英雄伝承~森人の章1~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になっていました

大田シンヤ

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追放編

第21話

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 昼頃に始まった戦いは、太陽が傾くにつれて激しさを増した。
 最初は矢と石によって防御壁に寄せ付けなかったセルシアの兵士たちだが、今では防御壁に梯子を掛けられている。
 今現在防御壁の上はセルシアとエトアの兵士が入り乱れる混戦状態にあった。

 こんなことになった一番の原因はやはりアロガンティアだ。
 あの男、一部の兵士を無意味に動かしてその場所の守りを疎かにしたのである。そこからエトアの軍が梯子を掛け、今現在の状況になっている。

「このクソガキがぁ!!」

 斧を振り上げるエトアの戦士の懐に潜り込み、胴体を斬りつける。
 精神的苦痛は感じているが、それで敵に斬りつけられることはない。
 なんせ、速度においてこの戦場で私よりも速い者はいないし、小柄だ。屈めばそれだけで視界から外れられる。
 相手の足を斬りつけ、転ばし、最後に頭を斬り落とす。

「リボルヴィア!!」

 視界に入った敵を片っ端から斬り殺していると後ろで名前を呼ばれる。この声はヌレイアだ。

「何か用?」

「東門の方に援軍に行って欲しい。また、部隊が動かされた」

「またかぁ」

 どうやらまた防御壁の上にいた部隊が動かされたらしい。
 誰が動かしたかはもう聞くまでもない。アロガンティアだ。

「その部隊の人たち今何処にいる? もう動くなって説得しよう」

「軍は規律に厳しいからそれは無理だ。それにその部隊は戦場から離れてしまったからな」

「今度は何処に行ったの?」

「街の中央にいるアロガンティアの所だ」

「何で?」

「……恐らくはアロガンティアが身の危険を感じたのだろう」

「つまり、自分自身を守るために呼び出した?」

「そうだ」

「戦場から?」

「あぁ」

「うわぁ……」

 アロガンティアという只人。まさか、この状況が見えていないんじゃないだろうか。
 お前が部隊の配置を弄る度に穴が開くんだぞ。その穴を毎回私が埋めに行っているんだぞ。
 協力してやるとは言ったが、馬車馬の如く働かされるのは割に合わない。
 闇討ちでもしてやろうかな。

「分かった。軽く片付けてくる」

「済まないな」

「ここでは私が一番速く動けるから、仕方ない」

 文句を言っていてもこの状況は変わらない。
 後でアロガンティアを殴らせて貰おう。それが駄目なら闇討ちで手を打とう。
 東門は今いる場所から正反対の場所に位置している。防御壁は街をぐるりと囲むような形になっているため、その上を走って行っても良いのだが、それだと遠回りだ。
 そんな訳で私は建物の上を走って東門まで移動する。

 鎧を身に着けている只人族の兵士ではこんな軽業は不可能だろう。
 私だって鎧を身に着けていたらできない。
 戦争が始まる前にヌレイアが鎖帷子や鎧を用意しようとしていたが、全て断った。
 森人族の肉体は脆い。それを補うために鎧を身に着けるとなるとかなりの重さになる。そのせいで速度が殺されたなら意味がない。
 怪物とクソ野郎との戦いでこれはハッキリと分かっていることだ。
 だから断った。
 ヌレイアは鎧を身に着けずに戦うことに難色を示していた。今も多分納得はしていないだろう。
 だが、そのおかげでこうして素早く動いて援軍に行けるのだから、もう何も言って来ない。

「ふふん、ここは良いなぁ。実力を評価してくれる人がいる。母様を助けたらここに住むのも良い」

 争いは起こっているが、里でも怪物との殺し合いは日常的に行われていた。相手が只人族であるだけで違いはない。
 なら、ここに住むのも良いのかもしれない。と戦争が終わった後のことを考える。

「む――見えて来た。結構危ないのか」

 戦場が見えて来たことで思考を切り替える。
 剣を抜き放ち、窮地のセルシアの兵士と戦うエトアの兵士に向かって襲い掛かった。




 風のように走り去った森人の少女を見て申し訳なく思う。
 彼女がこうして他の場所に援軍に行くのは今回で五度目。その度に彼女に助けられて来た。
 種族が違えど、彼女はまだ子供。本来なら大人の庇護下にある存在だ。
 母を探して旅をし、取り戻すために無関係な国の戦争に参加を強いられている姿を見るのは心苦しい。
 どうにかしてやりたい。だが、どうにもできない。
 思いは有れど実行できる力のない自分に怒りを抱く。

「ヌレイア隊長! 敵軍に動きがあります。再び門を開ける気の様です!!」

「門に近づけさせるな!! 弓兵、矢を浴びせてやれ!!」

 せめて彼女の働きを無駄にしないように――。
 そう決意を込めて声を張り上げ、門へと意識を向ける。
 視界に映ったのは、赤い皮膚と腕を六本持つ巨漢の男だった。




 ――轟音と振動、そして土煙。
 それは東門にいた私にも確認できた。

「お、おい……一体何なんだ。エトアの豚共がまた何かしでかしたのか?」

 その声色には怯えがあった。
 土煙が上がっている場所は、私が先程までいた場所である西門だ。
 既に東門で敵をある程度減らしていた私はすぐに西門へと急ぐ。後ろから呼び止める声が聞こえたが無視だ。
 見るだけで分かる。門が破られたのだ。

