内から開ける。
 隙間から剣を滑り込ませ、木箱を縛る縄を斬り、外に出て新鮮な空気を吸った。

「縄で縛っておくって……私をここから出す気ないだろう」

 薄々気付いていたので、別に怒りはしない。
 森人族の里で一番最初に出会った男が言うには森人は奴隷として人気らしい。子供、女であれば猶更だ。
 恐らくはあの出っ歯の小男も人攫いの一員、もしくは似たような一味の人間なのだろう。

「えっと……中に適当にものを詰めて縄で縛ってと」

 そこら辺のものを中に詰めてもう一度縄で縛る。
 これで一応は時間は稼げるはずだ。多分。
 が描かれている壁を横切り、外に出て出っ歯の小男を追いかける。
 もし、人攫いの一味ならばそこに母様がいるかもしれない。そんな期待を胸に秘めて。

「――見つけた」

 家の屋根から屋根へと飛び移り、道なりに進んでいくと見覚えのある三角帽子が一つの家へと入って行くのを目にする。
 家には明かりがついており、幾人もの影が揺らめいているのが分かった。
 さて、当たりか外れか。確かめさせて貰おうかな。
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