「私が離れたらすぐこれ。全く――」

 東門へと向かうよりも急いで建物の上を移動する。
 街の中にいた兵士も土煙の上がる東門に向かっているのが、上にいる私にはよく分かった。
 東門へと辿り着くと、予想通り門が破られている。
 頑丈だった門はひしゃげ、防御壁も崩れかけている。

「破城槌ってこんな威力なの……」

 噂に聞いていた破城槌とは別次元の被害に何かしらの兵器が使われたのか。まさか、輝術か。輝術師が遂に動き始めたのか。なら、詠唱を始める前に喉を貫いてやる。
 腰を落とし、土煙から姿を現すその瞬間を狙う。
 だが、出て来たのは輝術師でも兵士でもなかった。

「ガッハッハッハ!! 少しばかり力を入れすぎたな!!」

「――――」

 六本もある腕、二メートルはある背丈。そして、赤い肌。
 思わず目を丸くしてしまった。
 間違いない。あれは闘人族だ。

「うぉおおおおお!! このエトラの犬め!」

「切り刻んで家畜の餌にしてやれ!!」

「おぉ、良い闘気だ。思う存分死合おうぞ!!」

 セルシアの兵士と闘人がぶつかり合う。が、それも一瞬だ。すぐに兵士は吹き飛ばされ、闘人はビクともしない。
 剣で斬りつけてもその肌には傷は付かず、鉄槌で殴ろうとも痣一つ付かない。
 同じ生物を相手にしているのか疑問に思うほどの光景が目の前で繰り広げられていた。
 私はすぐに兵士を相手にしている闘人の死角へと移動する。

 戦うために生まれたと言われている闘人族。
 森人族以上にこの種族は謎に包まれている。
 星暦以前、二千年前に起きたべリス砂塵大戦では只人族と魔人族の戦争に勝手に介入し、暴れるだけ暴れどちらの軍隊にも壊滅的な被害を与えたことから種族全てが血に飢えた獣だと口にする者もいれば、災害から命を救うこともあり、心優しい種族だと口にする者もいる。
 どちらにしろ分かっているのはそこしれない強さを秘めていること。
 等級にある緋級ひきゅうの緋も闘人族の肌の色にちなんで付けられていると言われているぐらいだ。

「オラァ!!」

「クソッ何で闘人族がこの戦いにッ」

「セルシアのクズ共を殺せぇ!!」

 闘人の後から続いてエトアの兵士も続々と中に入って来る。
 エトアの兵士だけならば問題ないが、闘人がいるせいで侵入を防げていない。これ以上侵入を許せば敗北が確定するだろう。

「――私が倒す」

 死角へと移動し、十分に距離を取る。後は好機を待つだけだ。
 ゆっくりと進む闘人の前に頭から流したヌレイアが現れた。辛いのか足はふらふらだ。

「ここから先は……通さないっ」

「ほほう、その意気や良し。その力この我にぶつけて見せよ!!」

 ヌレイアが地面を蹴り、闘人に接近して剣を振る。闘人はその一太刀を腕で受けた。
 僅かな切傷が腕に作られる。

「ぬ、我に傷を付けるとは。お主翠級すいきゅう剣士か。ガハハハ! 久しぶりに手ごたえのある敵と会えて我は嬉しいぞ!!」

「この国からっ出て行け!!」

「甘い甘い、甘いわ!!」

 初めてあった頃よりも速い剣速で斬りつけるヌレイアだが、その全てを闘人は素手で捌いていく。

「その太刀筋、剣砕流だな? 奥義を使わねば我には勝てぬぞ」

「望み通り使ってやるさ!!」

 ヌレイアが剣を地面に刺し、土を闘人の顔に投げる。
 視線を遮った所でこれまで以上に鋭い踏み込みで闘人の懐に潜り込んだ。

「剣砕流奥義『岩砕』!!」

 ヌレイアが奥義を放った瞬間、私も地面を蹴る。

「な――」

「視界を遮るのは良かった。だが、我が鎧を砕くには力不足だったようだな。惜しい、お主――」

「『無窮一刺』!!」

 目の前の奥義を受け止めることに意識を集中していた闘人を後ろから急襲する。
 加減何てしている余裕はない。この闘人は私よりも強い。ここで殺さなければ後で確実に殺される。
 母様のためにも負けるわけにはいかないのだ。
 しかし――。

「え、嘘!?」

「何と、森人族の子供か。その若さでこの戸惑いの無さ、そして実力。実に良い!!」

 首を狙って放った一刺し。それを阻んだのは
 腕も使わず、防御の姿勢も取らずに止められたことに驚き、体が硬直する。

「だが、一騎打ちに邪魔は良くないな。少し、眠っておれ!!」

 体を反転されただけで弾かれる。
 私の胴体ほどの大きさがある拳に殴られ、防御壁に叩きつけられた。
 嫌な音が体の内側から鳴る。クソ野郎とは比べ物にならない。速さ、重さ、鋭さ。全てが段違いだった。

 意識が遠のく中、私は母様の顔を思い出す。
 最後にもう一度、母様の腕に抱かれたかったな。
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